誤解だ、誤解

「いったぁ……」

 舞華の額が赤色に滲む。

 幸いにも長い黒髪が盾となり、姫空が放った消しゴムの弾丸から守り切ったようだ。

 ”魔王様”を傷つけた姫空はオロオロと申し訳なさそうに舞華に寄り添う。

「ご、ごめん。舞華ちゃん、大丈夫……?」

「魔法使っちゃダメって約束したよね。ね」

「……はい、ごめんなさい……」

 まるで母親に怒られたかのように、姫空は泣きそうな表情で俯いた。


 そんな中、俺は。

(初日から”関係者以外立ち入り禁止”内でたむろしてるなんて不良もいいところだよな)

 ……などと場違いなことを考えていた。

 悪目立ちなことは避けて、穏やかに過ごしたいものだ。


 ——もう、何か行動を起こして悪目立ちをするのは御免だ。


「あの、今更聞くけど」

「……何?」

 姫空は相も変わらず俺を敵視するような目で睨む。

 魔王の側近、というよりは”女の敵”と言わんばかりの目付きだ。

「姫空さん?の消しゴムを飛ばす力って……魔法、なの?」

 自分でも馬鹿げた質問だと思う。だって現実に存在するはずのない力だから。

 それを認めていいものか、という葛藤が脳裏を過ぎる。


 だが、姫空は「ふっ」と俺の質問を鼻で笑った。

「何を今更。その気になればあなたなんて簡単に消し飛ばせるんだから」

「ツキちゃん」

「はいすいません」

 舞華の窘めるような呼びかけに、姫空は姿勢を正す。

 確かに、その関係性は友達と言うよりも「上司と部下」のような立ち位置にも見える。

 そして、もう一つ気になることがあった。

「……ってことは、舞華さんも魔法……が使えるんだよね」

 だが、質問に答えたのは舞華ではなかった。彼女の代わりに、姫空が目を爛々と輝かせて話に割って入る。

「舞華ちゃんになんてこと言うの!舞華ちゃんはね、凄いんだから!さすが魔王様って感じの……」

「ツキちゃん、何度言ったら分かるの」

「はい」

 再び舞華に窘められ、今度こそ壁際に隠れるように縮こまってしまった姫空。

 さすがに気の毒に思えたが、仕方ないのだろう。

「結論から言うと……使えます。ただ、力加減が苦手で……」

「……そうなんだ?」

「信じてないですよね?」

「シンジテルヨー」

 まあ、正直信じられるはずがない。

 姫空は活発な少女、という印象だが。

 それに反して魔王の生まれ変わりだという舞華は、かなり陰鬱な雰囲気を纏っており、運動が得意でないタイプに見える。「力加減が苦手」というセリフのミスマッチも良いところだ。

