そもそも魔王要素、どこ?

「あの、ごめん。そろそろ帰って良いかな。あんまり教室に長居する理由もないみたいだし」

「え、あっ、あの」

 さすがに入学初日から長居するものではない。

 舞華には悪いが、俺だってなるべく私生活を優先したいのだ。だが、彼女は俺をどうにかして食い止めようとしているのか「あー」とか「えー」とか唸って首を傾げている。


 俺だってなるべく面倒は避けたい。

 だが、それはそれとしてこの自称魔王様に、お灸を据える必要があるようだ。

「あのさ、舞華さん」

「ん、あ、はいっ」

 魔王様はドキリとした様子で背筋を正した。

「そもそも魔王要素、どこ?」

「……えっと」あ。明らかに目が泳いだ。

「勇者とか魔王とかいうけどさ。そもそもそれを説明できるものがあるの?」

「……」

 舞華は黙り込んだ。

 彼女の言葉を借りるなら「引導を渡した」状態となる。

「じゃあ、そう言うことで……」

 もうこれ以上の面倒に巻き込まれるのは御免被る思いだ。学校指定のカバンを肩に掛け、舞華を置いて教室を後にしようとした。


「……」

 舞華は長い黒髪で顔を隠し、力なく俯いている。

 少し可哀想な気もするが、中二病は卒業するべきだと思う。

 そう割り切って、教室を後にしようとした時、1人の女子生徒が教室を前に立っていた。

「あっ、ごめん」

 ブラウンに染めたセミロングの髪が特徴的な、どこか活発的な印象を受ける女子生徒。頭一つ分くらい身長差のある彼女は、俺をじっと見上げていた。

 ……教室で話をしているのを聞かれただろうか?誤解を受けていたとしたら、舞華にも申し訳ないと思うが。


「ちょっと良い?」

 顔を伏せるように俯きつつ、その場から離れようとしたところだった。

 突然その女子生徒に引き留められた。


「……どうしたの?」

 なるべく面倒は避けたかったが、呼びかけられて無視する度胸は俺には無かった。

「舞華ちゃん、ずっとあなたを探してたんだよ」

「う、うん?」舞華の友達だろうか。

「ずっと、ずーっと。待ち望んだ勇者と出会えるんだって。因縁の相手と出会えるんだって。嬉しそうだった」

「へ、へえ……」

 魔王が勇者を嬉しそうに待たないで欲しいものだ。


「あ、ツキちゃん。居たのっ?」

 何やら話し込んでいるのが気になったのだろう。舞華はひょこっと窓を開けて俺達の会話に割り込んできた。

 だが”ツキちゃん”と呼ばれた女子生徒は、不貞腐れたように肩を震わせるのみで返事しない。

 そして、どういう訳か俺を明らかに敵視した目で睨んできた。

「許せないっ、勇者が記憶を失っているなんて!思い出させてやる、魔王の側近……姫空ひめそら つきが思い出させてやるっ!」

「あ、待ってツキちゃん!?」

 舞華はなにやら慌てた様子で彼女を制止する。

 

(魔王の側近、だなんて……この子も中二病なのかな)

 そう呑気なことを考えることが出来たのも。

 束の間のことだった。


 姫空のポケットから、無数の消しゴムが突如として姿を現した。

 それが的確な表現なのかは分からない。

 しかし現に今。彼女の周囲に纏うように無数の消しゴムが浮かび上がっているのだ。

「……随分と手の込んだ手品、だね?」

 さすがに、何かタネがあるよな?

 でないと、今姫空と名乗る女子生徒が引き起こしている現象に説明がつかない。

「へー。そう見える。そう見えるんだ、へー」

 だが、姫空は冷ややかな目で睨むのみ。

 俺より頭一つ分小柄なはずなのに、今この時だけは大きく見えた。

 

 彼女は、静かに俺を指差す。

 その動作に倣うようにして、彼女を纏う消しゴムの角が俺の方を向いた。

「え」

「さすがに殺人罪に触れるのはダメだけど、痛い思いはしてもらうよ」

 変なところで倫理観を保っている魔王の側近とやらは、そう言って消しゴムの弾丸を俺に向けて飛ばしてきた。

「え、わっ。痛い、痛いっ」

 宣言通り殺傷能力こそなかったが、振りかぶって投げたくらいの威力はある。

 俺は突如として引き起こされた不可解な攻撃に、意味も分からず逃げ出すしかなかった。

「……逃がさない」

 姫空と名乗る少女は、無数の消しゴムを浮かび上がらせながら余裕綽々と言った様子で歩みを進める。

 入学初日から冗談じゃない。

 一体何が起きているんだ。


 あと、他に見ている人が居なくて良かった。


----


 さすがに、校内全ての施設はまだ把握できていない。

 「廊下は走るな」と張り紙のされた廊下を走り抜け、グラウンドでジョギングしている野球部を見やりながら校庭を走り、教師が目くじらを立てる中を駆け抜ける。

 結局俺は再び校舎の中に逃げ込み、屋上へと駆け込むという選択肢を選んだ。

 だが、現実の屋上と言うのは非情なものだ。


[関係者以外立ち入り禁止]

 屋上へと続く扉は、鍵が掛かっていた。

「……嘘だろ」

「漫画と現実の区別がついていないの?」

 姫空はふわりと浮かび上がる消しゴムのうち一つを掴み上げ、そう冷ややかな視線を向けた。

 現実との区別と言うのなら、今だって大概非現実的な現象に巻き込まれている。

「何か勘違いしてるよ。俺が勇者だっていう証拠なんて無いよね?」

 息も絶え絶えになりながら、俺は自らの潔白を証明しようとする。

 証明になるのか分からないが、とりあえず生徒手帳に入っていたラミネートされた学生証明を見せつけた。

「……ふうん。綿谷 水樹、ね」


 だが、彼女にとっては些細な問題なようだ。

 呆れたようにため息を吐いた後、再び消しゴムを俺に向けて飛ばしてきた。

「痛っ」

「物理的証明なんて意味ないの。私は舞華ちゃん……魔王様が勇者と認めた相手と敵対するだけなの」

「……舞華さんのこと、好きなんだね」

「そ、そんなんじゃないけど……」

 姫空はどこかばつが悪そうに目を逸らした。

 この話はあまり深堀しない方が良いのかもしれない。


 しばらくしてから、姫空は小さく咳払いした。

 それから、宙に浮かぶ消しゴムの矛先(という表現が正解なのかは分からないが)を俺に向ける。

「魔王様に仇成すものは、私が許さないっ」

「……っ」

 そう言って、彼女は消しゴムを一斉に飛ばしてきた。

 死にはしないが、割と痛い攻撃が俺に襲い掛かる——。


 その時。

「ツキちゃん、だめっ!」

 俺の前に飛び出してきた舞華が、消しゴムの弾丸を一同に受け止めた。

 両手を広げて、俺を庇うように立ちはだかる。

「いたたたたっ!」

 たかが消しゴム。されど消しゴム。

 俺を庇った舞華は、消しゴムの攻撃に涙目となっていた。

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