気になる彼女は魔王のアイツ
砂石一獄
新たな道を作り出す日
雨が降っていた。
それは、桃色の雨だ。
「……」
思わず、生唾を飲み込んでしまう。
辺りを見渡せば、灰色のブレザーに身を包んだ、校内指定のカバンを持った人々が揃いも揃って校舎へと歩みを進めている。
自分は違う、と言いたいところだったが結局のところは遠目から見れば俺もその集団を構成する一つに過ぎないのだろう。俺も灰色のブレザーを身に纏った、入学生の一人に過ぎない。
期待半分、不安半分と言ったところだった。
子供と大人の明確な転換期を迎える高校生活が、幕を開けようとしているのだ。
誰も知らない、この高校の中で俺は上手くやっていけるのだろうか。
「おい、何シケた面してんだよ」
見知った顔など、誰も居ない。零から始めなければいけないんだ。
「無視すんなよ。泣くぞ?おい、泣くぞ?大親友
ここから始まるんだ。俺は、新たな世界に一歩を踏み出すんだ。
「おいっ、自分の世界から帰って来いってば!」
「……なんだよ。ちょっと浸ってたのに」
「中二病か?ええ?中二病か??」
ボサボサに伸びきった茶髪の男子生徒、時宮 奏多はどこか不機嫌そうな表情でそう茶化す。
もう小学校からの付き合いであるこいつとは、ほとんど腐れ縁と言っても遜色なかった。彼以上に、付き合いの長い人と言えば両親以外に居ない——
——どれだけ世界を繰り返そうと、私達の縁は続くから——
「……?」
ふと、脳裏に何かが過って消えていった。その正体を手繰り寄せようと脳内再生を試みるが、どうにもノイズがかったものしか映せず不発に終わる。
「おい、また無視か?」
さすがに連続して無視されたことに苛立ちを覚えたようだ。時宮はジロリと冷ややかな目で俺を睨む。
「いや、悪い。今何か大事なことを思い出した気がしてな」
「別に学年代表の挨拶やるとかじゃねーだろ?」
「ん、別にそう言うのはやらないけどさ。なんていうのか、夢の内容を思い出そうとしたような気分って言うかさ」
「えっちな夢か?」
「違うけど」
つまんねー、と時宮は大きな欠伸をした。なんだこいつは。
だが、思い出せないものに執着していても仕方がない。重要なことならば、否が応でも思い出すだろう。思い出せなかったらその時はその時だ。
ひとまず自分にそう言い聞かせ、俺は新たなる学び舎へと足を運ぶのだった。
☆
欠伸が出るほど退屈な校長の挨拶を終え、俺達は教員の指示に従いそれぞれの教室へと歩みを運ぶ。
「っしゃラッキー。お前と同じクラスなだけで気が楽だわ」
時宮はガッツポーズを作り、全身で喜びを表現する。
「別にお前友達多いだろ。どこでもやっていけるだろ」
「つっても親友って呼べるのはお前くらいなもんだし」
「……」
「おい、ニヤけんなよキモい」
あんまりな言いようである。ニヤけているつもりではなかったのだが、彼にとってはそう見えたようだ。
俺は思考を切り替えるように一度大きくため息をついてから、改めてこれから自分が過ごす教室へと思いを馳せる。
「……やっと、出会えた……」
新たに過ごすこの学び舎で、俺は彼女と出会うことになるとは、思いもしなかった。
「時宮 奏多!15歳!好きな食べ物はカレーライス!嫌いなものは生レバー!彼女募集中!よろしくぅ!」
時宮はそう教室内に響き渡る声量でそう自己紹介した。だが、虚しいかな。
静かに彼の声が反響した後は、呆れたような笑い声があちらこちらから聞こえた。まあ、はっきり言えば滑っていた。というか、15歳なのはそりゃそうだろ。
一人一人が、それぞれの自己紹介を行っていく。
当然だが、時宮みたいにアホみたいな自己紹介をする奴はいない。あれはあれで個性と言えば個性なのだろうが、そんな度胸を持ち合わせている人間などそういない。
やがて巡る順番は、一人の少女に到達した。
「……
目元まで隠れるほどの長さまで伸びきった櫛通りの良さそうな黒髪。その隙間から覗く赤いフレームで作られた丸縁の眼鏡。
猫背でボソボソと喋る彼女は、自己紹介を終えた後何故か申し訳なさそうに何度も会釈を繰り返しながら席に座った。
全身からこれでもかと言わんばかりに陰気な雰囲気を放つ彼女。俺はどこか、彼女の姿に見覚えがある気がした。
(……気のせいか)
虚しいかな。女性との縁を持ち合わせていない俺にとって、見覚えのある女性と言うのはいないはずだ。
俺は思考を切り替え、自己紹介でどもらないように意識を集中させる。
そして回ってきた俺の番。なるべく目立たないように、静かに席を立ち俺は自己紹介を行う。
「初めまして。
特に何の捻りもない自己紹介。最初なのだから、特に目立たなくてもいい。
授業の中で交流するのだから、その時にでもお互いを理解すればいいだろう。
……と言うのは良い訳で、正直のところは目立ちたくなかっただけだ。
出来るだけひっそりと、心穏やかに過ごしたい。そう思っていた。
そう思っていたのに。
☆
『放課後、校庭でお待ちしています。 舞華 妃花』
いつの間にか、机の中にそんな手紙が滑り込まされていることに気付く。
時宮がタイミングを外しているところでよかった。
あいつが見ていたら絶対に「ラブレターだ、ひゅーひゅー」とからかわれただろう。そうなれば、きっと俺は今日を時宮の命日にしたに違いない。
(舞華……ああ、あの子か)
今日はまだ自己紹介のみで、クラスメイトの名前を把握しきれている訳ではない。
だが、舞華 妃花という人物にはどこか引っかかりを覚えていた。
初日から告白——ということはないのだろうが。
どこか、胸騒ぎが生まれるのを隠せずにいた。
続く
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