草木が語る お伽話

ヒゲめん

前編 王太子の行方~封印された洞窟の奥

 王太子の行方


故郷のエイルランド国を離れて十年は経つだろう、私はハリムという名前で、このクラニル国のグリル王の娘のアセル王女と結婚し、この国に婿入りして、皆から王太子と呼ばれ、義父となる国王亡き後の後継者の一人に挙げられている。現在、八才の息子を授かり、再び家内のお腹が大きくなって、もう一人家族が増えるのだが、息子が生まれた三年後、義父の国王が寵愛した側室が男の子を出産し、その事がきっかけで私や家族の立場に変化が出てきた。グリル王は孫のような息子をかわいがり、私や娘である家内とあまり接触する機会がなくなってから、どこからか世継ぎに関係した噂話が耳に入る様になった。

私とアセル王女との縁談は、グリル王が隣国のエイルランド国の王である父に話を持ち掛け、二番目の息子となる私が将来、隣国のクラニル国の王になるなら、我がエイルランド国は安泰すると父は考え、大いに喜び、その縁談を快く引き受けた。私が幼かった頃は、父も義父も王ではなく王子の立場で、当時の義父グリル王子と父は、お互いに王宮を訪問し合う程の仲で、私も義父や、のちに妻となる義父の愛娘アセル王女と宮殿の庭で遊んだ記憶がある。当時の義父は気さくで陽気なおじさんだったので、義父の国に婿入りした後は生涯、円満な家庭を築けると思っていた。しかし、それは跡継ぎとは無縁に生きてきた、責任感の無い次男の甘い考えであった。

話を戻すが、今はこのクラニル国には、王の後を受け継ぐ者は二人居る。その内の一人は五年前にグリル国王と関係を持ったとされる側室から生まれた幼王子、もう一人は、グリル国王の長女アセル王女と結婚した私で、私は王になることにあまり関心が無いのだが、嫁は自分が王妃となり息子のアルムを、この国の王子にしたがっている。王位が気になるのは嫁だけでなく、王宮に仕えている者や騎士、貴族、政治に携わる高官共々に派閥があり、その人達が、次の国王は誰になるのかと、派閥同士の言い争いのネタにされているらしい、そのせいか、最近、私にご機嫌をとっては、幼い義弟は本当に王の子なのかと、疑いをかける意見を持ってくる人やら、強引に幼い息子を世継ぎにしようと企てる一派がいると垂らし込む者も出てきて、望むなら故郷に帰りたいと、酒を飲みながら責任逃れのホームシックにかられる有様である。


 話は変わるが、最近になって王の耳にも、世継ぎ問題で言い争いの噂が届いたのか、私と話したいらしく、先程呼ばれたので、只今、王の私室に向かっている。義父である国王とは、行事などで顔を見かけることもあるが、私用で面会するのは三年程記憶には無いので、恐らく、私の家族と王室についての内容だろうと思う。私にとって、跡継ぎ問題は、将来を不安に掻き立てられたりもするが、跡継ぎさえ決まってしまえば、たとえ、この国の後継者に成れなかったとしても、やっと家族の行く末が固まり、安心出来そうな思いも有り、ちぐはぐな気持ちで廊下を歩いて向かっている。王の私室についたので衛兵に挨拶をして、衛兵が中に入り確認をした後、私は部屋に入って国王に挨拶を交した。

 「お久しぶりです親父殿、親父に呼ばれるのはここ最近無かったので驚きましたが、おや、今日は何だか、お疲れ気味のようで、いつもはご子息と仲良き姿を見て元気に感じましたが、今日はどうなされましたか、ご子息に何かあったのですか」

 グリル国王は、少し陰りのある顔だった、明るい話題ではなさそうだ、国王は、陰りを付けたまま軽く会釈をして、静かに私に話し掛けた。

 「ハリムよ、ほんと久しぶりよな、ほぅ、そなたには儂が疲れてるように見えると、儂もな、まだ体は衰えてないと自分では思っているつもりだが、幼いときのお前や娘を庭で追い回してた若い頃の儂は、疲れる事なんて無かったのに、今は息子と少し走るだけで息を切らすようになって、息子はつまらなそうな顔をするでの、かけっこはお前に頼みたいくらいじゃ、儂は息子と遊んでいる時はいつも、お前と娘の昔のことを思い出す。当時は王でなかったので、なんの憂いもなくお前らと楽しく走り回れたのに、今はいくら笑っても、国政や高官、貴族共のいがみ合いで悩まされている儂の不安を、子供は見抜くせいか、遊んでるのに何か不安な目で、儂を見る時があって辛くなる。子供は恐れを知らない若いときに作るものだと感心するわい。儂は幼き頃のお前や娘を、今の息子より大切にしていたと感じるがのう、今の私の心情じゃ子供を大事に出来んわい、儂が死んだ後の後継者の問題のせいで国の統制が取れず、国政の議会の論争にまで、後継者の話を持ち出す者までいると聞かされ、王として、国を統治する者としての素質が、儂には無い事に嘆くばかりじゃ、こんな儂の下で暮らしてる民にも、申し訳ない気持ちでまた辛くなり、そんな事を考えてるわしの顔を息子が覗き込んで『大丈夫?びょうきなの?』と子供に心配される日々がわしの現状じゃ」

 ハリム王太子は答えた。

「今の親父を見てると、王になるものではないと教訓に出来ます。私はここに来た時と変わらず毎日を過ごしてはいますが、私の近くで私の耳に届かない、陰のある話をする者が出てきて、その者達は一体何を話してるのか、誰の身の上を話してるのかと、私のような者でも気になります、そして今の親父の話を聞いて、これが王になったら周りはどのような陰口を話しているのだろうかと、毎晩気になって、とてもじゃありませんが、眠れない日が続きそうで、私も親父の体の具合が心配になります。今、王がご病気になりこの王宮から消え去ってしまう事態になれば、国家が大惨事となり、私の家族やご子息の身がどうなることやら、いつ宮殿に日が差すかはわかりませぬが、今は王が元気でいる事のほうがこの王宮は穏やかに過ごせるかと思いますので、ご子息のためにもお体には気を使ってください」

 「この国はわしが生きてたら冷戦、死んだら火中か、そんな事聞かされて、わしは息子にどんな顔すればいいのだろうか」

 「率直に言いますと、最近、お世継ぎの噂話を耳にします、中には派閥同士で世継ぎの話が原因で、言い争いをする者までいるとの事で、このまま放置して事が大きくなれば、誰が世継ぎになっても国家の力関係が崩れ、多くの者が国を去り、この国にとって大きな痛手になり兼ねません。私は家族と安心して暮らす事が出来れば、それで良いので、ここは陛下がこの国を去った後のことを、できるだけ早く決断して公言すべきだと考えます。このまま知らぬ顔の存ぜぬでは、噂が先走りして何か良からぬ事が起きそうで、いや、時間が解決するという考えでしたら、私はこれ以上、進言は致しませぬが」

 「確かに、儂がはっきりしないから、影で噂が持ちきり、言い争いの道具にされ、それが我が血筋の、王室の恥となってる。そして、はっきりさせる事ができるのが儂だけというのも辛いものじゃ、どちらを世継ぎにしても行く行くは、どちらかがここを去らなければならぬ運命になる辛い決断じゃ、先程、遠いところに居るお前の祖国エイルランドの国王、つまり、お前の本当の親父に手紙を出した。ここだけの話だが、お互いの領土を少し分けて、お前をその土地の領主にしようと思っておる。だがな、これは決してお前をここから追い出そうとしてる訳では無い。今の幼き息子では領土を統治するのは無謀な話だが、お前ならその土地を統治できようぞ、すまぬな、儂はお前を跡継ぎにするつもりで向かい入れたつもりじゃ、こんな辛く苦しい目に会わすために、娘を嫁にと、頼んだのではないと解って欲しい。これが儂にできる精一杯の償いじゃ」

 「左様ですか、わかりました、私は、陛下と私の家族が元気で過ごすことが出来れば、これ以上の幸せがございませぬ、実を申しますと、我妻は息子を世継ぎにと強く願ってますが、私が必ずや説き伏せて見せます。陛下のお心に感謝致します。私は王に従い、王が用意された土地の領主になる事をお受け致します」

 「すまぬ、本当ならば、儂の跡を受け継ぎ、我が息子の世話を全て任せたいところじゃが、其方は信用できても、この国にいる貴族や高官共が信用出来んわい、私がここから去った後の息子は、どうなることやら・・・儂は恐らく、息子が大人になるまで持ちそうにないしの・・・こんな老いてから世継ぎを作ってしまった、儂を許してくれ」

 「わかりました。陛下はもう、お体にお気をつけて下され、今夜は冷えますぞ、暖炉の火をつけるよう、外の者に頼んでみます。話が終わったのであれば、これにて失礼します。では陛下、お体にお気をつけて下さい」

 私は部屋を出て、この場を後にした。とにかく、これで世継ぎ問題が解決しそうで胸を撫で下ろした。

 

 私は宮殿を去り、王宮の敷地内に建てられた屋敷に戻った、この屋敷は私がここに来てから建てられた屋敷で、最初は宮殿に住んでいたが、王女である家内がここから出て生活をしたいと義父に言い詰めて、宮殿から数キロ先に建てて貰った屋敷だ、屋敷の居間には、私と同じく、エイルランドから移住してきた友人が寛いでいた、その友人とはこの国に来てからの唯一の気の許せる同郷の友で、お互いに時間があるときは、よく、ここで故郷の思い出話で花を咲かせ、肩の力を抜いてソファで寛ぐ事が多かった。

友人は、お茶を入れ、私の顔を診て、少し笑みを浮かべて、私に話し掛けた。

「今日はいつもと違って穏やかですね」

 「わかるか、やっと、世継ぎの事で解決しそうだ、家内には悪いが、私はこの国の王にはならず新たな土地の領主にするそうだ。それが決まったら、私も肩の荷が降りる」

 「よかったですね、私はあと三日でここを去り、貴方を一人残すことになったので、私だけ逃げてるようで気掛かりでした。これで安心してここを発ち、祖国のエイルランドに戻ることができます」

 「何を言ってる。ここに来て苦労したのはむしろ、其方の方ではないか、其方には本当に悪いことをした、元はと言えば、私がこの国に婿入りで着た際に、この国には薬師の数が少ないので、是非とも薬師協会創設者の血を受け継いだ其方に来て欲しいと、国王に懇願されて来た筈なのに、ここに着てからいろいろな災難が起こって、醜い目に合って祖国に追いやられる様な辛い目に合わしてしまって、私は申し訳ないと思っておる。お前はヴィアゴル家の兄弟の中でも一番の優れ者と呼ばれ、確実に薬師協会の総括委員長の席に、そして、行く行くは会長の席に座ると言われたのに、この災難のおかげで其方の経歴に傷をつけてしまった。申し訳ないと心から思っておる。ここでは気の休まる時はなかったであろう。祖国に帰って、充分に心も体も休むが良い。確か、其方の代わりで特級薬師がこの王都に配属される筈だったな、其方の問題が先に解決されて助かった。もし、其方が放置されてたら、私は領主になる話を断ってたかもしれんな」

 なにやら、『薬師』と『薬師協会』という名前がよく出るが、この大陸の全域においては重要な役割を担う組織であり、この物語の本筋にも深く関りますが、説明は後で詳しく書くとします。そして今、ハリム王太子の話し相手となっているのが、ハリムに同行してエイルランドから派遣された、ヴィアゴル家の次男オトキオと言う名門の特級薬師である。

 「いえいえ、元はと言えば、私の不注意から起こったトラブルです。特級薬師として、そしてヴィアゴル家の一人としての失態をしてしまったのは事実です、私さえしっかりしていれば、このような事は起こりませんでした。この失態に於いては、私が去らなければ、こちらの王室にとっても辛い事でしょう。私の不注意により、貴方と協会と私の家系に対する信用を落としてしまって、申し訳ないといつも思っています」

 「いやいや、其方は何も悪い事をしとらん、誰も悪くはない、まさか、このような悲劇が起こるとは・・・、とにかく、エイルランドに戻ったら、ゆっくり休養致せ、其方はこの国の民のために寝る間も押しまず働いてくれた。民は其方に感謝はしても悪く思う者は誰一人おらんはず。胸を張ってここを去られよ」


 先程話された、特級薬師であるオトキオに起きた、悪い出来事を説明するに当たって、まずは薬師と薬師協会の説明をします。

 この大陸全域では薬師という職が存在する。薬師とは薬草や火薬、毒薬、麻薬などを管理する役割もあれば、人々の病気の治療や処方箋を調合する、医師や薬剤師のような役割もあり、この大陸の薬に対する取り締まりは薬師に一任される決まりがあり、薬師しか所持や使用が許されない薬草や薬も存在する。軍事で扱う火薬の調合や管理も薬師に任せる事で、この大陸の国同士は、急激な兵器用の火薬を大量に用意する事が出来ず、実際に大量の火薬を用意したとしても、薬師が協会に報告し、情報が筒抜けになるため、隣国も安心することが出来た。そのためか、武器用の火薬の管理と製造は薬師に一任するのが、この大陸の国や領主の戦争を起こさないという、お互いの意思表示となっている。

なぜこのような生業になったかというと、大昔に二大勢力の魔族が紛争を起こす、魔族大紛争が起こったのがきっかけで、巻き込まれて被害にあった大陸中の国々が、魔族や魔術師を恐れて排除したために、当時の魔法使いが扱っていた調合や医師や魔術による軍事や国政の仕事を薬師によって置き換えられたためと、言い伝えられているが定かではない。

 その薬師と薬師協会についてだが、創設者はゴバール・ヴィアゴルという、あらゆる薬に長けた賢者で、魔術師が排除されてから、この大陸は度重なる疫病に悩まされ、疫病が発生する度に、この創設者のヴィアゴル家の一族とそれらの弟子達によって、治療や予防が施され、疫病を凌いできたと、この大陸の昔話では語られている。

そして、より疫病に対応するために、ゴバールは弟子達と一緒に協会を立ち上げ、薬師という専門家を作り、この大陸の各方面に派遣し滞在させ、各地の状況がその協会を通じて共有し合うことによって、国境を越えて広範囲の活動が可能になった結果、疫病に対して迅速に対応が出来る様に成り、この大陸の国家及び民に取って、必要不可欠の役割を担う薬師協会という薬師が集まって組織化された大規模集団が誕生した。

 薬師協会について、現在は内部で委員会を設置しており、会長とその下の五人の総括委員長が筆頭となり運営が施されているが、今でも創設者の家系のヴィアゴル家の家元が実質的な一番の権限を持っており、その五人の総括委員長は全て、家元と親族となっている。ちなみにこのヴィアゴル家は代々エイルランドを居住地としているので、協会本部もエイルランドに存在する。

 それから、現在のこの物語の舞台である、このクアニル王国の薬師事情についてだが、ハリムの婿入り以前に、クアニル国王都の特級薬師が病気で死んでしまった出来事と、疫病が長い間蔓延していた原因で医療方面の人手不足が深刻化したために、地元の医療強化と薬師の育成目的が理由で、ヴィアゴル家の次男であり、特級薬師であるオトキオ・ヴィアゴル師が、ハリムと同行してクアニル王国の特級薬師として、弟子達と共に派遣された。この人が先程から、ハリムの話し相手となっている。

 この特級薬師であるオトキオ師は、このクアニル王国での職務についてから、民衆を相手に健康や衛生への意識向上、手軽に扱える薬草の基礎などを教える講座を開き、街の近くの森や野原に民衆を連れて行き、薬草を採集するための課外授業を施したりして、民衆の病気予防に貢献し、治水を調べ、行政機関である重臣に不衛生な箇所の改善を要求し、飲み水の衛生面を考慮して、茶葉や薬草の栽培を一部の農家や職を失った者に指導した。

 このおかげか、街の衛生は向上して病気になる患者の数は減り、健康な家庭が増加して、オトキオ師のこの国での活動は、万事上手く行っているかの様に思えたが、ある出来事が起こった。

 国王の弟は結婚した後、医療厚生相の役職に就き、何不自由の無い生活を送っているが子宝には恵まれなかった。だが、妻の兄と関係を持っていた愛人が、ある日、二人の女の子を置き去りにして蒸発をしたので、既に妻子持ちの兄が、残された愛人の子供の世話で困っているのを聞いて、国王の弟である旦那と相談をして、その幼い姉妹を養子にして、将来、結婚する婿に家督を次いで貰う計画を立てた。その母であった女性が美人だったのか、月日が経ち、養子の姉妹は美しい女性姉妹に成長し、王都中で有名な王家の美人姉妹となった。

その姉妹は義父が医療厚生相のため、薬師と深く関わりを持ち、姉妹共に薬草や医療に興味を持って学び、長女は特級薬師と付き合う様になって婚約を結び、その姉の婚約者の推薦で姉妹は一級薬師となった。しかし、その特級薬師は疫病患者を診て回った時に、自分に疫病がうつってしまい死亡し、その後義父は姉妹まで疫病で失うのを恐れて、姉妹には医療に係わらせないように図った、それで姉妹は患者に一切近づくことが出来ず、外で薬草を採集する様になり、よく森で見かけることが多かったので、街では『森の王女姉妹』と呼ばれるようになった。

 オトキオ師がこの国に来日することが決まった時、二人の姉妹はヴィアゴル家のことをよく聞かされたので大変喜び、オトキオ師の講義や課外授業には欠かさず参加をし、この街周辺の森や野原の薬草に詳しい姉妹は、オトキオ師と頻繁に同行して案内し、時には遠征して、オトキオ師が事前に調べた、希少価値の高い薬草を一緒に取りに行ったりして、いつしか、妹はオトキオ師に対して、男性としての好意を持つようになった。

 これを知って困ったのは義父で、昔から姉妹のどちらかは、貴族か領主の跡取りと結婚させ、家系の安泰を図ろうと決めており、既に婚約経験が有り未亡人に近い姉に、その役は適さないと判断して、妹の縁談をとある領主の息子に持ち掛けていた。そして、義父と相手側が話し合いを重ねた末、結婚式を三ヶ月後に行う事が決定された。

 しかし、妹はオトキオ師への思いを諦めることができず、結婚式の一ヶ月程前に、このクアニル領内でしか取れない、貴重な薬草を嫁ぐ前に取りたいとオトキオ師に懇願し、薬草を採集する短い旅をした、当時は姉妹が同行する予定だった筈が、姉のスケジュールの都合で妹と二人となり、薬草を見つける二人旅となった。

 ある日、人里離れた民宿に泊まった夜、妹は、効き目の強い媚薬として使える薬草を所持していた。どこから入手したのかは知らないが、その薬草は量が多いと幻覚症状にもなり、頻繁な使用で依存症も起こす危険な麻薬で、薬師協会でも所持や使用を固く禁止されている禁断の薬草を、妹は虫除けの薬草と混ぜ合わせて寝室にお香を焚き、オトキオ師とこの寝室で結ばれることを企てた、オトキオ師はその薬草の匂いに気付かず、妹と激しい一夜を過ごしてしまった。

 その二人旅の後、妹は領主の息子と挙式を挙げ、全ては謎のまま万事が上手く行くと思っていたが、領主に移住して日も浅い内に、妹の腹が大きくなった、と言っても、妹が移住した日から、初夜で子宝に恵まれたと、最初は思われていたが、どこからかは知らないが、領内で薬師と新しい嫁が、婚前に二人で旅に出ていた噂が立ち、その噂が日を追う毎に酷くなり、腹の子は亭主の子では無く、薬師との間で出来た子ではないかと、陰で囁かれるようになった。その噂で妹は肩身が狭くなり、産んでからも、使用人や町の人からその噂を持ち出され、夫婦の仲は険悪になり、嫁いだ妹はこの領内での居場所がどこにも無い辛い状態が続いた、それで気分転換がしたくて、妹は何度も山に薬草を取りに行きたいと亭主に相談をしたが、亭主は聞く耳を一切持たなかった。

