師匠、最強の弟子と戦うはめになる。③
黒い長髪を風になびかせて、俺の前に立ち尽くしているアリスは見たことのない服を着ていた。いわゆるメイド服というやつだろうか。ロングスカートの白いすそもエプロンも飛び跳ねた泥で黒く変色し、汚れている。
アリスはメイドらしく箒を握りしめていた。――違う。今でこそ、その刃を無くしているが、その木の棒は柄なのだ。ひとたび呪文を唱えれば、これは何物をも切り裂く”死神の大鎌”に化ける。
少し見ない間に、俺の弟子は変わり果てていた。
「……マスター」
「アリス、お前は何をやってるんだ」
「強くなるんです。何よりも強くなるんです」
その言葉はつぶやくような声で、今にも消えてなくなりそうだ。アリス、もうやめよう。そう言ってやりたかったが、今の俺にその資格はなく、資格のないその言葉はきっと彼女には届かない。
「かかってこい、アリス。ふがいない師匠だが、俺がお前に本当の戦い方を教えてやる。お前が幼かった、あの頃みたいにな」
「偉そうなことを言いますね。あなたは弱い……弱かったからその命まで失ったんですッ!」
アリスが素早く呪文を唱え、大鎌を振りぬいた。その光刃を間一髪でかわし、こちらも呪文を唱える。
”星の一刀”、同じ呪文のはずなのにアリスの大鎌が”勇者の剣”とするならば、俺のそれは”木でできた剣”のように頼りない。
「そんなナイフで何が出来るんですか。誰を守れるんですかッ!!!」
アリスが生み出した闇の中で、お互いの持つ”星の一刀”の放つ光だけを頼りに剣を交える。暗闇で、俺はアリスの攻撃を間一髪、かわし続ける。
「私はもっと強くなるんです。誰よりも、何よりも強くなるんです。だから、だから邪魔をしないでッ!!!」
「アリス、上を見てみろ」
「……?」
アリスが上を見た……かは、暗くてわからない。
「――そげぶッ!?」
「そうやって下ばかり向いていると、大事なものを見落とすぞ」
星瞳術の一つ、”グラン・ステラ”がアリスにあたったようで、アリスの素っ頓狂な悲鳴が聞こえた。もちろん、これくらいでは大したダメージになっていないだろうけれど、少なくとも戦意を削ぐくらいの効果はあった様だ。アリスの猛攻が少しの間、止む。
「マスター、私は……」
「アリスはもう十分強いよ」
心の底からそう言った。”銀の王国”を半壊させることで、アリスは異世界でも誰よりも強いことを証明し続けている。
「……今の強さじゃ誰も守れない。誰も守れなかった。だから……、だから……」
アリスは泥の中にへたりこんで、泣きじゃくる。
「もっと強くなりたかった。もっと強くなるべきだと思った。そのためにマスターを、弱いマスターを役に立たないと切り捨てました」
そのあとでマスターの処刑のことを知った、アリスはそう言った。だから、アリスは願った。もっと強くなりたい、と。もっと強くならなければと、自分を縛り付けた。
「私が強くなりたかったのは、本当はマスターとその弟子たちを、私の家族のことを守りたかったからなのに……。今、そのことに気付きました。マスターを死なせてしまった悲しみと後悔は”強さ”なんかでは埋められないと……」
アリスの流した涙を、俺は拭いてやった。
「ふがいない師匠ですまない。俺がもっと強ければお前に寂しい想いはさせなかった」
「いいえ、マスターは弱いままでいいんです。私が守りますから。次は必ず、あなたを守りますから」
「師匠のくせに弟子に守られるのはふがいないよ」
「ふふっ、そうですね。でも、マスターは弱いんですから仕方ないです」
「……仕方ないか」
「そうです、仕方ないです」
アリスはそう言うと、泥の中から立ち上がり、すその泥をはらった。みだしなみを整えて、一礼する。
「マスター、また私をあなたの弟子にしてくれますか?」
こうして、”銀の王国”を揺るがせたクーデター騒ぎは終わりを告げた。
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