師匠、クーデターに巻き込まれる。①


 隠れ家に案内され、部屋で着替えをすませていると扉が開いた。


「あきれたわ」


 そうつぶやいて入って来たリモネが、ため息を一つ。


「あなた怪我をしてもいないし、うちのギルドのメンバーでもなかったなんて。まるで詐欺にでもあった気分よ」

「それはすみません。でも、俺も役に立ったでしょう?」

「えぇ、本当にありがとう」


 俺はリモネの顔を明るいところで初めて見た。宝石を張り付けたような鱗が数枚、目の周りに張り付いている以外は、いわゆる人族となんら変わりのない姿をしている。鱗と同じように高密度の氷のような深い蒼の長髪をなびかせて、彼女は俺にお礼を言ってくれた。


「悪いけど、これであなたもクーデター側から狙われていると思うわ。しばらくはこの隠れ家に隠れていることも出来るけれど、見つかるのも時間の問題ね……どうしたのッ!?」


 俺はその時、自分の心臓が張り裂けそうになっていることに気付き、そして立っていられずにしゃがみこんだ。


「やっぱり怪我してた?なら、言わなきゃだめじゃない」

「そ、そういうわけじゃないんです……急に胸が痛くなって」


 この世界に来てから、ずっと体の調子がおかしい。何かが俺の体に起こっていることは確かだが、それが何かわからない。


「少し落ち着いてきました……」


 しばらくうずくまっていると、完全に収まったわけではないがマシになってきた。


「そう……なら、悪いんだけど、こっちに来てくれるかしら。うちのギルドマスターが、私を助けた件でお礼を言いたいらしいの」

「……分かりました」


 俺はリモネに案内され、隠れ家を奥へと進んでいった。樹をくりぬいたような外観のその場所は、隠れ家という名前から連想するような武骨な場所ではなく、むしろ金持ちの別荘と言った趣がある。


「えぇ、そうよ。ここはもともとギルドマスターの隠れ家的な場所だったのね。ヴェルサって娘、覚えてる?あの娘に見つからずに仕事をさぼるための場所だったのよ。だから、ギルドメンバーでも限られた人数しか知らないから、集合場所としてちょうどよかったのよ」

「本当に慌てて逃げてきたんですね」

「えぇ、それはもう急に。ギルド本部がいきなり襲撃されるなんて誰も予想していなかったことだもの。ウチのギルドって情報戦の強さで成り上がって来たみたいなところがあって、そのことで油断していたのかもね。まぁ、クーデターの首謀者の得体が知れないってのもあるんだけど……」

「ギルドメンバーの誰か、じゃあないんですか?」

「いえ、それだけはありえないわ。それにもしかしたら、あなたの……」

「俺の……なんです?」

「いえ、なんでもないわ。こっちよ」


 リモネが首を振り、そしてそれきり何も言わなくなった。地下へと降りる階段を降りて、そしてつきあたりの扉を開けた。


「失礼します」


 いままで通り過ぎたどの部屋よりも豪華なその部屋には、リモネと一緒に逃げていたヴェルサの姿があった。


 こちらも明るいところで初めてその姿を確認する。彼女も眼の周りがウロコに覆われている。しかし、リモネのそれとは真逆に、灼熱したそれは触るだけで火傷しそうだ。それに加えてリモネにはない角が二本、頭頂部から突き出していた。


 もしかしたら彼女の方が竜人としての血が濃いのかもしれない。そんなことを思った。


「ヴェルサ、ギルマスはいないの?」

「食事中ですが、すぐに来られるそうです」


 ヴェルサがそう告げたまさにその時、ばたんっと派手な音を立てて、扉が開いた。後光がさしているその扉の中央に、一目見て貴族の御曹司だと分かる紅顔の美少年が立っている。


「ようこそ、ようこそ。

 ようこそ私の王国へ、ようこそ銀の王国シルバー・キングダムへ。

 ボクがギルドマスターのフォーマルハウト公メディアだ、よろしく」


 少年は大げさな仕草でお辞儀をして、俺の方に手を指し出した。俺はその手を握り返そうとしたが、寸前で彼は手を引く。


「キミは果たしてどっちだろうね、ボクたちの敵になるのか、それとも味方か。敵ならば握手は出来ないよ、君」

「――転生者?」

「キミのような人間をボクらはそう呼ぶのさ。まぁ、キミがそうだという確証はないから、あくまでも推測……状況証拠というやつだけどね」


 いきなりの展開に戸惑っていると、メディアはゆっくりと部屋の奥まで歩いて、そして書き物机に腰かけた。かわいにヴェルサとリモネが俺の後ろの扉の両脇に立つ。


 何か嫌な予感がした。見え透いた罠に引っかかってしまったのかもしれない。


「まぁ、転生者君の正体なんてなんだっていいんだけどね。けれど、問題がないわけじゃあない」

「……問題?」

「そう、リモネ君から聞いたよ。君は魔法を使う時に瞳が消えさり、まるで星をちりばめた夜空のような美しいまなこを見せる、と……」


 やはり、リモネにこの呪われた星の一瞳を見せたのは考えられない大失態だったようだ。それはいい。だが、リモネが聖教会のことを知らないからと言って、逃げ道のない地下室にまでのこのことやってきたのは、油断のしすぎというものだ。


 動き出そうとして、動き出す前にクビにひやりとした感触を感じる。首筋に刃物か何かを当てられている。


「お前ら、聖教会の手下かッ!?」

「まぁ、落ち着きたまえ。キミはどうもその瞳にコンプレックスを抱いているようだが、我々にとってそのことはどうでもいいんだ。その瞳が醜くても美しくてもまるっきりどうでもいい。問題なのは……」


 メディアはそう言って、言葉を切った。


「問題なのは、クーデターの首謀者・”アリス・ダブルクロス”も同じ瞳を持っているということだよ、転生者君」


 アリス・ダブルクロス。その名前は、二度と聞くことのないはずの名前だった。

 

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