独立の銃声、あるいは自由の女神
西暦1775年、レキシントン・コンコードの戦いを皮切りに、ついにアメリカ独立戦争の火蓋が切って落とされた。私は、その動乱の只中にある新大陸の土を、初めて踏んだ。
そこは、ヨーロッパとも、日本とも、全く違う世界だった。全てが、未完成。全てが、荒々しい。だが、その混沌の中には、古い秩序に縛られない、新しい国家を自分たちの手で作り上げるのだという、灼けつくような熱気が満ち溢れていた。
この戦場で、私はまたしても、武器の進化に驚愕させられた。
独立軍の民兵たちが使う、「ライフル銃」。
銃身の内側に刻まれた螺旋状の溝(ライフリング)が、弾丸に回転を与え、驚異的な命中精度と射程距離を生み出している。これは、私が知る火縄銃や、ヨーロッパのマスケット銃とは、次元の違う兵器だ。
個の力が、再び意味を持つ時代が来るのかもしれない。熟練した狙撃手が、このライフル銃を手にすれば、遠く離れた敵の指揮官を、正確に撃ち抜くことができる。
私は、すぐさま、このライフルの構造を研究し、私の持つ技術と財力で、その製造に着手した。ヨーロッパの戦乱で築いた人脈を使い、独立軍にも、そして皮肉なことに、敵であるイギリス軍にも、私はこの最新鋭の武器を売り捌いた。戦争は、いつの時代も、最大の商機だ。この商売で得た莫大な富は、もはや私一人が千年生きていっても、使い切れぬほどの額になっていた。
そんな戦争の狂騒の中で、私は、メリーと出会った。
フィラデルフィアの、とある社交パーティー。武器商人として潜り込んだその場で、彼女は、ヨーロッパの貴族令嬢たちとは全く違う輝きを放っていた。
彼女は、イギリスからの移民である植民地貴族の令嬢だった。燃えるような赤毛、そばかすの散った快活な顔立ち、そして、何者にも臆することのない、真っ直ぐな青い瞳。
だが、その快活さの裏に、深い悲しみを隠していることを、私は見抜いていた。
彼女の父は、独立戦争の初期に、大陸軍の兵士として戦死。母もまた、市街戦の流れ弾に当たって、命を落としていた。たった一人、この広大なアメリカに残された彼女は、しかし、絶望に打ちひしかれることを選ばなかった。
「私は、嘆いている暇なんてないの」
二人きりになった夜、彼女は、遠い目をして、私に語った。
「父が、母が、信じたこの国の未来を、今度は私が作る。それが、残された私の、使命だから」
彼女は、父が遺した巨大なプランテーションを、その若さで、一人で切り盛りしていた。奴隷たちを、父のように鞭で打つことは決してせず、対等な人間として扱い、給料さえ支払った。その誠実な人柄に、奴隷たちは心から彼女を慕い、忠誠を誓っていた。そして、彼女の持つ天性の商才は、タバコや綿花の新たな販路を開拓し、農園の利益を数倍にも膨れ上がらせていた。
私たちは、恋に落ちた。
ミウがそうであったように、快活で、生命力に満ち溢れた彼女の存在は、私の千年分の倦怠を、一時的に忘れさせてくれた。私たちは、独立戦争の喧騒を離れ、彼女の農園で、馬を走らせ、独立の夢を語り合い、そして、愛し合った。
だが、私は、心のどこかで分かっていた。この恋もまた、長くは続かないだろうと。
彼女は、この「アメリカ」という新しい国そのものだった。若く、力強く、無限の可能性を秘めている。そんな彼女の隣に、私のような、過去の亡霊が、いつまでもいるべきではない。
やがて、戦争は終わった。
誰もが予想しなかった、アメリカ植民地の勝利。フランスの支援があったとはいえ、世界最強の大英帝国を打ち破ったという事実は、世界中を驚かせた。
終戦を祝う花火が、夜空を彩る。その光を浴びながら、私は、この国の未来を思って、静かな畏怖を感じていた。
自由、平等、民主主義。
彼らが掲げた、その美しく、しかし危険な理念。それが、この国を、いずれ、世界の覇者へと押し上げるだろう。そして、その巨大な力は、かつてのどの帝国よりも、巧妙に、そして容赦なく、世界を覆い尽くしていくに違いない。
メリーの農園にも、別れの時が来ていた。
「ラン、あなたも、ここに残って、一緒に新しい国を作らない?」
「俺は、過去の人間だ。新しい国には、新しい人間が必要だ」
私は、彼女の頬にキスをし、そう言って、彼女の元を去った。
去り際、メリーは涙を見せず、ただ、あの真っ直ぐな青い瞳で、私を見つめていた。
「……ありがとう、ラン。あなたからもらった勇気と、たくさんの銃で、私はこの国を守ってみせる」
その言葉を聞いて、私は、この恋に、一片の後悔もないことを知った。
再び、独りになった。
だが、その心は、不思議と軽やかだった。
私は、アメリカという国の、誕生の瞬間に立ち会った。その熱を、この肌で感じた。
その熱が、この国の、そして世界の未来を、どのように変えていくのか。
それを、これからじっくりと見届けるのも、また一興だろう。
私の、長い長い旅の、新しい章が、また始まろうとしていた。
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