三話「勉強会とテストと、ほんの少しの痛みと」

「ありがとう。これで残りの部分は作れる、いやー二人に任せて良かった。」

「うん。」

「色々ありましたけどね。」

ミカン先輩の怒涛のコールの対応を終えた放課後。

後数日で中間テストなのもあり、部活などはお休み。一部の運動部は大会が近いとかで続くが、俺達のような生徒は基本的に下校か、図書室で勉強だ。

「家で勉強しよ。」

「教えてくれ。」

かくいう俺は勉強が出来ない側、ゆずは勉強が出来る側だ。

テストで悪い点数を取れば、成績に影響して夏休みに夏期講習が入る。それを避ける為、皆頑張るのだ。

俺の場合、それ以外にも頑張らないといけないわけだが。

そんな訳で、俺の家で勉強会をすることになった。

「分からん。」

俺の部屋でゆずに教えてもらいながら、苦手な古文に力を入れる。

教科書や参考書を何度も見比べる。それでも初歩で毎回躓くので、その度に彼女に教えてもらう。

「中学の時はどうしたの。」

「クラスの頭の良い人に教えて貰った。」

「そうなんだ。」

疎遠になっていた時期、お互いにどうしてたかなんて知るはずもない。

シャーペンの芯が切れ、入れようと筆箱を取る。中を探るが、何故かお目当ての物が見つからない。使い切ったのだろうか。

「これ?」

ゆず、いつの間に取ったんだ。」

「全然頼ってくれないから。」

「勉強なんてそんなもんだろ。」

対面で座っているから、表情がよく見える。不貞腐れてる。

そもそも勉強してる時は、喋る時間の方が少ないのが普通だ。お喋りしてたら、それはただの集まりなのだから。

とは言っても、気になりはする。

制服のまま勉強するのかと思いきや、ゆずは私服に着替えてから来た。

本来なら気にすることじゃないのだが、胸元のガードが甘いタイプ。男なら否応なく視線が行ってしまう。しかも当人が気づいていないのも拍車をかけている。

故に、変な思考にならない為に、より集中する羽目になった。

「なぁ、ここの文章なんだけど。」

赤ペンで引いた部分を見せようと、教科書を彼女側に向けようとした。

「そこはね。」

それよりも早く、ゆずが俺の隣にピッタリとくっつきながら教え始める。

「このページの現代翻訳が・・・・。」

全然頭に入って来ない。表情に出さないことで精一杯、いくらなんでも無防備すぎないか。ゆずは、完全に俺が男であることを忘れてるとしか思えない。

「頑張れ。」

「はい。」

ゆずは利き腕と反対側にいるおかげで、シャーペンは使える。

少し落ち着きを取り戻せたので、先程の彼女の言葉を反復しながら進める。

絶対に、俺の隣で俺の頬をツンツンしてるゆずに気を向けない。

そら、そーらー。」

自分の勉強をしろと言いたいが、多分しなくても大丈夫ぐらいには点数が取れる自信があるようだ。羨ましいと思う反面、そうじゃないと俺に教えられないとも思う。

彼女のおかげで、少しずつ分かる部分も増えた。これなら当日まで欠かさず勉強しておけば、赤点は確実に回避出来る。

「・・・そら!」

後ろから急に抱きつかれる。背中に柔らかい感触が二つ、そらは感じとる。

ゆずどうした。何か問題でも起きたか。」

「全然話してくれない。」

今日の彼女は、やけに甘えん坊だ。話すようになってから、こんなことは無かった。むしろ小学生の頃の彼女に似ている。ずっと一緒にいて、いつも手を握っていた彼女にだ。

「勉強に集中出来ない。俺が赤点取って、夏休みに海に行けなくなっても良いのか。」

「そ、それはダメ。でももう少し一緒にいたい。」

「つうかどうした、今日のゆずはなんか変だぞ。昔のお前みたいな感じだ。」

「家にいる時ぐらいは、良いかなって。」

「いやもうちょっと接し方があると思うのだが。」

顔を真っ赤にしながら、モジモジしているゆず

そんな顔をされると、なんか悪いことをしてる気分になる。

シャーペンを置き、ベッドに寄り掛かりながら、ゆずを手招く。

恥ずかしいが、ゆずを満足させないと、勉強もままならない。

「ほら、休憩するから来い。」

「うん。」

俺にもたれ掛かりながら、彼女は俺の腕を動かし、抱き締めている形にする。

「満足。」

「10分だけな、休んだら戻る。」

「分かった。」

