第5話チーズがのびても、絡めて食べる

「本気。」


テーブル越しにいた筈の基一が、温子の隣の席に静かに座った。


驚いて身体が引けてる温子に身体を向け、椅子に腰掛ける。


「チ...チーズで、頭やられました?」


「そうかもな。」


ニヤリと笑う基一。しかし目が、何時もと違った。


何やら企んでいるような、強気な目付きだ。


何かを狙われている。

温子はそう思った。


いや、狙われているのは、基一の言葉を本気に取るならば、婚姻関係だ。


「今日俺が、さけるチーズを山ほど買ってきたの、何でだか分かるか?」


基一の発言の意図が分からず、温子は頭を捻る。


「私が頼んだからでしょう?」


「もちろんそうだけどさ。」


温子の様子を見て、基一は楽しそうに笑う。


「さけるチーズ山ほど買って、余ったらまた、今度は夜にでも酒飲みに来ようかと思ってさ。」


「...はぁ。ってか、勝手に私の予定を決めないで下さい。」


温子はいつもの調子を取り戻し、基一に言い返す。


「まぁ、聞けって。」


そう言いながら、基一は温子の手を握った。


温子はビックリして、思わず手を引こうとしたが、力の差がありビクともしなかった。


「...あ、あの...部長?...何で...手...」


「お前のプライベートの時間にどんどん入っていって、何ならパーソナルスペースにもグイグイ入ってやろうかと思ってな。」


そう言って、基一は温子の手を力強く引っ張った。

その勢いに負け、温子の身体は基一の腕の中に収まる。


そして基一は、温子の身体を反転させ、足を開いた自分の太ももに座らせた。


腰を支えるようにして、基一の上に座った温子は、顔を真っ赤にして焦り出す。


「ちょっ...何でこんな事態に!?」


「...嫌か?」


悪ふざけでは無い口調に、温子は言葉を発する事を止めた。


そして言われた事を、反射的に考える。


基一の膝に座り、腰を抱かれた状態。

これが嫌かと言われたら、嫌では無い。


しかし基一と温子は、単なる上司と部下だ。


でも基一は、その状態から一歩進もうとしているのだ。

いや、プロポーズが本気なら、一歩どころの話では無い。


「...嫌...じゃない...けど...」


「まぁ、考えてみろよ。お前の性格上、よっぽど気を許した相手以外、異性相手に頻繁に食事なんか行かないだろ?」


基一は話を続ける。

言われて、温子は頷く。


「更に、プライベート空間にその相手を入れる。もう一丁言えば、これだけ近くに居て、嫌じゃないって言えるなら...」


基一が、サイドに下がった温子の髪に触れる。


やはり、温子は嫌とは思わなかった。


「結婚して良いじゃん」


「良くない!!」


基一の極論に、温子は反射的に答える。

いくらなんでも、それは違うだろう。


「どのみち、俺はお前が俺に堕ちるまで、グイグイいくよ?そろそろ良いかと思ったし。」


何が良いのか、温子にはちっとも理解出来ないが、基一は続ける。


「そろそろ、お前をたっぷり可愛がりたいと思ってたんだよな。そしたらお前がって誘うし、来たらたっぷりだし...」


「...に、...新妻!?」


意図した覚えも無い事を言われ、温子は焦り出す。


「何かさ、って思ったんだよ。」


そう言う基一は、やたら嬉しそうな笑顔を見せる。


その笑顔は、温子の警戒心を溶かす。


基一の笑顔をと思った。

そしてその笑顔をさせているのは、だ。


そう思うと、どんどん胸が高鳴った。


そんな温子の様子を見ながら、基一はテーブルにあった、さけるチーズの輪切りソテーを手にする。


「ほら、あーん」


基一が、温子の口元にさけるチーズを持ってくる。


差し出され、温子はどうするのが正解かも分からずに、とりあえず小さく口を開け齧る。


するとさけるチーズは、小さく糸を引いてのびた。


その残りのチーズを、基一は口にした。


糸を引いたさけるチーズが、基一の舌に絡み取られ、切れた。


「どうせ、今食ったチーズみたいに絡めとって口説き落とす。なら、後からしても、さっさとプロポーズしても、大した差は無い。だ。」


チーズをモグモグと食べながら、基一は言う。


そんなもんかな?と温子は流されそうになり、ハッと気付く。


「いや、誤差じゃない。普通、手順ってモノがあるでしょ。」


「あ、って思うんだ?」


相変わらず、基一が楽しそうだ。


と言うか、普通、プロポーズの前に付き合うし、その前に気持ちを通い合わせる。


そして気持ちを通い合わせるには、口説くだろう?と温子は考えた。


だから基一に言う。


「普通、口説いて、告白が最初でしょ?」


「なるほど?...じゃあ、俺が情熱的な口説き文句を考える。」


ちょっと待ってろと言い、ウーンと、基一は考える。


そして口を開いた。


「お前が料理したさけるチーズは、熱を通したらこんなにものびるくらい蕩けただろ?」


またしても、基一の言葉はとらえどころのないことを言う。


「...はぁ...」


「だからお前も、俺に可愛がられて愛されろ。俺の愛で溶かしてやるから」


ニヤリと笑う基一に、温子は顔を真っ赤にした。


そして叫んだ。


「...くっさっ!!!!」


その温子の言葉に、基一は大笑いする。


「お前と話してると、楽しくて時間があっという間に経つよ。それでいて、お前の傍は居心地が良い。...お前を好きな理由は、それじゃダメか?」


笑いが少し治まると、基一は楽しそうに話した。


「お前だって、俺の腕の中にいてのなら、少なくとも俺にだろう?」


基一の言葉に、温子は確かにと納得する。


言い合いをしながら、それでも温子は自ら離れようとは思わずに、今もそのままでいる。


「付き合おうぜ?それで、一年後に結婚式だ。」


何とも納得出来ない気がするが、基一が言う言葉の一部は『そうかも』と思わせる部分もあるのだ。


「割けそうで割けない、ケンカップル夫婦しようぜ?たぶんお前と俺なら、すっげー楽しく夫婦出来るよ。」


「そう...かな...?」


段々争点すら分からなくなってきて、温子は、頭を捻りながらも返事をする。


そんな温子を。基一はギュッと抱き締めた。


「納得しとけ。どうせお前はオレの嫁になるから。...だって。」


抱き締められて、温子は、口説かれるってこんな感じだっけ?と考える。


しかし基一相手だと、こんなモンなのかもしれないと考えた。


そして抱き締められた事も、やはり嫌じゃないのだ。


なら、基一の言葉も嘘じゃないのかもしれない。


「好きだよ、温子。観念して、俺のモンになれ。」


そして段々と、温子は絆されていく自分を自覚する。


「はい...。まぁ...、私の作ったさけるチーズ料理で、私に落とされたの基一さん、って事で良いんですかね?」


温子の言葉に、基一はニヤリと笑う。


「まぁ...今日の所はそれで妥協してやるよ。確かに料理は、お前が言うように『ギャフン』と言わされたよ」


結局、基一と温子は、ロマンチックなやり取りにならない。


でも、自分達にはがピッタリなのかもしれない。


それに、基一からの『ギャフン』宣言も貰った事だし。


そう思うと、温子は笑った。

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貴方と私のチーズプロポーズ ヨル @kokoharuha

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