第6章②
また、いつもの席
また、いつもの時間
だけど今日の私は
少しだけ心の中がざわついてた
「こんばんは」
「こんばんは」
飛悠は変わらない笑顔で席に座る
その落ち着いた仕草に、いつもなら安心するはずなのに──
「最近ほんとに常連だね」
「…うん」
「大丈夫?飽きない?」
「なに、飽きて欲しいわけ?」
少し微笑むと
飛悠もほんの僅かに口角を上げる
けど
今日は、その微笑みの奥を
じっと見てしまっていた
「…この前」
ふと切り出す
「仕事終わったあと…誰かといた?」
飛悠は一瞬だけ手を止めた
けどすぐ、いつもの落ち着いた表情に戻る
「誰って?」
「黒い車の人」
「…ああ」
短く答えたあと
飛悠は少しだけ視線を外した
「まあ…店の人じゃないよ」
「仕事の関係?」
「そんなとこかな」
ぼかされた返事に
胸の奥がモヤモヤしていく
──私が知らない世界なんだ、やっぱり
「…プライベート?」
少しだけ踏み込んでしまった
飛悠は苦笑した
「玲那、好奇心旺盛だね」
「…だって気になるし」
「気にしなくていいよ。玲那が関わる話じゃない」
そう言われた瞬間
ズン、と胸が重くなる感覚がした
結局
私はまだ、“客”でしかないんだって
突きつけられた気がして
「…そっか」
小さく呟いた
飛悠はそれ以上何も言わず
静かにグラスの氷を回していた
少しだけ重たい沈黙が流れる
私のグラスの氷も、カラン…と音を立てた
「…さ」
小さく声を出す
「ん?」
「私って…さ」
自分でも何が聞きたいのか分からなくなる
でも言葉が止まらなかった
「他の…お客さんと、違う?」
飛悠は一瞬だけ、表情を動かさずに私を見つめた
その視線に、心臓がギュッと掴まれる感覚になる
「なんで?」
「…別に」
視線を外してストローを回す指が震えた
──ほんとは聞きたい
私だけが特別なのかって
でもそんなの、簡単に答えてくれるわけがない
「玲那は…ちょっと変わってるけど、楽だよ」
「…楽?」
「変な駆け引きもしないし、無理に甘えたりもしない」
またその言葉だった
“楽”
“扱いやすい”
それが褒め言葉なのか
突き放してるのか
もう分からなくなる
「でも…」
思わず口をついて出る
「楽なだけなら、わざわざ毎回私が来ても、別に嬉しくないでしょ?」
飛悠は少しだけ驚いた顔をした
ほんの僅かだけ
何かを探るように私を見た
「…嬉しくないわけじゃないよ」
静かな声だった
「玲那が来てくれるのは、別に嫌じゃない」
「……」
たったそれだけなのに
胸がまた、勝手に高鳴る
その一言が
また希望と不安を同時に押し付けてくる
──もっと知りたい
もっと欲張りになっていく自分が怖かった
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