九話「寂しい三日間」

夏休み初日から、そらとイチャイチャしたかったゆず

「部活の手伝いで、三泊四日の合宿いく事になったんで。」

まさかの予定が入り、完全に出鼻をくじかれた。堂々と告白したし、二人やクラスメイトに相談して、予めそらに受けが良さそうな服装も見繕ったというのに。

「み、三日耐えるだけだし。行く前に、そらに頭撫でて貰えたから、我慢出来る....出来るはず。」

お互いに好きを自覚したのもあって、歯止めが壊れかけてるのもあるけど、単純にまかないゆずが寂しがり屋なのもある。

暇を潰す為に、親が契約してるサブスクで、映画でも見ようとリビングに降りる。

お勧めが彼が好きそうな映画ばかりで、クラスメイトが言っていた「彼氏に染められる」発言を思い出した。

途端に顔が熱くなり、電源ボタンを押してしまう。真っ暗な画面に私の顔が反射して、悶える。私だけの時は、どうやって時間を潰していたのか、もう思い出せない。

「それもこれも全部そらが悪いんだからー。」

好きな人のことで頭がいっぱいになってしまうのは、普通のはず、多分。

「課題やろう。」

高校生だからといって、課題が無いわけではない。小中に比べたら量は少ないが、後回しにすれば痛い目をみる。彼がいないこの三日間で一気に終わらせて、帰ってきたらいっぱい遊べばいい。

そう思うと俄然やる気も出てきたので、シャーペンを動かす。

始めてから一時間ほど経ったタイミング、白峰しらみねさんから写真が届いた。

【君の想い人、おすそわけ。】

見れば、サッカー部の生徒と汗水流しているそらの姿。他の運動部も合同で合宿を行ってるようで、彼の普段見れない一面を見れた気持ちと、彼女にマウントを取られているような深いな気持ちになる。

「私なら、彼のカッコいいところ、これ以上に見たことあるし。」

届くわけないが、口にしてしまう。

そら、今頃何してるんだろう。」

「パスの練習頼む。」

「了解。」

俺が通う高校はバスケ部以外は軒並み弱小。公立なのもあり、合宿とかになると合同で行われる。しかも俺が手伝いに参加しているサッカー部にいたっては、部員がギリギリ試合出来る9人なので、部活内で練習しようとすると、どうあがいても外部の生徒に頼らざるおえない。俺もその一人。

参加費は出してくれるとのことで、喜んで参加したは良かった。

ゆず大丈夫かな。」

連絡を返せるのは夜遅くなのは伝えたけど、行く前の表情を思い出すと不安になる。

ボールの受け取り、部員に蹴り返す。

手伝いを始めた頃に比べれば、かなり返すのも上手くなった。でも部員になると、朝練とか毎日参加しないといけないから、俺は入るつもりはない。きっぱり断ったら、クラスメイトに泣き付かれた。あの時は正直焦ったのを覚えている。