俺の気を知らないで、腕を触ったり、鼻歌を歌ったりと楽しそうだ。

しかし、この角度は不味い。下を向けばゆずが見えるのは当然なのだが、服の隙間がよく見える。つまり、下着が見えてしまう。

生殺しすぎる。これで手を出すなとなんて、無理なんて話じゃない。

そら、大丈夫。」

「全然大丈夫じゃない。体が固定されてるせいで、痺れてきた。」

「じゃあ終わりだね。」

嘘つくのは気が引けるが、ゆずも納得してくれた。これでようやく勉強に戻れる。

(心臓の音、バクバクだったな。)

ゆずには勿論バレている。密着してたので、彼の鼓動がモロに伝わっていたからだ。

彼にはこうして甘えられる。それは、そらだけはからに他ならない。

中学生の頃より、精神的に大人になった。それでも、自分へ向けられる視線が性的なものだと、今でも冷や汗が出るし、気分が悪くなる。なぜなら、向けてくる人たちは『向けても構わない』と思ってるからだ。

そらは違う。

私に対して性的な感情を抱いているのは気づいている。それを抱いた上で隠す努力をし、昔と変わらないように見せている。

それがたまらなく嬉しいのだ。

「次はどれ。」

「英語。」

平静を装っている彼を見て、もう少しだけイタズラしたい気持ちが沸いた。

日も落ちたので解散となり、玄関までゆずを見送る。

「忘れてた。これ、無くさないでね。」

あの日、彼女が当てたペアチケットの一つを渡される。

「テスト終わりの週末行くから。」

「もう予約入れたのかよ。俺に予定入ってたらどうするんだ。」

「行くでしょ?」

「行くよ!」

「やった」と笑顔でゆずは出ていった。あんなんだから、勘違いさせるんだろ。

時間が時間なので、晩飯の際に母さんに伝える。両親共に、遠出する予定がなかったので結果的に良かった。

「ちゃんと行くときは避妊具持ちなさいよ。出来たりしたら、お互い大変なんだし。」

ゆずとはそんな関係じゃないわ!あとあいつがいる時に、その手の話は絶対にするなよ。」

「しないに決まってるでしょ!男であるあんたがしっかりしないとダメなんだから。」

「なんでヤる前提で話が進んでるんだよーーー。」

ゆずの方も似たような感じで。

「ママ、この週の終わり空いてるよね。」

「空いてるよ。ゆずがずっとお願いしてきたんだから、大切な日なんでしょ。」

「うん、そらと温泉旅行行くから。」

そら君と温泉旅行行くんだ〜.....色々説明して!」

ショッピングモールの一件を伝えると、ママは頭に手を当てながら話す。

「衝撃的だったけど分かったわ。パパにも私の方で話しておくから、ちゃんとは怠らないようにね。」

「準備?」

「ママ、娘が子供持つことなんてなったら、泡吹いて倒れちゃうから。」

その発言で、ゆずは遅れながらも『準備』の意味を理解する。

そらとは、そんな関係じゃないから!」

恥ずかしさが限界を超え、捨て台詞と共に自室に逃げ込む。

「『まだ』なんて言っちゃって。でも良かった、元気そうで。」

中学の時はいつも暗かった娘が、あんなに明るくなった。母親としてはそれだけで嬉しいものだ。しかし、それはそれ、これはこれだ。

そら君のご両親にも連絡しないと。」

知ってか知らずか、両親間で着実に外堀が埋められていた。

テストまで後三日となった頃、俺はミカン先輩に相談していた。

ゆずの距離感がバグってるんです。」

「おう、惚気なら他でやってくれ。」

「いや本当に助けて欲しくて。」

テスト前なのに何故か解放されている新聞部で、勉強しながら事を話す。

距離感の話をする前に、彼女との関係性を話したところ、ミカン先輩が食いついた。

「それって幼馴染ってことでしょ。うわー甘酸っぱくて好き。」

「今のゆずは男嫌いで有名なんで、俺はどうして許されてるのかなと。」

「はっ!?」

道園みちぞの寛美かんみは絶句する。

そんなの彼女が君の事が好きだからに他ならない。あまりにも分かりきっていることに、彼は疑問を呈することの方に驚きを隠せない。

「中学の時は全然話さなかったから、今になって急に昔みたいに戻る方が変だし。」

「中学の時の話を詳しく。」

自分が覚えている限りのことを教えると、ミカン先輩は少し真面目な表情になる。

(想像の域を出ないけど、今の彼女の発育の良さを考えるとあり得そうだな。)