 ある日の晩、亭主が家で泥酔いをし、嫁である妹に暴言を吐きかけ、薬師との二人旅の話を大声で追求し、篭に寝ている赤ん坊を嫁に向かって放り投げた。嫁である妹はその子を受け止めたが、とうとう我慢の限界に達して、夜中にその子を抱き抱えながら家を出て行った。

 妹は持てる限りの薬草を、腰の袋に入れて出て行ったので、薬師の仕事で生計を立てながら、幼い子と一緒に故郷を目指して、放浪の旅をする決心をした。

 領主の家を出てから数年後、妹は故郷のクアニル国の王都の傍で宿を取り、内密に義父への手紙を出した。そして義父からの返事の手紙が届いたので、それを読むと『亭主の家に帰れ、お前は王家に泥を塗った愚かな娘、この王都には二度と足を踏み入れるな、そして二度と王家に顔を見せるな』という内容だった。そして数日後、森で息絶えた女性が発見された、それが、この森の『王女姉妹』と呼ばれた内の、妹の最期の姿となった。

 この息絶えた妹が発見されてから、オトキオ師の立場が悪くなった。王族の女性がオトキオ師の子を身籠った噂は至る所で広がり、何かと小声で囁かれるようになり、この地が居心地の悪い場所となった。オトキオ師自身はそれでも、この国で仕事を全うするつもりではあったが、見るに見兼ねて他の薬師が、オトキオ師に関係するこの国での出来事と噂、そして現在置かれているオトキオ師の状況を書き添えて、協会から代わりを派遣して、オトキオ師を本国に帰還させる内容の要望書を協会に送った。このクアニル国の薬師の状況として、その噂によって仕事でいろいろ聞かれる困った問題があり、また、この出来事によって、名門ヴィアゴル家や薬師協会が変に思われる不安なども内容に記されていた。その要望書のせいか、協会からの通達が届き、その内容は、オトキオ師の配属先の移動とその代替として、特級薬師が一人とその弟子、その他、数名の薬師が、この街に配属される辞令であった。


 話は元に戻り現在、ハリム王太子とオトキオ師は居間で茶を飲み、故郷の話をしながら寛いでいた。

 「それでは、これにて失礼します。私が三日後にここを経てば、ハリム殿とその家族とは一生お会い出来なくなるかも知れません。ハリム殿とは若き日の頃、エイルランドに居た頃から大変お世話になりました。もし、新天地の領主になりましたら、ゆっくりと休養して下さい。その折には私も、祖国で獲れるハーブ茶をお祝いの品としてお贈ります」

 「そなたの煎じたこのお茶は、実に心が落ち着き穏やかになる。そなたが傍にいないとなると私も心細くなる、しかし、エイルランドに帰還することは其方にとっては良い事じゃ、祖国でゆっくり休まれよ」

 「その言葉、有難く受け取ります。では、失礼します」

 オトキオ師は一礼をし、居間を出て、屋敷から去って行った。

 ハリム王太子も眠くなったので寝室に移動し、横になった。


 「ハリム殿下、ハリム殿下、起きてください」

 ぐっすり寝ている私の耳元で声がした。このいつもの声は私に仕えている執事だ。

 「ん、もう朝か、今日は何か重要な会合でもあったのか」

 「いや、違います、ハリム殿、まだ日は明けてません、突然ですが、大変なことが起きている様で」

 「ん?何が起こったか」

 「ええと、ですね、こんな夜遅くに王宮に仕える者が、血相を変えて来まして、幼王子とご主人のことで、急ぎの用があると言い出しまして」

 「王子?親父のご子息がどうかしたのか?」

 「先程、幼き王子が危篤状態に陥りまして・・・かなり苦しんでた様子で、それで、専属の薬師が、幼王子の傍にある飲み物を調べた所によると、毒が混ざってたようで」

 「何だと!一体何が起こってるのだ!」

 「この話には、まだ続きがございます、その毒を調べた所によりますと、特級薬師しか入手出来ない、特殊で貴重な毒薬だそうで、そして、こんな貴重な毒を入手して幼王子の飲み物に入れるのが可能な者は、王や王族の掛かり付けの特級薬師であるオトキオ師しか居ないと考え、こんな夜更けにも係わらずオトキオ師が捕えられ、連行されたようで」

 「なぜオトキオ師が連行されるのだ?オトキオ師に疑いを持っているのか?なぜ、この王都で、民に、貴族に、王族に尽くしたオトキオ師が飲み物に毒を仕込むのだ」

 「ええと・・・宮中の者が邪魔な王子を殺害するため、オトキオ師と組んで幼王子の毒殺を謀ったと考え、二人の首謀者とその家族を捕らえるよう、兵に命令されたようです」

 「二人の首謀者、その一人がオトキオ師と言うことか?」

 「はい、そうです、そして、もう一人が王太子である、殿下のようです」

 「なんだと!私だと!私が王子の殺害なんてする筈がないだろ!」

 「わかっております、下手すると、誰かの陰謀かも知れませんが、国王の後継者の一人であるハリム王太子が毒殺の首謀者だと、一部の者が疑いを掛け、ハリム王太子を捕えよと兵に命令したのを知った使用人の一人が、一刻も早く、私達に伝えるために、急いでここにやって来て殿下の耳に入れたかった様です」

 「いきなり、そんな事を言われても・・・ここに兵がやって来ると言いたいのか?」

 「はい、恐らくやって来ます。窓を開けたらわかりますが、宮殿の方面は少し明るくなっていて、少し騒がしいようなので、嘘だとも言い切れません」

  私は窓から外を見た。確かに宮殿の方角が明るく、灯りが騒がしく揺らめいている。

 「わ、私は何をすればいいのだ」

 「使いの者によりますと、家族ごと捕らえるみたいで、もしそれが本当だった場合は、お坊ちゃまや奥方様も、危ない状況であります。ここは一時、避難されては如何なものかと、濡れ衣なのはわかっていますが、宮中や国王に仕えてる者の中には、殿下を良く思っていない者がいるのも確かです、それらの者の策略なら最悪の場合、身の潔白が出来ぬまま、殿下と家族が処罰されるのも無きにしも非ずです、今は避難するのが先決かと」

 「私は逃げる訳にはいかん、余計に疑われる、しかし、息子の身が危ない、妻は父が国王なので命を取られることは無いだろ、よし、息子を起こして・・・そうだ」

 ハリルは妻の部屋に行き、宝石箱の中から、エイルランドに居た頃に貰った、母から私への贈り物として特注で作らせた、エイルランド王家の紋章に宝石を嵌めたペンダントを取り出した。

 「これを息子に持たせて、商団『ソルト』の支部に息子を連れて行ってくれ、そこに居るソフィアにそのペンダントを見せたら、それが俺の子だと解る筈、そこに預けて様子を見て、もしここで私や息子の身が危うくなれば、我が故郷であるエイルランドに避難させてくれと伝えてくれ、頼んだぞ、私は国王を義父に持つ王室の者だ、例え疑われたとしても逃げることは出来ない。増してや、オトキオ師が捕らえられたとなれば、尚更逃げる訳にはいかぬ、息子を頼んだぞ、もう行け、息子だけでも助けてくれ」

 「わかりました、幸運を祈ります、では」

 使用人は息子の寝室へ行った。国軍兵がいつ来るか解らないので、私は下に降りて外の様子を見に行うと考えた。

 外に出ると、明るくなっている宮殿の方角から、軍服を着用し剣を腰に備えた者が遠くから数人やってきた。まだ息子が屋敷から出ていないのに、兵がここに来ては不味いので、私はそれらの一団が来る方に走りだして、大声を出して尋ねた。

 「私はハリムという者だが、今日はやたら宮殿の方角が騒がしいみたいだ、一体何が起こっておる?不審者でも侵入したのか」

 「ハリム殿でありましたか、丁度良い所で会えました、王の事でいろいろお聞かせ願いたいので、私共と同行してくれませんか」

 「私は今、手が離せる状態ではござらん、急な用があって馬の所まで急いでおる。もし用があるなら明日にせよ、では、さらばじゃ」

 「あ、待ってください、すぐに済む用です」

 手練れの者は駆け足でハリムの跡を追った。ハリムは草むらに入り、暗闇を死に物狂いで駆け抜けた。


 まだ屋敷に居るハリムの使用人は息子を起こし、屋敷を裏口から静かに出て、厩まで辿り着いて馬に乗り、ハリム殿下の息子を前に乗せてコートで隠し、急いで、そして、目立たぬ様に、静かに宮殿の敷地を出て行った、そして、街を目指し、街外れの通りの中でも馬車の出入りが特に多いので有名な、商会や卸し市場が並んだ通りに辿り着き、大きい倉庫がたくさん並んだ建物を通り過ぎ、商団『ソルト』の看板が掲げている建物を見つけ出し、その扉を叩いた。

 「すみませぬ!夜分遅く、申し訳ないがここを開けて下さい!緊急の用です、誰か居りませんか!」

 何も返事が無かったので、何度も扉を叩き、怒鳴った。すると、扉の中から、ガラの悪い怒鳴り声が響いた。

 「うるせいな!明日は朝一番で荷馬車を出さなきゃならねぇのに、誰だ!」

 その機嫌悪そうな声の後、扉が開き、大男が出てきて再び怒鳴った。

 「まだ店は開けてねぇ!荷物の受付はまだ早いだろ!、そもそもなんだ!、こんな朝っぱらから扉を何度も叩いて怒鳴りやがって、日が出たら俺は、馬車に乗ってここを出なきゃならねぇんだ、起こすんじゃね、荷物があるなら日が出てから来い!わかったか」

 「すみません!ここにソフィアという人は居ませんか?頼みたい事があるの

です!急ぎの様なので、今すぐ用件を聞いて欲しい」

 「姉御に何の用だ!帰れ帰れ!何か届けたい荷物があるなら、日が出てから来いって言ってんだろ!俺はまだ酒が抜けてねぇんだ!荷物の取り扱いは無理な話だ、朝から他の者が来るから、そいつに手続きを頼め!とにかく、今日は帰って明日の朝にしろ!」

 使用人は、ポケットからペンダントを取り出した。

 「このペンダントを、ソフィアという者に見せて下さい。その持ち主の子がここに居ます。もし、今、預けて貰わないと、私もこの子も国兵に殺されるかも知れません、今は追われています。お願いです!このペンダントを見せて下さい」

 「わかった、このペンダントを姉御に見せるが、暫くの間待って、ここが静かだったら、もう帰れ、明日の朝まで開かん、兵に追われてる者に関わるなんて真っ平御免だ、追手の兵が来たらこの建物に近づくなよ、仲間と思われると商売が面倒になる」

 大男はペンダントを取り上げ、扉を閉めた。それから少し時間が経つと、また扉が開いた。

 「近くに兵はいないか!いないなら早く入れ!全く、とんでもない客が来やがった、これなら借金取りの方がマシだ」

 使用人と子供は急いで扉に入った、二人は大男に案内され、大男は廊下を進み一番奥の扉をノックした。

 「男と子供を入れます」

 「わかった、早くしろ」

 大男は扉を開け、二人に振り向き、アゴで扉を差した、二人は部屋に入って行った。部屋の中に入ると机に足を出し、腕を組んで革ズボンにベストを着た、三十歳前後の女性が足のつま先を揺すって、沢山の書類を片手で持って眺めながら、椅子に持たれていた。

 「俺は、この商団『ソルト』を束ねてる父を手伝って、ここで商売を仕切っているソフィアだ、あの馬鹿王太子がヘマをやらかしたのか!なぜ、この国の王女と結婚したこの国の王太子が、この国の兵に追われているんだ?手っ取り早く説明しろ!」

 「今晩、この国の幼王子が毒殺されたらしく、特級薬師のオトキオ師と、王子と同じく国王の後継者であるハリム王太子が犯人に疑われ、オトキオ師は連行され、ハリム殿下は屋敷に来た一団に追われて去りました。ハリム殿下は、御自身とその家族が捕まった場合のことを考え、せめて、息子だけでもと、私に息子とペンダントを預け、この商団『ソルト』に居るソフィアに、息子を預けてくれと頼まれました」

 「全く!あの出来損ないの王子が!今まで一度も挨拶に来た事ないのに!こんな時だけ、俺を当てにしやがって!都合よく俺を使いやがって!面倒事を俺に押し付けやがったな!どこまで俺を馬鹿にしやがる!」

 女は大変お怒りのようだ。

 「すみません、その一団はもうハリム殿下の屋敷に侵入し、恐らく家族を躍起になって探してるかと思います。私達にはもう、ここに見捨てられたら、他に当たる人はこの王都には居ません。せめて、日が明ける前に、この王都がら出る方法を教えて頂きたい。城壁に囲まれたこの王都を出ることが出来れば、私の手でエイルランドまでご子息をお送りします」

 「馬鹿野郎!こんな騒動が起こったら、城壁の番兵も警戒してるに決まってるだろ!」

 「でも、私は殿下にご子息を頼まれました。ここを追い出されたら兵に捕まるのを待つだけです。どちらにしても同じです。私はこれからどうすれば良いのでしょうか」

 「全く!あいつは!俺に面倒を押し付けやがって!わかったよ!今から朝一番のエイルランド行きの荷馬車にそいつを乗せて今から出す!悪いが荷台に乗せれるのは子供だけだ、大人の入れるスペースは無い、お前は別行動とって何とかしろ!できれば俺達に関わらないように行動してくれ、謀反に手助けしたと思われたら、ここで働いてる者全てが追いやられる、兵に見つかったら、ここの事は一切話すな、この子は預かるから、悪いがお前は出ていけ、それが嫌ならこの子も一緒に連れて行って、他を当たりな」

 「分かりました、私は別ルートを探してここを出ていきます。兵に捕らわれたら自ら命を落とします。捕まったとしても精々拷問されるか、ハリム殿下の家族が全員捕まるまで牢屋暮らしでしょう、生きた所で」

 「よし、もうここを出ろ、おい、此奴を出口まで案内して、外に兵がいないか確認してから見送れ」

 「姐さん、わかりやした」

 大男は使用人を連れて行った。

 「おい!あの馬鹿王子の息子か!お前は!全く、とんでもない事に俺を巻き込みやがって、しくじったら、商団『ソルト』のここの支部が潰されて、従業員みんな打ち首だぞ!お前のせいで全員死ぬんだ!わかってるのか!このクソ坊主、わかったらこっちに来い!急げ!ぐずぐずしてたら木箱に押し込んで、蓋をして釘を打ってやるからな!」

 ソフィアは息子の手を握って荷馬車まで連れて行った。

 「早く、これに乗れ!ぐずぐずするな!乗ったらその場で止まれ、もう一人子供を乗せる、本来なら暫くここに置いとくはずのガキだが、こんな面倒なことになったら下手すると、預かったこのガキも連れて行かれる!参ったものだ!今日は全く尽いてねぇ!」

 ソフィアはここから離れて行った、数分後、大男と、僕より一つ下くらいの子供を連れて来た。

 「このガキも連れて行く、此奴を荷台に乗せたらすぐに出ろ、俺もここの用が済んだら、この馬車を追いかける、番兵にはなぁ、いつもの時間だったら予定通りに荷物が間に合わないから、今すぐこの門を通してくれ、この荷物は他国の国王への急ぎの荷物だ、今から街を出ないと間に合わない荷物だと言えばいい、この高級の酒と金を番兵に渡せば出してくれる、それから、荷物検査されて子供が見つかったら、こんな子供は知らない、金も払わず勝手に入ってきたガキ共だとシラを切れ、匿わなくていい、見捨てないと俺たち商団が危ない」

 女は大男と話した後、子供を荷台の後ろに連れて行き、子供を持ち上げた。

 「おい、馬鹿王子の息子!手を出せ、このガキを乗せる、いいか!此奴が乗ったら奥に入ってジッとしてろよ!音は絶対出すな!声を出すなよ、兵に捕まって牢屋に入りたくなかったらな!此奴が泣き喚いたら殴ってでも黙らせろよ!」

 僕はその子の手を掴んだまま、出来る限り荷台の奥に入って行った。

 「ようし、外から後ろに荷物を埋めるから、しばらくはその狭いところでジッとしてろよ、揺れても絶対騒ぐなよ」

 ソフィアも含めた数人で残りの荷物を積んだ後、大男に叫んだ。

 「出発しろ、急げ、まだ、ここらは静かだから、疑われないうちに門に行け、番兵まで報告がまだ届いてなかったら、いつものように門を出れる。とにかく急げ!三日以内には俺も追いつくから」

 鞭の音が響き荷馬車は走って行った。かなりの速度を出したので、荷台に乗った子供等は宙に浮くほど揺れたが、ハリム王太子の息子は一緒に乗った子を、必死に抱き押さえて、床に打ち付けられながらその子を庇った。荷馬車は門の方へ向かった。


 王宮のすぐ傍には、国政を司る高官が活動する政院議事堂が存在する。ここでこの国の立法や行政が高官によって行われており、国の重要な機関とされている。ここには、一部の地位の高い者にしか知られていない地下牢獄が存在する。この牢獄は大昔の戦乱の時の名残で、政治犯や敵国のスパイなど、公にはできない者を閉じ込めていた特殊な牢獄であり、この国では二百年以上もの間、大きな戦争は行われてはいないので、現在、全く使われていない牢獄であった。しかし、今日のこの牢獄は騒がしいかった。

 「副宰相殿、申し訳ございませんでした!配下の者の不始末です!すみませんでした」

 「ここでは副宰相と呼ぶな!万が一誰かに聞かれたらどうする!内密な場所ではとりあえず親方と呼べ!いいな、もう一度説明しろ、お前達の話をまとめると、この部屋に連れてきたのは王女とその息子の筈だったが、王女に息子の顔を見せたら別人で、家政婦の子と言われたのじゃな、お前らが連れてきた坊主は」

 「はい、屋敷中を探しても息子らしい子供は見当たらず、更に屋敷をくまなく探していたら、此奴が戸棚に隠れていたので、誰かが隠したと部下が勘違いしたみたいで、別の子供を連れてきてしまいました。申し訳ございません」

 「でっ、肝心な息子のほうは何処におる!お前らが殺したのか」

 「一応、日が明けるまで、屋敷の一帯を捜索しましたが、子供は全く居なかったようで、現在も捜索中です」

 「かぁ、馬鹿共が!ハリムの息子を連れて来いと言ったのに、その家政婦の子供を連れて来るとは、もう時間が無い、下手するとこの坊主をハリムの息子に仕立て上げなければ、この事が公に捜査された日には、俺もお前と部下もその家族も、全て火炙りの刑にされるぞ!全く、こんな所でヘマをしよって」

 「申し訳ございませんでした」

 「予定変更じゃ、この王女を、屋敷から連れて来た者共と一緒に全員始末せよ」

 「はぁ?王女をですか?」

 「仕方あるまい、王女はこの勘違いした息子の顔を見られた上に、父である国王に会わせたら何を言われるかわからん、お前らが連れてきた他の者も同様だ、消せ、それとも何か?お前は、王女とその息子を捕まえ、王太子に手を掛けたのを国王に自白し、お前とお前の女房や子供と一緒に、仲良く火炙りの刑にされたいとでも申すのか?王女が居たら、この坊主をハリムの息子に仕立て上げるのは無理な話だ、やれないと申すのか?お前が間違って別の子供をここに連れてきたのが、事の発端ではないのか?」

 「・・・わかりました、まさか、国王の娘である王女に手を掛ける日が来るとは・・・思いも寄らなかった」

 「私は今から王と掛け合ってみる、とにかく、このまま後継者が一人も居なくなれば、今晩、わしらが仕出かした事が全て水の泡になる、王は恐らく、ハリムの息子が生まれてすぐに幼王子が生まれたので、ハリムの息子は赤ん坊の頃しか知らん筈、五年はこの坊主を誰にも見せずに育てたら、誰もこの坊主が偽物の息子とは気付くまい、もう後戻りはできない。最初の予定通りに事を運ぶぞ、お前は王女を始末して、その坊主の監視をしとけ、王と話し合った後に、その坊主をハリムの息子と偽って、内密に国王の後継者として育てる、いいな」

