師匠と蛇神の呪い。①


 ――呪いを解呪するクエスト。だけど、その依頼自体が呪われているの。


 リモネはいつものカフェの席に着くなり、そう話を切り出した。


「不確かな情報も多くて、私も全容を把握してはいないんだけど、どうやらそのクエストがいわくつきの代物であることは間違いないわね。クエストの受注者に”事故”が相次いで封印された依頼。厳密にはまだ依頼自体は生きていて、掲示板なんかへの張り出しはやめていた、というのが実際のところらしいけれど」

「危険な依頼ってことですか?だけど、そんなのいくらでもありますよね……というか、危険じゃないクエストなんて冒険者には依頼しないだろうし……」

「もちろん、クエストを受注した後で何があっても冒険者の自己責任というのは基本――」


 リモネさんはそこで声を潜め、顔を近づけた。


「でも、このクエストの受注者は依頼を受けただけで、何もしないうちに全員が、その”事故”にあっているみたいなの」

「依頼を受けた時点で石化の呪いが発動する……しかも被害者にではなくて、冒険者の方に、そういうことですか?」

「まぁ、そう結論を急ぐ必要はないわ。ルビーを呼んでいるから、まずは彼女に話を聞きましょう……それにしてもルビーったらこんな大事なことを黙っていたなんて」

「……もしかしたら話せなかったのかもしれないですね」

「だとしたら、辛いことだわ」


 俺とリモネの間に気まずい沈黙が広がり始めた頃、ようやくリモネがやって来た。


「待たせたわね……」

「ルビー、あなた……」

「そうよ、アタシにはもう時間がないの。だから、強くならないと……強くなってアイツを倒さないと……アタシ一人で……」


 ルビーはうつむいている。リモネも、もう言葉が出ないようだ。


「アイツにあったのはもう十年前の話よ」


 それはルビーがまだ幼い少女であったころの話。彼女は迷子になり、とある蛇神の住処へと迷い込んだ。



 あの時はとても恐ろしかったわ。なんでその洞窟に入り込んだのかは忘れちゃったけれど、とにかくあたりも真っ暗ですっかり迷っちゃって、脱出することも出来なくなっていた。その時、声が聞こえた、とても意地悪な声が。


「くつくつくつ」


 いつの間にかアタシは、巨大な蛇がとぐろを巻いている、その真ん中にいたの。


「お前は何故にオレの棲み処を、この神域を荒らしに来た?」


 アタシはその声音に心の底から震えたわ。迷子になっちゃったの、そういう言い訳が通用するような感じじゃ、少しもなかったのよ。


「ごっ……ごめんなさい。でっ、でぐちをおしえて……お、おしえてくれたらすぐにでていくから」

「いいや、それじゃあすまないね、お嬢さん。ここは人が荒らしていい場所ではないのだ。オレは蛇神で、ここはその寝所、つまりは”神域”だ。神域を荒らすような人間は罰を受けなくてはならない、それが決まりというものだ」

「ゆっ、ゆるして……ごっ、ごめんなさい、ほんとうにあやまるから」

「……ふむ、そこまで言われるとオレも許してやりたくなるが、しかし決まりは決まりだ。その決まりの中でなら、オレは最大限の情けをお前にかけてやろう。お前はかわいそうだからな。選ばせてやるぞ、オレは優しいからな」


 蛇神はその時になって真っ黄色に光る不気味なまなこを開いた。その瞬間、洞窟が不気味な光で満ちたのをよく覚えている。


「選べ。今すぐに死ぬか、それとも蛇神の呪いを受けるか。今、選べ」

「……えっ、えらべない」


 ふるふると首を横に振ることだけが、その時の幼いアタシに出来た精一杯の意思表示だった。


「では、今死ぬか?」

「いっ、いやです……」

「ならば呪われろ」

「いやぁ……しっ、しにたくないッ」

「選べ、どちらかを選べ」


 アタシは蛇神に選択を迫られ、選択した。だから今、アタシは生きている。


 その後、アタシは森の中で保護されて、両親がすぐにギルドに依頼を出した。そして、後はあなたたちの言った通り、ギルドでは冒険者が石化するという”事件”が相次いだ。


 そして、アタシは自分にかけられた呪いが何かを知った。


 それでようやく気付いたの。蛇神は、最初からアタシを殺すつもりなんてなかった。アタシのことを死ぬまで弄ぶために、アイツは私に呪いをかけたのよ。





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