それなら、普通に接し続けている南雲なぐもそらという人間に、甘えたり、好意を示すのは無理は無い。独占欲もありそうだけだが。

「まぁ大丈夫。坊主が考えてるよりも、ことは重くない。」

「それならいいのですが。」

話し終えたタイミングで、コンコンと扉がノックされる。

「どうぞ〜。」

そらいますか。」

まかないゆず君じゃないか。愛しの彼はいるよ〜。」

お辞儀をして、ゆずは彼の隣に座る。

しっかりと私に「何もしてませんよね」と視線を送るあたり、これは重い女だ。

安心して欲しい。私は彼のことは好きだが、付き合いたいとは微塵も思っていない。

「ほら帰ろ、英語大変なんでしょ。」

「そうだな。ミカン先輩もありがとうございました。」

「うむ、赤点取るんじゃないぞ。」

これ以上私も部室にいる理由も無いので、電気を消して鍵を閉める。顧問の先生から「鍵は持っていい」と許可はもらっているので楽ちんで助かる。

「それにしても、あれで付き合ってないんだから恐ろしい。彼が後ろから刺されるのも時間の問題な気がしてきた。」

まかないゆずの人気はよく知っている。過激派も少なからずいるし、南雲なぐもそらのポジションに不満を持ってる人もいる。

私としては二人の関係の進歩を見ていたい側なので、それは困る。

「頑張るかー。」

一応私は先輩なのでね。

ゆずとの勉強会が続くにつれて、最初は対面で座っていたのに、今は隣に座るようになった。

「現代文難しい。」

「そう言いながら、俺より絶対点数良いんだから頑張れ。」

文句ありげに頭でグリグリしてくるが、事実だ。

俺が5教科の中で、比較的点数が取れるのは現代文。読めばなんとかなるし、問題文の前後を読めば大抵答えがある。

先生が意地悪でなければ、50点以上は確実に取れるあたり良心的と言える。

「『作者の気持ちを答えろ』嫌い。」

「問題作成者の気持ちだからな、人によって千差万別なのが大変だ。」

なんだかんだゆずが俺に質問してくるのが新鮮だ。こんなバカでも、彼女の力になれるのなら、答えよう。

「このお話、男女の関係性が問題に出る。教えて。」

「それはだな。」

ペンを引いた俺の教科書を見せながら、整えられた彼女のノートを使って説明する。

ラブロマンス系のお話はあまり読まないが、これだけはテストに出るので何度も読み直した。正直、主人公が精神不安定過ぎて好きになれなかったが。

「結ばれるのかな、この二人は。」

「結ばれるぞ。教科書に載ってるのは一章だけだから、分からずじまいだが。」

「どうして知ってるの?」

「このお話、ネット上で無料公開されてるんだ。現代文とは言っても昔のだから。」

スマホでタイトルを検索し、読めるサイトを彼女に見せる。

「読むから貸して。」

「いいぞ。」

ゆずは受け取ると、そのまま俺の背中にもたれかかる。

彼女は集中すると周りの音が聞こえなくなる。その間に数学の関数の分野を見直す。

(何度も疎遠になるお話なんだ。)