 「わかりました」

 さて、先程から偉そうな態度で話している、この人物の名はジルドで、この国の副宰相であり、元々は毒殺された幼い王子の教育係の管理も任され、国王から重く用いられていた。今回の事件はこの副宰相が企てたらしい。しかし、王太子の息子の保護に失敗し、国王の娘である王女まで始末をして大変な事態になっているらしく、王の元へ急いだ。


 ジルド副宰相は国王に、騒動の状況を報告していた。

 「国王陛下、王子の毒殺に加え、特級薬師オトキオ師とハリム王太子が、国軍兵に抵抗したため、反逆行為とみなしての惨殺、ハリム王太子の家族も屋敷から消え去り、只今捜索しております」

 「一体、何が起こった!なぜこんな事が起こった」

 「王子が毒に当たった事で、いろいろこの王宮がパニック状態になりまして、一部の者は、ハリム王太子が暗殺を謀ったので捕らえよと、国兵に命令した者も居れば、特級薬師のオトキオ師を仇として、武器を持って捜索する者も出ており、宮中での混乱に対処する事が困難になり、聞いた所によると、オトキオ師とハリム王太子は殺害され、王女を含めた家族は現在捜索中です」

 「馬鹿者が!ハリムはエイルランド国王のご子息じゃぞ!ハリムが死んだとなったら、エイルランドとの国交がどうなるかくらい、お前も知っていようぞ!あのハリムとオトキオが王子を暗殺したなど、絶対ある筈が無いが、もし有ったとしても、確証もなしに殺害したとあっては、薬師協会とエイルランド国に、どうやって説明すれば良いのじゃ!こんな不祥事を犯したとなれば、大陸中の国々からの信用も失ってしまうぞ、我が国はどうすればよいのじゃ・・・なぜ、こんな事態になったのじゃ、悪夢を見てるようじゃ」

 「兵の者が屋敷を探索した所、少年が一人見つかりまして、恐らく、ハリム王太子のご子息かと思われます」

 「なに!ハリムの息子が見つかったじゃと」

 「はい、恐らくハリム殿が危ないと見て、息子だけでも屋敷に隠したのかと思います。それ以外の者は使用人も含めて、息子以外の屋敷の中の者は消息不明です」

 「そうか、息子だけも見つかって幸いじゃ」

 「今の所は事態が収束して落ち着く迄、暫くの間は息子を公の場に出すのを控えて、機会を見て正式に国王の後継者にすれば、エイルランド国間の問題は回避する事が出来るかと思われます」

 「・・・そのような謀り事をしなければ、この事態をやり過ごすことは出来ぬのか」

 「事は急がなければ、ハリム殿下の息子が生きてただけも幸いです。ハリム殿下の死の公表を控えた方が、この国のためには良いかと思います。この事態の全てを公にする必要も無く、街の者にわざわざ公表する必要も見当たりません。そして、私共が公表さえしなければ、遠いエイルランドやその他の国々も知る術はありません。ここは国王陛下、この事態をしばらくは内密にし、時がくれば、エイルランド国王の血を引いたハリム殿下のご子息を正式な王太子、又は国王に即位すれば、エイルランドとの国交も傷つかずに事を大きくしないで済みます。陛下、どうかこの国ためにご決断を」

 「・・・わかった、その筋書きでいい、其方に任せるとする。今回の事態は」

 「わかりました!では、ハリム殿下のご子息は内密に、王才教育を施します故に、ご子息のほうも私に任して貰えないでしょうか」

 「・・・わかった、其方に任せる、ああ、まさか、こんな事が起こるとは、夢なら覚めて欲しいのう、他に用はあるか?ないならもう下がれ、暫く一人にさせてくれ」

 「はっ、わかりました、全ては私にお任せを、ゆっくり療養して下さい。では」

 ジルド副宰相は部屋を出て行き、急いで使用人のいる部屋に向かった。

 「おい、ソラはいるか、ソラは」

 「今、ここには居ません、お呼びしましょうか」

 「居ないのか、では、見つかり次第、ハリムの屋敷に来いと言え」

 ジルドは、政院議事堂の地下に行って、間違って捕らえた少年の手を引っ張り、ハリムの家族が住んでいた屋敷に向かい、屋敷の中に入った。

 「ジルド副宰相殿、私に何か用ですか」

 そこに居たのは、まだ二十歳過ぎくらいの家政婦ソラが、先に中に入っていた。

 「おお、ソラか、久しぶりじゃの、お前は幼い王子のお守で退屈してただろ、元々国王やハリム王太子の夜のお相手目的で儂が王宮の家政婦として雇ったのにいきなり国王に子が出来て、その子守りを任せられて、お前の力を存分に発揮出来なかったからのう、今回は孤児のお前が、幼い頃から宿屋で夜の客相手となってた経験を好きなように発揮できるぞ」

 「それは、どのような役目ですか」

 「この屋敷の家族はもう何処にもおらず空き家になったので丁度良い、この少年に女の教育をして欲しいのじゃ」

 「その子ですか?まだ十歳くらいにしか見えませんが」

 「いや、このくらいが良い、貴族のマナーや礼儀を叩き込むのも大事じゃが、この小僧が女に奥手になって、優柔不断な人間に育ってしまっては、こちらの扱いが難しくなる、前の王子については女の教育を施すのは困難であったが、この小僧はここの屋敷があるおかげで、女の教育が存分に出来る。この小僧は将来、この国王を受け継ぐ世継ぎであるぞ、今のうちに女の喜ばせ方を教育して置けば、俺がこの小僧を扱い易くなる、これからこの国の王子として生きて行き、儂と協力してこの王宮で、贅沢の限りを尽くし暮らしていく事がどれだけ、自分自身にとって幸せな人生を送れるかを、簡単に理解するだろう、さっ、ソラ、この将来国王となる、小僧の夜の教育はお前に任せた、もし、お前の働きで事が容易に進んだら、他の貴族や高官と身を結べる様に、俺が縁談を見つけてまとめてやる、この小僧をお前の力で、女の扱いが上手な好き者のエリートにしてやってくれ」

 「わかりました、そのようなお役目なら、私が一番適任、この青年を私の手で女を楽しませ、虜にする立派な男にして見せましょう」

 「ははは、心強い、決して、奥手な男に育てるな、すぐに女に手を付ける獣にしてくれ」

 「お任せを、私の身を以って一流の教育を致します」

 男を扱う上で女好きは、一番考えが解りやすく操作しやすい。純朴で女に間誤付く男程、いろいろ面倒な事になって扱いに困る、これがこのジルド副宰相の人を扱う上での考えらしい。


 船旅の後の長旅


 俺はアル、商団『ソルト』のボスの娘であるソフィアの命令で、海外の港まで荷物を運ぶ船に乗って、護衛と手伝いの仕事をさせられている、今は仕入れた荷物を船に乗せて、エイルランドの港に帰っている途中だ。ちなみに船に乗ったのは初めてで、最初は船の周り一面の青い海に感動もするが、三日もすれば慣れて、今は塩と男の異臭と波の揺れで吐きそうになる。

 「なぜソフィアは俺にこんな用事を任せたのだろう」

 「さぁ、あっしらは姉御の言う通りに動いてるだけで、お金さえ貰えたら良いので、なぜ仕事を押し付けられてるかなんて、考えたこと無いですよ」

 「いや、俺は商いについては、少ししか教えて貰ってないのに、いきなり、海外の取引の付き添いをさせられたので、これに意味があるのかなと感じてね、結局付き添ってもあまり取引に関わらなかったので、旅行してるのとなんも変わらない」

 「確かに、姉御はあんたに、取引の方法を教えろとか、相手先に紹介しろとは頼まれなかったよ、只、連れて行けと言われただけなんで、命令もされていないのに、取引に関わらせる訳にもいかないからね、多分、姉御はあんたに、海を越えた港町を見せたかったのだろう、よくわからんが」

 退屈な船旅も、もうすぐ終わる。俺は幼少の頃、クアニル国に住んでいたが、不慮の出来事で両親と引き離され、商団『ソルト』のボスの娘ソフィアにエイルランドに連れられて、その国で剣術を学び、物心ついた頃にはこの商団で、荷物の護衛みたいな役をやらされて、毎日を暮らしている、今回の任務は船に乗って、海を渡る商団の人達と荷物を護衛する役割だが、よく考えると海の上は襲われる心配がなく、例え海賊に出くわしても、俺は船上の戦いなんて知らないから役に立たないのにと、今更思った、でも、船員もほとんど船上で暇を持て余しているので、海を渡る仕事をしている人達って、航海中は暇で仕方ないのだと解釈した。

 「もうエイルランドの港が見えたぞ、荷物を出す準備するからお前も手伝え」

 航海中は暇だが、港に着いてから出航する迄は大変な作業だ、港に船を停泊させるのに金がかかるから、着いた時に備え、物の出す手順を考えながら、揺れる船床で吐きそうになりながら荷物を整理して、船が着いたら俊敏に荷物を出して、船を空にした後また荷物を入れて、次の日に朝早く旅立つ、この時ばかりは猫の手も欲しい程忙しいから俺も借り出される。

 荷物を整理してから、また運んでを繰り返している内に船は港に着く、そしたらすぐに荷を下ろす作業をして、その後、新たに積む荷物を船に運ぶ、気付いたら日も暮れ、辺りは真っ暗だ。

 「よし、作業は終わりだ、またこの船に乗る奴は酒場にでも行け、いつもの宿も確保してる、もう船を降りる奴は、港の管理局で入国審査の申請手続きをしてから、三日程宿に泊まってくれ、知らない奴に説明するが、この国は入国手続きが面倒で、入国者に厳重な審査が入り、それが終わる迄港から出れない決まりだ。よそ者だろうが地元の人間だろうがこの手続きは必要だ、地元にまぎれて入国する奴もいるからな、丘の街に入って家族に会いたいなら、しばらくは港の宿に泊まってくれ、それを承諾できない場合は、牢屋に入れられて強制帰還になる。この大陸に入りたければ入国審査は我慢してくれ」

 この港に関わらず港での入国手続きは厳重だ、得体の知れない部外者が大勢押し寄せるから仕方ないとも思うが、こちらからしたら面倒なことだ。俺も揺れない床の上でゆっくりしたいので船を降り、酒場へと向かった。

すると突然、酒場の前で誰かに肩を叩かれた。

 「あんたは俺について来てくれ、命令だ、姉御が待ってるんでね」

 よく知っている商団の一員が、俺に声を掛けてきた。

 「ん、なんだ、ソフィアは港に居るのか?」

 「違う、この港に小舟がつけてあって、その舟で商団の本部に来てもらう」

 「そんな事をして大丈夫か?」

 「もう一部の護衛兵には話つけてある、勿論、こんな事は滅多にできない上に、大変だったから早く済ませたい、急いで来てくれ、面倒は御免だ」

 俺はこの人の支持に従って、小舟に乗って別の岸に着けて、入国手続きを無視してエイルランドの王都に入った。俺は悪い事をした訳でもないのに、密入国者みたいにコソコソ隠れて街に侵入してるのを変に思った。

 久々の商団『ソルト』の本部に入った。今では、ここはもう、俺の住処みたいなものなので一安心した。

 「おい、坊主、海の上はどうだった?何度も下呂を吐いただろう、お前が気に入れば船乗りにしてやってもいいが、もう懲り懲りってな顔をしてるよな、揺れ続ける上に長い間生活するのは大変だからな、家族にも滅多に会えない仕事だから辛いものだよ」

 早速、ボスが俺に話しかけた、このボスの娘がソフィアで、現場では娘の方が実質的なトップとなっている女ボスだ、人からは姐さんや姐御と呼ばれている。

 「ソフィアは部屋にいるぞ、お前、会いに行くのだろ、あいつはいつ結婚するんだか、あんな男みたいな女に成りやがって、貰い手が無くてな、全く、誰に似やがったのか」

 一応、父なので心配しているみたいだ、とにかくソフィアに会い行けと言われたので、急いで彼女の部屋に向かった、この商団の中で彼女の命令に背く奴は誰も居ない、はっきり言って、最近はボスよりソフィアを団員は怖がっていて、何より俺もソフィアには何回も頭を殴られたり、怒鳴られたりしているので、俺の一番怖い存在となっている。

 ソフィアの部屋のドアをノックした。

 「誰だ」

 「俺、アルです」

 「もう、帰ってきたか、よし、少し待て、俺は外に出る準備をするから、お前も船から降りたままなら身綺麗にしろ、外に出るから着替えて準備して二十分後にここに来い、連れて行きたい所がある」

 長い船旅の後で早々、外出に同行される、溜まったものじゃないが、ソフィアはせっかちな人なのでいつもの事だ、無論、怖いので文句も言わず軽く体を洗い、服を着替え直して出直した。

 「アルです、準備できました」

 「よし、とにかくついて来い」

 俺はソフィアについて行った。ソフィアはこの国の貴族が住む区域の方へ向かった。

 しばらくすると高級店の多い、品の高い繁華街を歩いているが、もう夜更けなので店はみんな閉まってる、その中でソフィアは貴金属店の前に止まって扉を叩いた。

 「叔父貴、居るならここを開けてくれ」

 扉の小窓が開いて顔が出てきた。

 「誰だ、ソフィアか、何の用だ」

 「ある高貴な人物とここで会う約束をしてるから、しばらくこの店を使わしてくれ」

 「それは商売か?宝石を売りたいのか」

 「違う、そいつと込み入った話をするだけだ」

 「なら店はやめてくれ、裏口から入った所に個人的な客用の居間がある、聞かれたら困る話なら、俺はずっと店の中にいるから、裏の居間で好きにしてくれ、それでいいだろ」

 「わかった、俺は客を迎えに行くから、この男を居間に案内してくれ」

 「お前さん中に入りな、ここは閉めるから、お客は裏口から入れてくれ」

 扉が開いたので中に入り、店の主人の後をついて歩いた。

 「俺は、あいつの叔父であいつの父親が俺の兄なんだ、商団に入った宝石などの高級品を、この街では私の店が扱っている。ソフィアがここに運んで俺が買い取ってる」

 なるほど、つまり、商団で入荷した高級品はここで貴族相手に商売しているのか、

 「そら、ここが居間だ、あっちが裏口だ、ポットとカップとお菓子を今用意する、その後は店に戻るから、用が終わったら店に呼んでくれ、ここを閉めて家に帰るから」

 店の主人はキッチンに入り、ポットとお菓子が置かれたお盆を持ってきて、それをテーブルに置いて出て行った。ソフィアは誰をここに連れて来るのか、何故、俺が同行しているのかさっぱりわからなかったが、船旅で疲れたのでソファで横になって休んでいた。


 しばらく経って裏の戸でノックする音がした。ソフィアが来ていたので戸を開けたら、フードをかぶった人物が後ろに居た。俺は居間まで案内した。

 「此奴の親父が持ってたペンダントだ、お前の弟のペンダントだ、見覚えあるだろ」

 男はフードを開けて、ソフィアが差し出したペンダントを手に持って見定めた。

 「確かに弟が母から貰っていた、王家の紋章のあるペンダントだ、弟がお前に贈ったら、怒って投げ返した物でもあるから、お前もよく知ってるよな」

 「そんなの欲しくもない、少し気になってる事があるが、後ろに居た奴らは側近か」

 「いや、私服の護衛だ、国軍兵の中でも優秀な兵なので、信用はできる奴らだ、盗み聞きするような者ではない。というか、お前もオバさんになったな、宮殿に忍び込んで弟に頻繁に会いに来てた時は、実に可愛い娘だったのに」

 「うるさい!お前の弟に騙されて行き遅れたんだ」

 「何言ってる、お前が昔、宮殿に忍び込んだ時に番兵に見つかって、追い駆けられてたのを弟が部屋に匿って命拾いしたのだろう、オマケに足を怪我して動けなかったから、弟の部屋に一ヶ月も居座ってたではないか、それから動ける様になって出て行った後も、頻繁に忍び込んでは弟に会いに来て、父や俺にはバレてたが、父の命令で兵には見過ごすように命令されてたから捕まらなかったのだぞ」

 「うるさい、変なことベラベラ喋るな」

 「それでな、クアニル国の王女と弟の縁談が決まり、最後の夜にな、弟が母から貰ったそのペンダントをこのソフィアにプレゼントしたら、お前はペンダントを弟に投げつけて怒鳴りつけて帰ったよな、宮殿中に声が響いてたぞ、そしたら驚いたことにその後、お前もクアニル国の王都の商団支部に活動拠点を移して、弟を追い駆けてるときたよ、クアニル国王都では弟に何回会ったのだ。王女と結婚したのに心配で追い掛けるとは、健気で一途な女だ。可愛らしい」

 「お前、ここで斬って庭に埋めてもいいんだぞ。護衛と一緒にな」

 「いやいや、その弟の息子に、お前と父親の関係のことを教えてやらんとな、なぜ、こんな無粋な女が他人の子供の世話を引き受けてるのかの説明になるからな」

 「そうだ、目の前に居る弟の息子はもう大人だ、此奴の将来をどうすればいいかわからんから、もうそろそろお前に預けたほうが良いと思ってな」

 「確かに、俺の弟の息子だ、将来は俺がなんとかしないとな、まずは俺を紹介したほうがいいんじゃないか、此奴、ポカンとしてるぞ、俺の事を話してないだろ」

 「あ、そうそう、お前に説明するのを忘れてた、えとな、この人はお前の父親の兄で、今ではこのエイルランド国の国王になったナンザ国王だ。つまり、お前は一応この国の王族の血筋だが、昔の出来事でお前を王室に立ち入ることが出来ずに、仕方なく俺が世話をする羽目となった」

 なんと、目の前にいる人が父の兄と言うことは、俺の伯父なのか、初めて知った、というか、この国の国王が伯父だったのか、その国王であり伯父が俺に話しかけてきた。

 「詳しい話は後でするが、本当はお前を俺が預かりたかったけれど、事情があってお前を宮殿で世話することが出来なくて、とりあえずソフィアに預けて様子を見てきたんだ。でも、お前も大人になったし、このまま放置する訳にも行かなくなったので、ソフィアは俺に相談しに来たんだ。それでな、俺からは一応、提案があってな」

 国王は淡々と話を進めた。

 「お前を俺の隠し子にして宮殿に迎え入れて、お前の縁談を考えてみようと思う。何とかして跡取りのいない貴族か領主の娘を探して、結婚に取り付けてみせる、それなら、お前の将来も安泰だろう」

 笑顔で俺に話してくれた、俺が国王の隠し子?何か腑に落ちないが、いきなりの出来事でよくわからない、しかし、国王は笑顔を止め、顔をしかめて、少し睨みつけて言葉を放った。

 「但し、条件がある、お前が父や家族の事、クアニル国で過ごした家族との思い出を全て忘れて、一からやり直す気があるならの話だ、つまり、今日からお前の父は俺であり、本当の父である弟とは叔父の関係になるが考えなくてよい、そして、クアニル国には一度も足を踏み入れた事がない俺の隠し子として、これから生きてくれるなら、この先の人生は俺が責任を持つ、しかし、ソフィアから聞いた話では、お前はクアニル国に行きたがってるみたいだな」

 俺のこれからの動向をソフィアから聞いているみたいだ、俺は頷いた。すると、国王はまた、話を始めた。

 「率直に言う、お前にクアニル国に行かれては非常に不味い、俺の国とクアニル国との関係が壊れてしまう、お前にはクアニル国には行って欲しくない、そのためなら、俺の国王の立場としてもお前に頭を下げてお願いしたい。クアニル国の事はもう忘れてくれ。クアニル国のためにも、この国のためにも」

 この国の国王であり、伯父でもある目の前の男が、俺に深く頭を下げた。

 「お前の気持ちを知りたい、お前がクアニル国と私の弟である父と家族の事を、全て忘れてくれたら、望みのものは俺の出来る限りで何でも致そう、我が国の領土の一部をお前に分け与えて領主にしてもいい。クアニル国に行くことを止めて貰えないか」

