第2話 「豹の眼」

あまりにも眠いので、午後から半休を取った。

――――――これだけ言うとなんという怠惰だと叱られそうなものだが、問題はこの眠気が業務に支障をきたすレベルだという点にある。

俺はいわゆる不眠症で、ここ数か月精神科に通って薬を貰っている。しかし、最近はその薬も効きが悪くなってしまったようで―――――――あるいは、俺の不眠力が勝ってしまったのか――――――めっきり、薬を飲んでも眠れなくなってしまったのである。

次の病院は一か月後。途中で行ってもいいのだろうが、仕事が忙しくて病院に行くどころではない。そんな風に思って必死に働いていたら因果関係は逆転し、「体調を壊しているから仕事を休む」というどうしようもない事態を引き起こしてしまった。

「(あ~………情けな………)」

同じオフィスの同僚、上司、そして取引先に至るまで大変なご迷惑を掛けてしまう。俺一人がいなくなった所で回らなくなる仕事なんて、とも思うが、同時に「俺は今職場において大変重宝されている」とも感じる。どちらが合っている、というわけではないと思う。もしかしたらどちらも間違っているかもしれないし、どちらも正解かもしれない。わからないが、俺が午後休を取ることは間違いなく「不正解」であると思う。

――――――ただ、頭ではそう思うのだが。体の方が正直とはよく言ったもので、午後だけでも休めることに歓喜している。

帰ったら何をしようか。まずは溜まった洗濯物を回して、食器を洗って、ゴミも纏めてしまおうか。いや、案外ソファにダイブしていつの間にか夕方、なんてこともありそうだ。ともあれ俺は休まなければならない。この貴重な午後休を――――――


「…………ん?」


ふいに、足が止まる。

見慣れた帰路の途中。目には入っているが、頭には入っていない背景のひとつに―――――――それ、はあった。

「………ギャラリー『豹の眼』?」

朝早くに出社して夜遅くに退社する。そんな暮らしをしていたからか、いつもはシャッターが閉まっているその場所に目が行ってしまった。

一見普通のビルだ。一階部分には薄暗いスペースにエレベーターがあり、反対側には地下へ続く階段がある。そして「ギャラリー豹の眼」は、どうやら地下にあるらしい。二階から上はなんらかの事務所、整体、ふくろうカフェとなっている。こんな所にふくろうカフェなんてあったのかよ、とも思うし「整体か、体バキバキだし気になるな」とも思うが――――俺が興味を引かれたのは、ギャラリーの方だった。

正直俺には芸術というものはわからない。絵を見てもピンと来ないし、立体物なんてもってのほかだ。けれどどうしてか、原色に塗られたそのギャラリーの看板が気になる。

「(……家に帰って寝るだけってのも……ちょっと、味気ないか……)」

俺はエレベーターの方には行かず、地下へと歩を進める。

――――――――今思えば、引き返すべきだったと思う。

素直に家に帰って寝れば良かったし、なんなら反対側の整体に行くべきだった。

好奇心はなんとやら、という言葉がある。

きっと俺はその時、たまたま助かっただけの猫だったのだ。

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