マンドレイクの密室

高山航大

序章 人が殺されたのが、そんなに嬉しいの?

 校舎の辺境とも呼べる場所の廊下に、人の気配はない。

 カチリ。

 デッドボルトが受座を叩く音が、静かな廊下に響いた。等間隔に並ぶ教室の内、一室の扉が施錠されたのだ。

 普段使われていない教室であっても、鍵で施錠されている。

 空き教室の扉は、ほんの数秒前に、目の前で開けられた。そして鍵を開けた人物は、こそこそと教室の中に侵入した。

 その瞬間に立ち会えたのは、列から抜け出したところを偶然目撃して、追ってきたからだ。

 私はなんて幸運なのだろう。少女は久しぶりに、心からの祈りを神に捧げてもいい気分だった。

 教室の窓から室内を覗く。もじゃもじゃした癖毛が特徴的な男子生徒が、口元を手で押さえていた。溢れ出る感情を抑えているようにも見える。

 やがて、堪えてきれなくなったのか、感情が口元を押さえた手の隙間から溢れ出た。

 笑い声こそ聞こえないが、仕草から男子生徒は笑っているのがわかる。

 笑う男子生徒の姿に、自分の考えが正しかったと確信する。

 目を離していた間に、男子生徒は教室内を忙しなく歩き回っていた。

 少女は杖を取り出して、空き教室の鍵穴にかざす。カチリと音が鳴った。

 男子生徒は歩き回るのをやめて、考え込んでいるようだった。随分深く考え込んでいるようで、入ってきた少女の存在に気付いていない。

 しばらくすると、男子生徒が顔を上げた。熱に浮かされたブラウンの瞳と目が合う。

 男子生徒の瞳は大きく見開かれた。動揺と後悔が色濃く浮かび上がる。

 誰しも気を緩める瞬間が存在する。どんなに冷酷な暗殺者でも、綺麗な鎧で身を固めた騎士でも、勇猛果敢な戦士でさえも。

 だから一介の学生でしかない彼が、誰も居ない教室で油断したとしても誰も責められない。当然、彼女自身も責めるつもりはなかった。

 男子生徒は焦った様子で口を開くが、彼女は気にせず純粋な疑問だけを込めて、こう尋ねた。


「人が殺されたのが、そんなに嬉しいの?」

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