淡々とページをスライドして読み進める。くっついているせいか、そらが呼吸する度に背中が浮き沈みして、眠気を誘ってくる。

小説の二人は何度も出会い、そして不幸にも別れる。唯一の繋がりは手紙だけ。

お互いの苦しい気持ちが幾重にも綴られ、読んでいる私も胸が締め付けられる。

「有名なわけだ。」

教科書に載るのも納得出来る程の作品。これが無料で読めるなんて、凄い世の中だ。

時間にして一時間ほどで読み切った。満足感からか眠気も強くなる、このまま彼の背中で寝よう。

「すぅすぅ」と小声が聞こえ、そらが振り向く。

「寝やがった。しかも動けねぇ、体痛めるやつだこれ。」

ジリジリと体を横にズラし、ゆっくりとゆずを膝まで動かす。

気持ちよさそうに寝ている彼女を見ると、邪な感情など浮き立つことは無い。

「本当に顔綺麗だし、髪もサラサラ。」

彼女の頬を撫でると、少しの寝言と共に手に顔を押し付けてくる。

学校では絶対に見れない一面を独占出来てると思うと嬉しい。その反面、これを見せれる人が他にいないのかと不安にもなる。

「全然起きねぇ。」

時刻は19時、ゆずの家の晩御飯の時間は丁度今頃のはず。

体を揺するも起きる気配がまるで無い。仕方ない、面倒だけど家まで運ぼう。

こういう時、家が隣なのは大変楽だ。

お姫様抱っこの形になるが、何かあったら後で謝ろう。

起こさないようにゆっくりと運び、彼女の家のチャイムを鳴らす。

「あら、そらちゃん久しぶり!もう〜本当に仲良しね。」

「お久しぶりです。」

ベッドまで運ぶと、お礼と言われて夕食を頂くことになってしまった。

彼女の父親が急な出張で、食材を無駄にしたくないから食べて欲しいとのこと。

それならありがたく頂くとしよう。

「おはよう....。」

「もう出来てるわよゆず、あとちゃんと服は着なさい。そらちゃんもいるんだから。」

そら?」

目を擦りながらテーブルの方を見ると、気まずそうに彼が笑っていた。

視線を自分に移すと、上着は少しはだけて肌がいつも以上に見え、スカートがズレて下着が見えている。

「あわわわわわ。」

「まぁ、可愛いと思うぞ。」

「ばかーーーーーー。」

そらが家にいるなんて、微塵も考えてなかった。

夕食の味は全然分からなかった。そらに下着を見られたから。

「なんでいるの。」

「全く起きなかったから、家まで運んだんだよ。」

「そうよゆず、お姫様抱っこして運んできてくれたのよ!」

「本当?」

「うっ、嫌だったよな。」

全然嫌ではない。それどころか嬉しさで爆発しそう、何故その時に自分は起きなかったのか。過去の私を殴りたくなる。

「最近ずっとゆずそらちゃんの家に行ってたから、何してるのかと思ったけど、勉強会してたのね。」

ゆずには迷惑をかけっぱなしですけど。」

「迷惑じゃない。」

「なら良いけど。」

ゆずの母親が凄い微笑んでいるのが、少しだけ怖い。

食事の量自体はそこまで多くなく、完食する。

「ごちそうさまでした、美味しかったです。」

「今日は泊まっていく?前にゆずがそっちで泊まったでしょ。」

「いえ、流石に明日からテスト期間なので帰ります。」

「私の部屋で勉強出来るよ。」

「そういう問題じゃないの!」

そこ、「これなら娘を預けられる」と頷かないでください。口からも漏れてます。

「数学不味いでしょ。」

「それはそうだけど。」

ゆずの表情的に、有無を言わせないつもりだ。黙って従うのが良いのだろうけど、女子が男子の部屋に遊びに来るのと、男子が女子の部屋に遊びに行くのとでは、話が違う。

「早く。」

「はい。」

、事の重大さをゆずは理解していない。

(俺が律すれば良いだけの話だよな。)

頑張ろう。

数学が頭に入ってこなかったのは、先生の授業が酷いのが原因だと知った。

「だからこの公式を使って。」

「それでこれの値が出るのか。それで、次にこの公式を使うと。」

「合ってる。」

あの数学の先生、変にプライドがあるのか授業の速度が早い。追いつけていない俺が悪いと思っていたが、ゆずに教えてもらうとスラスラ入ってくる。

「あの先生、私は嫌い。下手だし面白くない。」

「科学の先生は分かりやすいし、面白いよな。人によってあんなに違うんだ?」

「私とそらでも違うでしょ。そんなもの。」

なんとかテスト範囲の復習を終えた。これなら、テストは赤点まみれにはならなそうだ。ゆず一切勉強してなかった、これが頭の良さの違いか。

才能の差に、心の中で涙を流しながら風呂に借りることにした。

「シャワーだけで済ませるか。」

先に入ったので、この後に彼女も入ることを考えると、少々気が引ける。

「それにしても沢山あるな。これ全部髪に使うのか、男の人も最近は使うとか聞くけど、いざ見ると分からん。」

使う気にもならないので、いつもと同じように体を洗って出る。前回の一件があるので、一応腰にタオルを巻いておく。

ふと気づく、自分の服を持ってきてないことに。

(裸で室内を移動するか無理、自分の家ならまだしも他の人の家だぞ。)

