異世界転移者、魔法創造の旅 〜無人島の塔から始まる成り上がり〜
ねこあし
第1話 虚空の呼び声
意識が覚醒したのは、凍えるような寒さの中だった。
桐生悠人は、ぼんやりとした視界の先に、これまで見たこともない光景が広がっていることに気づいた。自分がどこにいるのか、なぜこんな場所にいるのか、一切の記憶がない。ただ、強烈な違和感が全身を蝕んでいた。
ゆっくりと身を起こすと、ひんやりとした石の床が肌に触れた。全身を包むのは見慣れない、だが上質な麻のローブ。足元には、革製の簡素なブーツが置かれていた。それらはどれも、つい先ほどまで着ていたはずの普段着とはまるで異なるものだ。
周囲を見渡す。そこは円形の広間だった。壁は灰色がかった巨大な石材で組まれ、所々に複雑な紋様が彫られている。天井は高く、中心には見上げるほどの巨大な柱がそびえ、その先端は闇に溶け込んでいた。窓らしきものはなく、どこから光が差し込んでいるのかも分からない。薄暗い広間の中央に、悠人は一人取り残されていた。
「ここは……どこだ?」
掠れた声が、広間に虚しく響く。記憶を探るが、直前まで何をしていたのか、そもそも今日が何月何日だったのかさえ思い出せない。ただ、自分が「桐生悠人」という名前の人間で、日本という国に住んでいた、という漠然とした事実だけが残っていた。
混乱と恐怖が押し寄せる中、広間の隅に、一際異質な存在があることに気づいた。それは、ゆらゆらと揺らめく半透明な光の塊だった。人の形をしているようにも見えるが、輪郭は曖昧で、内側で無数の光の粒子が蠢いている。
悠人がその光の塊に目を向けると、それはゆっくりと悠人の前に移動してきた。そして、悠人の頭の中に、直接語りかけるような声が響いた。
――ようこそ、異界の旅人よ。
声は、性別も年齢も判別できない、無機質でどこか響くような音だった。しかし、その言葉の意味ははっきりと理解できた。
「異界……? あんたは、誰だ?」
――我は、汝をここに召喚せし者。我らは、古より「調停者」と呼ばれし存在。
調停者?召喚?悠人の頭の中は疑問符でいっぱいになった。まるでファンタジー小説か何かに出てくるような状況だ。
――汝の世界は、今、危殆に瀕している。その危機を乗り越えるため、汝をこの世界へと招き入れた。
「俺の世界が危機? そんなこと言われても、俺には何のことか……」
――理解できなくとも構わぬ。汝に与えられし使命を果たすのだ。
調停者の言葉は一方的だった。そして、悠人の理解が追いつかないうちに、光の塊がゆっくりと形を変え始めた。その光が悠人の右手の甲へと吸い込まれていく。熱も痛みもない。だが、吸い込まれた場所に、複雑な紋様が浮かび上がった。それは、まるで魔術書に描かれているような、見慣れない記号の羅列だった。
――その紋様は、汝に与えられし能力の証。「魔法創造」。
「魔法創造……?」
――その名の通り、汝は自らの意志と想像力によって、この世界に存在しない魔法を生み出すことができる。ただし、生み出せる魔法は、汝の知性と、この世界の理、そして汝自身の「魔力」によって制限される。
魔力、という聞き慣れない言葉に、悠人は眉をひそめた。
――汝の初期魔力は、この世界の貴族の血を引く者よりも劣る。故に、最初は些細な魔法しか生み出せぬだろう。だが、創造と使用を繰り返すことで、魔力は増大する。
「この世界の貴族の血? 魔法は、みんな使えるわけじゃないのか?」
――この世界において、魔法は貴族の血統にのみ許されし特権。我らが授けし能力は、その摂理を覆す可能性を秘めている。
悠人は、右手の甲に刻まれた紋様を凝視した。魔法創造。そんな突拍子もない能力を、自分が本当に使えるというのか?
――汝の初期の目的は、この塔の最上層に到達すること。塔の中には、汝の能力を試す様々な試練が待ち受けているだろう。しかし、その試練を乗り越えれば、汝の「魔力」は増大し、より強力な魔法を生み出すことができるようになる。
悠人がいた広間の一角に、突然、巨大な石の扉が姿を現した。それは、壁と一体化していたかのように見えたのに、突如としてそこに出現したのだ。
――この扉の先が、第一階層。健闘を祈る。
調停者の声が途切れると同時に、光の塊は急速に薄まり、やがて完全に消滅した。
広間には、再び悠人一人。そして、目の前には、どこへ続くかも分からない、不気味な石の扉。
「待てよ! 俺の世界は一体どうなったんだ!? 帰る方法は!?」
悠人は叫んだが、調停者の返事はなかった。
漠然とした不安と、突如として与えられた途方もない能力。悠人は、右手の甲の紋様に触れた。温かいような、冷たいような、不思議な感覚がした。
とにかく、まずはこの状況を理解しなければ。そして、生き延びるために、この「魔法創造」とやらを試してみるしかない。
悠人は、意を決して石の扉へと歩み寄った。
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