第13章②



久しぶりに店の前まで来ると

胸の奥がザワザワして落ち着かなかった


今までは”お客さん”として来てた場所

でも今日はもう、前とは違う


私はもう──悠の恋人だから


 


「いらっしゃいませ」


スタッフに案内されて席に着く


店の中は、いつもと変わらない華やかさだった


だけど

その中にいる悠の姿だけは、すぐに見つかった


 


黒シャツに細いチェーン

お客さんと軽く談笑しながらも

ふと、私の姿に気付いた瞬間──


悠はほんの一瞬だけ、誰にも気づかれないくらい

わずかに優しく目を細めた


その目を見ただけで

胸の奥が熱くなる


 


少ししてから

悠が私の席にやってきた


「久しぶり」


店の中だから、あえて淡々とした声


「…うん」


私もわかってる

ここでは”いつも通り”に振る舞わなきゃいけないこと


 


「最近忙しい?」


「まあな」


「無理しないでね」


「玲那に言われると弱いな」


そう言ってわずかに笑う悠を見て

また胸がぎゅっとなる


 


──ほんとは今すぐにでも

普通に恋人として手を握りたかった


でもここは仕事場

他のお客さんの目もある


悠の指先に

他の女性のお客さんが自然に触れてくるのも目に入る


「ねえ飛悠〜今日もかっこいいねぇ」


酔った声が隣の席から聞こえてきた


私はグラスをそっと持ち上げて

無理やり笑った


──わかってる

──ここでは仕方ないってわかってる


でもやっぱり

胸の奥がジクジクと疼いてた


 


悠はそんな私の視線に気付いてたはずなのに

あえて何も言わず、プロの顔のまま席を立つ


「ちょっと回ってくる。後でな」


小さく囁いてから、悠は他の席へ移動していった


 


私はその背中を見送りながら

どうしようもなく切なくなってた


──恋人になったのに

──なのに、やっぱり私はまだ悠の全部を独占できてないんだ


そんな複雑な気持ちが

胸の奥を静かに締め付け続けてた

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