休憩時間に体育館に顔を出せば、バスケ部が精を出して練習していて、合宿の為に呼ばれた専属のコーチまでいて、金のかかりかたが伺える。

「やっぱ強いんだな。」

「そうだよ。君もバスケ部に入れば、その恩恵を受けれるのにな。」

「辞めときます。ゆずとの時間が減りますし、貴方に振り回されたくない。」

「言うようになったね。」

スポーツ用の服を着た白峰しらみねさんが、俺の隣に来た。汗だくなのを見ると、かなり練習は激しいものらしい。

俺は綺麗なタオルを渡し、スポドリも持ってくる。

「ありがと。もう疲れたー、これが後三日も続くとなると、嫌になる。」

「合宿に参加した定めです。俺は楽させてもらいますけどね。」

「最終日はこっちの手助けをしてもらうけどね。その時は任せた。」

「酷使だけはやめてくださいね。」

練習の手伝いに、洗濯とかの雑多な作業をする。寝泊まりする場所はちゃんとしているので、体が痛くなったりとかしないで安心。隙間時間に課題をやれば、後が楽にもなる。

「毎回終わる一週間前に全てを終わらせようとして、痛い目にあってるからな。」

就寝時間は21時。ルールは定められているが、在って無いようものであり、こうして団体部屋で集まって、クラスメイトと課題をやっている。

「女子バスケ、皆可愛いよな。まかないさんには劣るけど、あの中だったら俺でもゲットできる人いるのでは。」

「そんな思考だからモテないんだよ。白峰しらみねさんも、告白一切断ってるらしいし、学内の最高峰は俺達には無理だよ。付き合いてー。」

「そういうそらはどうなんだよ!」

「俺か、いないよ。」

全員掴まれ、色んな方向に引っ張られながら、言われ続ける。

「嘘だ!どうせまかないさんとイチャイチャとかして、もう経験済みなんだろ。」

「童貞同盟組んだ仲だったのに、裏切ったのか。」

「最近だと白峰しらみねさんもはべらせてるとか聞いたぞ。やはり死しかあるまい。」

「クソ、イケメンが多いから気づかぬ振りしてたけど、コイツも顔が良いんだ。イケメンに生まれたかった....。」

「呪うしかない。」

とばっちりすぎる。

ゆずとは付き合ってないし、童貞も童貞だ。白峰しらみねさんの方なんて、彼女の方から「くっつけー」とかやってくる。俺本当に何もしてない。

部屋から出て、気分転換に外の空気を吸う。完全に宿から出なければ怒られないので、ありがたい。

【おやすみ。】

スマホでそれだけ送り、大きく体を伸ばす。明日は速い、全員参加のランニングもあるので、寝不足になるわけにはいかない。

【おやすみなさい。】

彼女の返信を見て、部屋に戻った。

夏休みに入ったからといって、生活リズムを壊すわけにはいかない。

ゆずはしっかり起きて、朝食を取る。朝には強いので楽だが、学校は無いのでそらと一緒に登校することはない。お気に入りの時間が、この期間だけ起こらないのは、少しもったいない感じもする。