「スマホ持ってくれば良かった。」

生憎連絡できる物を全て自宅、万事休すとはこのことか。

そら、服持ってきたよ・・・・見えてないよ。」

「その一言で安心したわ。」

デジャヴを感じる場面だが、事なきを得れた。

「パパの服だから、大きいかと思ったけどピッタリ。」

「大きさは良いんだけど、この絵柄しか無かったのか。」

クマの人形が自分の頭を持ちながら、尻振ってるのがプリントされている服とか聞いたことないぞ。

「他にも色々あるよ。」

「趣味なんだな。」

ゆずも入ったら、最後の詰め込み。夜更かしは悪さしかしないので、日付が変わる頃には寝ることにした。

「床で寝る。」

「一緒に寝よ。」

こうなると思ったから、泊まりたくなかった。

「お前な、思春期の男女が一つのベッドで寝る意味を考えろ!」

「『お前』って言った!」

「言いたくもなるわ。」

そらなら、絶対に酷いことしない。」

何がそこまでゆずを動かすんだ。

(分かってはいたけど、寝れん。)

ゆずは俺を抱き枕にしてるせいで動けないし、柔らかい感触で余計に思考が冴える。

「そら、すい。」

寝言も聞こえる程度には熟睡してるのはせめてもの救い。

申し訳ない気持ちもありながらも、無理矢理彼女を引き剥がす。そのまま、音を鳴らさないように家の外に出る。

適当に歩いて、疲れによる眠気を誘う。

「こんな所にコンビニあったのか。」

普段使いしてる場所より近い場所にあることを知り、次から此処を使おう。

しかしお金を持ってきてないので、お店の中に入るわけにはいかない。

「暑いし、アイス食いてー。」

「分かる。」

「だよなー、えっ。」

ポールに腰を下ろしていた女性に独り言を聞かれていた。

自分と同じぐらいの年齢であろう女性、手にはコーヒー缶を持っている。

「買えばいいじゃん。」

「生憎お金を持ってきてなくて。」

「奢ろうか。」

「返せる保証が無いので、遠慮しておきます。」

ゆずにも劣らない美貌の持ち主、こんな人がいるのなら少しぐらい話題になってそうなものだが。

「こんな時間に君は何してるのかな。」

「少し寝れなくて。まぁ早く寝ないと、明日のテストに響くんですけどね。」

「奇遇だね、私もテスト。数学全然分からなくて詰んでるんだよね。」

この人と何故か話が合う。まぁ、高校生なら何処の高校もこの時期に中間テストをやるはずだ。偶然の一致だろう。

「じゃあ私もそろそろ行くね。」

「お疲れ様です。」

「ばいばい、まかないゆずのお気に入り君。」

「・・・・・あっ、ちょっとなんでそれ知って。」

既に彼女の姿は無く、夢と勘違いしそうになる。

「帰ろう。」

ゆずの部屋に戻ると、そのまま床に倒れ込み、瞼を閉じた。

テスト期間は憂鬱でしかない。早く帰れるけど、帰っても勉強。それが二日間続く。

ゆずは他のクラスメイトに誘われて、勉強会に行っている。

「つうか昨日の人、絶対にうちの高校だろうに、見つかんねぇ。」

「おや、愛しの彼女さん探してるのかい。」

「違いますよミカン先輩。」

気楽そうな彼女を見ると、悩みなんてどうでもいいかとなる。

「テストは大丈夫かい。君は赤点取ると、私の手伝いを任せられなくなるからさ。」

「俺の心配じゃないのはいつものことですね。」

「おや〜もしかして今までのテストのお題を教えて欲しいのかい。」

「持ってるのは知ってますけど、聞きません。バレたら一発で停学なんで。」

新聞部は過去のテスト問題を持っているので、昔からいる先生が出す問題の傾向を知ることが出来る。それに頼るほど、危機的状況じゃない。

それに一日目の手応えは良好、この感じなら明日も大丈夫そうではある。

「それにしても、噂はドンドン大きくなってるよ。」

「噂ですか。」

「君がまかないゆずの彼女で、実はもう経験済みとかね。」

「噂流した奴を教えてください、殴りに行きます。」

