師匠、最強の弟子と戦うはめになる。①
乱暴にヴェルサに馬車に投げ込まれたかと思うと、すぐにその馬車は出発した。 縛られている俺はされるがままになっているしかなかった。遠くの方で金属のぶつかる音、罵声に怒声、悲鳴などが聞こえる。
せっかく、違う世界に転生したと思ったらまたすぐに囚われの身だ。俺ってつくづく情けない。今まで聖教会から逃げてこれたのも自分の実力なんかではなく、やはり弟子たちが守ってくれたおかげなのかもしれないと思うと、本当に自信を無くす。
「アリスってあなたの弟子だったんでしょ。あなたが彼女にしてあげられることって、本当に何もないの?」
そうやって一人で落ち込んでいると、急にヴェルサが話しかけて来た。
「……だから、それは昔の話なんだって」
「そう、たとえ昔の師匠でも彼女がこんな風に暴れ散らかしている理由くらい心当たりがあるんじゃない?突然、この世界にやって来た彼女が、触れる者みな傷つける勢いですべてをなぎ倒していったのよ。よっぽど何か嫌なことがあったんじゃないかしら」
「さぁな、強くなりたい。だから、弱い師匠には縁がない。そう言い残して俺のものとを去っていったんだ。理由なんてなくて、ただ強くなりたい、そのためだけに大陸最強とかいうあんたらを敵に回すことを選んだんじゃないか」
「彼女、まるで何かを思いつめているみたい……」
その言葉は、ちょうど馬車が街道からあぜ道に入った音でさえぎられ、聞こえなかった。
「なんか言ったか?」
「いいえ、何も……私はどっちだってかまわないのよ。あなたが彼女をどうにかしようと思わなくても何もかまわない。私にとって大事なのはギルマスの安全だけ。アリス・ダブルクロスが彼を傷つけようとしたら、あなたを盾にして彼を守るつもり」
「……そうかよ」
そして、馬車の中には再び気まずい沈黙以外、存在しなくなった。
やがて馬車が坂を上り始めたと思うと、丘の上で止まる。俺はヴェルサという女にかつぎあげられ、馬車を降ろされる。いつの間にか昇り切っている太陽の光がまぶしかった。
草原を見下ろす丘の上は、今は銀の王国の簡易的な陣地になっていた。
「やぁ、ヴェルサ来たね。ここが銀の王国の生き残りをかけた最後の決戦の地だ。おそらくアリス・ダブルクロス君も直にここにやってくるはず。ここでアリス君をボクの使える全戦力で迎え撃つつもりだ」
さすがに緊張しているらしい貴族のぼっちゃんのもとには、冒険者が次々やって来て、彼に情報をもたらしていた。
「敵もこの場所をかぎつけて、続々と集合してきています」
「こちらの戦力はいまだ半分しか集合できてません。最強クラン・”
「アリス君の居場所は――?」
「いまだ不明です。ですが、周辺での目撃情報はあります」
「わかった。やはりここが最終決戦場になるだろう。みな、そのつもりで動いてくれ」
ヴェルサに雑に放置された俺は、その様子を眺めていることしか出来なかった。隙を見て逃げ出そうと思ったが、こう人が多いとそれも難しい。結局はアリスへの価値のない人質になる運命を受け入れるしかないのか……それはあまりにもあんまりだ。
アリスは俺の強さに幻滅し、見限った。
正直に言えば、彼女とはもう二度と顔をあわせたくはない。
俺を一方的に見捨てた弟子にふたたび無様を晒すためだけに今、俺はここで囚われている。
「アリス・ダブルクロスの出現を確認ッ!総員、戦闘態勢ッ!!!」
怒声が陣地に響き渡り、今まで以上にあわただしくなる。
やがて戦闘が開始され、瞬く間にこちら側の劣勢が明らかになった。ここまでくれば、理由は言わなくてもわかるはずだ。
戦場の真ん中にぽっかりと開いた大穴。それが何かを、もちろん俺は知っている。それはアリス・ダブルクロスの星瞳術”星の一刀”が周りの光をすべて吸い取ることによって出来た暗闇だった。
その中心でアリスが大鎌を振るたびに、雷みたいな閃光がほとばしる。そして、そのたびに周囲にいる人間たちが切り裂かれていく。すぐにまともに相手するものはいなくなり、その黒球は冒険者たちに遠巻きにされながら、戦場をさ迷うモンスターと化す。
「アリス……一体、何をしてるんだ」
俺は黒球の中の、見えないはずのアリスの表情を想像する。一体、今彼女はどういう顔をしているのだろう。その切ない表情を思い浮かべた時、俺はどうしていいかわからなくなった。
誰かアリスを止めてやれないのか。いや、それこそが師匠としての本来あるべき姿じゃあないのか。この状況こそが、俺がアリスの師匠たる資格がない何よりの証拠じゃないかッ!そう歯噛みした時、俺の体がふわりと持ち上がる。
「――アリス・ダブルクロスッ!!!」
地を揺るがすような咆哮は俺の隣にいる赤い髪の竜人、ヴェルサから発せられたモノだ。
「この男を見ろッ!お前の師匠なのだろう、こいつがどうなってもいいのか?」
ヴェルサは俺の首根っこをつかみ、まるで仔猫みたいに持ち上げて戦場のさらし者にした。アリスはその声に反応して魔法を解き、こちらを見上げる。
カオスな戦場に訪れた一瞬の秩序。
「マスター……」
彼女がそう呟いたのが聞こえるほどに戦場は静まり返っている。しかし、起こったことはそれだけだった。アリスは再び呪文を唱えると、黒球の中に消え去り、戦場は再び混沌の渦へと放り込まれた。
アリスは、かつての俺の弟子は、誰よりも戦場という大波を軽々と乗りこなしているのに、やけに苦しそうに見えた。
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