 私は重い口を開いた。

 「私は今更、貴族や領主に成れる教養も気品も、兼ね備えた人ではありません、しかしながら、父母と暮らしてきた日々は今でも思い出したり、寝ている時に夢に出てきたりします。私はまだ、親がどうなっているのかを全く知りません、生きてるのか死んだのか、生きているなら何処に居るのか、死んでいるなら消された理由も出来事も、私は一切知りません。それらを知らないまま、この世を生きても何の意味もありません。私が望む事はたった一つです。私がクアニル国から出て行った後、父と母がどうなったのか教えて欲しいです。父と母が訳あって私に会おうとしないのなら、国王の要望に応える事が出来るかも知れませんが、それ以外なら、もし生きていたなら私は父と母に会いたい、そして、私の傍に父と母がいない理由を知りたい、只それだけです。国王がそれを教えてくれないのなら、私はクアニル国に行って真相を調べたい。申し訳ございませんが、国王の望みに応えることは出来ません」

 国王は頭に手を当て、深くため息をついてから話した。

 「やはりな、父と母の安否は残念ながら、クアニル国の内部の人しか知らないであろう、公では現在も消息不明となっておる、ハリム夫妻について、クアニル国は何一つ公表していないので何も解らん、そんな言い方をするなら知っておろうな、其方の名前を騙る者がクアニル国の王子になってる事も、そのクアニル国の王子は偽物でお前が本物なのは、何の疑いもなく解っておるが、それを公に公表するのは、俺がクアニル国の領土を欲しがっている意思となり、クアニル国に宣戦布告したのと同じになる、だから偽王子に対して、私は何もできない代わりに、お前に裕福な暮らしをさせてやりたかった、責めてもの償いで」

 そして、国王は睨みつけて言った。

 「もし、その申し出を断り、クアニル国に行くと言うなら、お前とは今日から縁を切ることになる、つまり、国王の俺は、お前を弟の子供とは今後一切、認める事は無い、もし、外でそれを主張した場合は、お前を王家の名を偽って騙った罪として処刑する。王家を名乗るお前は二国間の戦争を誘発させ、我が国民と王家を不幸に追いやる不届き者だ、お前を領土内で好き勝手させる訳にはいかない。其方の決心はそれらを覚悟しての決心だな、最後に聞くが」

 「はい、エイルランド国には迷惑を掛けるつもりは一切ございません。王家とは今後一切関わらない決心はつけています」

 国王はまた頭を抱え、うつむき、その後、窓の外を眺めて言った。

 「わかった、このお前の父の形見のペンダントは俺が預からせてもらう。この男の決意を聞いてお前はどうする?ソフィアよ」

 「俺もあんたと同じだよ、クアニル国で父の真相を探って下手打ったら、お前と関係持った商団『ソルト』の存続が危なくなる。悪いが明日の朝に出て行って貰うよ、海外からの入国者用の滞在手続きの書類だ、お前が船で行った港の国の手続き印がある。この書類を持って明日の夜明け前に港に送り返すから、書類を港の管理局に提出して入国しろ。そうすれば、お前は異国からこの大陸にやって来たよそ者になって、商団との関係が一切無くなる。管理局から発行される滞在許可証を、肌身離さずに持っとけよ、死んだり捕まった時はそれで部外者扱いされる、そのためにお前を船に乗せたようなものだ。夜明けまでに長旅の準備を終わらせろよ、すぐに出て行って貰う」

 なるほど、船旅させた理由は俺を追い出すためか、仕方ない、王室や国家の裏事情を探ろうとする者に誰も関わりたくないのは当然で当たり前の処置だ、ヘマをして巻き込んで迷惑かかる心配が無いだけ、有難い待遇かも知れない。

 「わかりました、帰り次第、旅の支度をします。ソフィアさんには今までお世話になりました。何の血の繋がりもない俺を、商団に置いて貰って大変感謝します。恩返し出来なくてすみません」

 「もういいよ、両親に会えるといいな、頑張れよ」

 国王が懐から袋を取り出し俺に差し出した。

 「これは俺からの慰謝料だ、受け取れ、本来なら俺が世話をしたかったが国の存亡を引き換えにお前の望みを叶える事は出来ない、俺も弟がまだ生きてて欲しいと願ってるよ、せめて、弟が残したお前を幸せに暮らせる人生にしてやりたかったがそれも叶わなかった、其方の首に剣を当てたくはないから領土内では大人しくしててくれ、お前とは今が初めてであり最後の顔合わせか、もっと、ゆっくり寛いで弟のことを聞きたかったがのう、では、もう宮殿に帰る」

 国王はフードを被り、裏口を出て行った。


 国王がここを去って、暫くしてからソフィアが話し出した。

 「国王がお金を渡したか、じゃ、私から渡さなくていいかな」

 ソフィアは思い出したようにまた、話を始めた。

 「あ、そうそう、忘れてたよ、他に聞かれたくないからここで話すが、実はね、お前と同じく、クアニル国に身内を捜しに行きたがってる奴が居てね、そいつにお前の事話したら、そいつもお前について行くって言い出したよ」

 ん?ソフィアが変な事を言い出した。

 「誰の事ですか?俺には兄弟はいないし、親と別れる前からの知人はいませんが」

 「お前、クアニル国から馬車の荷台に乗ってた時、一緒に乗ってた子供が居ただろ、忘れたか、ここに来てすぐに離れ離れになったから覚えてないか」

 そんな奴居たかな・・・、あっ、思い出した、そう言えば揺れる馬車の荷台で飛び跳ねるから、ずっと抱き抱えた子が居たのを思い出した。

 「馬車で一緒にここに来た子供ですか」

 「そうだ、実は、そいつもこの街に来た時から、今まで別の場所に預けてたんだ、それで、お前がクアニル王国に行く事を言ったら、お前について行くってうるさいから連れて行ってくれ、そいつはお前と違って優秀だから、一緒に同行したら役に立つと思うよ」

 「その子は何を目的で私について行くのですか?」

 「お前と同じだ、身内を捜しに行くのだよ、目的が同じだから、そいつは目的が達成するまで、お前の事を全面的に協力するだろ、そいつにとってもお前の存在は重要なんだ、親を知る上でな」

 ますます、混乱してきた、今まで俺は、親のいない孤独な存在と思っていたが、他にも俺と同じ境遇の人が居るなんて、思いもしなかった。親の真相究明は全て一人でするつもりだったのでこれは予定外の話だ。

 「余り考えるな、一人で動くより仲間がいたほうが心強いだろ、明日、港の通行所を出た所で、そいつに白い花束を持たせるから声を掛けろ、お前は胸ポケットに青いハンカチを入れとけ、そうすればお互い解るだろ、心配するな、もう一度言うが、そいつは頼もしい奴でお前の力に必ずなる、というか、そいつが居てくれると俺もホッとする、お前一人じゃ危なっかしくて、流石に俺も心配になるよ、と言うか、そいつがついて行くって言ったから、俺はお前の事を許したかもしれない。お前一人だと不安で、ヘマしたら商団に迷惑かかるから、殺し屋に頼んでお前を消して貰おうと、本気で考えたからな」

 なんかサラッと恐ろしい事を言っているが、このソフィアがここまで太鼓判を押す人なら、とてもしっかりした人間だなと思う、ソフィアは滅多なことで人を褒める人じゃないからな、どんな人が来るのか待ち遠しくもあるが、

 「わかった、ソフィアさんがそこまで推すなら、頼れる人だろうな、有難うございます。今までお世話になりながら、最後までいろいろして貰って」

 「いいって、港を出て行ったら、国王とも商団とも俺とも赤の他人だから、お前は商団の扱った商品をチョロまかしてクビにしたことにするから、もう商団とは関わらないほうがいいぞ、うちの従業員はみんな、手荒な連中だから手が早いぞ」

 うっ、俺は商団から犯罪者扱いされるのか、でも商団の人達が俺に近づこうとしない分良いかも知れないな。

 「了解、他にはまだ何かありますか?無いなら、すぐにでも本部に戻って旅支度を整えようと思うのですが」

 「もう無いな、それじゃ帰ろうか、明日の早朝、明ける前にまた小舟に乗って、港の宿に泊まって、さっき渡した手続きの書類を港の管理局に渡して、数日後に通行所から出たら終わりだ。とにかく頑張れ、もしお前が本名を堂々と名乗れる様になったら、すぐ会いに行くよ、それまでの我慢だ、お前は俺の子供みたいな者だからな。元気でな」

 ソフィアと一緒に叔父の店を出て行った。突然だがこの街とも明日でお別れか、短かったような長かったような、とにかく帰ったら、旅の準備でもしようか。


 新たな仲間と旅の覚悟


 今日は港の宿で目が覚めた、以前、説明した通りで、俺は旅の支度をした後に、誰にも気付かれずに小舟に乗って港に戻されて、その宿に泊まっている。港から外に出る手続きはもう済ませてあり、後は自分の順番が来るのを毎日、港の管理局に伺いながら待つだけだ。前にも言ったが外部からの入国審査は、厳格なために時間が掛かるみたいだ、だから海外からこの大陸に入りたい人は、船の運賃だけで行けると思わない方が良い、さて、今日も管理局に寄ってみようか。

 「ええと、お前は、アル・エイルトというのか」

 もともとの名前はアルム・タイラルというクアニル国の王子と同じ名前だが、そのおかげで本名は使えないのでアル・エイルトにした。これはソフィアに勝手につけられた名だ、今日から俺はこの名前で生きて行く。

 「はい、アルです」

 「お前の書類はもう審査に通って許可証も発行された。国内で警備兵などに呼び止められても、この許可証さえあれば連行されずに済む、あと国外においても、それを提示された場合は、役所の方で書類と照らし合わせて、本港からの入国者として身元証明の書類を送るので、違法行為でもしない限りは、悪い結果にはならないとは思うが保証は出来ない、酷い目に合いたくなかったら、この許可証を使って、その国で永住又は滞在手続きを済ませる事をお奨めする。あと宗教的行為は内容によっては、禁止されてる魔術扱いになるので注意されよ、面倒な事になりたくなかったら、この大陸では慎むように心掛けよ」

 話している内容からして、今日は港から出して貰えそうだ。やっとここから解放される。

 「では今日から、アル・エイルト氏のエイルランド国への入国及び大陸訪問を我がエイルランド国家の管理下で許可します。荷物を取りに行って港を出る準備が整ったら、通行所にその許可証を提示して下さい」

 これでやっと外に出られる。宿に戻って荷物を取りに行って通行所に向かった。

 通行所で荷物と許可証を渡し、待合室で暫く待っていると、俺の名前が呼ばれたので、また窓口に出向いた。

 「許可証を拝見しました、荷物も異常が無かったので全部お返しします。横の門を通って下さい。ようこそ、エイルランドへ、本国及びこの大陸を満喫して素敵な日々が送れることを期待します。是非、楽しんで過ごして下さい」

 笑顔で通行所を通してくれた。ここから、クアニル国に向かっての旅が始まるのだな、でもよく考えると、クアニル国は何処に在るのか知らないので、通行所の人に聞いた。

 「すみません、クアニル国へはどの方向に向かえばいいのでしょうか」

 「ん?ええと、この先の道を歩いて行ったら立て札があって、エイルランド方面ではない道に進んだ後、多分コロ村方面へ行く道の立て札があるから、その道に行けば良い、あとは村人にきけば教えて貰えるよ。王都に地図が売ってあるから、迷いたくなかったら買った方が良いよ」

 「わかりました、有難う」

 そう言えば、地図を持ってなかった。本当ならエイルランドに戻りたくなかったが、仕方がない、買いに行こうか。とにかく通行所を出て道なりを歩いて行った。

 五分程歩いたら別れ道に、フードを被って白い花束を持った人が立て札の傍に居た。俺の旅に同行したい人が待っている話を思い出して、青いハンカチを胸ポケットに入れた。

 その人はこちらに近づき、話し掛けてきた。

 「やはり今日か、ソフィアから教えて貰った。今日、港から出て来る筈だって、今日からお前と一緒に旅をする。名前はレイチェルだ、よろしくな」

 フードを外した、男とばかり思っていたがここに似つかわしく無い白い肌の顔立ちは綺麗で庶民とは思えない気品のある、同じ年くらいの女性だった。

 「女が一人でいると目立つからって、このフードの付いたボロをソフィアが用意してくれた、外ではこれを着るから、歩いて話そうか」

 彼女はそう言って、エイルランドとは違う道を歩き出した。俺は彼女について行った。

 「クアニル国への道を知っていますか?私は知らないけど」

 「ソフィアから聞いたし地図も持ってる」

 「そうか、よかった、地図用意するのを忘れてて助かったよ」

 「ソフィアの言う通り間抜けな奴だな、確かに一人で旅なんて俺も心配したくなるよ。ソフィアから聞いてるよね、私は大昔、お前と一緒に馬車に乗せられてここに来たのを、お前の親がクアニル国の王太子で、この国の王の弟なのは既にソフィアから聞いてる。俺もお前と同じ境遇で、身内探しでクアニル国に行こうとしてるのを、聞いたからお前と同行するが、まず、お前の親の方が困難だけど、目標がはっきりしてるから先に探そう、俺のはお前と違って、曖昧で宛てが不明だから後回しにする」

 「初対面の俺に向かって間抜けは無いだろ、お前の事はソフィアから聞いた、お前も騒動に巻き込まれた時に、連れ去られた馬車に一緒に居た子供だった事もね」

 「お前はクアニルで、何をやろうとしてるのか解ってるのか?クアニル国の国家の暗部を探りに行くのだぞ?一歩間違えたら兵に追われ、牢獄行きや処刑されることをお前は覚悟してるのか?遊び半分で俺は、お前と行く決心をしたつもりは無いぞ」

 「ああ、俺達はクアニル国の俺の名を語った、偽王子の正体を探る目的でもあるし、失敗したら命が無い事も解ってる」

 「お前が本物の王子であり、私がその本物と同行するのは、事件が俺の身内捜しにも噛んでる可能性もあって、同じ身内が居ない身だから手伝うのだぞ、でなかったら、こんな大事な旅で地図も用意しない間抜けと、一緒に行動する筈無いだろ」

 「そんなひどい事を言うなよ、俺も長い船旅から帰って、すぐこの旅をさせられてるんだ、全てが急に決まったんだ、準備する時間がほとんどなかったんだ」

 彼女は俺の胸ぐらをつかんで顔を目の前に近づけた、鼻が当たりそうな距離で、吐息が口元に温かく感じた。

 「これからはな、俺達は目的を達成するまで一心同体なんだ、お前がな、途中で弱音を吐いて旅を辞めて諦めてしまうと、俺は一人で行き場が無くなるんだ。女一人でクアニル国まで旅をして、幼い頃の記憶だけを頼りに身内捜しだぞ、宿に泊まる金はどうするんだ、俺にはこの体くらいしか持ち合わせている物が無い、もう商団に助けを求めることも無理だ、女一人でこの体だけで生きて行かないといけないんだ。後戻りは出来ない、クアニル国で死を覚悟して、お前を通行所から出て来るのを、ずっと待って今一緒に居るんだ」

 俺と目を合わせ続け、口元に吐息が当たる状態で彼女は話し続けた。

 「俺はもう引き返せないのだ、お前は本当に俺と最後まで一緒に行動するのか、それとも諦めるのか、お前を信用してない。もう一度聞くが、お前は覚悟が出来ているのか?」

 目の前にある彼女の目は涙を潤ませ、俺を睨みつけた。俺は少し、息を吐き、返答した。

 「俺は国王とソフィアの前で誓った、父と母が生きてるなら見つけ出す、死んでいたなら、なぜ死んだのか、真相を知りたいから一人でもクアニル国に行くと」

 「俺は同行しない方が良かったな、お前一人なら、途中で気が変わって、国王のお伯父さんに泣きつく事も出来たのにな」

 「そんな気持ちは絶対に無い、どんな事があっても、両親の事を諦めるつもりはない」

 彼女は掴んだ胸座を離して、また歩き始めた。でも、何も話そうとはせず黙って歩いた。俺はついて行って横に並んだ。彼女は黙ったままなので、俺から話題を振った。

 「お前の両親は死んだのか、親は一体何をしてたんだ」

 彼女は黙ったままだった。俺はあきらめず話し続けた。

 「馬車に乗った日になぜ、ソフィアの傍に居たのか、なぜ、幼い頃にソフィアに預けられたのだ、俺はお前が何者なのか全く聞かされてないのだ、教えてくれないのか、お互い協力し合うなら教えて欲しいが」

 彼女は話そうとはしない、機嫌が変わるまでしばらく掛かりそうだ。


 二人は歩き続けた、彼女はしばらくして重い口を開いた、ここからクアニル国までの道のりを地図で見せて教えてくれた。彼女の気持ちを聞いてみた所、今はとにかくクアニル国まで、二人揃って辿り着く事だけを考えて、俺の名を語る王子や俺の親については、現地に着いてから考えると説明された。そして、彼女は、俺がクアニル王都へ旅に出るとソフィアから聞かされた時に、一緒に行きたいとしつこくお願いして、俺の内情も聞いた上で、ソフィアに了解を得て貰う様に頼んだみたいだ、私が同じ理由でクアニル国に行こうとしている今が、身内捜しの旅に出る絶好のチャンスと考え、同行する決心をしたと私に話した。

彼女は話を続けた。

 「俺の事をお前に言うべきかソフィアに聞いてみたら、どっちにしろ最後は全て解るから、今は話さないほうがいい、俺は当時、お前の騒動に巻き込まれて、エイルランドに連れて来られた被害者なのだから、無理に言う必要が無い、逆に言って口を滑らせて、俺の身内や今日まで世話になった人に迷惑になるくらいなら、教えるなと助言された。お前の身元がバレると、エイルランド国とその王室に迷惑掛かるのと同じだ」

 「そしたらもう聞かないよ、もともと一人で実行するつもりだったから、君が言いたく無いなら無理には聞かないから、俺も余りクアニル国のことは話さないよ、内容のほとんどはソフィアから聞いてる様だし、お前と一緒で、外でベラベラ喋って他の人に聞かれると俺も不味い、お前は俺の昔の事をほとんど知ってると思ってこれから扱うよ」

 歩いてる内に、辺りは赤く染まりだし、それからもしばらく歩いていると街が見えて来た。彼女はまた口を開いた。

 「あ、街並みが見えて来たね、大分暮れて来たし、さて、これから、俺達の旅について提案あるので、草むらに入って人が居なさそうな所で話したい」

 「わかったよ、今までの会話も、人に聞かれると不味い内容だったけどね」

 二人は茂みの多い小道に入り、周りを確認した後、レイチェルは話を始めた。

 「俺達は今から、新しい居住地を探す目的で旅をしてる、新婚夫婦を装うからな」

 「俺達が新婚?」

 「クアニル国で目的を達成するための偽装だ、その後はお互いに別行動でいい」

 「新婚夫婦に偽装して旅をするのだな、わかった」

 「だから泊まる宿で借りる部屋は一つだ、ベッドも一つ」

 「そうか、俺が床に毛布で寝たら良いのか」

 「そんな事をしたら宿主が掃除した後バレるだろ、俺達は同じベッドで寝る」

 「・・・わかったよ、俺は背を向けて寝るから」

 「いや、はっきり言う、疑われると命取りだから、お前は俺を抱いて好きにするんだ」

 「なっ、何を言ってる」

 彼女はまた胸ぐらを掴み、顔を鼻が当たりそうな近距離に近づけて喋った。

 「俺は嫌いか?この顔が嫌か、肉が付き過ぎてるのが嫌か、この胸が不満か」

 「いや、それじゃなくて」

 「俺の顔が気に入らないのか、俺じゃ興奮しないのか」

 このレイチェルって言う女、はっきり言って美人だ、正直言ってフードを取ってびっくりした、別の人と疑うくらいの綺麗な女の子だ、顔を見るだけでも貴族のお嬢さんみたいな上品な顔つきをしているので、俺の親の騒動に巻き込まれた貴族の娘と言っても通じるくらいの、庶民には手の届きそうにない気品高い美しさがある。気に入らないと言いながら何度も顔を至近距離まで接近して、話す態度を見たら容姿に自信を持っているのも解る。だからこそ、そんな綺麗な女子がそんな事を口にして俺は戸惑った。

