孤独な王子と蒼い瞳の奴隷剣士 ─その出会いが、砂の国の運命を変える─
宵森 灯(よいもり あかり)
第1話 闘技場の青い瞳 ー静寂を裂く、ひと振りの光ー
※2025年6月16日、一部改行・区切りを調整しました(読みやすさ向上のため)。内容に変更はありません。
※2025年7月16日、一部表現を変更して、書き直しました。内容に変更はありません。
✴︎✴︎✴︎
第一話 闘技場の青い瞳 ー静寂を裂く、ひと振りの光ー
砂漠の風すらかき消す、熱狂の渦。
「血の宴」が、今、始まる。
桟敷席には王族が座る天蓋が設けられ、その下に座はラザール王国・第二王子のアイランが身じろぎせずに座っていた。焚かれた香の中に、微かに血の匂いを感じとったアイランは顔をしかめた。
(血の匂いは嫌いだ)
奴隷同士を殺し合せ戦わせる闘技場。兄である第一王子・バザーンが異国を真似て始めた残酷で美しい娯楽。こんなところ、普段なら絶対に来ない。兄の気まぐれな誘いでもなければ。
(奴隷とはいえ、人が殺し合うところなど見たくない)
アイランは腕につけた母の形見の腕輪を握る。西方の舞姫だった亡き母。その母の目と同じ淡い緑色の石がついた質素な腕輪。辛い時、悲しい時、腕輪のひんやりとした感触はいつだってアイランの心を鎮めてくれる。
わっと歓声が上がる。
現れたのは、黒髪に青い瞳の奴隷剣士。
眩しいほどの日差しの中、剣を握り、堂々と立っていた。
(青い瞳……自分と同じ西方の血かもしれない)
奴隷は王族が座る天蓋を真っすぐに見つめている。今に見ていろとでもいいたげな強い眼差しで。
観客席ではターバンを巻いた商人風の男たちが、香辛料の匂いを振り撒きながら、今日の試合の話に興じている。
観客たちの声が耳に入る。
「今日で99勝目の奴隷か」
「百戦無敗なんて、本当にあるのかね」
──百戦勝ち抜けば、奴隷から“人”になれる。
それは希望であり、絶望の裏返しだった。
今まで、その壁を越えた者はいない。
鐘が鳴った。
奴隷の前に立ったのは、蛮刀を構えたさらに大柄な男。
雄叫びと共に蛮刀をふりあげて青い瞳の奴隷に切り掛かる。
対戦相手は凄まじい力で切り込んでいく。さっとかわし、体格、力が上の相手にも青い瞳の奴隷は怯むことなく戦う。
(……すごい。剣術の試合をした人間の動きだ)
驚くほどの素早い動きで、奴隷は対戦相手に切り込んでいった。相手は首から血を吹き出し、どうっと倒れた。
あまりの瞬殺に、観客は文句を言い始めた。
「強すぎてつまらん。誰が奴隷のくせに……」
「チッ、賭けが台無しだ」
だが、奴隷は観客など眼中にないようだった。
静かに背を向け、闘技場をあとにする。
(……惹かれてしまった)
闘技場という場所が嫌いなのに。
誰かが傷付くのを見るのが怖いのに。
あの瞳に、動きに、目が離せなかった。
(自分にもあんな強さがあったら……)
アイランは手すりから身を乗り出し、奴隷の背を、ただただ見送っていた。
砂漠からの風が熱をはらんで天蓋の下をすり抜ける。陽に透けるアイラン髪が、金の糸のように宙を舞った。
✴︎✴︎✴︎
そのとき、青い瞳の奴隷がふと立ち止まった。背後に感じた気配に振り返る。
ーー黒髪の中に、まばゆく光る金の髪。
王族が座る天蓋の中、誰かが自分を見ていた。
(……誰だ?)
その視線が交わった瞬間から、運命の歯車は静かに回り始めていた──。
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