発動条件とスキル能力
俺は、ゴブリンの死骸を前に立ち尽くしていた。
腐り果てた腕、膿にまみれた肉。触れただけで命を奪った。いや、正確には脱糞してから触れたことで、だ。
「……マジでか。条件はうんこかよ」
最悪すぎる。笑い者にされてきたあのあだ名が、そのまま力の鍵だなんて。
けど、笑えないくらい強力なのも事実だった。ゴブリン相手とはいえ、一瞬で勝負を決めたんだ。
問題は――。
「制御できんのか……?」
もし無差別に腐敗を撒き散らすなら、食料も、水も、下手したら森ごと消し飛ばしかねない。俺自身だってどうなるか分からない。
頭がかゆいなと思ってかいた瞬間に自分まで腐敗させてしまっては命の危機だ。
俺は試しに、近くの枯れ枝を拾って握りしめた。
——何も起きない。
「……? 終わった? もう時間切れか……?」
だが検証するために、今度は強く、腐れと意識して握ることにした。念じながら枝を握る。
じゅっ、と音を立て、枝が黒ずみ、指の間からぼろぼろと崩れ落ちた。
「……発動条件は念じること?」
少なくとも、ただ触れただけでは何も起きない。だがここで一つ疑問が浮かんだ。
「待てよ……ゴブリンの時、俺は『腐れ』なんて思ってなかったはずだ」
あの時はただ、恐怖で必死に生き延びようと腕を押さえていただけ。けれど結果的に、ゴブリンの腕は一瞬で腐り落ちた。
「……じゃあ、なんで?」
自分でも納得できない。けれど一つの可能性が頭をよぎった。
「相手に敵意があったから、か?」
もしこの力が、自分の命を脅かすものに反応する自動発動なら……。俺が次に戦うとき、念じなくても触れることで勝手に腐らせられるかもしれない。
「これは次に試すしかないな」
俺はさらに検証を進めた。腕時計を頼りにこのスキルの発動時間を図るのだ。うんこをしてから何分間この能力を使えるのか知ることは重要だ。
再び多くの小枝を拾ってきて握り、腐れと念じる。黒ずんで崩れる。そこから時間を測るように、順に触れてみた。
――五分。
まだ発動する。
――十分近く。
どれだけ強く念じても発動しなかった。
「……持続時間は五から十分程度ってとこか」
思ったより短い。発動条件が脱糞なのに、その上で持続時間まで限られる。
しかも触れなきゃ意味がない。つまりこのスキルは、必然的に接近戦に持ち込まなければならない。
「……使いにくいにも程があるな」
強力だ。間違いなく強い。だがあまりに制約が大きすぎる。敵に肉薄しなければならないのだ。あまり体を動かすのが得意な方ではない俺にとってデメリットも大きい。
俺は溜め息を吐き――ふと、自分の股間を押さえた。
「……っていうか、俺……今、パンツどうなってんだ?」
恐怖と緊張で脱糞してしまった。パンツは当然、惨状だ。 仕方なく近くの茂みで処理したけど結果。
「……ノーパン、だよな」
ズボンは履いているので問題はないが、ノーパンという違和感が大きく歩きにくく感じる。
早いところ森を抜けたいと思っていた。この世界のお金を持っていないのですぐには買えないだろうがパンツが欲しいし、うんこをすることがトリガーとなって発動できる能力なのでしっかりとした食事も必要になってくる。
二日目の朝。まだ多少の体力は残っていた。昨日のゴブリンとの戦闘で力を知った俺は、食料さえ確保できれば生き延びられると思っていた。
「……よし、狩りだ」
森を警戒しながら歩き、食べられそうな動物を見つけようとしていた。
するとちょっと歩いた先にあった茂みの中、鼻で土を掘る大きなイノシシの姿が見えた。体格はデカく、牙も鋭い。
だが、俺にはうんこマンの力がある。
急いで尻を出すと腹に力を入れ、スキルを使うためため脱糞。
そうして俺に気づいてこちらを向いたイノシシに恐れず、歩みを進める。イノシシ自身もこちらに突進してくるが俺は恐れずに手を伸ばしスキルの力を使った。