 彼女はまた、至近距離で見つめて、息を口元に吹きかけながら喋り続けた。

 「俺がお前の好みじゃないなら、クアニルまで我慢してくれ、お前が本当にクアニルに辿り着く迄、俺の傍に居てくれると思えない、はっきり言う、お前の事を疑ってる、クアニルに着くまでに他の女と意気投合して、その女と失踪して俺を裏切って、その後は俺の一人旅になると考えてる、お前はそうならないと言えるか?」

 彼女はまた、至近距離で目を潤ませて、見つめながら話し続けた。

 「前にも言っただろ、俺は全てを懸けてお前に協力すると、お前、いつ女を抱いた?ソフィアに聞いた話じゃ恋人も居なくて、金で女を抱くような行為もしてないと聞いたが」

 「え、え、えと、確かに最近は・・・ない」

 「お前、クアニルまで女を抱かずに我慢できるのか?旅先ではあらゆる誘惑があるぞ、中には女で誘惑して、身包みを剝がされたりするんだぞ」

 「・・・騙されたりは、無いと」

 「お前は騙されれば良いが、見捨てられた俺はどうするんだ?どうやって俺は旅の費用を稼ぐんだ?毎晩男を相手に楽しませて稼いでクアニル国まで旅をするのか?」

 「・・・そこまで飛躍しなくても」

 「お前も俺も異性を相手にせずクアニル国まで気持ちを我慢して、国の内部を探って目的を果たせると考えてるのか、お前、そんな甘い考えで成功すると思ってるのか?」

 「・・・今はまだそこまでは急ぎ過ぎかと」

 「今晩抱かなくて、じゃ明日は抱けるのか?いつ俺を抱く?男に心の準備は必要か」

 俺は返事に困った。

 「さっき言ったよな、俺は覚悟してる、どんな事があってもやり遂げるつもりでお前について行く、そして、そのためにはお前が居てくれないと俺は困る。俺はお前を生きて一緒にクアニル国に同行して貰わないといけない、お前が他の女と出来てしまってクアニルへの道を諦めるのは俺にとって、とても困難な状況になるんだ。だけど、お前は二十歳で女に興味を持つ年頃だ、俺は不安でお前を信じてない、この俺でお前の女への気持ちを抑えることができるなら喜んで俺の身をお前にゆだねる。俺を毎日望みのままに好きにすればいい。俺の気持ちを解って欲しい」

 レイチェルは目に涙を溜めて、俺を見つめながら話した。

 「俺は・・・」

 彼女は喋っている俺に口付けをした。レイチェルの頬に涙が流れた。しばらく、口付けを続けてまた話し出した。

 「俺は安心したい、クアニルで宛てもなく王室を探るだけでも困難なのに、こんなくだらない事で不安な思いを抱えるくらなら、今日俺を抱いてくれないなら、今日限りでお前と別れて別行動をする、お前を頼らずに一人でクアニルに向かい、一人で男を相手にしてお金を稼ぎながらでも、俺は親や親類を探す、もうソフィアの商団にも戻れないし、この空の下に居る筈の親を知らずに生きるなら、このまま死んでしまうほうがマシ、今日俺と寝てくれないならお前を信用できない、それなら、ここで別れよう、なっ」

 いきなりの出来事に俺は何も選択できなかった。ソフィアはまた口付けをした、俺は拒否しなかった、口付けはしばらく続いた。

 「俺はお前と一緒にクアニルに入国して、共に協力しながら王室と国家に立ち向かい真相を暴き、そして遠い昔、馬車に一緒に乗ったお前と、お互いの家族に起こった不幸の清算をして笑顔になりたい。お前がクアニルに行く事を、国王とソフィアの前で決心したのを聞いたとき、お前に、俺の全てを預ける覚悟で、俺は一緒について行く決心した。俺には迷いは無い、お前に不自由はさせたくない、お前に我慢しきれない気持ちが、俺でどうにかなるなら、俺は力になりたいんだ。二人で頑張ろ、なっ」

 俺は何を言っていいかわからなかった。レイチェルは話を続けた。

 「俺の気持ちはもう言った、この先の街の宿に行こうか、俺が宿を取るから、お互い、いろいろあったから、ゆっくり休もう、俺と一緒に泊まってくれるなら、俺に同意した返事とみなして今晩は二人でゆっくり寝よ、俺をお前が望むようにしてくれたら、俺はお明日もお前を信じて一緒に旅が出来る。それじゃ、街に行って宿を一緒に探そうか」

 彼女は手を引っ張り、道を出た。俺は彼女に引っ張られながら街に入って行った。

 彼女の言う通り、俺は恋人なんて持ったことがない、でも、今日初めて会った彼女と深い関係になっても良いのか、複雑な気持ちにもなったが、意地張って彼女を知りたい衝動が無いなんて言い返しても、それはガキの強がりだ。彼女の全てを知りたいと本心は強く思っている、彼女みたいな綺麗な女の子が相手なら願ってもないチャンスなのも事実、長い道のりを考えると彼女の言った通りで、女を我慢しながらクアニルまで旅をするのも無茶な話なのは解っている。強い意志を持って女を我慢し続けると、彼女に言い返すことが出来なかった。俺は彼女が求めるなら従う道しかなかった。彼女の接吻を拒まなかったことで、彼女も俺が従うと見抜いたのだろう、今晩、俺は彼女とベッドの上で気持ちに任せて一夜を過ごした。


 悩みの多い村と薬師

 

あれから三日程経ち、日が差している時間は、ひたすら歩き続け、クアニルに向かった。レイチェルは地図を見ながら言った。

 「今日、着く予定だった街まで行けないかも、まだまだ距離があるのにもう夕方になりそうだから」

 「俺達、今日はあまり歩いていないよな」

 「そりゃそうだろ、宿を出たのは昼過ぎだぞ、朝起きた後も、お前は俺を離さなくて、気が付けば昼だぞ、昼食の後に宿を出たんだから、そんなに歩けないだろ」

 「ごめん、夢中になってしまって、気が付かなかった」

 「いいよ、我慢されると困るから、俺が欲しいなら拒まないよ、約束をせがんだのは俺だから」

 「ごめん、絶対裏切らないから」

 「わかったよ、今、地図を見て近くに宿がありそうな集落があるか見てるから、商団『ソルト』御用達の地図だから、細かい所まで書いてあるんだ」

 レイチェルは日が暮れるまでに泊まれる所を探すのに、必死になっている。

 「多分、この辺りは、鉱石が取れるので有名だったから、村か小さい町があるはず」

 「もし、そこがなかったら、人が住んでる所にある馬小屋にでも泊めて貰うとするか」

 「心配ないよ、この辺りなら必ずあるから」

 日が暮れると暗くて地図が役に立たない、そう言えばランプを買ってなかった。レイチェルは持っているのだろうか、聞いてみて、無かったら次の街で買おうかな

 「あ、あった、この先を歩いて、右の道を少し歩いたら村に辿り着けるみたい」

 村が見つかったらしい、彼女は胸を撫で下ろし、足取りが軽くなった。


 辺りはすっかり暗くなり、しばらく歩くと村に着いた、俺達は宿がある事を期待して村を徘徊した。すると、何やら騒がしい家があった。レイチェルはその家の看板を見て言った。

 「ん?患者かな、この看板は薬屋の看板だ、つまり、ここに薬師がいるんだな、そして、家は騒がしい、薬師の家が騒がしいとなれば急患だろうね、中に入ろうか」

  レイチェルは家の中に入って行った、とりあえず、俺もついて行った。

  家の中に入った、大人が四人くらい居るかな、その内の一人にレイチェルは尋ねた。

 「なんか、騒がしいみたいですが、どうしたのですか?」

 「モール家の娘がいきなり苦しみ出したので、ここに連れてきたんじゃ、だけども、ここの先生の手に負える病気じゃないみたいだな、首を傾げてお茶の様な物を飲ませてるが、娘は一向に落ち着かんわい」

 レイチェルは患者に興味があるみたいだ。

 「女の子か、心配だな、私もその患者の様子を見たいのですが、いいですか」

 相手は首を傾げた。

 「お前さんが見てどうなるんだ?でも、病人を見たいなら、先生に聞いてみるわい」

 おじさんは、部屋に入って行って、先生と話をした、そして、しばらくして、おじさんは中から出てきた。

 「いいよ、入っても」

 レイチェルは中に入っていった。そこにはベッドに横になっている少女と男の人が居た。

 「君か、患者を見たいって言ってた娘は」

 「はい、そうです、ちょっといいですか、清潔な舌圧子はありますか」

 「用意するよ、そんな道具使って何を診るというのだ」

 レイチェルは少女の目を開き、顔と手を観察し、用意された舌圧子で口の中を覗いた。

 「この子、なんか痒いと感じてる所とか、皮膚が変化している所とかありましたか?」

 「すね辺りが赤く焼けただれた感じになってる」

 脛を見てみた、確かに、赤と紫が混ざり合って色が酷くなっている箇所がある。

 「さび付いた古い金属がある特定の場所で遊んで、変なものに触れたな、体内の病気ではないみたい、傷口を見た所浅くて、骨に異常は無いから、これなら、金属反応を和らげる薬草と化膿を防ぐ薬で何とかなるよ」

 「そうなのか、でも、うちにそんな物は無い」

 「なんだって、なぜだ、そんな薬草は少し値が張るが希少な薬草でもないぞ」

 「そんな薬草でも、この村では高価な品で、ここには置いて無い」

 「あ、そうなの、じゃ、わかった、近くに大きな薬草店か薬師協会の支部はあるかな」

 「ええと、歩いて五、六時間掛かる街には、薬師協会が設置した出張診療所があるけど、お前が行っても相手して貰えないぞ」

 「もしかして、この街かな?」

 レイチェルは地図を見せて尋ねた。

 「そこです、そこです」

 「ここは今日、泊まる予定だった街だ、そこには上級薬師はいるかな」

 「わかりませんが、薬草の蓄えならあると思うから、貴方の欲しい薬草はある筈」

 「分かった、ここに馬はあるか、薬草を貰いに行きたい」

 「有るよ、馬なら村長の所に行けば一番確実に手に入る。でも、私は二級薬師なので診療所に行っても無駄で、公認の上級薬師しか薬草を分けて貰えませんよ」

 「俺も薬師だ、村長の家は、外にいる誰かに聞けば案内して貰えるかな」

 「あ、案内して貰えますよ」

 「じゃ、行ってくる、知らない土地で、日が落ちた後の道を行くのは嫌だから急ぎたい」

 「馬は二体以上ある、外にこの子の父親がいるから案内して貰えばいいよ」

 「分かった、じゃ、行きます」

 レイチェルは父親を呼んで一緒に外に出た。店の主人は出てきて俺に言った。

 「あの女は一体何なんだ、彼女は恐らく上級の薬師しか手に入らない薬草を取りに行こうとしてるぞ、あの女は自分で薬師と名乗ったが大丈夫か?」

 「しっ知らない、私はあいつが薬師だったことも知らない」

 あいつは薬師だったなんて、思いもしなかったから彼女に尋ねた事もないぞ、俺は彼女がここを去り、一人になったので、少し不安になっている、このままあいつが帰らなかったら、俺、どうするのだろ。

 「ええと、ここに宿ありますか」

 「あるけど、この村に泊まるのか、案内したいが患者はいるし、お前の連れが薬草を持って帰ってくるかわからないので、お前を一人で行かせる訳には行かない。飲み物が欲しいなら用意するし、腹が減ったらパンを用意してもいいぞ、横になりたいなら空きの来客や患者用のベッドがあるから、そこで横になってくれ。案内するから」

 「分かった、横になりたい、それから飲み物も欲しい、歩き続けて何も飲んでなくて」

 「分かったよ、後で用意するよ」

 レイチェルが帰ってくるまでかなり掛かりそうなので横になって待つことにした。


 うとうとしてしまってつい寝てしまった。先程の患者を心配して見に来てる人に聞くとレイチェルはまだ帰ってきていないらしい。私はベッドに座って待つことにした。

 それからしばらく経つとこの家の中に急いで誰かが入ってきた。

 「薬草はあったよ、貰って来た、ええと、今からこれらの薬草の扱い方を説明したいから紙とペンが欲しい」

 「分かった、しかし、その薬草が二級薬師の扱えない薬草だったら上級薬師のサインが欲しいんだが、出来ればこの患者の診断書も作ってサイン貰えると、この村に時々来る巡査官に説明ができるのでお願いしたいが」

 「分かったよ、俺がサインする、あっ、まだ言ってなかったね、私は去年から師に推薦されて特級薬師に昇級したレイチェル・カトネーと言います。師はカタル・ゴエル、ご存じかと思われますが」

 レイチェルは店の主人に身分証を見せた。相手は身分証を手に取り、驚いた。

 「カタル・ゴエルだと!俺が十年以上前の修行してた頃でも、既に弟子は取っていなかった記憶があるよ。あの御方の部下はみんな教え子の元弟子だったはず、最近では協会の総括委員長の最有力候補だと噂でも聞く、若い人であの御方の弟子になった人なんて、聞いた事ないのになぜ、俺と十歳も離れてそうなお前が、なぜ、あの御方の弟子なんだ」

 「いろいろあって、俺の修行させて貰える師を探していた時、みんな忙しくてカタル師が名乗り出てくれた。それで弟子入りして去年まで付き添いをしてました」

 「そうなのか、そんな高名な師からの特級薬師の推薦があれば、お前のような・・・いや、其方のような二十歳そこそこの女性が特級薬師なのも頷けるし、診療所からすぐに薬草を買い付けるのも頷く、私は貴方がどうやって診療所から薬草を分けて貰えるか、想像もできなかったよ、分かった、貴方のサインのある診断書とその高価な薬草の処方書きがあれば、巡査官が来ても安心できるよ」

 「分かった、書いとくね、これで少なくとも一週間以内には元気になるよ、命に関わる病気でもないが、このまま放置すると体に障害が出るから診てよかったよ」

 「あ、しかし、この子の親の事を考えると、治療費も薬草代も払えそうに無いと思います、増して特級薬師から受ける診察の料金を考えると・・・村中のお金を集めても足りないかもしれませんが・・・」

 「代金は要らないよ、金が欲しいなら治療費を言ってからこの子を診てるよ」

 「有難うございます、大昔の洞窟の非常事態以来、村人が特級薬師に診察して貰ったのは初めてなので、知ってたらお金のほうを前以て言っていましたが、その辺はまた、親に私から説明します」

 「了解、あ、この辺りに宿はあるのかな?」

 「はっ、はい、御座います、ええと、この子の関係者は居るかー、もし居たら、この御方に宿を案内してやってくれ、娘の恩人だぞ、丁寧に扱ってくれ、お礼もちゃんと言えよ」

 「ええとアルは居るか?」

 「おう、ここで休んでる」

 「宿に行こうか」

 俺とレイチェルは患者の関係者に宿を案内して貰った。宿で食事を取った後にさっきの家に集まっていた人達が俺達の前に現れた。

 「先程、先生から聞かれました、貴方はここに時々来る巡察官と同じ、特級薬師だそうですね」

 「はい、そうですが」

「有難うございます、娘を診て頂いて、私共の稼ぎでは治療費を払う事は出来ませんが、心の底から感謝致します。それから、薬代のほうも高額ならすぐには・・・」

 「要らないよ、薬代も、借金してまで払えなんて言ったら、俺が免許剥奪される、薬草なら一級薬師でも手に入る代物なので、そこまで大層に気にしなくてもいいですよ」

「わかりました、この恩は一生忘れません、では失礼致します」

 「娘さんを大事にしてやってください、では、私達は部屋に戻ります」

 俺達は食堂を出て部屋に戻った。 

 「みんな、すごく感謝してるな、それになぜお金の事ばかり気にしているのだろ」

 「特級薬師の診察を受けるのはほとんどが貴族で、商人相手になると貴族相手の数倍の診察料を取る者もいる、とてもじゃないが一般人じゃ払えない金額だ、特級が一般の人を診察する場合は協会の要請や任務で現場に来た時の緊急時くらいで、そんな状況でお金は取らない」

 目を丸くした、それがどれ程高額かも想像できない。

 「特級薬師から診察されたときの代金って相場でどれくらいだ」

 「貴族相手でもお前が袋に持ってる金貨の倍くらいかな」

 「おいおい、お前は貴族や商人を診るだけで、俺が持ってる金貨の数倍も貰えるのか」

 「そう言う事になるな、貴族や金持ちの商人が大金を使ってでも、特級薬師にどうしても診て欲しいならね」

 そうか、レイチェルが居てくれたら、俺達はお金の心配なんて・・・いや、待てよ、

 「そう言えば、お前、俺から離れて一人でクアニルまで行くなら男を相手にして稼いで、とか言ってたよな、特級薬師は街で貴族や商人相手に体の具合を診るだけでお金稼げるなら、男から稼ぐ必要ないだろ」

 「あ、あれは嘘だよ、ああでも言わないと、お前くらいの年の男はプライドだけ高くてひねくれ者が多いから、意地張って簡単に寝てくれないってソフィアから教わったので、適当に嘘を言っただけ、本気にしてた?」

 「してたよ、だから、一緒に寝たんだよ」

「よかったじゃん、そのおかげでお前、今日の昼まで俺を離さず楽しめて満足しただろ」

 何も言えなかった、言われたまま、その通りの大満足だった。言い返せなかった。

 「金の心配はしなくていいよ、もし、お前の金貨が無くなったら俺に言えばいいよ、少しでも早くクアニル国に着きたいし、今は小銭を稼ぐ時間も惜しいから、手に入った金は共同で使えばいい。じゃ先に風呂に入るね、また俺で楽しみたいなら入ってきてもいいよ、アル」

 なんか、俺っていつのまにか紐にされているが、少しでも早く目的を達成しなければ、俺達は普通の生活に戻れないので、急ぐ必要があるのも確かだ、何も言えなかった。多分、ソフィアは彼女が特級薬師なのを、既に知っていたんだな、あのソフィアが彼女を褒めながら太鼓判で紹介したはずだ。


 この村の宿に泊った次の日の朝、二人は朝食を取って宿に出た時、フードを被った小柄な男が宿の壁に持たれていた。俺達がすれ違うとその男は俺達に声を掛けて来た。

 「お前達が娘の病気を治した上級階級の薬師かい」

 俺は、少し、顔を固くして返答した。

 「俺達に何か用か」

 「若くて、おまけに美しい女性で賢いなんて噂話が酒場まで広まってるんで、様子を見に来たんだが噂以上の美人で恐れ入った、才色兼備って実際にあるんだな」

 「でっ、もう一度聞くが用事は何なんだ」

 「その上級の薬師に用事はあるのよ、その前に話がしたいんだ」

 「俺達は旅の途中なんだ、手短にしてくれ」

 「俺の話に興味が沸いたら、もう一泊宿を取った方がいいぞ、恐らく、今度は村長がお前らに伺いに来るよ、この村の頼まれ事でな」

 「勿体ぶらずに話せよ」

 「まぁまぁ、物には順序があってな、用件だけ話しても、説明不足で後から文句言われても困るので、丁寧に説明したいんだよ、少し長くなるから、宿に戻って座りながらでどうだい、村長の用件をあんたらが断ったとしても損のない話だ」

