師匠と蛇神退治。②
俺とルビーは真っ暗な洞窟を出た。ようやく呪いから解放されたルビーの表情は、外の日の光と同じくらい明るい。
――ありがとう、お師匠さん。
ルビーがそう言った時、その素敵すぎる笑顔が固まった。ぴしりと何かが割れるような音がして、みるみるうちにルビーの柔らかそうな肌が硬化していく。桃色の肌はまたたく間にごつごつした岩へと変化した。
「嘘だろッ!ルビー、嘘だと言ってくれッ!!!」
「…………」
しかし返事はなく、俺はふたたび独りぼっちになった。
また俺は弟子を救えなかったのか?どうして、俺は……俺はこんなに情けないんだッ!!!!!!
風が虚しく木々を揺らして、木の葉がざわめいた。その時、
「お師匠様、泣いてるんですか?」
声が聞こえた。それは耳によくなじんだ声だ。
「お師匠様は自分の処刑の日にすら泣かなかったのに……弟子のためなら泣けるんですね」
どうしてお前がここにいるんだ?
この世界で何をしているんだ?
なんで、よりにもよってお前が?
――どうして俺を裏切った弟子が……ここにいるんだ?
俺は思わず、その漆黒の魔女の名前を叫んだ。
「――マジョルカッ!!!!!!」
木の葉を揺らし、鳥たちが驚いて飛び立つ。俺の怒りが大地すらも震わせた。しかし、魔女は少しも動じない。ウェーブのかかった髪の毛をつまらなさそうにくるくると指で回している。
「お師匠様、何をそんなに怒っていらっしゃるんですか?困っているんでしょう?せっかく、私がお師匠様の一番弟子があなたのことを助けに来たのに?」
「俺を裏切ったことを忘れたとは言わせないぞ、マジョルカ」
「あら、冷たいお師匠様?せっかくあなたのかわいいかわいい弟子が世界を超えても会いに来て差し上げましたのに?」
そして、マジョルカは俺の方に歩み寄り、体を寄せた。彼女のしなやかな体を振り払おうとしたのに、マジョルカは俺よりもずっと素早かった。マジョルカが俺をがっちりとつかみ、そして耳元で囁いた。
「では、これは必要ないんですね?しくしく、せっかく開発した石化の特効薬なのにもったいない?ですが、お師匠様の命令とあれば仕方ありません、泣く泣く処分しましょう?」
魔法薬学の天才・マジョルカはそう言って、目の前で魔女の小瓶を誘惑するように振った。
「……それを渡す代わりに、裏切りは水に流せってことか?」
「そんなことは私は言いませんよ、お師匠様?私はお師匠様の弟子として、当たり前のことをしただけです?つまり、あなたの助けになりたいんですよ?」
「……何が言いたい?」
「私はお師匠様の言うことなら、どんな命令だって喜んで従います?」
「じゃあ、それをよこせ」
ガラスの小瓶を俺に手渡す直前、マジョルカはそれを引いた。
「お師匠様、これは一本しかないんですよ?アリスとルビーのどちらにお使いになるんです?」
「蛇神を倒したんだから、アリスはもう治ってるはずだ。そう古書に書いてあった」
クランの一室で俺が読んだ本の内容ではそのはずだった。
「残念ですが、それは間違いです?アリスは今もなお、石になったまま暗闇に囚われているんです。きっととても苦しんでいることでしょう?」
「マジョルカ、その瓶をすぐに渡せ」
マジョルカに抱きしめられながら、俺は薬に手を伸ばしたが、それはするりと逃げ出した。
「それでいいんですか、お師匠様?あなたの弟子とそのルビーとかいう少女、どちらが大事とおっしゃるんですか?」
「これは命令だ、マジョルカ」
俺は無理矢理、マジョルカの手から小瓶を取り上げて、迷うことなくルビーに振りかける。そして、マジョルカにこう言った。
「明日までにもう一本頼む、マジョルカ」
「は~~い、まったくお師匠様は人使いが荒いですね?」
薬を振りかけられたルビーの肌がみるみるうちに艶を取り戻していく。ルビーはすぐに元に戻った。
「わたし、どうして……石になったはずなのに」
「大丈夫だ、ルビー。もう悪夢は全部終わったんだ」
「そう、よほど悪い夢を見ていたみたい……」
ルビーを抱きしめた後で、俺は荷物からロープを取り出し、それを輪になる様に結んだ。
「おいマジョルカ、どこに行くんだ?」
「……キャッ!?」
俺達の感動の再会の後ろで、忍び足を使ってここから立ち去ろうとしているマジョルカにロープを投げつけて、拘束する。
「いつも神出鬼没を気取りやがって。とりあえずアリスを治すまでは一緒にいろ」
「でも、お師匠様……」
「その間、二度と俺を裏切らないように説教してやる」
「そ、そ、そんな~~~?私、これから大切な用事があるんです?アリスの分の薬は届けさせますから許してくださ~~~い?」
俺と、裏切者の一番弟子と、蛇神の呪いから10年越しに解放された少女は、そしてようやく家路につくことが出来た。
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