俺の体にその強力な突進が当たる前にスキルが発動し、イノシシは腐食し絶命したが俺はここで致命的なミスに気付いた。
イノシシの肉は全体が黒ずみ、腐敗の匂いを放っている。とても食べられない。
力はある。確かに戦闘では強力だ。だが、自給自足が必要なサバイバルではまったく役に立たない。
その後、スキルに頼らないで狩ろうとはしてみたものの俺の力では動物を狩ることは不可能だった。
三日目。飲まず食わずだったので、もう立って歩くのもしんどい。体は痩せ、足取りはふらつき、木にもたれながらようやく進んでいる状態。
それでも奇跡的にゴブリンや他の魔物に遭遇せずに済んだのは幸運だった。もし、今襲われていたら、うんこをすることが出来ないのでスキルが発動できず。とうに死んでいたはずだ。
「飯がねえと……スキルすら、発動できねえ……」
苦笑いが漏れる。その時、ガサリ、と前方の茂みが揺れた。
「……っ!」
背筋が冷え、全身の毛穴が開いた。嫌な予感しかしない。
現れたのは、狼だった。しかも一匹じゃない。二匹、三匹、いや……五匹以上いる。群れだ。
鋭い牙をむき出しにし、俺を値踏みするように目が光る。
「は、はは……マジかよ……」
俺は後ずさりしながら必死に頭を回転させる。今の俺が勝てる可能性は一つしかない。
「……うんこだ」
あまりにバカげた結論だが、事実そうなのだ。発動条件は脱糞。それさえできれば、俺は最強だ。
俺は必死にズボンを下ろし、尻を突き出した。
「くっ……出ろ! 頼む! 今だけでいい、出てくれ!」
腹に力を入れるが、三日も飲まず食わずの腹からは何も出てこない。むしろ腸は空っぽで、出せるものなど残っていなかった。
「は、はは……こんな時に……」
尻を丸出しのまま震えている俺を、狼たちは唸りながらじりじりと囲む。完全に獲物としてロックオンされていた。
「や、やめろ……! 俺は食ってもうまくねえぞ! 味も栄養もない!」
無駄だ。人間の言葉が狼に通じる訳がなかった。狼たちは喉奥から響く低い唸りを上げる。
一歩、また一歩と近づいてくる。背筋を悪寒が駆け抜け、全身が硬直する。
「俺……ケツ出したまま……ここで食われんのかよ……」
情けなさと絶望で涙がにじむ。木の枝を拾って振り回すが、手の震えで威嚇にもならない。
狼の一匹が跳びかかろうと体勢を低くした、その瞬間――
ヒュッ、と風を切る音がした。
次の瞬間、矢が狼の脇腹を貫き、そのまま地面に突き刺さった。
「――ッ!?」
狼が短い悲鳴を上げ、のたうち回る。他の狼たちも驚き、唸り声をあげながら一歩後退した。
二射目、三射目。木々の間から飛んできた矢は正確に群れを撃ち抜き、狼たちは怯んで森の奥へと散っていった。
「……た、助かった……?」
へたり込む俺の前に、木陰から一人の影が現れた。
長身で、すらりとした肢体。外套をまとい、手には美しい弓。長い耳を持つ――エルフだった。
「あ、あの……助けてくれて……ありがとうございます!」
慌ててズボンを引き上げ、頭を下げる。尻を丸出しにしていたことを思い出し、顔が真っ赤になる。
だがエルフは怪しい人物を見る目で眉をひそめ、弓を構え直した。
「人間がこの森で何をしている? 見殺しには出来ないから助けてはみたが」
「俺はただ……召喚されて……その、追放されて……迷って……!」
必死に事情を話そうとするが、言葉がまとまらない。空腹と疲労で舌が回らず、ただ怪しい人間が言い訳をしようとしているようにしか見えなかっただろう。
エルフは静かに言った。
「事情は村で聞く。どちらにせよお前を放置するわけにはいかない」
そう告げると、背から縄を取り出し、俺の腕を縛り上げた。力も気力も尽き果て、縄に逆らうこともできない。
こうして俺は、助かった安堵と同時に、新たな不安を抱えたままエルフに連れられ、森の奥へと歩かされていった。
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