アルバトロス冒険録
@Perfect_Scissors
第1話 嗚呼、冒険の始まり始まり
海は大荒れ、船の後ろには台風間近
錆び付いた船が健気にも汽笛を鳴らし続けている。
それもそのはず船の周りには船と同じぐらいの鮫がわんさか徘徊しているのだから。
まるで虎に囲まれた小鹿、弱肉強食という自然の摂理を感じ取れずには居られない。
「面舵一杯―!」
「面舵一杯―!」
せわしなく船首から船尾まで右往左往する船員達の協力もあり船は鮫と鮫の間を進み続ける。
そんな船員達を先導するかのように船の船首に立つ勇敢な女が居た。
「祭りですわーーーー!!!!」
・・・訂正しよう、阿呆が居た。
「お嬢様、そこにつったてると落っこちますよ。」
「まぁ私的にはお嬢様のパンツがチラチラと見えるのでありなんですが」
そしてここにも阿呆がもう1人
阿呆は1人見つけたらもう1人湧くのか、それとも阿呆同士波長が合うから自然に集まるのか。
もし阿呆学会があるならこの謎は学会においても重要な研究対象になるに違いない。
「香取!見なさい!この嵐に!この大量の鮫!」
「最高に昂りますわぁ!」
「お嬢様、やっと私好みのMに育って頂けたのですね。では早速」
涙を流しながらしらゆり色の薄い手袋を一切の気泡を出さずに慎重かつ丁寧に手の甲まで嵌めてゆく
「ちょ、待ちなさい!香取そういう意味じゃありませんのよ!」
自分の矮小な貞操が気になるのか愚直にも慌てて尻を手で防ぐ阿呆
「わたくしが昂ってたのはあくまで冒険譚みたいな展開の事ですのよ!」
「今までこういう危機に直面してなかったでしよう?わたくしこの時が来るまでとてもとても退屈で」
1つ補足しておくがこの阿呆が言っていた退屈な日々は俺にとっては殺伐とした日々である。
やれ労働に対する賃金が少ないと訴える奴隷達を宥めたり、この阿呆のわがままを聞くためだけに獅子奮迅の勢いで海賊船を襲ったりもした。
特に記憶に新しいのはあの変態メイドである香取との防衛戦だろう。
あれはほんとに色んな意味で危なかった。
「でも見なさい!この危機一髪な状況!架空の冒険譚でも中々に見かけませんわよ!」
「まぁ、確かにあまり見かけませんね。こんな状況になったら大抵は海の藻屑になりますから」
「そこがいいんじゃありませんか!愚民共が慌てふためく中でこの高貴なわたくしがサラッと解決する。まさに勇者の鏡ですわー!」
酒精と煙草に浸かりきって気持ちよくなっている脳みそを破壊する破壊兵器のような高笑いが響き渡る。
この状況で致死率の高い船首で駄弁り続け
れるのはもはや勇者でしか無いだろう。
しかし、なんとも阿呆の勇者だろうか。
もはや輪廻転生を何度も繰り返してもこの女の性格は未来永劫変わらないとさえ思える。
阿呆の天才いや阿呆の人間国宝と称されるべきだろう。
「ダメ人間!いい加減うざったいですわよ!人の事をアホアホアホばっかり!」
「全くです。『お嬢様はともかく』貴方に言われるなんて心外です。」
「そのとおりですわ!・・・ん?香取今何か聞き捨てならない事を言ったのではなくて?」
「サーナンノコトデショウ」
「せっかく辞世の句を詠んでいたのによぉ邪魔すんじゃねぇよぉ・・・あーねむ。」
「なーにが辞世の句ですか!ただの戯言でしょう!」
「おれぁよ。この句を足がかりによぉ有名小説家になるんだよぉーんで印税ガッポガッポ稼いで女と酒とタバコ三昧の毎日を過ごすんだ」
「小説王に俺はなる!ってか!あーつまんね。」
「こんなところでお酒とおタバコ両手に抱えながらぶつぶつ喋って全く書かない人間がなれるとは思いませんわ。」
「小説家なんてぇ皆絵の書けない連中だろ?俺でもテッペンぐれぇいけるだろぉ大昔に目指してたし」