 だが、埒が明かないと判断したのだろう。舞華はため息を吐き、階段から降り出した。

「……今日は、このぐらいにしておきます。ですが、覚えておいてください。綿谷 水樹を倒すのはこの私……舞華 妃花です。ではっ」

 そう言って、彼女はローファーの叩く音を響かせながら小走りで階段を駆け下りる。

 だが、途中で蹴躓けつまづき「あだっ」とよろめいていた。

 そんな彼女を見かねて、姫空は慌てて駆け寄る。

「舞華ちゃん、大丈夫!?」

「え、えへへ……ごめん、ツキちゃん。ありがとう」

「あんなアホ勇者のこと放っておこうよ。どうせ前世の記憶も無いんだし」

「ん、ううん……そういう訳にも行かないよ。決着を付けないと駄目だし……」

 2人は”関係者以外立ち入り禁止”という看板の立てかけられた屋上へと続く階段を後にした。

 やがて彼女達の姿が見えなくなり、俺は大きく息を吐く。

「……初日から、訳が分からないことに巻き込まれた……」

 一週間くらいの疲れが一気に襲い掛かった気分だ。

 そう言えば教室にカバンを置き忘れているのを思い出し、再びげんなりする。

 恐らく舞華も同様に教室にカバンを忘れているだろう。

 そう思った俺は、少しだけタイミングを遅らせてから階段を降りることにした。


----


 すると、階段を下りた先でとある男子生徒がやってくるのが見える。

 とある男子生徒だ。見慣れた男子生徒ではない、絶対。きっと。

「おい、水樹。お前初日から何女の子とイチャイチャやってんだよ、ええ?」

「……げ、なんでいんだよ」

「伊達に幼馴染やってねえからな。誤魔化しくらい分かるわボケ」

 時宮 奏多はどこか得意げに胸を反らす。

 しかし、次の瞬間にはどこか敗北感の滲んだ怒りの形相で突っかかってきた。

「初日から女の子2人をはべらせるだなんてとんだプレイボーイだなぁ?ええ?たらしさんよぉ」

「誤解だ、誤解」

 女の子二人から言い寄られたのは事実だが、意味合いが全く違う。

 なるべく俺としてはもうあの2人とは関わりたくないところだが。

「はー、羨ましいなあ。”彼女なんかいらねえぜ”って雰囲気の方がモテんのかねー」

「だから誤解だって……」

 いつまで経っても話は平行線だ。

 まあ、実際のことを言ったところで信じてはくれないだろうが。俺だって今だにあの消しゴムが宙に浮かぶ光景を現実だと受け入れられていないのだ。

「まあそういうことにしてやるよ。ただ抜け駆けは許さねえからな!?」

「あー、めんどくさいなお前。そう言う所がモテないんだぞ」

「なっ!?お前言いやがったなお前!?今晩ゲームでボコってやるからな!?」

「はいはい」

 親友と軽口を叩き合いながら、俺達は教室への道を辿る。

 すると、横一列に並ぶガラの悪い男子生徒達が正面からやってきた。

「っ、あ、すみませんっ」

 先ほどまでの威勢はどこへやら。

 時宮は明らかに委縮しきった様子で、向こうからやってきた男子生徒を避けるように壁際で縮こまる。

「邪魔。どけ」

「ひぃっ、すいやせん!」

 壁際で直立不動になって不良集団を避けている時宮を眺めるのは正直面白かった。

 まあ、かくいう俺も面倒は御免だったため、壁に背を預ける形で彼らを避けているのだが。


 しかし、何故か男子生徒のうち一人が、俺に突っかかってきた。

「……おい」

「なんですか?」

 話しかけられるとは思わず、心臓が強く跳ね上がるような感覚になる。なるべく冷静を取り繕うが、手足から急速に血液が抜け落ちるような気分だ。

「お前……なんか見たことある気がすんだよなぁ……?」

「気のせいじゃないですかね……俺、今日入学したばっかですよ」

「ふーん」

 確実に、俺の人脈の中にこんなにガラの悪い男子生徒はいない。

 早々に話を切ってしまいたいところだったが、男子生徒は俺を値踏みするように睨み続ける。

「なーんかお前を見てると喉元が痒くなるというかさぁ……気持ち悪いんだよなぁ……」

「……あ、俺用事あるので行きますね」

 喧嘩でも売られているのだろうか?

 もうこれ以上の長居は身の危険すら感じると判断し、早々に時宮に目配せしつつその場を後にした。

 ちらりともう一度だけ不良らしき男子生徒達に視線を送れば「けっ」と吐き捨てるような言葉を吐いていた。


 かなり肝が冷えるような気分だった。

「お、おい。水樹……お前一体何しでかしたんだよ」

「何もしてないって。誤解だ誤解」

「お前の誤解、もうアテになんねえわ……」

 時宮は引きつった笑みを浮かべたまま、そう不信をあらわにした。

 だが一人は怖いのだろう。俺から遠ざかることなく、その不安げな表情をじっとこちらへと向けてきた。


 ……これが美少女からの目線だったらなあ。


 ----


 ゴブリンの群れが、俺達を取り囲む。

「支援します。いでよ”障壁”!」

 僧侶は、右手に持った錫杖を高く掲げた。その動きに伴い、俺達のシルエットに、薄いベージュの膜が重なる。

「助かる!まずは……一体!」

「ギィッ……」

 支援を受けて、俺は眼前に立ちはだかるゴブリン目掛けてロングソードを振り下ろす。

 鋭い切っ先に喉元を斬り裂かれたゴブリンは、苦悶の断末魔を轟かせながらゆっくりと後ろに倒れる。やがて、ゴブリンは核を残してその姿を灰燼と変えた。

「勇者、後ろを見るんだよ。”火炎”!」

 俺の背後から響く魔法使いの少女の声。彼女が放った魔法は、鋭い唸りを上げながら、俺の背後を取っていたゴブリンを焼き尽くした。

 焦げた匂いを辺りに散らしながら、ゴブリンは踊るように悶える。しかしその動きも徐々に緩慢になり、やがて地面に倒れ伏した。

「任せとけよ。俺が盾になるからさ!」

 戦士も負けじと、その剛力を持って大斧を振り回す。

 豪快なスイングに伴って、彼を取り囲むゴブリンの群れが弾き飛ぶ。


 沢山の魔物を屠ってきた。

 いつだって、俺達の全身には魔物だった灰燼が振りかぶっていたんだ。


 ----


「……?」

 現実離れした光景が、脳裏に映し出された気がした。

 しかしそれは、現実のものと説明するにはあまりにも非現実的すぎた。

「お、おい。水樹、足を止めるなよ。早く帰ろうぜ」

「あ、ああ」

 まるで幽霊屋敷に来たかのように、時宮は早々に俺を急かす。

 俺は一度ため息をついて、学校を後にした。

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気になる彼女は魔王のアイツ 砂石一獄 @saishi159

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