不屈の腹痛騎士

とある町から「近くに生息する巨大な怪物を討伐してほしい」という依頼が届いた。 騎士はその依頼を引き受け、怪物が潜むとされる森の奥深くへと足を踏み入れた。

騎士は、いわゆる“一匹狼”である。仲間を連れず、常に独りであらゆる脅威に立ち向かい、平和を取り戻してきた。今回も、相手の巨体には多少の差こそあれ、騎士にとっては朝飯前の仕事に過ぎない。

背後を取り、騎士は素早く剣を振るい、怪物の体を切り刻んでいく。 気づいた怪物も反撃を試みるが、騎士はその巨大な拳を華麗にかわし、一度も攻撃を受けることなく、着実に相手を追い詰めていった。

しかし、異変が起きた。

身体に違和感が走る。次第にそれは鋭い痛みとなって騎士を襲った。 腹が痛い。まさかの“予想外の脅威”だった。

集中力が途切れたその瞬間、怪物に隙を突かれ、拳が騎士の腹部にめり込む。 「う"っ……」

地面に叩きつけられ、うずくまる騎士。 幸い腹痛の原因で服を汚すことはなかったが、今の一撃で体力も精神も限界に近い状態にまで追い込まれてしまった。

「騎士様!」

声がした方を振り向くと、町の人々が様子を見に駆けつけてきたところだった。 心配そうにこちらを見る町民たち。その中には絶望の表情を浮かべる者や、騎士に落胆したような目を向ける者も混じっていた。

相手は自分の何倍もある怪物。腹痛は今にも服を汚しかねないほどの危機。そして何より、人々の視線。 極限の状況に、騎士は心をかき乱された。

立ち上がった騎士は、怒りにも似た雄叫びを上げ、剣をめちゃくちゃに振り回しながら怪物に襲いかかる。 その狂気じみた攻撃に、怪物はなすすべなく圧倒されていく。 そして隙を見せた瞬間、騎士の剣が怪物の首を真っ二つにし、完全に戦闘不能に追い込んだ。

戦いは終わった。町民たちは歓声を上げ、騎士を称える。

「騎士様、ありがとう!」

「ありがとう!」

だが、騎士の戦いはまだ終わっていなかった。 腹との戦いが、いまなお続いていたのだ。

このままでは、多くの人々の前で情けない姿をさらしてしまう。 それだけは、死んでも避けねばならない。

数人の町民が騎士に駆け寄ってくる。

「逃げろ」

騎士が小さく呟く。

「え……?」

「逃げろ! こいつはまだ生きている!!」

騎士は、咄嗟に嘘をついた。

人々は驚きの悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げていく。

人の気配が完全に消えたことを確認すると、騎士は近くの物陰へと身を隠し、ついに腹痛から解放された。

怪物を倒した。

町を守った。

服も汚れなかった。

だが、騎士は感じていた。 何か大切なものを、いくつも失ったような気がした

孤独な騎士は、そっと剣を鞘に納めた。

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ねふぬぬめのOC達の日常 ねふぬぬめ @nehununume

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