天下の行方、人の夢

ミウの死後、私は、より深く、裏の世界へと身を沈めた。

表向きは、茶人、絵師、そして、城郭建築家として。私が考案した、複雑な縄張りや、高い石垣を持つ城は、難攻不落を誇り、各大名から建設を依頼され、莫大な富を築いた。

そして、その富で、鉄砲をさらに量産し、それを、時代の勝者となりうる者に、売り渡した。


信長が、本能寺で、自らの家臣に討たれる様も、私は遠くから見ていた。

彼の後を継いだ、猿とあだ名された男、豊臣秀吉が、天下を統一する過程も、全てを見届けた。

秀吉が、大陸への出兵という、愚かな野望を抱いた時、私は冷めた目で、彼の器の限界を知った。

茶人・千利休が、その秀吉に、死を賜る瞬間にも、私は居合わせた。茶の湯という静寂の世界でさえ、もはや、天下人の権力の前には、無力だった。

私は、茶を通じて、各地の戦国大名たちの、その苦悩や、野望を聞き、彼らの癒しとなると同時に、情報を集めた。明や朝鮮との交易で手に入れた、貴重な茶器を彼らに斡旋し、その富は、最早、一つの国をも買えるほどになっていた。


そして、太閤秀吉が死んだ。

天下分け目の、関ヶ原の戦い。

私は、どちらにも与しなかった。ただ、戦の行方を、静かに見守っていた。そして、徳川家康という男の、老獪さと、忍耐強さに、次の時代の匂いを嗅ぎ取った。


徳川が、勝利した。

二百年以上続いた戦国の世は、終わりを告げ、新たな、統一された秩序が、生まれようとしていた。


この頃には、私の存在は、徳川家ですら、容易には手が出せぬものとなっていた。

莫大な富と、情報網。そして、神出鬼没で、誰にも正体を知られぬまま、千年近くを生きる、この私自身の存在そのものが、奇妙な妖力を持った、一つの権威となっていたのだ。

時に、徳川は、私を頼ることさえあった。城の守りのことで、あるいは、海外の情勢について。私は、気まぐれに、それに答えたり、答えなかったりした。


私は、もはや、誰かを愛することはないだろう。

ただ、人間たちが作り出す、新しい時代の形を、この目で、見届けるだけだ。

徳川の世が、どれほど続くか。

そして、その先には、どんな新しい「地獄」か「楽園」が、待っているのか。

私は、ただ、見つめ続ける。

永遠という、孤独な玉座から。

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