そらが帰ってきたら、白峰しらみねさんに問い詰めてやる。」

彼女から、何枚も彼の写真が届いており、しっかり盗撮である。だが、文句とは別で保存し、何度も見直す。好きな人って、なんであんなにカッコよく見えるのだろう。

「あっ、おはようございます。」

「おはようね、ゆずちゃん。」

ゴミ出しに出れば、そらのお母さんと会う。静かにお辞儀をすると、凄い勢いで手を握られた。

「息子がいつも面倒かけてるでしょ。そのお礼をいつかしたいと思ってたのに、あのバカ急に合宿行っちゃうんだもん。何か良いお礼考えないとと、思ってた矢先に。」

「お礼なんて、私も方こそお世話になってますので。」

「そう言わずに。」

そらが落ち着いた性格なのに、お母さんは真逆で凄い元気。多分お父さん似なんだろうけど、なんだか不思議だ。

考えてる間に、何かを握らされる。

「あ、あの。これ、鍵ですよね。」

「そうよ、うちの鍵。ゆずちゃんなら安心して預けられるし、私も夫も家を空けてる時間多いし、いちいちチャイム鳴らすの大変でしょ。」

「二人で食べる日も多いでしょ」と付け加えられるけど、普通渡されるような物ではない。信頼されてるのは嬉しいけど、渡された物が物なので、私も慌てる。

「一人の時、偏った食事ばかりしてるらしいの。だからゆずちゃんの力を貸して欲しくて。」

「そうなんですか?」

私と食べる時、凄いしっかりと色取り取りの食事を出されている。偏っている食事の一文字すら存在していない。

二人で買い出し行ってるし、ちゃんと食事の相談もして、晩御飯とかを決めていた。

「面倒」とか口にしながらも、手を抜くことなんてしたことはない。

「息子がちゃんと作る時って、食べて欲しい人がいる時ぐらいなのよ。私と夫がいる時ぐらいじゃない、しっかり作る時って。」

つまりだ、私がいる時にあの食事が出るということは。

「あわわわわわわ。」

「顔真っ赤!もしてかして暑さにやられちゃった、ごめんなさいね早く戻りましょ。」

私の内心に気づけるはずもなく、鍵を渡されたまま解散となる。

無くさないように鍵にキーホルダーを付ける。

そらの鍵。」

彼の自室の鍵ではないのだが、現実なのか疑ってしまう。自分が待ってもらってる側なのに、何故か周りが外堀を埋めて来てる感じがして、若干の焦りを覚える。

無くさない為にも、鍵かけを机の見える場所に置き、そこに預ける。なんか婚約済みみたいな感覚になってきた。そんなことは無いのだけど。

「これ、そら本人に伝わってるのかな。」

一応確認しよう。

南雲なぐも、どうしたそんなに眉間に皺寄せて。」

「たった今、まともでいられる状況では無くなった。」

クラスメイトと連絡とれるようにスマホは常備していたのだが、ゆずから写真が届き、確認した結果、胃が痛くなってきた。

見間違えるはずがない、どう見たって我が家の鍵です。何を考えたら、鍵渡すんだよ。俺の親、セキュリティどうなってるのか聞きたい。

渡されたのはもう仕方ないので、「持っていて構わない」と伝え、胃痛を抱えたまま手伝いに戻る。両親、ゆずには信頼を100%おいてる、その結果なのだろうけど、息子である俺にも一言ぐらい言って欲しかった。

空気を入れてる間も、クラスメイトに心配されるぐらいには、顔に出ていたようで、要らぬ負担をかけてしまう。合宿に行かなければ、こんなに事にならなかったかもしれないが、それはもう後の祭りとしか言いようがない。

ボールを片付けていると、近くの男子の手が止まってることに気づき、視線の先を見る。女子バスケ部が丁度お昼休憩に入ろうとしていて、我先にと、声をかけていく。

女子バスケ部自体が、割と学内の花になっている節はあるので、気持ちは分かる。

そして皆、綺麗に振られて轟沈していく。バカだ。

白峰しらみねさん、うちの奴らがすみません。」

「いや、見てる分には楽しい。」

「あっはい。」

二人でベンチに座りながら、玉砕していく野郎共を見る。中には、成功してる人もいるので、一概に皆ダメというわけではない。

パンを加えようとしたタイミングで、横からパシャっと音が聞こえた。

「飯食ってるところ撮らないでください。」

「いいじゃん、まかないゆずに送るだけだし。カッコいい所見せておけば、色々お得だよ。」

「・・・・まぁ、それなら良いのか?」

彼女になら別に見られても構わないが、なんか言いくるめられている感じがする。

それにしても、色んな部活が合同で合宿に来てるとはいえ、思っていた以上に女子が多い。なんだかんだ女子マネージャーの数に驚いている。

そらも行けば、ワンチャンあるかもよー。」

「行きません。どうせ彼女から話は聞いてるんでしょ。」

「もちろん。」

少なくとも相談にのっていたであろう白峰しらみねさんとミカン先輩には、今の俺と彼女との関係はバレている。その上で、こうして煽ってくるんだから怖い。

結局、何の成果も得られなかった奴らの面倒を見ながら、その日の夜を迎えた。

大浴場で男子が集えば、やることは一つ。互いの○○を確認だ。

「お前ちっさ!」

「そういうお前はどうなんだよ。」

ターゲットにならないように、隅で静かに体を洗っていると、肩を掴まれる。

南雲なぐも、お前だけ逃げるのは無しだ。」

「どうせお前も俺達と・・・・・・うそん。」

「人生で初めてだ。ここまで惨めな思いをしたのは。」

「男として、お前は強すぎる。」

勝手に見られた挙句、自滅していったこいつらに、拳骨の一つぐらい喰らわせたい。

(俺のはそんな大きくないし、お前らが小さすぎるだけでは。)

そう考えたけど、平均サイズを知らないことに気づき、自分のも小さかったら、それはそれで傷つくので、言わないことにした。気持ちは理解出来るし、立ち直れないやつなのは間違いない。

