師匠、転生する。②


 顔の真ん中に巨大なたんこぶを作ったデカ男は立ち上がると、殺気立った周囲の連中を制した。


「こいつは俺がやる」


 デカ男が高らかにそう宣言すると、周囲から喝さいが上がる。遠巻きに囲んでいた輪が少しずつ縮まって来て、俺から逃げるという選択肢を奪った。


「お前、見たことない顔だな、どのギルドに所属してるんだ?」

「ギルド、何の話だ?」

「なんだ、ギルドにも所属できない落ちこぼれ冒険者か。いいか聞いて驚け、俺たちは大陸最強のギルド”銀の王国シルバーキングダム”所属――そこでナンバー2の実力を持つクラン”脳みそ筋肉ブレインレス”だ」

銀の王国シルバーキングダムなんて聞いたこともない」

「まったく銀の王国シルバーキングダムの名前すら知らない田舎者が俺たちにたてつくんじゃねぇ。いいからチビ、さっさとリモネをこっちに渡せ!!」


 男は咆哮し、手に持った大斧をやみくもに振りまわして、こちらを威嚇した。


「あなたたち、裏切者のくせに。裏切者が軽々しく”銀の王国シルバーキングダム”の名前を語らないでッ」

「うるさい、竜人は黙ってろ!!!」


 さっきから竜人と言われるたびにリモネの顔が曇っていく。そのことが俺の胸を刺した。


 それでも、今は耐えなくてはならない。さっきの魔法は不意打ちで、俺に注目している者はいなかった。だが今、星瞳術を使えば、今度は確実に呪われた瞳を見られる。 


「よくわかった。痛い目を見ないとわからないようだな、チビ助。胴と首を切り離されてから泣いたって遅いぞッ!!!」


 しびれを切らしたデカ男が大斧を振りかざし、こちらに向かってくる。その一撃を間一髪避けて、俺は息を吐いた。


 ――術は使うな。

 頭の中で声がした。

 一度死んでも、身に着けた生存術は抜けないらしい。


 こんな時、あの弟子たちさえいれば……彼女達ならばこんなピンチ、ピンチとも思わないだろう……違う、あいつらは違う。もうあいつらは俺のそばにはいない。いまさら、あんな奴らのことを考えるな……。


 デカ男の二撃目を避けようとして、泥にわずかに足を取られる。バランスを崩した。次の一撃はよけきれない。そう思った時、頭の中でふたたび声がした。


「私、裏切っちゃいました――」


 聞き馴染んだその声を聞いた瞬間、俺は自分の眼から瞳が消えているのを自覚する。――”星の一刀”、俺は呪文を唱えた。


「ちっ、なんだ武器をもってやがったのか?」


 デカ男が振り下ろした大斧を、俺は光の刃でかろうじて受け止めた。


「なぁ、お前らってなんだよな?」

「おうよ、俺たちは銀の王国シルバーキングダムに反旗をひるがえしたのよ。この戦いに勝てば、俺たちが大陸最強を名乗る。強力なクランも俺たちにしたがう。こんなチャンスは滅多にないぜ!おい、暗いぞ。ちゃんと照らせ」

「そうか……それは運が悪かったな。まぁ、流れ星にあたるくらいだ」

「お前、さっきまで逃げ腰だったくせに急に威勢がいいじゃねぇか。そんな小刀で二度も俺の大斧を受け止めれると思うか。次はないぞ。どうしたお前ら、なんで松明の火を消すんだ?」


 この魔法は周囲の光を捕まえて、剣へと形を変える星瞳術の一つ。星瞳術士として、俺の力は弱い。この術で、俺は果物ナイフほどの刀しか出せないし、松明の光を消すくらいが精々だ。


「弱いくせに調子に乗るんじゃねーーー!!!」

「――たしかに俺は弱い」

「降参するにはもう遅いッ!!!」

「俺の弟子ならば、真昼を真夜中にする――」

「ぐあーーーッ!!!」


 俺は、デカ男を光の刃をもって切り裂いた。


「よくも親方を……ぎゃッ!?」

「お前ら、やっちまうぞ……うわーーッ!!!」


 ボスがやられ、続けざまに襲ってくる周囲の連中を全員斬りふせて、俺は安堵のため息をついた。彼らの動きから、リモネみたいに夜目が効く敵はいないと確信した。


「リモネさん、行こう」

「えぇ……」


 そして、俺はリモネの手を引いて駆け出した。

 


 

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