 「どうする?レイチェル」

 「いいよ、この村の人から聞いた話の中でだが、特級の薬師がここに巡察に来てるのが、心の中で少し引っかかってるから」

 「流石、特級薬師だ、隣の男と違って頭の切れが違うね、どうして特級クラスの偉い薬師がここに巡察に来るのか、普通なら警備兵の巡回で十分な村だ」

 俺が馬鹿にされている感じにも聞こえるが、レイチェルはこの村で気掛かりに思う事があるらしく、この男の話に興味を持ったみたいだ。

 「じゃ、宿に戻ろうか、宿の主人に話してみるよ」

 俺達とその男は、宿に入って主人の許しを貰った後、茶を頼み、広間で腰を掛けた。

 「できればお茶じゃなく酒がいいけどな」

 「お前の話が面白い話だったら酒も一杯奢ってやるよ、話し終わってからな」

 「おお、そうか、そしたら気合入れて興味そそる様に話さないとな、始めるか」

 男はお茶を飲み、ゆっくり話した。

 「病気になった少女ってな、実は洞窟近くで遊んでて、洞窟から犬の遠吠えみたいな声が聞えたので、ランプ持って中を見に行ったのよ。そしたら、得体の知れない何かに襲われて、しばらく洞窟の中で気絶したらしい」

 病気の少女にも関係しているようだ。

 「ええとな、かなり昔の話をするがな、大昔は洞窟からいろいろな鉱石が出て、この村は豊かな村だったんだ。ところがな、数人の作業員が奥の方で掘ろうとしたら、得体の知れない物に襲われてしまってな、その事件を国に報告したら、国軍兵がその洞窟を調査することになった。しかし、その国軍兵の兵団が何人も洞窟内で行方不明になり、その後、特級薬師が国軍兵と同行して調査した結果、この洞窟には怨霊みたいなのがいるらしくて、実体のない物が人を襲っているみたいなので、これには手の施しようがなかった、けれども、この怨霊みたいな物を薬師が長い間観察した結果、活動範囲は奥の方だけなのが解り、その怨霊は洞窟から外には出て来ないという結論となり、この洞窟は封鎖したんだ」

 なるほど、この地域は鉱石が取れるので有名なのに、この村は農家の人しか見かけなくて、坑内で作業していそうな男が見当たらなく感じたのはそのせいか、洞窟が長い間封鎖されて、鉱石を取って生活を営んでいる人が村に居ないみたいだ。

 「しかし、その得体の知れない物の活動は奥だけで、入り口付近までは絶対来ない筈なのに、少女が気を失ってた場所は入り口から少し入った所で見つかった。その事はもう村中知ってて、村人はその怨霊みたいな物が、いつ洞窟を出て村を襲うか怖がっておる。おまけに洞窟から変な鳴き声が聞こえたと、村人の中で幾つか報告されてるので、その少女が嘘を言ってないのも事実だ。村長はこの事に頭を悩ませていた、というのも、それらの現象はつい最近の出来事なんで、二年に一回くらいしか来ない巡察官はまだ知らなくて、そして、次の巡回は、まだ先で月日はかなりあるので、それで、その巡察官に調査の要求目的で、使いの者を行かせるか村長の家で議論されてて、どうしていいか解らない所に、お前らが特級薬師を名乗って少女を治療したんだ」

 なんか、俺達は村で騒動が起こっている所に偶然来て、騒動の種である少女を治療してしまったらしい。男は話を続けた。

 「この大陸は魔術禁止なので、得体の知れない危険物は上級薬師が取り扱う慣わしになってて、協会側もその方面を取り扱う専門の薬師を用意してる、この国は祈祷師も禁止にして国外からの侵入を阻止してるので、霊や呪いに関するものは仕方なく薬師に任されている。他国じゃ不思議に思うが、その上級薬師の姉ちゃんなら知ってるよな」

 俺は薬師との付き合いが無かったので全く知らない。レイチェルは答えた。

 「ああ、大昔にこの大陸を混乱させた魔族紛争のおかげで、この大陸にある国家は全て魔術を恐れるようになり、魔術師の代わりに薬師と薬師協会が作られて、魔法や魔術師に関わる調査や取り調べも、この大陸では薬師協会の仕事とされている、そして、今まで魔術師の仕事である除霊や呪いの扱いなども、自然と薬師に押し付けられるようになった」

 「そうだ、言わば知識のない村人からすれば、呪いも感染病みたいなもの、得体の知れない事は全て薬師に相談するのが、この大陸では当たり前になってる、そして、お前さんは特級薬師と名乗ってしまった。直に村長がやって来て洞窟の話をするだろうな」

 なるほど、巡察官に報告するか迷っていた時に、特級薬師のレイチェルが村の宿に泊まっているとしたら、相談に来るのが普通に読めるな、もし、村長に相談されたら、レイチェルはどうするのだろ。

 「村長が俺の所にやって来る理由はわかるが、なぜお前が俺達に用があるのかはまだわからない。それらが真実だとしても、お前は俺に何の用があるんだ」

 「さすが、鋭い姉ちゃんだ、確かにその出来事と俺とは何の関係も無い、なら、俺の事も今から話そう、俺はここの洞窟に怨霊がいると、噂で聞いてから、少女が怪我する前から洞窟を少し調べたんだ。確かに得体の知れない物がいるが、俺一人じゃそれを追い払う事が出来ない、しかし、他にその怨霊に対抗できそうな協力者がいれば、その怨霊をもっと詳しく調べ上げて、下手すると退治する方法が見つかると思ってこの村に滞在してたのさ。そこで特級薬師のあんたが洞窟の内部に入るなら、俺も同行させて欲しくて、あんたらに会いたくて朝から宿の前で張り込んでいたんだ」

 「なるほど、でも気になる、お前はその怨霊の実体をもう掴んでいると俺は思うんだ。それなのに洞窟内部に俺と同行したいのが引っ掛かる、なぜ自ら危険な場所について来るのだ、お前の知りたいのは本当にその怨霊か?」

 「えへへ、そこまで見抜かれてるとは、でも、今はこれ以上のことはここでは遠慮したい、まだお前さんの実力を俺は知らないので、俺の目的がこれで達成できるかは解らないからね、でも心配しなくても同行を許して貰える見返りとして、目的が達成したら、お前らにはその目的を説明するよ、洞窟に入ったらわかる事だし」

 この男は、まだ何かを隠しているようだ。男は話を続けた。

 「俺が今まで洞窟を調べて解った、その怨霊についても洞窟に入ったら説明するよ、その説明が理解できたら、その怨霊から身を守るのに大いに役に立つ筈だ」

 この男は霊の事がかなり詳しいみたいだ、なんか怪しい男だが、

 「わかった、これ以上はもう聞かないよ、人の居ない場所で話したい内容だろう、もし、お前の言った通りになったら、お前も洞窟に連れて行ってやるよ、お前もその霊をどうにかしたいのだろう、そして、その怨霊に対抗できる何かをお前も持ってるのだろう」

 「えへへ、ホント、あんたは頭が切れるよ、オマケに美人だ、まさしく、才色兼備だ、これで商談成立だな、じゃ、しばらくお前さんらについて行くよ」

 レイチェルは少し笑顔になって、話し掛けた。

 「但し、ここには昼過ぎ迄ゆっくりするつもりだが、それまでにその頼み事が来なかったら、俺達は旅を続けたいからここを出発するからな」

 「わかりやした、絶対来るよ、村長からしたら、巡察官よりあんたらの方が頼みやすいだろ、巡察官に報告すると大勢の兵が同行して大掛かりになるから、その人達を村で出迎えるのに大変だ、洞窟の様子を見るだけだったら、あんたらに頼むほうが手っ取り早い」

 「その前にお前の名前を教えろ、私はレイチェルでこの男はアル、お前は?」

 「俺はとりあえず、ケントでいいかな」

 「わかった、じゃ暫くここで休むよ、昼食もここで取るよ」

 俺とこの三人はここに少しの間、留まる事となった。


 「おい、主人はいるかー、昨日、少女を治療した上級薬師様はいるか」

  外から声がした、恐らく、私達に用事があるのだろう、宿屋の主人に案内されて御一行が広間に入ってきた、一人は昨日、少女を診ていた地元の薬師のオヤジだ、

 「すみませんが、昨日、少女の治療して頂いた特級の薬師の女性は貴方ですか」

 誰かがレイチェルに向かって話をした。

 「私が特級薬師のレイチェルです」

 「昨日は馬を借りに私の家までやって来たのに、顔を出さず無礼な振る舞いをしてしまいました。特級薬師様が家の前まで来てるなんて、思いもよらなかったので家から出ずに、誠に申し訳ございません、申し遅れました、私はこの村を務めている長です」

 「いえいえ、私も患者のことが気になって馬を借りたのにもかかわらず、礼すら言いませんでした、それで少女の容態はどうなっていますか」

 「少女のほうは薬草のおかげで、落ち着いたようです」

 「それはよかった、馬を飛ばして急いだ甲斐がありました、今日は少女の治療のお礼だけで、ワザワザここに入らしたのですか?村長」

 「実を言うと、其方がここにくる巡察官と同じ特級薬師という偉い薬師と聞きまして、その少女の病気と係わってる、ある問題をこの村は抱えて居まして、この事について、巡察官が巡回に来るのを待つか、王都まで行って事の次第を説明して、巡察官に調査を願い出るかを只今、村中で話し合っているのですが、巡察官と同じ偉い薬師である貴方に、ある物の様子を見て貰うために、ダメ元で頼んでみようかと、私共はここに伺いました」

 「少女と深く関わる問題?私に様子を見て貰う?何を言ってるのか見当尽きませんが、私に何をして欲しいのですか」

 「ええと、この村には昔、鉱石が取れた洞窟がありまして、大昔に洞窟の奥深くに怨霊みたいな物が現れて封鎖されて、当時、その洞窟を調査した薬師によれば、その怨霊は奥でしか活動できなくて入り口には来ないので、奥まで入らなければ安心と言われて、それからこの村には、国で高い役職の就いた上級薬師が、三年に一回くらいで洞窟の様子を見に来るようになりました」

 さっき、ケントから聞いた内容と同じだ、村長は話を続けた。

 「ところが、最近、この洞窟の近くに居ると、動物の鳴き声が聞こえると村人で噂され、その少女も鳴き声を聞いて中に入ったらしく、洞窟から少し入った所で倒れてたのを発見され、今まで、鳴き声を外から聞くことも、洞窟の入り口近くで何かに襲われるのも初めての出来事なんで、村人が洞窟を恐れ始めて、村長の私にどうにかして欲しいと訴える村人が増えてきて、私は王都まで足を運んで、調査を頼むかどうか決め兼ねて困ってしまい、それで、貴方が少女を治療し、巡察官と同じ偉い薬師だと聞いたので、洞窟の様子を見て貰えたらと思って、ここにやって来ました」

 いきなり、ケントが村長に横槍を入れて尋ねた。

 「おい、村長、もし洞窟を調べて化け物が洞窟から出そうなら、村はどうなるんだ」

 「え、もし、そんな恐ろしい事が起こったら・・・村人全員避難するしかあるまい。あくまでも最悪の事態だが、なって欲しくないが避難となれば、この土地はもう終わりで使い物にならんだろうな、長い間は」

 村長は頭を抱えた、それは村が滅ぶ事を言わしめたケントの誘導尋問にも思えるが、

 「とにかく、出来るだけ早く、洞窟が危険かどうかを村人共は知りたがっとる。王都に行くのも日数が掛かるし、それから巡察官の調査が決定する迄になると、どれだけ日が掛かるかを考えると、是非とも、特級薬師の貴方に洞窟を見て貰いたくて、村長の私と村人全員の頼みになりますが、聞いて貰えないでしょうか、特級薬師様」

 レイチェルは少し考えて、重い口を開いた。

 「村人の命に関わる大事ですし、また怪我人が出てしまったら、私の少女の治療が全くの無駄になり、それを聞いた今、危険な状態の村を無視して去り、村人を見捨てる様な真似は出来なくなりました。村の安全のために問題の洞窟に行くしかありませんね、分かりました、洞窟を調査しますが、私も命に関わる大事なので、今日は準備をして明日、洞窟を調査してみますが、それで宜しいですか」

 「明日ですね、わかりました。今日もこの宿に泊まるのですか」

 「はい、ここに泊まる予定です」

 「宿の主人に後で言いますが、ここの宿代は私が払わせて頂きます、ここでゆっくりしてください。貴方様が洞窟を見て頂くおかげで、私と村人は救われます。いくら礼を言っても言い足りない程です、貴方様も明日の準備で忙しい様なので、邪魔になる私共はここを去りますが、馬が欲しい時はいつでも私の家に来て下さい、いつでもお貸しします。それから、この村で必要なものがあれば、私に言って貰えたら何とかします、今日、私は家にずっと居ますので、いつでも声を掛けてください。それから明日、洞窟の調査に向かわれる時は主人に伝えて下さい。私達も事前に洞窟に向かい、調査が終わるまでその前で待機しますので、では、失礼します。村の厄介な問題へのご協力有難う御座います。では」

 村長は頭を何度も下げながら広間を出て行った。その後、この村の薬師が話しかけた。

 「もし、私の家にある薬草や他に必要な物があったら、何でも持って行って下さい、また街まで必要な物があれば、私達でわかる物なら買いに行きますが、価値の高い薬草が欲しいなら、また村長の馬を借りて下さい。道案内は村長か私に言って貰えば、同行する村人を手配しますので」

 「ええと、この地域では硝石や石灰などは取れなかったですか?あれば嬉しいのですが」

 「あ、確かそれらの鉱石も取れたと思います。それらを精製する所は別の村にありますが案内できる人を呼べますよ、そしたら、村人で今日暇な人は、この宿に居就くように頼んでみます、案内が欲しかったら、ここにたむろする村人に頼んでください。呼んできます」

 村人の一行は礼をして去って行った。病気の治療から発展して事が大きくなってしまった、ふと見るとケントが機嫌良さそうな顔をしている。レイチェルは機嫌悪そうに問いかけた。

 「おい、ケント、お前、俺に怨霊を退治させようとしてるのか、怨霊が洞窟の外に出た前提の話を村長に持ち出しやがって」

 「何がですか?この村がどうなろうと貴方達には関係ないでしょう、怨霊なんか倒さなくても、村人が安心できそうな洞窟の調査報告を適当にすれば、貴方達はすぐに旅を再開できますよ、簡単なことじゃないですか」

 「全く食えない奴だ、とにかく戦う準備しなければ、面倒に巻き込まれたよ、おい、アル、お前も腰の剣を使うことを覚悟しろよ、一歩間違うと俺達の旅はここで終わるぞ」

 そうか、戦うとなったら勝たないと、相手は化け物、負けは死を意味する厄介な頼みだ。


 謎の男と怨霊退治


 次の日、早朝に宿を出て洞窟についた、呪いか幽霊か、誰も見た事の無い物の調査を引き受けはしたが、いつ終わるのか見当が尽かないから、朝から調査することにした。今日までには終わって欲しい。同伴した村長が口を開いた。

 「私達は交代でこの洞窟の前に居ます。私もできる限りここでみなさんを待ちたいと思います。皆さん、どうか気を付けて下さい。無事に帰って来て下さい」

 村長にとっては、結果次第では村の存続に関わる内容なので、内心では悪霊が沈静化して欲しいのだろうな、いくら特級薬師が毒薬や火薬にも精通していると言っても、相手は得体の知れない物、それらで退治できるなら兵団でも退治できるだろう、しかしこの洞窟は誰も手を付けずに長い間放置されている。国軍も薬師協会もお手上げの洞窟だ。若い男女二人で退治できるなんて思ってもいないだろう。

 レイチェルが最後にお願いした。

 「じゃ、洞窟に入ります。とりあえず、今日中には洞窟から戻ろうと考えていますが、何日か過ぎても戻って来なければ、巡察官に連絡して下さい」

 俺達はランタンを片手に持って洞窟に入った、中は思ったより広い、天井と壁は材木で支えてあり暗闇の坑道が奥まである。ケントが口を開いた。

 「ここの洞窟の道は村の人に聞いてるか?」

 俺は答えた。

 「軽く教えて貰ったけど、こんなに真っ暗だとさっぱり解らん」

 「この洞窟は広くて道も多いが、村の人に聞いたら、中の構想はそれほど入り組んでは無いらしい、真っ直ぐ行った所にこの洞窟の中心の広場があって、そこを起点にして奥に行けば、そんなに複雑な洞窟じゃないって言ってた、所々案内板もあって案外、奥に行っても迷わないって」

 話しているうちにかなり広い空間に着いて、そこから幾つかの道に分かれた。

 ケントはいろいろ教えてくれた。

 「出口とつながっているこの通路は絶対覚えておけよ、確かこの通路の横に固定ランプがあるから、油を入れて付けたままにしていれば迷う事はないと言ってたよ、それから、危険な場所へ続く通路は、この出口通路の反対側にある奥の通路をずっと行ったところで、横にある通路は後から作った物だが、その反対側の通路は洞窟の元々あった古い通路らしい、ほとんど一本道で、たまに短い横道があるくらいだが、下り坂が多くてかなり深いと聞いてる」

 村の情報によると、入り口近くまで化け物が来ていると聞いたのに、気配はまだ無い。

 「じゃ、先に進もうか、固定ランプに火を付けたし、早く片付けて旅を始めたい」

 そうレイチェルが言った。確かに早く済ませてクアニル国に行きたい。なぜこんな薄汚れた洞窟に入らなきゃいけないのか、面倒だ。俺達はその怨霊がいると言われている通路を進んでいると、また、ケントが話を始めた。

 「あ、そうだ、そろそろ怨霊を説明しないとな、話は長くなるが聞いてくれ、あんた達はこの大陸の外を知らないと思うが、ここが大昔、魔族の紛争があった昔話が伝えられていてね、その話は海の向こう側の世界でも魔術の世界では結構有名なんだ、そして海外では、魔族紛争なんて呼ばれてなくて魔導士聖権戦争神話と言われて、二派に分かれた魔導士宗派がお互いに勢力を争って激しく戦い、この大陸中の国や人を巻き込んだ、魔術師同士の歴史上最大の魔法戦争が行われてたと、海外の古文書に載っている、しかし、その戦争がきっかけでこの大陸の国々は魔術を恐れ、大陸全域で魔術が禁止になって魔術師狩りが行われ、ほとんどの魔術師が処刑され、現在でもこの大陸は魔術師を全面禁止にしてると海外では教わってるよ」

 このケントってのは、突拍子もなく吹っ飛んだ話をするよなって思った。いきなり海外での言い伝えを語り始めたので、そしたら、レイチェルが尋ねた。

 「って事は、お前は海の向こう側から来たのか?なぜ海外の古文書のことを知ってるのだ、海外と魔術にやたら詳しい事を考えたら、ここに来る前に海外で魔術に精通していたと考えたくなるが」

 「えへへ、それは想像にお任せするとして、海外で魔術の研究してる人達の見解では、この世界で一番魔術が発達したのはこの大陸で、全盛期はその魔導士聖権戦争があった頃だという通説があり、この大陸の古代の魔術を知りたい魔術学者が多いが、ほとんどの魔術学校でその行為は禁止になっている。理由は勿論、この大陸に入ると魔術師は処刑されて帰らぬ人となるからだ。しかしながら、現存しないとされてる古代魔術の中には、この大陸で生まれた古代魔術について書かれた古い書物が幾つか残っていて、この大陸に行って探索すれば、その幻の古代魔術を見つけ出せると考えてる人達も昔からいるんだな」

 「お前もその中の一人なのか」

 「それも想像に任せるよ、そこで本題に入る訳だが、大昔の魔術師は、自分たちの住処や隠れ場所を守るのに霊守術という古代魔術が使われていたという内容が、古代書に書かれていて、魔術師によって魔改造され、主人に隷従するよう訓練された魔獣から取り出した魂を、普通なら時間が経てば空間に拡散され消えてしまうのを防ぐため、特別な煙と粉末を魂に付着させて魂を雲のような煙のような形にして拡散を防ぎ、この世に留まらせて、長い年月を餌も食べずに部外者を追い払うことができる霊獣を作り上げ、魔術師が大事にしてた場所を永遠に守護させていたと言うのが、その古代魔術の霊守術と解読された海外の古文書に書かれている」