湯に浸かり、疲れを癒す。熱いのでそんなに長くはいられないが、大きな湯舟で全身をゆったり出来るのはありがたい。

「そういえばさ、南雲なぐもまかないさんと付き合ってるのか。」

急に聞かれたせいで、息が詰まる。男子からそんなことを聞かれるとは微塵も思っていなかった。

「俺はまかないさんのこと、好きではなんでもないからさ。他の奴らが聞いたら発狂しそうだけどね。俺、彼女いるから。」

どうやら、普通に気になっただけのようだ。

「付き合ってないよ。」

「そうなんだ、てっきり隠してるのかと思った。あの子、お前といる時は凄い笑顔になるから。あんな表情見たら、誰だって....うちの高校の男子を除いて、気づくよ。」

「ははは。でも、まだだよ。」

「ほうほう、ねー。いいじゃん、一方的に好かれても互いを不幸にするだけだし、知らない仲から付き合い始めると大変だもんな。」

「そうだな。」

この人は、俺と彼女が幼馴染なのは知らないらしい。その上で、こうして話すのは、新鮮だ。大抵、恨みつらみを言われる。こういう人もいるのだな。

「合宿に来たから、彼女と会えないのが辛くてさー。こうして誰かに、俺の惚気を聞かせたいんだよ。頼むよー、聞いてくれない。」

「凄い嫌なんだか。」

「10分だけでいいからー。」

「分かった、分かったから引っ付くな。熱い!」

いつか俺も、こんな感じで誰かに話せる日が来るのだろうか。

のぼせてきたのか、ふわふわした感覚に包まれながら、未来のことを考える。

「好きって、大変だな。」

三日目、朝一で先生に呼ばれた。

「明日から、他校との練習試合が殆どでね。手伝いに参加してくれた生徒は、今日の午後、個別に車で最寄り駅まで送る算段になっている。それを伝えに来ただけだ。」

「分かりました。今日もしっかりとやり切りますね。」

一日早く戻れるのは嬉しい。手伝いの人だけ、帰れるのは早いと聞いてたけど、それ以上に早くなっただけ。部員の人には申し訳ないけど、お先に上がらせて貰おう。

「次これお願い。」

「それ終わったら、運んで。」

「あいつら...。」

ここぞとばかりに、俺に仕事を押し付けて来やがる。大会が近い部とかになると、断るのも無理な話。学内で変に知名度が高いので、他の奴に回る前に俺に来る。

夏休み終わったら、負けた事で弄り倒してやる。

汗を拭いながら、色んな場所を走る。今日は35°を超えると、天気コーナーでも言っていた。水分補給を怠ったら、倒れるのは間違いない。

「それにしても暑いな。サッカー部とか野球部、死ぬだろ。」

現に練習30分ごとに、10分の休憩を挟んでいる。マネージャーもスポドリ作りで忙しそうにしていた。それに、体育館はクーラーが効いてるから倒れる心配はないので、今は羨ましく感じる。

「バスケ部の手伝い行きたいけど、こいつらがな。」

「行かせねぇぞ。お前も道連れだ。」

「臭くなって、女子に嫌われろ。」

「なんか私怨交じってる奴いない?」

「気のせいだ。」

諦めてこいつらから解放されるまで手伝い、最終的に正午まで伸びてしまう。

荷物運ばせた後に、パス練習、そしてシュート練習までやらされた。嫌がらせにもほどがある。

部屋に戻り、荷物をまとめて終えたら、食堂に向かう。定食選んでテーブルに着くと、白峰しらみねさんが隣に座る。

「まさか帰るとは、教えてくれても良かったじゃん。」

「いや、俺もここまで早く帰れるとは思ってませんでしたから。」

「午後も酷使させようと考えてたのに。」

「すみませんね。俺は午後一番で帰らせていただきます。」

しょうもない話を続けると、白峰しらみねさんの周りに徐々に女子が集まる。

バスケをしている彼女は、俺でもカッコいいと思えた。カッコいい女性は、同性にもモテると聞くが、彼女も礼に漏れない。

「野球部で忙しいでしょ。私もバスケで忙しいし、時間が出来るのは夜なんだよね。」

「そしたら、夜お伺いしますね。お菓子持っていきます、楽しみにしててください。」

「うん、楽しみにしてる。」

俺はその間に、食べ終えた食器を預け口に戻す。

女子達は俺に目もくれずに、隣にごった返してるので、「がんばれ」と視線だけ送る。「逃げるな」と視線を送られた気がしたが、原因は白峰しらみねさんなので俺は無関係、なので逃げた。