「残念ながら、色んな噂が合わさって生まれた感じ。犯人はいないよ。」

今の彼女との関係も、時間が経過すればするほど、危ういものになってきている。

「テスト終わりの連休、君暇かい。実は手伝って欲しい案件があって。」

「すみません、ゆずとの予定があって無理です。」

「連休全部かい?」

「はい。温泉旅行に行くので。」

絶句しながらも、興味の目を向けられる。

「ハメは外すなよボーイ。」

「しません。」

その為に勉強頑張ったのだから。

友達に誘われ、明日のテスト対策をする為、チェーン店の1テーブルを使って勉強していたのだが。

ゆずちゃん、やっぱり南雲なぐも君と付き合ってるんだよね。」

「無い無い、ゆずに似合うのはバスケ部の先輩だよ。」

この空気は好きじゃない。

女子だけだが、自分を無理矢理形作られている感覚があって気持ち悪くなる。

女子は恋愛沙汰が好きとはよく言ったものだ。嫌いな人もいるというのに。

そらに会いに行きたい。彼の隣だけは息もしやすい、心も軽い。

「それでゆずさん、本当のところはどうなんですか。」

「彼とは付き合ってないよ。でも今の所、一番落ち着くのは彼だね。」

「「「きゃーーー。」」」

楽しそうにしているクラスメイトを見て、息が苦しくなる。

そらを出汁にした。)

そう思った瞬間、体が動いた。

「ごめん、予定あるの忘れてた。分からないところがあったら連絡して。」

静止の声なんて聞かず、一目散に最寄駅に向かう。ふと見知った背中が見えた。

そら道園みちぞの先輩、楽しそうにつつき合いながら帰っている。

まかない君じゃないか。・・・・・ちょっと男子はそこにいろ、これから女子の秘密のお話なんでな。」

「急にどうしたって、ゆずじゃん何してるの。」

私が何かを口にする前に、道園みちぞの先輩に引っ張られて近くのベンチに座らされる。

手際よく炭酸水のペットボトルを渡され、当然のように横に座る。

「嫌なことがあった顔だ。ゆっくり飲んで、落ち着いてから彼と話すといい。」

「ありがとうございます。」

「ぎくしゃくしてたら、テスト終わりの楽しい旅行も大無しになる。どうせ、人間関係の恋愛話に絡まれたのだろう。女子はそういうの好きだからね。」

まるで見てきたかのように、先輩は語る。

「旅行の件知ってたんですね。」

「彼がポロっと話してくれた。仲が良くて、こちらとしても助かってる。ついでに、苦しいのは吐いておくに越したことはない。先輩が聞いて、まるっと解決してよう。」

カランと彼女が持っていた缶がベンチに当たり、心地よい高音が響く。

そらとの関係を聞かれて、咄嗟に『一番落ち着く』って言ったんです。」

「ふむふむ。」

そらとはただの友達だし、言ったらきっと噂になって彼にも迷惑をかける。」

「確かにそうかもしれない。」

道園みちぞの寛美かんみゆずの肩を持ち、自分の方に傾ける。

ポンポンと頭を優しく叩き、言葉にする。

南雲なぐもそらはそんなのでへこたれるような男じゃない。私は昔の彼は知らないけど、今の彼はその程度の迷惑、ドンとこいだ。」

「本当に?」

「本当だとも。大好きな女の子の為に、頑張ってぐらいには惚れてるんだ。愛されてるね~このこの。」

そらが私のこと、好き!?」

「おや、まさかのお互いに鈍感パターンとは恐れ入った。ならもう安心だ。」

ベンチから降り、彼女がそらを呼ぶ。

「信頼し合ってるなら、余計な心配はしなくていい。もしまた辛い状況になったら頼るといい、なんてたって私は君の先輩なんだからね。」

「ありがとうございます。」

普段とはまるで違った。多分これが道園みちぞの寛美かんみの素なのだと、ゆずは思う。

ゆず、行くぞー。」

「待って。」

いつものように彼の手を取る。優しく握り返してくれる、それだけ足は軽くなった。

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