師匠とアリスのティータイム。


 来るときは手ぶらだったのに、帰り際には借金という全くありがたくない手土産を持たされて、俺たちがギルドを去ろうとしていたその時、俺の手をアリスが引いた。


「アリス、どうかしたのか?」

「マスター……」


 アリスはあらぬ方向を向いて、気の抜けたような顔をしている。一体、何が起こっているのかとアリスの視線の先を見ると、そこはどうやら飲食店になっているようだ。


「私、お腹すきました。マスター、あのカフェに入りましょう。なんかとってもおしゃれです」


 アリスのいう通り、入り口にあるメニュー表も食品サンプルも凝ったデザインのものだ。店に魅せられたアリスに強く手を引かれて、俺は引きずられるようにして廊下を進む。


「ちょっ、ちょっと待てッ」

「何ですか、マスター?早く行きましょうよ」

「い、いや、その不味いだろ……」

「何がですか?」


 俺は、ここに来た時のことを思い出した。アリスはギルメンからよく思われていないのは明らかだし、ギルマスとの交渉も決裂したのにあまり長居するのは得策ではない。しかし、アリスの目が輝いているのを見て、そんなことはひとまず忘れることにした。


「なんでもない。それより、ここってギルメン以外も入って大丈夫なのかな?」


 そういう疑問が浮かんだが、メニューが書かれている黒板にデカデカと書かれている”ギルメン以外の方も大歓迎”の文字を見つけ、とりあえず入店してみることにする。カフェで襲ってくるなんてバカは、あのアルマンド以外にはそうそういないだろう。


 中に入ると室内はモノトーンの落ち着いた雰囲気で統一されていた。しかし、その硬い雰囲気をミキサーで粉々にするこれでもかという植物たち。温室の中に迷い込んだと思うような店内は、やけに清涼感のある空気で満ちていた。


「私はこのケーキセットにします。マスターはどうします?」


 アリスが手渡してきたメニューを一通り眺めて、気になる商品を注文した後で、俺は大事なことに気付いた。


「……アリス、オレ金持ってないわ」


 正確にはゼロですらなくマイナスである。


「大丈夫です、マスター。私、結構持ってますから」

「すまねぇ、本当にすまねぇ」

「いいんですよ。今日は私のおごりです」


 弟子におごられるなんて情けないが、無理矢理、連れ込まれたんだから仕方ないと思うことにしよう。


 やがてアリスが注文したケーキが運ばれてきた。内装に負けず劣らず、おしゃれな食器の上に技巧を凝らしたデザートが乗っかっている。それを前にアリスは”待て”を命じられた犬のような顔をしていた。


「先に食べてもいいぞ」

「はい、マスターッ!!!」


 スプーンでケーキをすくって口に運ぶんだ瞬間、アリスは、


 『んんんーーーッッッ!!!』


 そんな声にならない歓声を上げた。ゆっくりと一口一口味わいながら食べるアリス。俺は自分が注文したケーキに手を付けることも忘れて、アリスが嬉しそうに食べるさまをずっと眺めていた。


 しばらくして、アリスはそれを味わい終えると、おもむろに席を立つ。


「マスター、私用事を思い出しました、とても大切な用事です。すみませんがお先に失礼します」


 アリスは俺が止める間もなく席を立つと、どこかへと消えていった。


「アイツ、支払いのこと忘れてるな……」


 最悪、ギルマスへの借金がわずかばかり増えるだけか、そう思い直して俺は落ち着いてデザートへと向き直る。


 魅惑のケーキを楽しみながら、俺は周囲を眺める。クーデターの後始末の息抜きにこの場所を訪れているらしいギルドメンバーたちはみんな、ここのケーキに舌鼓を打って満足そうにしている。それを見ているのは、まったく悪くない気分だった。


 そんな中に一人、知り合いを見つけた。




 




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