 ケントは淡々と話を進めた。

 「その霊獣は実体がないので光を遮断することが出来ず、日の当たる場所に出ると制御不可能になり、やがては形をとどめることが出来ず消滅するので、光が来ない地下などでしか使えない。だから攻めには使えず、何かを守らせるのに使われたらしく、その魔術師が大事にしてた保管庫を地下に作り、その入り口で霊守術の儀式を施し、大事な物や住処を守ってたとされていて、洞窟や古い屋敷や城の地下で幽霊として、現在でも存在すると言われている」

 俺はケントの話に感心して、話に乗った。

 「なるほど、幽霊などは、大昔の魔術師が作った霊獣であるという迷信があるのか」

 ケントは軽く頷いて魔術の話を続けた。

 「でね、魔獣を造る魔術でさえも今では使い手が皆無で、それも古代魔術の一つとされてるが、その魔獣を作る古代魔術はこの大陸の魔術師しか使えない特別な技術で、大昔のこの大陸の魔術師が自分達を守るためや戦うための兵器として、魔獣を作っていたとも古代書には書かれてあるんだよ。この大陸では魔獣を扱う魔術師を魔族と呼ばれていたと」

 俺はケントの話を聞いて背筋が寒くなった。ケントはいきなり前に出て、洞窟の壁に松明を照らし始めた。

 「ここを見ろ、何か札の後があって、この下に鉄製の札か呪符みたいな物が落ちてる」

 ケントは壁の四角い後を松明で照らした後、下にある、鉄の名札みたいな物を指し、そこを照らした。

 「これは呪符で、ここに何かを仕掛けた後だが、長い年月が経って鉄の呪符が下に落ちてる、これは何かの動きを制限するために壁に仕掛けた呪符だと考えてる、俺は、霊獣が外に出ないように、霊獣の行動範囲を縛るための呪符だと考えてる、霊獣への通行止めの呪符を二重三重に仕掛けてあるが、それらが全て朽ちて効果が無くなり、霊獣が洞窟の入り口まで移動できるようになったのが異変の原因だと推測している」

 ケントは、ここに何度も、この洞窟の中を探索していそうだ。この呪符は既に調査済みのようだ。

 「おい、静かにしろ!」

 いきなり、レイチェルが怒鳴った。

 「なんか音がする、ジッとして」

 みんなの動きが止まった、しかし、時間が経っても物音は一切せず、洞窟は静寂を保ったままだった。

 「静かだ、何も聞こえない、気のせいだったな。でも、ここから先は話をせず静かに進んだほうがいいかも、今までと少し空気が変わった感じがする」

 俺はランプで辺りを見回した、近くで水が溜まっている所があり、少し掘った形跡や土砂の山みたいなものもあり、通路じゃなくて作業場みたいな作りになってる。確かに今までの何もない通路とは違った感じがする。再び、レイチェルが静かに喋った。

「とにかく、静かにしろ、絶対に騒ぐなよ、えとな、多分、俺の後ろに何かいる。首筋に何かに触られた感じがする。でも、騒ぐなよ、俺が後ろに振り向くから、お前らは自然に振る舞え、意識するなよ」

 突然後ろに居ると言われてから、自然に振る舞えなんて無茶な話だが、何かあっても困るので息を潜めた。レイチェルはゆっくり、静かに後ろを振り向いた。

 「今、俺の目の前に化け物がいるが、今は静かだ、もし見たかったら静かに、ゆっくり振り向け」

 レイチェルの言う通り、ゆっくり後ろを振り返った。そこには、砂埃の固まりの様な、熊くらいの大きさの獣の形をした物が居た。形はあっても本体は少し透き通っていて向こう側が見えるが、煙みたいに形は見える、獣のような形をした土煙の化け物だ。それがレイチェルを向いてジッとしている。

 「これが霊獣と呼ばれる物か、この大陸に来てよかった、初めて見る代物だ」

 ケントは、これが怨霊でもなく霊獣と確信して話を続けた。

 「今、大人しいのは、俺達の反応を伺っていると推測してる。この霊獣は俺達が何かをするのを待っている、俺達は元の主人の仲間なのか確認してるのかも、だから、今は大人しいが、俺達が無関係だと解ったら、ここの侵入者で敵と判断して攻撃すると思う」

 レイチェルも口を開いた。

 「ああ、此奴は返事を待ってる、もし俺達が主人の仲間なら合図をすると思って待機してる、つまり合言葉を待ってるから静かなんだ、ケント、どうする」

 「わかってるだろ、此奴は仲間じゃないと判断したら俺達を襲う、だとしたら、先手必勝で戦う以外無いと思うよ」

 「だったら、お前が先制攻撃してくれ、ここに居るのが霊獣と知って同行したなら、何かの準備をしてるはずだろ、俺は隙を見てそこのバケツを使って水を被せたい。なんとか時間稼ぎしてくれ」

 「わかった、おい、アル、俺が攻撃を仕掛けたら、お前も剣と俺が用意したこの松明で攻撃しろ、この松明に火を付けてこの霊獣を殴れ」

 ケントは松明をアルに渡した後、何かブツブツ言い始めた。目の前にいる化け物は少し後ろに下がり震え始めた、ケントに反応して臨戦態勢を取ったのだろう。

 「いああああーーーっ」

 ケントはいきなり指揮棒みたいな杖を頭上に掲げた、そしてその杖の先が太陽のように強く光った。すると霊獣はその光を避けようとして背を向け、もだえた。

 「よし、今だ、アル、準備したら霊獣と戦え、しばらくは俺が相手になる」

 レイチェルはバケツに水を入れ霊獣に掛けた。霊獣は実体が無いのでほとんどは素通りしたが全体的に水気を浴びているのを目で確認できた、その後ケントが杖を前に出した。杖の先から稲妻のような閃光が走り霊獣を襲った。霊獣はその稲妻のような物を振り払おうと、その場で激しく回転している。ケントが喋った。

 「こんなのは恐らく効いていない、警戒して反応してるだけの時間稼ぎだ、アル、早く松明で奴を叩け、奴が向かってきたら剣で防げ、この霊獣は完全な透明じゃない、さっきの稲光が奴の体を刺さずに形をなぞったり、不自然な閃光になったのが証拠だ」

 レイチェルは霊獣に粉末を掛けた、霊獣は少し白っぽくなった。

 「これで奴に砂や土が付着する、でも、これじゃ効き目が薄そうだから、そこの泥にこの粉末を練ったものを霊獣に浴びせて動きを鈍らせるから時間稼ぎしてくれ」

 「わかった、でも、俺だけじゃ無理だ、アル、とにかく松明で殴れ、注意を引き付けろ」

 俺は言われた通り、火を付けて燃やした松明で霊獣を殴った。少し感触はあったけど見事に素通りした。霊獣は私に向かって来た。

 「わあああーー」

 俺は剣と松明を交差差せて霊獣の突進を防ごうとしたら後ろに吹っ飛んで洞窟の土壁にぶつかった。

 「霊獣が意識して集中すれば物にぶつかる事ができるみたいだな。だとすれば、やはり此奴は幽霊なんかじゃない、魔術師が造った人工物だ。実体が無い訳じゃない、だとしら勝てない相手でもなく、攻撃が当たらない訳でもない」

 ケントはまた杖の先を強く光らせた。霊獣は狼狽えた。俺はケントに怒鳴った。

 「お願いだ、それを使う時は前以って言ってくれ、俺の目も潰れそうだ」

 「すまん、次から叫ぶから目を閉じてくれ」

 ケントはまた杖を前に出した、次は杖の先から火の球が出てきて霊獣を囲むように飛び回る、霊獣は火の球に気を取られて周り出す。

 「アル、この隙にまた松明で殴ってくれ、やっぱり俺の術はこの霊獣には効き目が薄い、それを気付かれると足止めできなくなるからもう時間稼ぎ出来なくなるぞ」

 俺は顔をこわばりながら、また松明で霊獣を殴った、さっき壁をぶつけた痛みを考えると本心はやりたくないが、俺はケントのような魔術が使えないので仕方ない、やっぱり、少し手応えはあるが霊獣の体をすり抜ける。

 「次は突進してくる頭を目掛けて松明で突いてぶち抜いてみろ」

 霊獣はまた、俺に向かって突進した、俺は指示通り松明を迫ってくる霊獣に突いて反撃に出た、霊獣に当たった感触はあったがやはり、俺は吹っ飛んで壁にぶつかった。霊獣は少し悶えている様子だ。

 「やっぱり、意識して物にぶつかろうとする瞬間は攻撃が当たるのか」

 俺が壁に持たれて悶えている所にレイチェルが来た。

 「次、霊獣が突進してきたらこれを霊獣に掛けろ」

 レイチェルは俺に何か粘り気のある泥みたいな物が入ったバケツを俺に渡した。

 「目を閉じろ、やああああ!」

 ケントはまた杖を光らせた、霊獣はまた狼狽えた。

 「よし、また、俺が松明で殴る」

 俺は覚悟を決めて、空振るのを覚悟で霊獣を松明で殴った。

 「それを掛けたら松明や剣で追い払え、濡れた霊獣に触れるなよ」

 レイチェルは俺に注意した、とにかく言う通りにするしかない。俺は松明を置いてバケツを持って身構えて霊獣の突進を待った、んん、突進する瞬間にバケツを掛けたらどうやって松明と剣で突進を防ぐのだろう、しかし、霊獣は待ってくれず突進してきた。俺は迫る霊獣にバケツの泥を掛けて、そのバケツを前に出して霊獣の盾にした、バケツは凹んで飛んで行って、俺はまた吹き飛び、壁に叩き付けられた。もう、体が壊れそうだ。

 「ようし、霊獣に凝固剤を混ぜた泥が掛かった。これで暫くしたら、霊獣は固まる」

 「霊獣を固めようとしているのか、やはり、お前は霊獣のことを知っておったか」

 「でも、固まるまで時間が掛かる、それまで時間を稼がないと」

 「わかった、とにかく光らせる、その後は誰かが対峙して身構えさせて時間を稼ごう、最初はその役、アルに任せた」

 また俺かよ、ケントはまた光らせて霊獣を狼狽えさせた。その後、俺は又、剣と松明を持って霊獣の前で構えた。霊獣は静かになり俺の前で身構え、体を震わせていた。レイチェルは言った。

 「その睨み合い状態をできるだけ長く保って」

 そう言われても、霊獣はたまたま動かないだけで俺がそうさせている訳ではない、いつ動くかは霊獣次第だ、とにかく、効果があるかは知らないが、松明を前に突き出してジッと動かず身構えた。霊獣は松明の火を警戒してか、なかなか突進してこない、とにかくこの状態を保とう、そしたら、目の前にゆらゆらした小さい火の玉が、左右にゆっくり振り子のような動きを取っていた。恐らくケントの魔術の仕業だろう、霊獣はその火の玉を目で追う様に警戒しながら左右に首を振っていた。

 その状態がかなり長い時間続いた、最低でも一時間以上は続いた。

 「そろそろかな、霊獣が揺れなくなったな、おい、アル、もう普通にしてて良いぞ、霊獣は固まっている筈、こっちに歩いて来て」

 俺は指示に従い、レイチェルに向かってゆっくり歩いた。霊獣は俺を追おうとはせず動かなかった。

 「やっぱり固まってる、これでもう大丈夫だ」

 レイチェルは霊獣に向かって歩き、観察しだした。

 ケントも霊獣に近づいてレイチェルに話し掛けた。

 「こんな対処法があるんだな、やはり、お前は霊獣のことを知ってたな、実体のない幽霊だったらこんな物を用意する筈が無い」

 「お前こそ、さっきの杖を使った手品はなんなんだ、ここの魔族のことを調べにきてそんな妙技を使うなんて、やはり、お前は海外からやって来た魔術師だな」

 「えへへ、もうこれを見られたら、これ以上の言い訳は無理だな、そうだ、俺は船に乗って、ここに存在すると言い伝えてる古代魔術を調べにきた。ここに来て良かったよ、まさか、古代の魔術師が造った霊獣に出会えるなんて思わなかったからね、それに、ここに霊獣があると言う事は、魔術師がここに大事な物を隠してる証だ、奥に何かが必ずある、だから俺はここに滞在してたんだよ、この洞窟に潜む物が霊獣だと判断し、奥に古代魔術の手掛かりが眠ってると」

 「お前、ここは海外からの魔術師入港禁止、そして魔術の活動も禁止されて、見つかったら処刑される事を知っててやっているのか」

 「知ってるよ、それでも、この大陸で眠ってる古代魔術があるなら、どうしても調べたかったんだ、海外ではもう、魔獣を造る高度な魔術なんて伝説上の作り話とされてる。増して霊獣なんて、学校で教わりすらせず書物庫で眠ってる古い本に書かれてるくらいだ、そんな伝説の霊獣が動いてるのを目の前で見れたんだ、これだけでもここに来た甲斐があったよ」

 なんと、この男はこの大陸の人ではなく、オマケに魔法使いと名乗ってやがる、ここでは魔法なんて架空の物と思われているのに、実在している魔法使いがここに居て、架空と思っていた化け物を目にして感動しているって、俺はどう反応していいのか解らなかった。

 「とにかく先に進もう、この霊獣がこの洞窟に居る理由を知りたいだろう」

 ケントはそう言って奥に進んで行った。俺とレイチェルは彼を追いかけた。


 封印された洞窟の奥


「おーい、来てくれ」

 ケントが大声で呼んだ。洞窟を進んで行くと少し広い場所に出た、その先にランプを持ったケントが立ち止っていた。

 「ここにかなり古い間使われていない扉がある。そして、今はもう面影も無いが、この広場であの霊獣を作る儀式が行われた、この扉の先を守るためにね、みんな、気を付けろよ、この扉の上にある天井の板と支えてる2本の柱は、その上にある土砂を支えていて、もしもの時に柱を壊して土砂を落とし、その土砂で入り口が埋まる作りになってる、さぁ、扉を開けて、化け物が守ってきたものを拝見しようか」

 ケントは扉を開け中に入った。俺達も後に続いた。

 「やっぱりね、ここは魔術師の住処でもあり、大事な書物を保存してる保管庫でもある、今ここにあるのは生活してた場所だが、奥は書物を保管してる部屋だろうね」

 ケントは更に扉を開け中に入ったので俺達もついて行った。その中には本や巻物がたくさん置いてある書物庫だ、他には机がある。

 「当たりだ、これらの書物を海外で売れば俺達は大儲け出来る、けど、俺は大金目当てじゃなく古代魔術が知りたくて高い船賃出してここに来たからな」

 ケントはここにある本を読みだした。レイチェルは口を開いた。

 「お前に悪いがここは生き埋めにするよ」

 「なんだって!どう言うつもりだ」

 「この大陸は魔術禁止だ、そしてここを守ってた霊獣が居ない今、ランプを持てば誰でもここに来れる、この部屋が村人に見つかったら、村人と俺達は人生終わりだ、ケントとアルは間違いなく処刑され、俺は強制で協会で幽閉されて自由を奪われる、特級薬師でもこの部屋の存在を知ったら、好き勝手はさせて貰えなくなる。この村は焼き払われ、下手すると村人も全員が闇に葬られる。この大陸の魔術に対する処置は冷酷だ、魔術を知る者は噂が広まる前に全て消される」

 俺は恐ろしくなって聞いた。

 「じゃ、どうすればいいのだ?」

 「だから、ここを埋めたら解決する。埋めて最初からここは行き止まりだった事にすれば、俺達を裁く事はできない、俺達は只、怨霊を追い払っただけなら問題ないが、魔術師の資料がある部屋を見つけたとなれば話は別、俺達はこの国の見てはいけない物を見たことになる。お前らは必ず指名手配になるぞ」

 ケントは焦って話し出した。

 「じゃ、俺が今までここに長い間滞在して洞窟を調べて、お前達にここまでついて来て、一緒に怨霊と戦った苦労を全て無駄にする気か」

 「とりあえず、今は入り口を埋めないと、お前は間違いなく指名手配になる。魔術に関する犯罪の指名手配は、大陸全ての指名手配になる。この大陸ではまともに歩けなくなるぞ、でもね、ここに怨霊みたいな得体の知れない物が、居なくなった事を確認できたら、この洞窟を巡察する必要がなくなり、そうなればいつでも掘り起こして、ここにある書物を幾らでも読み放題だ。俺なら今は我慢して身の危険を大事にするけどね、いっときの我慢だ」

ケントはしばらく考え込んだ。そして口を開いた。

 「わかったよ、本当は今すぐこの部屋の書物を読みたいが我慢するよ」

 「それが正解だ、じゃ、みんな出てから入り口を埋めようか」

 ケントはしぶしぶ外に出ようとした、すると、いきなり入り口から、突風のような感触が吹き抜けた。

 「なんだ、なんだ」

  辺りの空気が変わった。ランプを照らして見回したら汚れた空気が一箇所にうごめいていた。

 「なんだ、新たな霊獣か?」

 「いや、さっきの霊獣だ、凝固剤と一緒にくっついてた土砂を、まるで皮を剥ぐように身から剥がして動けるようにしたみたいだ。前のような土砂の混じった煙みたいな形じゃなく、ついてた砂が剥がれて煙だけの状態になったみたいだ」

 薄い煙となった霊獣は体を震わせながら、時々体を一瞬光らせた、そしたら煙全てが炎となり霊獣は炎で形作られた。俺が唸った。

 「此奴、体中に炎を身に纏った、いや、体が炎になった。何故だ」

 レイチェルが俺に教えてくれた。

 「此奴は元魔獣だ、生きてた時に炎を扱える術を仕込まれてたんだろう、魔獣が使える魔術は殆どが一つだけ、此奴は元火炎獣だったのだろう、霊獣になって長い間使わなかった術を忘れていて、自分と同じ炎の魔法をケントが使ったから思い出したのだろうね」

 ケントはレイチェルの言葉に感心しながら尋ねてみた。

 「ホント、あんたは霊獣や魔獣のことをよく知ってるね、で、この炎に化けた霊獣相手にどう戦う気なんだ、相手は実体が無いから武器を振っても素通り、さっきの固める方法もこれじゃ無理だ、レイチェルさんよ、此奴をどう戦うんだ?俺はもうお手上げだ」

 「わかった、お前ら二人はもう外に出てろ、火薬を使って爆破を試すから出たら入り口を閉めとけよ、危ないから」

 「あんたはどうするんだ」

 「俺はここで爆破させなきゃいけないだろ」

 「いや、あんたは爆破からどうやって逃れるんだ」

 「爆風さえ逃れたら何とかなるだろう、さぁ、行け」

 「正気かよ、この霊獣を吹き飛ばす程の爆破だろ、その爆風をどこで逃れるんだよ」

 「もう、うるさい、さっさと出て扉を閉めろ、俺に考えがあると言ってるだろ、お前らまで庇うことは出来ないんだ、死にたくないなら早く出ろよ、巻き込みたくないんだよ」

 「わかった、おい、アル、外に出るぞ」

 ケントは俺の手を引っ張った。俺はレイチェルが心配になりケントに尋ねた。

 「ちょっと、あいつ一人で大丈夫なのか」

 「わからないが、俺達が居ると邪魔だと言ってるんだから、何もできない俺達は指示通りに動くしか無いんだよ、それともお前は、あの霊獣を倒す秘策はあるのか?」

 「無いに決まってるだろ」

 「だったら、あの女に従うしかないだろ、レイチェルは化け物相手で、俺達が邪魔だと言ってるんだ、さっさと出ろ」

 ケントは俺の手を強く引っ張り、外に出た後、扉を閉めて、その扉を押さえた。

 「どれくらい大きな爆破なんだろ、大きかったらこの扉も吹っ飛ぶから押さえないと」

 二人は扉を押さえたまま待機していた。この状態がしばらく続いた。なかなか爆発音が出ない、少し時間が経っているのに音は聞こえない。

「どうなってるんだ、もしかして失敗したのか」

 だんだん不安になってきた。相手は炎を全身に浴びている霊獣、女一人でそんな長く持つ筈が無い、爆発に失敗して炎で焼かれて焼死かもしれない。

 「どうする、レイチェルは無事なのか、中に入って助けなくても良いのか」

 「俺に聞いてどうする、とりあえず扉叩いて呼んでみるか」

 ケントは扉を叩き、声を上げた。

 「おーい、どうなってるんだ、生きてるのかー」

 二人はその後、扉を耳に当て部屋の中の音を聞こうとした。

 「入って良いぞ」

 扉の向こうから声が聞えた、レイチェルの声だ、扉を開けて中に入った。

入口を抜けると、レイチェルは虚ろな目で、壁に持たれていた。

 「霊獣はもう去ってここには、・・・グァッ」

 喋っている最中にレイチェルは突然、口から血を吐いた。

「おい、レイチェル、どうしたんだ、霊獣にやられたのか、大丈夫か」

 俺はレイチェルの横に付いて肩を支えた。レイチェルは息を荒くして喋った。

 「大丈夫だ、霊獣はどこかに消え去ったが、現状はここから、居なくなった以上、この部屋は簡単に、見つかる、俺達以外に、ここが、見つかると、面倒だ、入り口の、柱を壊せ、入口を埋める」

