夏の約束

色伊たぁ

友達になりたくて(前)

入学式も終わり早2ヶ月。例年どおりに梅雨が訪れ、跳ねる髪と格闘しながら辿り着いた教室で天使を見た。


(きれーな子…あんな子うちの教室にいたっけ)


湿気に負けず真っ直ぐに伸びた黒髪と豊満なおっ…じゃなくて、本を開く指の細さに見惚れてしまった。日本人形のように涼やかな雰囲気を放つ彼女に興味を刺激される。そっと深呼吸をして教室に一人座る彼女に話しかけた。


「おはよぉ。ねえねえ貴方と会ったことないよね?転校生?それとも入学式の日休んでたの?雨凄いよねー。私湿気ですぐ髪跳ねちゃう。貴方の髪真っ直ぐで綺麗だねー!艶々で天使の輪でき…あ、ごめん話しすぎちゃった!あはは」


話し始めると止まらないから深呼吸したのに、またやってしまった…。まだ名前も聞いてないのに意識すればする程話しすぎてしまう。


(うぅ、この子もいきなり話しかけられて迷惑だよね。本読んでるのに邪魔しちゃったし…挨拶、挨拶だけでもできないかなぁ)


彼女にも嫌な顔をされてしまうのでは、と自己嫌悪が混ざった申し訳なさから視線を外し、きまり悪げに指を絡み合わせる。幾度か口を開きかけ何も発せずに唇を震わせた。


「おはよう」


凛とした声が挨拶をしてくれた。下げていた顔を勢いよく上げ、目の前にいる彼女に視線を向ける。彼女の視線は手元の本が独占しているが、確かに自分に挨拶を返してくれた。

じわじわと頬が持ち上がり、喜びが胸を支配した。言葉に詰まっていた数秒前の事を忘れ、溢れ出る感情のまま口を開く。


「わぁおはよ!私ひまりだよ!貴方の名前はなぁに?何て呼べばいいかなぁ。ねえ何の本読んでるの?結構ページ数あるね、推理小説?私も本読むけど恋愛とかエッセイばかりだよ!」


瞳を輝かせ彼女の返事を待つ。綺麗に背筋を伸ばしたまま本を読む彼女は、ひまりの事を気にする事なく文字を追う。


(私が喋りすぎてこの子の返事聞き逃したら嫌だし、声綺麗だから邪魔したくないな。返事返してくれたって事は嫌われてはないよね!もう一回声聞きたいなぁ)


じっと彼女の横顔を眺めながら仲良くなれた後の想像を繰り広げる。楽しい未来を想像して、にこにことしているひまり。美麗な横顔はずっと見ていられるくらいに魅力が溢れていた。

自身の側から離れないひまりに根負けしたのか、彼女が横目でひまりに視線を送った。視線を戻し、少し呆れたような声音で気怠げに口を開く。


糸瀬榛香しぜはるか


また答えてくれた彼女、榛香にひまりは更に笑みを深めた。ぴょんぴょんと飛び跳ね喜びを隠すことなく話しかける。


「糸瀬榛香ちゃん!名前も可愛いね。はるちゃん?はるかちゃん?はーちゃんも良いかも!はーちゃん、私はーちゃんの前の席なんだよ!これから宜しくね。」


榛香と挨拶をし、会話を出来た喜びで飛び跳ねそうになるのを堪えながら自分の席に向かう。もう少し榛香と話したかったが仕方ない。後で話せるかもと期待を胸に、断腸の思いで会話を切り上げた。


「前の…病欠の人?」 


が、榛香の呟きに自分の机に荷物を置こうとしていた手を止め、後ろを振り返る。かなり不名誉な覚えられ方だが、榛香が会ったことのない自分の事を記憶に残してくれた事に変わりはない。


「そうそう、入学式の後怪我しちゃってね。先週まで入院してたの!今はぴんぴんしてるよ!」


「そう、もう怪我しないといいね。」


本から目線を外した榛香とひまりの視線が会う。目を瞬かせたひまりは、それが労りの言葉だと気づくと溶けたアイスのように相好を崩した。

榛香は変わらず冷やかな目線をひまりに向けている。


「えへへー、ありがとうはーちゃん!はーちゃんも廊下とか歩く時は気を付けた方がいいよ!湿気でこけちゃうかもしれないから。」


「…ええ」


それだけを交わすと榛香はまた本に視線を落とした。そっと逸らされた榛香の目には戸惑いが映っているように見えた。ひまりは後ろに向けていた体を戻し、静かに授業の準備をする為に手を動かす。


二人きりの教室には本を捲る音としんしんと雨が降る音が静かに響いた。

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