ゆずにお土産持って行かないとな。」

もう頭の中は帰ることでいっぱいだ。

「今日を耐えれば、そらに会える。時間は、まだ16時。」

時間を潰しに遊びに出かけようとも考えたが、経験から、一人で出歩くとロクな目に遭わないのでやめてしまった。

なので、リビングのソファで完全に自堕落モードに入っており、彼がいない影響もあって、学校の生徒が見れば、夢を砕かれないレベルの服装になっていた。

家のチャイムが鳴り、親に頼まれて荷物を受け取る為に玄関の扉を開ける。

「た、ただいま。」

「そ、ら。」

「かわ、いい服着てるな。」

明日まで帰ってくるはずのない人が目の前にいて、尚且つ自分ははしたない服装をしていた。その二点で、ゆずの脳はキャパシティをオーバーし、そらの発言に何か返す前に、自室に逃げ込む。

「あれ....いや今のは、もう少し言葉のチョイスあったか。」

「あら~そらくん。明日帰ってくるんじゃなかったの?」

「早めに帰れることになって、お土産渡しに来たんですけど。」

「なら、今日は家で食べなさい。私の方で、お母さんには連絡しておくから。」

「いいんですか。」

お土産をテーブルに置き、彼女の部屋を訪ねる。

扉を開ければ、ベッドに潜り込んでいるゆず。なんて声をかければいいのだろうか。

「連絡くれても良かったじゃん。」

「すまん。俺も今日急に言われてさ、クラスメイトに酷使されて、送る暇無かったんだよ。謝罪と言っちゃなんだけど、好きなお菓子、お土産で買ってきたから。」

「食べる。」

砂糖菓子なので、お茶を入れて二人で食べる。

口に入れるだけで解け始め、そのままお茶を口にすると、更に美味しさが広がる。

ゆずを見れば、目を閉じてよく味わっている。頑張って選んだ甲斐があった。その分、お財布へのダメージも大きかったけど。

「そういえば、合宿でお前との関係性を聞かれてさ。」

「それで。」

「初めて、普通に話せた。そいつは元々彼女がいる奴だったのもあったけど、お前のことも応援してた。そういう人もいるんだって、思えた。」

「うん。」

俺も、校内で良くない目で見られてるのは気づいている。きっと、ゆずもこれに似たことを経験したんだと思う。居心地は悪いし、無理矢理無視しても、辛いのが残るだけだ。それでも、人がいる。それを知れた。

「それではさ。」

ゆずの方を見て、続きを話そうとした。

思ったよりも以上に顔が近く、危うく触れそうになり、慌てて体を後ろに動かす。

「すまん。距離感ミスった。」

「・・・・・・。」

ゆず?」

彼女はショートしていた。玄関の一件もあり、そらを求めていた心は限界を迎えていた。

(良い匂いした。)

着替えてるようだが、運動した後の彼の匂いが強く残っていて、それを間近で感じた。それは、今のまかないゆずにはあまりにも、甘い毒であった。

(相性が良い人は良い匂いがするとか、ネットで書いてあったような。)

