エルフの村でうんこマン

 エルフの戦士に連れられ、俺は森の奥にひっそりと隠された村へと辿り着いた。木々に張り巡らされた蔓の橋、幹をくり抜いて作られた家。幻想的で絵に描いたような神秘的な光景だが、捕らえられている今の状況ではそれを楽しんでもいられない。


 村の中心にある巨大な樹の根元、そこが女王の居館だった。玉座に腰掛けるのは、透き通るような白い肌と金の髪を持つ美しいエルフの女王だった。

 

 彼女の視線は冷ややかで、俺を値踏みするように見下ろしてくる。


「エルフィナよ、この人間は何者か」


「魔物に囲まれていたところを見つけましたが人間ということもあり、我らの存在が露見し、放たれた斥候ということも考え、連れてまいりました」


「そうか、で、人間——。お前はなんでこの死の森とも呼ばれるこの森へと入ってきた?」


 女王の問いかけに、俺は正直に口を開いた。


「俺は、この世界に召喚された人間です。だけど持っていたスキルが役立たないと判断されて、王国からは追放されました」


 ざわっ、と周囲のエルフたちがざわめく。


 女王はこちらを見据えたまま細い眉をわずかにひそめた。


「人間族が異界より召喚した者を追放? そんな無意味なことをする訳がないだろうふざけているのか」


「本当なんです! 俺のスキルは……その……まあ、特殊で、便利とは言い難い。だから無能だと……」

 

 説明すればするほど惨めだが、どうにか納得してもらわないといけない。


 女王は玉座に組んだ脚をゆっくりと組み替えた。


「人間族はスキルこそが絶対の価値とする……か。ならばお前が棄てられるのも道理かもしれぬ」


 その声音には、冷ややかさと、どこか憐れむような響きがあった。


「我らエルフもかつては人間族と隣り合い暮らしていた。だが……」


 女王は視線を宙に投げるようにして、静かに語りだす。


「我らはスキルとは別に、森の加護に根ざした独自の魔法を操る。そして、この容姿……人間族はそれを恐れ、妬み、やがて魔王の眷属と決めつけた」


 場の空気が重くなる。村人たちも目を伏せ、遠い記憶を噛みしめるように沈黙する。


「迫害の末、我らは居場所を追われ、やむなくこの死の森へと逃げ込んだ。人間族にとって、この森は忌むべき地。だからこそ、我らはここでひっそりと生き永らえてきたのだ」


 俺は息を呑んだ。


「……そんな過去が」


 女王はふっと視線を俺に戻す。冷徹な輝きを帯びながらも、その奥には確かな怒りと哀しみがあった。


「だからこそ、人間族の者がこの森に足を踏み入れることは許しがたい。——処刑じゃ」


 女王の視線は容赦なく俺を射抜き続ける。俺はその女王の威圧と処刑される恐怖、そして今までの疲れから声が出ないでいた。


 俺のこの様子を見て、哀れに思ったのか場の沈黙を切り裂くように、俺を捕えてきたエルフの戦士——エルフィナが一歩進み出た。


「女王陛下、この者確かに怪しげではありますが、私が目撃した時、狼の群れに襲われて気が動転し、尻をさらして必死に逃げようとしていたただの情けない男でした。いくら人間といえども処刑は性急すぎるのでは」


 場に、笑いともあきれともつかない空気が広がる。兵士たちは口元を押さえ、女王すらわずかに目を細めた。


「尻を……出していた?」

 

 女王は小さく吐息を洩らし、呆れとも軽蔑ともつかない声音で繰り返す。


「は、はい。ですがその行動も必死さゆえ……。もし斥候であるならば、そんな無様な姿をさらすとは考えにくいかと」


 エルフィナの真剣な進言に、俺は居たたまれず頭を抱えた。 女王は俺をしばらく眺め、考える。


「分かった。だがこの者の話が嘘かは分からんしな……。いや嘘か誠か判断する方法がある。この者はスキルが使えなさ過ぎて追放されたとのことだがそのスキルを見せてもらおう。人間はスキルをあまりに重視するあまりに自分のスキルを貶めるような発言はしない。ということはここでこの者のスキルを見て本当に使えないスキルだった場合、本当と信じようではないか」


 その瞬間、俺の背筋に冷たい汗が流れた。


 ——見せる……? よりにもよってこのスキルを、ここで……?


 俺は心の中で頭を抱えながら、最悪の未来が近づいているのを悟った。心臓が嫌な音を立てている。


 スキルを見せろと言われたら、どうやっても尻を出すしかない。だが女王の前で脱糞なんてしたら、それだけで死刑確定だろ。いや、むしろ首をはねられた方がまだマシまであるかも知れない。でも、死にたくはない。


 俺が必死に頭を回していると、女王が苛立ちを隠さぬ声を放った。


「どうした? 口から出まかせだったのか? 見せられぬと言うなら、この場で斬るまでだ」


 ぞくりと背筋を冷たいものが走る。


 さらに追い打ちをかけるように、エルフィナが俺を励ます。


「エルフはどんなスキルであれ馬鹿にすることなどないぞ。さあ、この場で見せてみろ」


 いやいや、駄目だろ! 絶対に誤解される! 俺の頭の中で警鐘が鳴りまくる。


 だが数分、逡巡している間に、周囲の兵士たちがざわめき始めた。


「やはり嘘をついているのではないか」


「人間族の斥候に違いない」


 視線が突き刺さる。女王の冷ややかな瞳が、最後の審判を告げるように俺を射抜いた。


「やはり処刑か」


 俺はついに叫んでいた。


「ま、待ってください! 今見せますから!」


 自分でも信じられない勢いでズボンを下げ、女王の前に尻をさらけ出した。


 女王は顔を真っ赤にし、周りにエルフたちも顔をそむける。


「なっ……」

 

 ざわめきが一気に広がり、広間の空気が凍り付く。


 次の瞬間、力を込めて腹を押し出し、俺はやった。ぶちっ、ぶぶぶと音が響き、場に異臭が立ち込める。


 女王の顔がかつてないほど険しく歪んだ。


「無礼者ッ!! この神聖な間を汚すとは!!」


 鋭い叱責が広間を震わせる。


 エルフィナですら青ざめ、俺をにらみつけて吐き捨てた。


「この下種め……!」


 次の瞬間、兵士たちが一斉に俺を取り押さえた。腕をねじ上げられ、ずるずると引きずられる。


「牢に叩き込め! この者は変態であったわ!処刑するのも馬鹿馬鹿しい……」


 その女王の一言によって、俺は木の牢の暗闇へと閉ざされていった。


 ——

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学校のクラスごと転移したけどクソスキルのせいで追放された僕の成り上がり~うんこマンといじめられていた僕が異世界で手に入れたスキルはうんこマンだった~ 四熊 @only_write

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