 「くそう、折角の古代魔術の資料がみんな埋まる」

 「時が経ってから、掘り起せ、とにかく、ここを出るぞ、それから、悪霊は奥に、逃げた事にするぞ、まだ安全じゃない方が、村人が洞窟を怖れて、こちらの都合が良い」

 俺はレイチェルの肩を抱えながら歩いて部屋を出た。レイチェルを少し遠くに座らせて、持ってた剣で柱を叩いて壊すと、天井が崩れ、入口が土砂で埋まった。

 ケントは涙目になって叫んだ。 

 「くそう、待ってろよ、また戻って絶対にここを掘り起こすからな」

 男二人でレイチェルを挟んで、肩を両方から抱えながら洞窟の入り口に向かって歩いた。


 三人は洞窟から出て来た。辺りはもう夕暮れで日が落ちかけた。

 「やや、帰ってきましたか、ご無事でよかった」

 村長が胸を撫で下し、傍に近づいた。

 「無事では無いよ、俺は何度も怨霊に壁を叩きつけられたし、レイチェルは怨霊にやられて吐血してるよ、とんでもない頼み事を引き受けたよ」

 「なんじゃと、怨霊と戦ったのか」

 「ああ、レイチェルが言うには、怨霊を追い駆けたが奥に逃げて見失ったらしい」

 「な、なんと、怨霊を追い払ったじゃと」

 「しばらく探索しても見当たらなかったが、レイチェルの事が心配なので、彼女の所に戻り、怪我を負ってる彼女を連れて洞窟から出て来ました」

 「そうなんですか、朝から日が落ちるまで、暗い洞窟の中に居た貴方達が怨霊を見たと言うのなら、信用するしかないわい、とにかく、通りすがりの旅の者なのに、怪我を追ってまで洞窟を探索して貰って、いくら感謝しても感謝しきれません。さっ、宿に戻って体を休んでくだされ、何日泊まって貰っても構いません、お代は私が全て払います、宿屋の主人に話を付けとくので」

 俺達三人はレイチェルを支えながら宿に向かった。ケントが喋った。

 「俺は宿の前で別れるよ、明日、また宿の前で待ってるからな」

 「一緒に泊まらないのか」

 「足が付くような事は避けたいから宿には泊まらない」

 「そうか、残念だ」

 三人は再び、宿に向かった。


 「おい、起きろよ」

 んん、あ、もう朝か、ここは宿屋のベッドだ、昨日は散々だった、レイチェルの声がした、んん、俺はレイチェルの体の心配をした。

 「おい、レイチェル、もう大丈夫なのか」

 「大丈夫だよ、別に化け物にやられた訳じゃない、体が対応できなかっただけだから」

 「どういう意味だ?とにかく元気になってよかった、下手したら死ぬんじゃないかと思ったからね、とにかく生きててよかったよ、この村に来て、まさか化け物と戦うとは思ってもなかったよ」

 「本当にそうだ、とんだ厄介事を引き受けてしまったよ、朝食食べに降りようか」

 「わかった、着替えるから先に行ってて」

 俺は服を着替えて食堂に入り、レイチェルと一緒に朝食を食べていた。その朝食中にこの村の薬師がやって来た。

 「おはよう、みなさん、昨日は大変だったようで、洞窟の怨霊と戦って手傷を負ったと聞きましたよ、よく怨霊に出会って生きて帰れましたね」

 「ああ、ここで死ぬかも知れないと思ったよ」

 「それで、その怨霊はどうなったのですか」

 「俺は霊に詳しくないのでよくわからんが、レイチェルを運んだ帰りに会う事は無かったよ、詳しい事はレイチェルに聞いた方がいいよ」

 「そうですか、では、レイチェルさん、あのう」

 「何ですか?」

 「ええと、昨日の件ですが、昨日の夜、村長の家で村の者共と話し合ったのですが、巡察官に洞窟の調査を依頼することになったのですが、どう思いますか、万が一のことも考えて、私達はまだ洞窟に入らない方が良いと思いまして」

 「良いんじゃないですか、一応、一体の怨霊とやり合ってなんとか追い払い、それから出て来る気配はありませんでしたが、もしかして、また暴れ出したり、複数存在して別に居るかも知れません、巡察官の探索調査を行ってから、洞窟に入った方が良いと思います」

 「わかりました、ええと、それで、出来れば、ここに巡察官が来た時に、貴方達が洞窟で何をされたのか説明しろと私に言われそうなので、できれば貴方のサイン入りの報告書を作って貰えれば、それを渡せばですね、私が質問責めに会うような事にならないかとですね、思いましてですね」

 「わかりました、朝食を食べてから、洞窟を探索した昨日の様子を書いた報告書を作ります、巡察官が上級薬師なら貴方に色々と質問されるのは目に見えます」

 「有難うございます、助かりました、それから、少女のほうは体調も回復してます、数日経てば元気になると思いますよ」

 「よかった、私が用意した薬草が合ったみたいですね」

 「はい、では、ゆっくり朝食を食べてください、では、私も家に帰ります、村のために何から何まで有難う御座いました」

 地元の薬師は食堂から出て行った。

 「さっさと朝食食べて旅を再開しようか、すぐには来ないと思うが巡察官が来るなら、それ迄に出来る限りこの村から離れたい、追い駆けられて事情をあれこれ聞かれるのも面倒で旅の支障になる、もう面倒事を引き受けるのは止めよう、これで懲り懲りだ」

 確かに、これがきっかけで、俺達が目を付けられるようになっても文句を言えない、クアニルに到着するまでは、目立ちたくは無いのに、これは不味かったと俺も反省している。


 朝食を食べ終わってから、洞窟を探索した内容の報告書を書き終え、俺達は宿を出て行った。すると宿の外で待っていたケントが話しかけた。

 「遅かったな、聞いた所によると巡察官に調査の要請をするとか、そしたら俺もあんたらもヤバいね、早くこの村を出ようか」

 「ああ、とにかくこの村から早く離れよう、全く、軽く洞窟を見て回ってから適当に中を説明して、化け物なんて放置すれば面倒にならなかったのに、お前にそそのかされたよ」

 「えへへ、申し訳ありやせん、ここで口を滑らせる訳にもいきませんから、早く村から離れて、それからゆっくり話しましょうか」

 「確かにな、薬師の家に寄って、報告書をさっさと渡して、早くここから離れるか」

 三人は急いで村から出て行って、旅を再開する事となった。


 村を出て診療所があった街まで行き、そこから定期運行している馬車があったので、皆で乗り込んで、かなりの距離を移動し、その馬車を降りてクアニル国までの道を歩いてる途中で三人は話し始めた。

 「もう、いいかな、周りに人が居ると、迂闊に化け物の話も出来やしない」

 「全くだ、魔術に関わる言葉を使って、それを国兵に告げ口されると厄介になる」

 「ああ、実に惜しい、やっとこの大陸に古くから伝わる、古代魔術を知るチャンスだったのに・・・、辛い、悲しいよ、月日が経ったら掘り起しに行くからな」

 俺はケントに尋ねた。

 「お前の悪知恵のせいで、こっちはこの国の巡察官に目を付けられたんだぞ、もう変な事に関わるのは極力止めておこう、と言うか、なぜ、お前は俺達について来てるのだ?」

 「えへへ、えとね、そちらの綺麗なお姉ちゃんが特級薬師だと聞いた時にね、仲良くなったら付いて行こうと始めから思ってましてね」

 「どうしてだ」

 「一つは、上級薬師の中には魔術に詳しい人が居そうなので、そうだったらこの大陸に眠っている魔術の探索が楽になりそうな期待を、もう一つは、この大陸の魔術師の取締は薬師の役割と聞きまして、俺が特級薬師のお姉ちゃんの仲間と思われたら、俺を疑ったりしないと思ってね、姉ちゃんが俺を売らない限りは安心出来ると考えた」

 「おいおい、俺達は余り目立つ事をしたくないんだ、厄介は御免だ、おい、レイチェル、此奴はどうするんだ」

 レイチェルは返答した。

 「別についてきても良いよ、その代わり、クアニルに着いたら、俺達のやる事を手伝うという条件付きだけどな」

 俺は、その言葉に慌てふためき、レイチェルに不満を言った。

 「な、何を言い出すのだ、なぜ、此奴に俺達の目的を手伝わせるって」

 「おい、よく考えてみろよ、此奴は海外から渡ってきた部外者だから、俺達の仲間になって協力して貰っても誰にも迷惑を掛けない、更に、この大陸の誰とも関係していないから、巻き込んで兵に捕まっても身元不明の不審者だ、どんな罰を受けても、何を喋らしても、身元を探られても、俺達には問題ない、そして、俺が居るおかげで自分の身が安心出来るなら、逃げる心配も無いから俺達の協力者として丁度良い、魔術も使えて戦力にもなる、味方になって俺達に協力してくれるなら、此奴は使える仲間だ」

 確かに、この魔術師は海外から来た者なのでこの大陸に身内は居ない、だから協力して貰ってもそこから足が出ることは無い、この男の身元を調べられても捕まっても大丈夫だし、この男が特級薬師のレイチェルを利用して旅の安全を確保したいなら、俺達を裏切る事も傍から離れる事もまず無い、よく考えると願ってもない仲間として使える、魔術が使えるのもいろいろ役に立ちそうだ、そこまでの考えは思い浮かばなかった。

 ケントはニヤけた口で受け答えた。

 「あんたらの旅もなんか黄な臭い企みがあるんだな、なんか面倒に巻き込まれそうだが、姉ちゃんが旅先で俺を庇ってくれるなら、この話に乗るしかないか、なんか面白そうでもあるし、魔術に関係するなら願ったりだ。よし、これで商談成立だ、俺はあんた達の悪巧みに全面協力してやる。しばらくはお前達について行くよ、もし、兵に尋問されたら、お姉ちゃん、俺を庇ってくれよな」

 「わかったよ、これで決まりだ」

 交渉は成立し、旅の仲間は一人加わった。三人は、それぞれの企み、いや目的でクアニル国を目指し、一緒に旅をすることになった。


  所変わってここは、とある大きな街にある薬師協会支部に、一頭の馬が駆け込んだ。軍服を着た女性が馬を降りて、支部の中に入り、入口の受付に尋ねた。

 「私はエイルランド国軍武器管理を一任されてる長官で特級のタナーだ、ここの支部長のサリタルは私の師だ、急ですが面会をしたくて参りました」

 「サリタルは部屋に居ると思いますが、案内しましょうか」

 「いや、結構、何度も来てるから」

 タナー長官は急ぎ足で支部長の部屋に向かった。そして部屋に着き、扉を叩いた。

 「すみません、タナーです、急ぎの話なので連絡は出来ませんでした」

 扉から、少し年老いた声が聞こえた。

 「タナーか、何事だ、まぁいい、入ってこい」

 タナーは扉を開けた、サリタルはテーブルの椅子に座り、お茶を飲んでいた。タナーは向かいの椅子に座り、事を話し出した。

 「早速ですが聞いて下さい。私は、奇怪な物が出て来ると言われている洞窟を、数年毎に巡察する仕事を請け負っていて、その洞窟に係わる過去の報告書を見ますと、この洞窟には得体の知れない獰猛な何かが存在するみたいで、その物が原因で村人や兵が行方不明になっており、その報告書にあった洞窟の地図には、その得体の知れない物がいる場所と調査の結果の行動範囲が書かれており、その報告書の地図に従って兵と同行しながら、その化け物が出ない範囲での異変が無いかの調査を何回かした結果、その安全範囲が正確なおかげで、私はその化け物を一度も見たことがありません」

 「ふむふむ」

 「ところがです、今年に入って少女が、入り口でその化け物に出会い大怪我をした模様ですが、その少女はたまたま通りがかった特級薬師に治療され、怪我は治ったそうで」

 「ふむう、そうなのか、つまり、洞窟に変化が起こったのじゃな」

 「はい、しかしですが、その後、その特級薬師は仲間と一緒に洞窟の奥深くを調べたらしく、その特級は化け物に遭遇しましたが、追い払って洞窟から出て来たそうです」

 「な、なんと、あの謎の物体を追い払っただと!」

 「はい、その特級が書いた報告書によれば、その怨霊相手に爆薬やら嫌な臭いのする草やらを駆使して、その怨霊に対抗すると、その怨霊は逃げて行き、辺りに怨霊の気配が一切なくなって、奥まで行っても怨霊を確認することは出来なかったと書かれておりました」

 「あの怨霊のような物が爆発で逃げたと、考えられん」

 「はい、それで、その洞窟の調査のもっと昔の資料を更に調べると、貴方のサインがされてある調査報告書が見つかり、そこで先生の助言を伺おうとここに来ました」

 「なるほど、確かにあの洞窟は儂も調査に参加したことがあり、その時に同行した兵もあの化け物によって行方不明になった、それから、私も含めて唸り声は聞いたことあっても姿を見た者は居ないので、悪霊や怨霊とも噂されておる、あんな怨霊を追い払うとはその特級は何者じゃ?もしかしてベータ種か」

 「ベータ種・・・なるほど、ベータ種の線もあったか、しかしながら、その特級は私と同じ女であり、去年昇格したばかりの年は十九の若くて成りたての特級ですが、そんな者でもベータ種になるのですか」

 「なんだと、まだ二十歳にもならない小娘じゃと」

 「そうなんです、しかも驚いた事に、その若い女の特級の師はなんと、あのカダル・ゴエル氏です、あの御方が弟子を取る事もあるのですね、あの人の直接の弟子なんてみんな年配で徳の高い人が多い印象ですが」

 「なんだと、師はカダル・ゴエルじゃと、なぜ二十歳も行かぬ小娘がカダル氏の弟子になれるのじゃ、いや、カダル氏が受け持つ程の素質と才能を持った者なら、特級昇格と同時にベータ種となるのも考えられない事も無いが、それでもそんな若い娘が、委員会からベータ種の推薦を受けるなどとは」

 「全く、私にはわかりません、聞く所に寄ると洞窟から出た時に、その女特級は口から血を流していたと聞いてますが」

 「口から血・・・口から血・・・なんか頭に引っ掛かる・・・口から血・・・、あ、思い出した、吸引法じゃ、しかし、それは大昔に記された話じゃぞ」

 「なんですか、その吸引法って」

 「大昔の書物に書いてて解読もいろいろ解釈が違ってて確かな事は言えないが、体内に力を取り込む方法じゃとか、霊を口で吸い取り、胃や腸で食べ物を分解するみたいに、霊を分解させる機能が、生物の消化器官に存在すると記されており、霊を食べて体内で分解させて霊を自身の魔力に変えて蓄える方法として紹介されておる、元々魔獣は、魔術師自身の魔力を増大させるために飼育して造ったという説があってな、大昔の魔術師は魔力の宿った魔獣を食べたり、その魔獣を魂だけにしてその魂を口から吸い取ったりして、自身の魔力を強めたとベータ種だった私の恩師から聞いたことがある」

 「その吸引法を使ってその怨霊を倒したと考えるのですね、でも疑問に思いますが、その吸引法は古代から現在でも存在する魔術だと仮定して、過去に誰かが使った、又は、その方法で、この大陸に存在した霊の様な物を撃退したという記録は残っているのですか」

 「お前も知っておろうが、魔術に関する資料や記録などは、ベータ種の薬師しか見る事も知ることも出来ない、ベータ種というのは、絶対広めてはならない危険度の高い調合薬や麻薬、海外から持たされた魔術や秘術、この大陸に古くから伝わる魔術などを扱うことが許される、協会の中でも特別な存在の薬師で、この大陸の魔術に関わる出来事や事件を扱う時には大体任される存在となっており、これは一級などの階級ではなく協会側によって内密に任命され、区別される薬師であり、ベータ種の薬師は禁止されている物のほとんどが特例で許されておる、あの洞窟も昔はベータ種であった私の恩師が担当していたが、あまりに強力な怨霊なので、匙を投げて協会に協力要請したが放置され、現在は、この国で武器管理を任されておるお前が、担当して定期的に巡回しておる、私が知ってる魔術などの禁止されてる内容の知識は、恩師から聞いた話だけで、そんな魔術の資料なんて読んだことも無いわい」

 「では、どうして吸引法だと考えたのですか」

 「吸引法は魔術ではなく修行で体を鍛えることで成せる業で、元々は魔獣が持ってた性質で、食べた獲物の魂で魔力を蓄える力があったと言われてる、人間でも訓練せずに肉や魂を食らって魔力に変える体質を持ってる者もまれにいると、恩師から聞いたことある」

 「なるほど、元々の体質でも扱えるなら、術を学ぶ必要が無いと言う考えですね」

 「あくまでも、修行時代に師から聞いた話で確証は無い、あの怨霊を追い払ったなんて、並みの薬師ではまず無理だ、どう考えもベータ種と考えても良い」

 「怪しい奴ですね、私の部下を使ってその特級を尾行させましょうか」

 「おいおい、待て、その怨霊を退治した特級を疑って探るのは、協会の原則に反する行為だ、疑いのある薬師を調べたいなら本部に報告して、本部からの指令で行うか、本部が調査を始めるのが適切であり、薬師の独自の判断で別の薬師を疑って探ったのがバレると、協会に目を付けられるのは私達だ、薬師同士は同じ任務での必要な情報以外では、相手の身元や過去の活動、現在での協会から受けている指令などを探ることは絶対に禁止だ、薬師の動向を探るなら、協会から許可を貰うのが筋だが、その特級薬師の師はカダル・ゴエルだぞ、現在の協会の総括委員長の最有力候補であり、協会の中でもかなりの地位がある人だ、その人の弟子を疑うと言う事は、その師であるカダル・ゴエルを疑う事になるぞ、わかっておるな、そんな許可を要求したら私達の立場がどうなるかを」

 「はい、私の愚かな考えでした、では、どうすれば良いですか」

 「とりあえず、細心の注意を払いながら奥深くまで洞窟を調査した上で、得体の知れない物体が居ない事が確認出来れば、洞窟の坑内採掘を安全な範囲だけで、試験的に再開してみても良いだろ、それはその村の強い希望でもあったからな、怨霊に関しては余計な事は報告しなくて良い、その女性特級薬師の事も、お前が見た事も無い者なら、報告書に触れなくて良い、洞窟を調査して、魔術に関わる物があったなら報告しても良いが、無いなら触れるな、その特級が報告書に書かれてある内容が全てだ、それを疑う事は私達の役割では無い、それから、魔術を匂わす内容は痕跡が無いなら一切触れるな、お前が魔術を密かに研究してると疑われる事もあるから注意せよ、分かったな」

 「分かりました、では私が調査した内容だけを報告書に書いて本部に提出します」

 「それで良い」

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