全く記憶にございません
「なあなあ、帰ってゲームしようぜ!」
高校生活に向けた簡単なオリエンテーションが終わるや否や、時宮 奏多は俺の机に両手を乗せてそう提案してきた。
「悪い、先に帰っていてくれ」
だが、俺——綿谷 水樹には予定がある。
入学生活初日に用事と言うのもおかしいのだが、呼び出された以上は無視するわけには行かない。
「何でだよ?」
案の定というか、時宮は訝しんだ顔色を浮かべ、じっと俺の目を見据える。
納得の行く理由だろうな?と視線で訴えかけているのが伝わった。
ここで馬鹿正直に「クラスの女子に呼び出された」なんて言おうものなら、明らかに面倒が起きるだろう。
ちらりと俺を呼び出した件の女子生徒——舞華 妃花に視線を送れば、蛍光灯に反射した丸縁眼鏡がこっちを向いていた。
眼鏡の奥の瞳までは見えないが「余計なことを言うな」と睨んでいるようにも思える。
「……ちょっと、中学時代の先輩に顔出しに行くんだよ」
とりあえず思いついた案の中で、一番当たり障りのない返事をした。
だが、さすが時宮。うーん、と唸り声を上げた後に俺の期待を見事に裏切ってくれた。
「じゃあ俺も行くわ」
「なんでだよ」
黙って帰ってくれ。
本心としてはそう言いたかったが、無理に追い出すのも愚策だ。
「いや、ちょっと立て込む用事なんだ。お金も借りてるからさ、それも返したいし」
なるべく「めんどくさい事態」という設定を誇張するべく、嘘に嘘を重ねる。
心の奥から込み上げる罪悪感を無理矢理押さえつけ、時宮に説得を試みた。
すると、さすがの時宮も「なら仕方ないか」と納得したようだ。
「分かった、お金は大事だもんな」
「悪い。約束してたからさ」
「その代わり今晩はゲームに付き合えよ。徹夜するぞ」
「なんで学校初日から徹夜しようとしてんだよ」
軽口を叩きながら、時宮は早々に教室を後にした。
気づけば、教室内には俺と件の女子生徒——舞華しか残っていなかった。
どうやら、学校初日という事もあってまだコミュニティが形成されていないのだろう。誰も「教室に残る」という選択肢を取らなかったようだ。
何やら舞華は、その赤色のフレームの丸縁眼鏡でこっちを見ているようにも思う。
その視線にどこか罪悪感を抱く。先ほどまで散々嘘に嘘を重ねたから。
「……校庭、だよね」
結局俺は手紙に書いていたことを馬鹿正直に守ろうとして、俺はいそいそとカバンを持った。それから、廊下に繋がるスライドドアに手を掛けようとした瞬間。
「何で校庭に行くんですか。誰も居ないんだからここで良くないですか」
「え、あ、その」
冷めきった声が響く。
誰も居なくなったものだから、彼女の静かな声が教室内に木霊した。
先ほどのやり取りを聞いていたのか、舞華の皮肉染みた言葉は止まらない。
「なーにが先輩にお金借りてるから、ですか。もっとまともな誤魔化し方あったでしょう」
「そ、それは……」
「……はあ。世界を救った英雄が、こんな人間に落ちぶれていたなんて」
……ん?
今なんて言った?
世界を救った、英雄?
……いや、聞き間違いかもな?
「ごめん。今、何って言ったの?」
「勇者がいるから、魔王が居る。魔王が居るから、勇者が居る」
どうやら、俺を呼び出した女の子は空想を語るのが好きらしい。
だが、舞華は至って真剣だった。丸縁の眼鏡をこっちに向けて、はっきりと告げる。
「ずっとこの時を待っていたんですよ。ねえ、世界を救った勇者さん」
舞華が顔を上げたことをきっかけとして、光を反射していた眼鏡の奥に隠されていた瞳が露わとなった。
くりくりと丸い、大きな瞳。だが、それは——。
「……大丈夫?充血してるけど」
——真っ赤に充血していた。
「違うっ!!何でそうなるんですか!?」
——違うらしい。
想定していたリアクションと違ったのか、舞華はびしっと俺を指差して怒りを露わにする。
「人を指差さない方が良いと思う」
「うるさいっ!!ずっと、私は待っていたんですよ!?ずっとずっと、因縁の相手である勇者の生まれ変わりを!!」
「は、勇者?」
自己紹介の時のぼそぼそ声はどこへやら。
舞華は長い黒髪をヘヴィバンドよろしく振り回しながら、その怒りを全身で表現する。
「そうです、二人組作ってって言われた時に一人余っちゃった時も!その時に三人組グループのじゃんけんの罰ゲーム枠になった時も!ずっとずっと、勇者が現れるまでの辛抱だって我慢していたんですよ!」
「あっ」
「あっ、じゃない!!」
あまりにも可哀想なエピソードを語る舞華が気の毒になる。
だが、彼女としては今はそんなことどうでもいいらしい。
膝丈まであるスカートがめくれるのも気にせずに、ローファーを叩きつけるように椅子に片足を乗り上げた。
「あの。止めた方が良いと思う、女の子がはしたない」
「うるさいっ!!長きにわたる因縁の時!魔王の生まれ変わりこと舞華 妃花が引導を渡してくれますっ!」
そう言って、舞華は俺をびしっと指差した。
……遠くから、吹奏楽部がチューニングする音が響く。
カラスの鳴く声が響く。
色々と突っ込みたいことはあった。
だけど、まずはこの一点に尽きる。
「……あの。お節介かもしれないけど、中二病とか、そろそろ卒業した方が良いと思うよ」
「は?」
舞華は眉を
「ゲームの話かな?魔王とか、勇者とか。俺には関係、無いよね?」
「……はあああああああ??」
怒り半分、呆れ半分。
舞華の苛立ちが籠った声が、再び教室内に響いた。
それから、彼女は俺に背を向けてブツブツと何かを呟き始めた。
「え、嘘。人間違い?」
「あの」
「いやいやいやいやいやいやありえない。ありえないぞ舞華 妃花。魔王は、勇者の存在を魂で認識しているんだ。こいつが勇者で間違いないんだ」
「あのー」
「うるさいアホ!!!!」
「ええ……」
唐突に呼び出されたと思ったら、訳の分からない罵詈雑言を浴びせられる。
こんなことなら、彼女の呼び出しを無視して帰ればよかった。
舞華と言うクラスメイトには悪いが、正直そう思わざるを得なかった。
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