もう一度彼を見るが、良い匂いがする。不味い、本当に我慢が出来なくなりそうだ。

「あ、あの。頭撫でて。」

他の欲求をぶつけることで、自分の中に満たしている性的欲求を抑える手段に出る。

「構わないけど。」

優しく撫でられる。自分の手より大きい彼の手、きっと襲われたら勝てない。

どんどん思考が悪い方向に向かい、好きな人がして欲しいことをしてもらっている事実に、ゆずの表情はダラケきっていた。

そら、私にしてほしいこととかある?」

「ひとまず、親に見られていることは言っていい?」

「えっ。」

指差された方を向くと、ママが「あら~」と頬に手を付きながら、私を見ていた。

「違うの!これは、えっと、いつもしてもらってて。」

「墓穴掘ってるぞ。」

自爆を繰り返す私。もう部屋に引きこもりたい。

「孫を見るのも、存外早くなりそうね。」

「ママーーーーーー。」

その後、自分の部屋でそらに慰められながら、ドラマを見る。

この三日間で、二人で見たい作品を軒並みブックマークしておいた。これなら、いつ彼の家にお邪魔しても、口実を元に夜遅くまでいられる。

「刑事ドラマ、難しいね。」

「海外のやつ、名前覚えるの難しいから、尚更ね。」

白人と黒人の異色のコンビが次々と難事件を解決していくシリーズで、面白いのだが、かなりスラングが混じっていて、時折分からなくなる。

しかも独占放送の賜物で、グロいシーンに凄い力が入っていて、特に殺人現場が毎回血の気も引くシーンになっている。

でも、私が震える度にそらが抱きしめてくれるので、恐怖は直ぐに飛ぶ。

「次で終わりかな。晩飯頂いたら、速攻で帰らないと。洗濯に出したいものが多い。」

「それは仕方ない。」

彼の肩に頭を預ける、やっぱりこれが一番安心する。

(もうこれ無しで、家で映画やドラマ見れないな。)

心も体も彼無しでは生きていけなくなってる気がして、心臓が少し高鳴る。

この時間がいつまでも続けばいいのにな。

そう思ったのもつかの間、勢いよく扉が開かれる。

「出来たわよ。ゆずそらちゃんも、てつだ・・・・避妊とかしてね。」

「してません!」

「まだ、そういう関係じゃないです!」

今日だけ、ママのこと嫌いになりそう。

彼も食べるにあたって、今日はカレーになった。ご飯を多く炊けばいいので、調節が簡単。昔、両家族で食べる時はいつもカレーだった気がする。

「うちのゆずが、そらちゃんに迷惑かけてない?何かあったら言うのよ。特に子供とか出来たら、大変なんだから。」

「食事中!!!」

「ゴホッ。」

私よりも彼の方が顔を真っ赤にしていて、ママはそれを見て笑っている。

「なによ、鍵貰ったんでしょ。ある意味公認なんだから、しっかりと言っておかないと。安心して、ちゃんと家は空けるから。」

「ママーーー。」

鍵を貰ったのは事実なので、どうしようもない。

彼には既に伝えたけど、「持ってていい」と言われたので、絶対に返さない。あよくば「おかえりなさい」とか言う為に、家で待っていたい。

(それはもう、妻なのでは....。)

また自爆したゆずに変わるように、そらを口を開く。

「あの鍵は、ただいつも家に遊びに来るからです。うちの親がそこまで考えてるわけないので、勘違いしないでください。俺も知らなかったんです。」

「あら、そう。」

彼は彼で、この母親を相手にしたら、想像を絶するほど疲れることを知る。この感じ、ミカン先輩に口で戦った時に似ていた。うん、変に口答えしない方が良さそう。

「二人がどんな関係でも、私は文句は言わない。でも、娘を泣かすのなら容赦はしないわ。」

「泣かしたことはな、いや最近一回あった。」

「泣かせたの!?」

「ママ、それは私が自分でね。」

誤解を解くのに相応の時間がかかった。私と彼との約束を隠しながら説明するのがとても大変で、最終的に『怖い人から助けてもらった』という嘘で通した。一応そんなこともあったので、あながち間違いでもない。

「男前になったわね。」

ママのあの言葉、聞いてて凄い嬉しかったのは秘密だ。

「じゃあ帰るわ。」

「また明日。」

「おう。」

彼を見送った後、部屋に戻り、部屋の鍵を閉め、ベッドに顔を埋める。

「カッコよかった!」

今日もまた、寝れそうにない。

「明日から、更に頑張ろう。」

自分の為にも、そして彼の為にも。ちゃんと隣で歩けるように、待っててくれている彼の為にも、この思いがより一層強まる。

だが、それはそれとして。

「明日、彼の家に泊まろう。」

自分の欲に素直になっていっていくゆずであった。

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