「あと読者も読者で大して読み込んでねぇんだから適当にいい感じのテンプレート文を並べりゃ傑作扱してくれんだろ多分」
「冒険譚ファンとしては怒るべきなのでしょうがこの光景を観てると一周回って哀れに思えますわね」
「哀れ哀れ、おらぁ哀れなんだよぉ!あーあ!絶世の裸の美女が空から落ちてきて即合体できねぇかなぁ!全く!」
「それならどうですか?一発やられますか?」
「いえそれは遠慮します。」
当たり前のように人の尻を触りながら手をコキコキ鳴らすやべー女
もしこれが性別が逆であればセクハラを超えて懲役ものに違いない。
男女共同参画社会基本法は一体どこに消えたのか全く嘆かわしい。
まぁ異世界でかつ奴隷がいる世界にモラルなんか求めるほうが筋違いか。
・・・というかさらっと自分の事を絶世の美女だと認めてるよなこいつ
「はぁ、これが『あの』勇者だなんて今でも信じられませんわ」
「兄貴たちー!」
呆れる阿呆と残念そうな阿呆の間に入る小汚い奴隷の男がこっちに早足で駆け寄る。
そういえば今は絶体絶命の危機の状況だった事を忘れていた。
この船に乗り続けると阿呆が感染してしまう。もはや阿呆ハザードと言っても差支えないだろう。
「なんで兄貴はぶつぶつと独り言を?」
「ほっときなさい、少したったら元に戻りますわ。」
「取り敢えず、兄貴に指示された通りになんとか鮫と鮫の間を潜り抜けやしたがこれ以上は理解ですぜぇ!」
「まぁここまでやれば上出来だろぉ」
「でもこのままじゃ鮫と嵐に襲われて終わりですせぇ!」
「うーん!よし!諦めるか!」
「あいつにも言っておいてくれ皆で辞世の句を考えようってな」
「そ、そんな!そんな事言っちゃ親分になんて言われるか!」
「まぁその時はこのメイドがなんとかしてくれるしてくれるだろぉ」
「報酬が菊でよろしければ」
「うーんそれは死んでも嫌だなぁ」
「まぁ冗談は置いといて真面目に働くとしますかねぇ。オンズ!」
「はいっす!兄貴!」
「船の中にあるダイナマイト付きの音響弾をまるごと船尾の方に持ってこい!」
「その2種類を1つずつ船を中心に円型にして海にぶちこめ。」
「あと音響弾に3分のタイマーを忘れるなよ」
「わかりやしたが、本当によろしいので?ダイナマイトもしけって使いもんになりやせんぜ」
「あのでけぇ鮫は普通の鮫じゃねぇ。ありゃ龍との混血だ。」
「龍の混血?それが一体何なんですのよ?」
はぁ、全くあれだけ冒険譚ファンを自称していたのに俺の自伝書(他人執筆)に出てくる龍鮫を知らねぇとはとんだモグリじゃねぇか。
「つまりあの鮫は龍と鮫の特性を持ってやがるという事だ。龍は胃袋に火があって鮫には低周波音を感じ取れる。」
「よって音響弾で1つずつ呼び出せば嵐に影響を与えず各個撃破が狙えるってこった。」
「そして円型にする事で音を聴いて音響弾を食った鮫を更に喰っちまう鮫も現れやすいってわけよ。」
「なるほど兄貴天才っすね!」
「まぁ、龍鮫にはさんざんアイツに苦しめられたからな」
「なるほどそういう使い方もありましたのね・・・」
鼠が猫に身を隠し仲間の鼠に合図を送る声のようにその声は小さく、そして初めて数学の公式を知りその有用性を知った時の感嘆な声質をしていた。
む、なんだが嫌な予感がする。
こんなナリだが俺も勇者歴20年。
無敵のチート能力を持っていたとは言えいくらか修羅場は乗り切ってきたつもりだ。
この俺がこの感覚になりやがるというのは死に直面するくらいだろう。
しかしなぜだろう。この妙な感覚は
新たな敵が居るわけではないが確実に何かトラブルが起きていやがる。
そしてこの感覚はそう・・・無能な味方が居た時の感覚だ!
