師匠、クーデターに巻き込まれる。②


 ――アリス・ダブルクロス。


 『マスターへ

 弱いマスターにもう用はありません。

 さようなら』


 そんな短い手紙が、彼女からの最後のメッセージだった。


「アリス君は、この世界にこつぜんと現れたとしかいいようがない」


 ヴェルサに俺を解放するように命じた後で、銀の王国のギルドマスター・フォーマルハウト公メディアは語り始める。


 「”銀の王国”は情報で成り上がって来たギルドでね。もちろん、強力なクランを情報脅迫によって従わせることで大陸随一と言ってもいい強さも誇っていたわけだけど、その両方の面において今回は後れを取ったわけだ。


 アリス君の素性を調べていくうちに、なんらかの方法で異世界からやってきたことを知ったころにはもう遅かった。ナニモノをもなぎ倒していく”強さ”を持った彼女は、その”強さ”で我がギルドの不穏分子たちを味方につけた。


 いや、それとも逆かな?不穏分子が、彼女の強さをクーデターに利用したのかも。

 

 どっちにしても、ボクにしてみれば彼女はまるで季節外れの嵐さ。


 アリス君がひとたび魔法を使えば真昼でも真夜中みたいな暗さになる。どんなに煌々と灯りをつけても全くのムダ。その光をも彼女の魔術は吸い取り、その”死神の大鎌”へと鍛えてしまう。ヴェルサ君やリモネ君みたいに夜目が効く種族でも、本当の闇の前では無力だった。


 とにかく、鬼神のような彼女の強さにほとほと困り果てていた頃に……


「キミが現れたというわけだ――」


 そう言って、メディアは再び手を指し出した。


「だから、ボクは転生者君に問いたい。君は敵か、それとも味方か?」


 そう言われて、俺は戸惑うしかなかった。アリスと俺の関係?率直に言ってしまえば『ふがいない師匠とそれを見限った弟子』としか言えない。それをそのまま伝えるのは、あまりにも身もふたもない……。


 今思えば、彼女に三行半を突き付けられた時が俺の転落の始まりだった。


 その”鬼神のような強さ”の彼女が俺を見限ったせいで、俺は聖教会に捕らえられ、その後処刑された。そう率直に言葉にしても、ますます自分が情けなくなるだけだ。


「……昔、彼女の師匠をしていたことがあるんだ」

「おっと、それは素晴らしい情報だ。お師匠様ならば、彼女の暴走を止めることだって可能だろう?」

「だから、それは昔の話だって」

「なぁに、そんなことはないさ。一度結んだ師弟の絆は、永遠に続く。現に君たちは同じ魔術を使っている。キミもあの光の刃を出す術を使っていたとリモネ君から聞いたよ」


 正直にアリスとの関係を打ち明けたのは俺のことを拾ってくれたリモネに恩があると思ったからだ。けれど、アリスを説得するなんてできっこなかった。


「彼女が俺の言うことを聞くはずがない」

「おっと、それはわからないよ。子の心、親知らずっていうしね。案外、アリス君は君に恩義を感じているかもしれないじゃないか?」

「……わけない」

「困ってるんだよ、ボクたちは。助けてくれないかなぁ?ほらほら、リモネ君からも何か……」

「そんなわけないだろッ!

 恩義を感じてるなら、俺のことを見限ったりしないッ!!!」


 やってしまった。リモネもメディアも、突然叫んだ俺のことを呆然と見つめている。


「……すみません」

「いいさ……キミがそのつもりなら仕方ないな……


 ヴェルサ君、彼を捕えたまえ」


 ヴェルサが再び、鉄の爪を振りかざした。俺も呪文を唱えて、光の刃を作り出す。ヴェルサも竜人で夜目が効くはずだが、この暗い地下でなら彼女の目も役に立たないくらいの闇を作りだせる。


「転生者君、本当はこんな強引な手段はとりたくないんだが、こっちも必死なんだよ。たとえ昔の話でも師匠を人質にとられたなら、アリス君も思いとどまってくれるかもしれない」

「こっちはもうアリスに合わせる顔がないんだよッ!」


 強引にでも切り抜けるしかない。師匠として情けない限りだが、再びアリスと顔をあわせたいとは思わなかった。


 ヴェルサの鉄の爪をかいくぐりながら、俺は扉を目指す。しかし、その扉はリモネがふさいでいるはずだ。思った通り、光の刃が彼女の顔を薄く照らす。


「リモネさん、どいてくださいッ」


 恩のあるリモネを切り伏せたくはない。


「どかないわッ!」


 リモネは立ちふさがり、呪文を唱えた。俺は彼女を斬るのをためらい、その隙に彼女の呪文が発動する。手のひらに痛いほどの冷気を感じたとおもうと、凍り付く。俺は思わず、光の刃を手放した。床に落ちたそれは霧消して、ふたたび地下室に灯りがともる。


「悪いね、転生者君」


 ヴェルサが俺の首筋に鉄の爪を突き付けながら、もう片方の腕を使って、器用に俺を縛り付けた。


「これから俺をどうするんだ?」

「心配しないでも、キミを傷つけたりはしないよ。大事な人質だからね。とりあえずは牢屋にでも入っておいてもら……」


 その時、地下室の扉がばたんと音を立てて開いた。


「ギルマス、ここはもう危険ですッ!すぐに敵がやってきますッ!!!」


 途端に周囲があわただしくなり、ばたばたと逃げる準備が始まる。縛られている俺は、もう逃げ出すことすらできなかった。


 


 


 


 

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