第6話 髑髏坂仁一の悪夢美術館

「死んだはずだろ」

「ええ、死にましたよ。絞首台を登っている時はさすがの私も心臓を高鳴らせておりました」

髑髏坂仁一は「半端事件」の犯人であり。何人もの人間を殺害し死体を損壊した猟奇的な人物であり、すっかり時の人であった。その体躯と顔と年齢から導き出される犯人像にしてはあまりにもキャラクターじみていることがウケたのだろう、遺族の心中を考えると大変最悪な気持ちになるが、髑髏坂仁一は特定の人々の間で人気が出た。彼の犯行・言動・外見のすべてが異質だったからであろう。――――――それはともかく。

髑髏坂仁一はそんな風だから、あれよあれよといううちに死刑判決が下された。

しかし。

いま、髑髏坂仁一は目の前にいる。

花屋で会った日から夢の中にも顔を出さなくなった猟奇殺人鬼は、何事も無かったようにしれっと俺の夢の中に戻って来た――――――それも、首元に縄の跡を残しながら。

地べたに座って何かしらの「作業」をしている髑髏坂仁一に目線を合わせるように、俺もまた座る。

夢の中はまるで工房や作業所のような雰囲気で、周囲にはビーズや石や絵具や糸や鋸やチェーンソーや包丁などが乱雑に転がっている。

「なあ、ひとつ聞きたいんだが」

「なんです?」

「お前って、俺の妄想が作り出した存在なの?」

髑髏坂仁一は「作業」――――――もとい、人間の腕に愛らしい外見のまちばりを刺す手をやめ、俺を見た。俺は続ける。

「だってそうだろ、夢っていうのは閉じた空間だ。誰にも侵されない領域だ。そこにお前が出演するっていうことは―――――――つまり」

俺は髑髏坂の芸術を見ていたい、ってことなのか。

髑髏坂とまた会話をしたい、ということなのか。

そう問われたらさすがに「否」と答える。けれどそれが理由じゃないと、連日連夜夢に出てくる理由が無い。俺が視線を逸らしながら息を吐くと、髑髏坂は口を開いた。

「――――――――夢に出てくる人間は、あちらが『会いたい』と思っているから会いに来るらしいですよ?」

「は?」

「それはまあ冗談なのですけれど。そうですね、貴方様にはねたばらしをしましょう」

実は私は幽霊なのです、と髑髏坂は事もなげに言った。

「―――――――――――は………?」

「しかも、現実に現れる幽霊ではない。ほら――――――墓場だの学校だの病院だの、そういう所では怪異譚が多くあるでしょう。私はどうやらそういうものではないらしい。らしい、というのは私がそう思っているからで、実際にはわからないからなのですが」

「よくわからんな」

「私もわかりませんよ。ただ私は、『夢の中にだけ現れる幽霊』のようなのです。だから―――――――貴方様の妄想の産物ではありません。私は確かにここに居る」

「…………………」

「しかしまあ、死んでも創作活動に打ち込めるとは僥倖。凡庸な男は死に、夢の中のアーティスト・髑髏坂仁一だけが存在し続ける。ふふ、これは楽しい」

「ちなみにその腕どこから取ってきたんだよ」

「こちらですか?こちらはとても美しい腕を持つお嬢さんから拝借してまいりました。相手は悪夢を見た程度で死ぬことは無いし、現実で腕が取れているわけでもない。私はノーリスクで素材を入手できる。どうです、双方得でしょう」

そりゃ現実で死なないのは良いが、だからといって自分が傷つけられる夢を見ると言うのは嫌なものだ。

髑髏坂は様々な人間の夢に現れ素材を吟味し、気に入ったら持ち帰っているらしい。

―――――――これだってこいつが勝手に言っているだけなので、実際に死んでいたり腕が取れていたりする可能性も無くはない。そうでないことを祈るばかりである。


目の前の男はなんとも楽しそうに、鼻歌でも歌わんばかりに制作に戻る。

もう死ぬこともない、金を稼ぐために働くこともない、彼の忌み嫌う体も凡庸な名前もない。

ここに居るのはただの怪異と化した、髑髏坂仁一という男だけである。

「―――――――――ところで貴方様。こういうのはご存じですか?『夢の中では痛みを感じない』という話を」

「あ?ああ……まあ、聞いたことがあるな。……………おい、まさか」

「つまり、今の貴方様から舌を抜いたところで死ぬ事はない。貴方様の猫舌で作りたい作品のアイディアが幾つも幾つもあるのです」

「げ、お、おい、さすがにやめ、」


「――――――――――口の中を、見せて頂けますか?田島さま!」



さて、髑髏坂仁一の物語はこれで幕引きである。

ただ物語は終われど人生は続く。それは人間(おれ)も幽霊(あいつ)も同じこと。

ひとが眠りにつく限り、あいつは好き勝手に夢の中に入ってきては「作品づくり」を繰り返す。ひどく楽しそうにひとを害し、ひどく楽しそうに成果物を持っていく。

だからまあ、せめて。眠りにつく人々の体が、彼のお眼鏡に叶わないことを祈る。


――――――――生きたまま舌を切られる、というのは。夢であっても、嫌なものだ。


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髑髏坂仁一の悪夢美術館 缶津メメ @mikandume3

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