「おい!阿呆!お前なんか隠してないか!?」
「ギク!」
「サーナンノコトカワカリマセンワー」
「まさか!」
「兄貴!倉庫にあったダイナマイト付き音響弾がありやせん!」
「・・・・」
「お前マジか!?」
やらかした事を再認識したのか、顔汗が止まらずそして鼻水が少し出ている。それはもはや貴族の女性がしてはいけない表情と言っても過言ではない。
「お嬢様、流石に今回のは私も擁護できません。一緒に裸土下座でもしましよう。」
「んなもん今されても困るわ!というかおめぇらにそんな需要なんかねぇよ!」
「おーほっほ!ほっほ!」
終始無言になったかと思えば突然高笑いをしたず阿呆。
まるで犯人を突き止めた探偵のような威風堂々さを取り戻し、狂喜乱舞の表情へと変貌している。
此奴はただのの阿呆ではなく千変万化する系の阿呆なのだという事を再確認できる。
「わたくしがあんなダメ人間の考えを見抜けなかったとお思いましてぇ!?」
何を言い出すか内心少し期待を寄せていたが何ともわけの分からない事を言い出す阿呆。
阿呆に面白い要素が無ければただのやべー奴という事を知らないのか。
「わたくしが既に貴方達下民達の代わりに全てやっておりました!」
「だからこそ船首で勝利宣言をしていたのですわ!」
なるほど分かってて代わりにやっていたのか。なら納得だ!
・・・いやいや!龍鮫の事を知らねぇ人間が出来る訳がない上、この阿呆は倉庫に何があるかすら知らねぇんだぞ。
「おいおいメイドさんよぉ阿呆な嬢さんとは言え流石なこんな土壇場で嘘つくような人間に育てちゃ駄目だろ。」
「いえ、彼女は嘘はついておりません。」
「は?ってことはあれは真実ってぇことか?」
「そうなりますね。流石に少しお頭が緩く嘘も平気でつく彼女ですが、こんな土壇場に嘘をついて罪から逃れようとするお人ではありませんので」
「おそらく主人の鎖の能力を使ったのでしょう。あの鎖には奴隷の考えや感情を小時間ではありますが把握する事が出来ますので」
「おいおいそんな事が出来るのかよ。やべーなあの鎖」
ってぇ事はあれか?俺が夜な夜な考えてた事もアイデアもタイミングさえあってりゃ見えるってわけかい。
とんだ盗作アイテムじゃねぇーか。アレ
もしここが日本ならプライバシーの侵害で訴えてプライバシーの重要性を声高らかに訴えたいレベルの辱めだろこれ。
「そんな鎖にも弱点はありますけどね。」
それが何なのかを聞こうとした矢先、自分の考えを早く知ってほしいと思う子供のように話の間に入る阿呆。
この女の年齢があと10年若ければ可愛らしいと思えるがあの歳でやられるのは天然を超えて腐り果てた何かでしかない。
「まぁわたくしとしても少し物足りないと思って色々アレンジしましたけどね。」
アレンジという言葉でこれだけ不安と安心になったのは始めての経験だ。
例えるなら料理を全く知らない奴がパエリエのアレンジをしたかのような一抹の不安と同時に俺の考えが読めるならまぁ大丈夫かという楽観的な考えが半分になっているかのような気分だ。
というか、俺の考えを盗作したのにも自関わらず自信満々に自分のものにしているのはもはや天性の才能だろあれ。
そんな他の特定の誰かに刺さりそうな考えとは裏腹に話を進めるオンズの姿があった。
「そのアレンジとやらは一体何なんっすか。メロンディ船長」
「良くぞ聞きました!愚民A!褒めてつかわしますわ!」
「俺の名前はオン・・」
「まずつまりこの作戦には穴が2つありますわ!そして、その穴を補填したアレンジになりましてよ!」
穴と聞き、若干集中しだすメイドのせいで集中力を掻き乱されそうになるが若干真面目な感じがするので
「まず!1つ目はタイマーの短さですわ。」
「そもそもお鮫様はいらっしゃるのは海中。どれだけの深さにいるかは分かってていませんわ。」
「それなのに3分で発動というのはあまりにも短すぎませんか?お鮫様が現状浅瀬にいらっしゃるとは言え、深海近くのお鮫様がいる可能性だってありますわ。」
