精肉店の入間さんは無口

小阪ノリタカ

第1話 精肉店主・入間さん


この町の商店街の端っこには、昔ながらの小さな精肉店がある。お店の看板には『入間精肉店いるませいにくてん』とだけ書かれている。ギシギシと鳴るお店の戸を開けると、整然と並ぶ豚肉、牛肉、鶏肉などが並ぶ。そして、奥に立つ無口な男――店主の入間さんが、今日も黙って、お店の中で仕込みなどをしている。


「入間さーん、こんにちはー!」


ガラガラッとお店の戸が開くと、中学生の奨汰しょうたが元気よく入ってきた。隣には、パーマがやけにふんわりしている近所のにぎやかなおばちゃん・寄畑よりはたさんがいる。


「入間さーん、今日のおすすめはなに?」


入間さんは仕込みの手を止めて、ミンチ肉を指差す。


「じゃあ、そのミンチ肉を200グラムください!」


「あっ!そうだ、入間さん!見てよこれ、学校のテストでね、80点取ったの!スゴいでしょ!」


入間さんは、奨汰を見て、スッと親指を立てて、小さく「うん」とうなずいた。


「やったー! 入間さんにグッドされた!」


「あーそれ(入間さんのグッドサイン)は、相当レアだからねぇ。私なんて15年通ってて、まだ3回くらいしか見たことがないのよ?ひょっとしたら、町で有名人に偶然出会えるくらいの確率(レベル)かしらねぇ?」


寄畑さん曰く、入間さんのグッドサインはなかなか見られない貴重なシーンだとか。


入間さんは相変わらず無口のまま、ミンチ肉を軽く掴んで量りにポンッとのせる。すると、重さはぴったり200グラム。計量を終えるとすぐさまラップして、紙袋に包む――その手つきには一切の無駄がない。


「わんっ!」


お店の奥から元気のよい鳴き声がして、一匹の中型犬がひょこりと顔を出した。名前は「コロ」と言う。茶色の毛並みで、愛嬌たっぷり。


「コロだ~!」

奨汰が走り寄って頭をなでると、コロはうれしそうにしっぽをブンブン振る。寄畑さんはそれを見ながら呟いた。


「ほんと、あの犬(コロ)だけは社交的だねぇ!」


入間さんは何も言わず、ミンチ肉が入った紙袋を差し出した。それを、奨汰が受け取って財布を取り出そうとすると、その手を軽く止めた。


「えっ?」


入間さんはまた、奨汰を見て――紙袋に小さく「おまけ」と書かれたシールを貼った。


「…テストを……頑張ったから? ご褒美?えっ!?ありがとう入間さん!!」


「わぁ、優しい! 入間さんってほんとは中身、メレンゲみたいにフワフワなんじゃないの~?」


入間さんは、寄畑さんの言葉には反応せず、ただコロの頭を軽くなでた。


お店に出ると、既に陽が傾いていた。寄畑さんがポツリと言う。


「…店主の入間さんはね、あの犬と二人きりだった頃よりも、今の方がちょっとだけ笑うようになった気がするのよ。きっと、奨汰くんのおかげかもね!」


奨汰はニカッと笑った。


「じゃあもっと『入間精肉店』に来よう! 俺、次はテストで90点…いや、100点を取ってくるから!」


商店街の端っこ、今日も入間精肉店は静かに営業中。店主の入間さんの言葉数は少ないけれど、なんだか温かい店主の入間さんと、看板犬のコロがいつもお店で迎えてくれる――

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精肉店の入間さんは無口 小阪ノリタカ @noritaka1103

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