まぁ一理はある。3分では浅瀬の連中は倒せても深海の鮫龍には届かない。
問題は完全に解決しないが嵐の関係上おおよそ3分にしただけだ。
「それを解決するためにまずタイマーを10分にしました。」
「これで深海の打倒は果たせますわ。」
「そして2つ目は確率論であること」
「このダメ人間はダイナマイトを食ったら体内の火が導火線となって爆発すると言っていましたがそれはあくまで可能性の話」
「たまたま全員の鮫がその音響弾を食べない可能性だってありますし、軽く咀嚼するだけして体内の火まで導火線にならない事だってありますわ。」
「そんな博打打ちのような作戦もたまには良いですが確実な方法があります。」
「その作戦とは?」
「連鎖爆破作戦ですわ!」
「連鎖爆破作戦?」
どういう事だ?全く分からない。もしかして今まで阿呆と思っていたこのお嬢さんは天才の部類なのか、嘘だ。信じられない・・・
「あのお鮫様には鮫の性質もあるんでしたわよね?」
「ああ、そうだ。混血としても鮫は鮫だ。」
「なら血の嗅覚にも敏感ということになりますわ。」
「なら確実性を増すために血が出た小魚の腹に入れれば良いだけですわ。」
「確かに確実性は増すが逆になんとかすべき浅瀬の鮫の数が減らせなくなるだろ」
「そこで連鎖ですわ!」
「10匹そこらであればわたくしの遠隔電気魔法で生物の電気信号を利用して操作出来ます。」
「それで直線的に誘導してしまえば一網打尽ですわ!」
「おおー!凄いっす!メロンディ船長!」
「当然ですわ!」
喜ぶ2人とは裏腹に何かを考え込むメイドとダメ人間
「これってあれだよな。」
「あれですね。」
何か致命的な欠点に気付いたいそうな思わぶりな態度とセリフに聞こえる。
「おい、阿呆。今すぐ俺の作戦に切り替えろ。」
「え?なんでですの?完ぺきじゃありませんか?」
「ここが嵐の中じゃなかったらな。」
「嵐?それがなんの関係が」
「そんな直線的に海を刺激しちゃ反発して船の水が飛び上がんだろ!」
「ここの海は今までの海とはちげーんだぞ!」
「え?そうですの?」
まいった。やはりこいつは天才の阿呆ではなかった。阿呆の阿呆だった。
航海に出る際に忠告した言葉を完全に忘れていやがる!
「もう時間がねぇ!早くてめーの魔法でせめて浅瀬に集めさせろ!」
「わ、わかりましたわ!あ───」
その『あ』は完全に何かを漏らしたかのようなやらかしをした時に発せられた『あ』のような口調であった。
「爆発しますわ」
「うそだろおおおおおおお!?」
海が地震のように振動する。
──そしてアルバトロス号は前方45度の空へと駆け上がった。
「うわああああああ」
「ミニーーー!頼むううう!生きててくれっすううううう」
「最後にこれだけを言われせてください」
「あの鎖には弱点があります。」
「その弱点とはお馬鹿さんが使うと悲惨な結果になるという事です。」
「たしかになあああああ!?」
こうしてアルバトロス号は鮫と台風が一気に抜け出しそして船員もまた海の彼方へと飛ばされたのであった。
続く
おまけ
船なき後の台風と鮫しか無い所に空中に浮かぶ翼の生えた女が居た。
「ちっ逃がしたのじゃ」
「中途半端に逃げるのであれば妾直々に出向いて彼奴の首根っこを掴めたというものの何とも口惜しい。」
「ああ、安心せいわが愛しき愛妹と愛娘よ。」
その女は手で頭を触れながら誰かと喋っているかのように見える。
「あのクソ勇者には必ず『責任』を取らせてやるからのう」
そうあやすように言った後、手を頭から話し、彼女の目の前の小さな映像はまるで何も無かったかのように消え失せた。
「ぜっったいに許さんからのう!勇者アレックス!!!」
おまけ終わり
アルバトロス冒険録 @Perfect_Scissors
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