第2話さけるチーズ

ある日、ガスコンロを備えた給湯室で温子はフライパンを握っていた。


先日の会議で、フェアの商品の仕入れを減少させてしまった、卸売の光友さん。

お詫びでは無いけれど、光友さんの所のフライパンを定番商品として入荷させたい。


そんな訳で、使用感を確認しようとしていた。


「お前、何やってんの?」


そこに現れたのは、部長でもある基一だ。


「何って...」


「あーっ!!」


答えようとしていた温子の言葉を遮り、基一は声を上げた。


「さけるチーズ!!」


「好きなんですか?」


温子は基一の声に対して、そう返答したものの、基一の表情は少し悲しそうだ。


「さけるチーズが細切れに...。こんなの、さけるチーズへの冒涜だぞ」


基一の視線は、小さなキッチンのワークトップに置かれたまな板。更にはその上に置かれた、輪切りにされたさけるチーズに注がれていた。


「冒涜って...」


大袈裟な、と、温子は基一を見る。


「さけるチーズは割いてこそだろー」


俺のツマミのトップスリーが細切れに〜と呻く基一を、温子はシラっとした目で見る。


上司に対しての態度では無かったが、基一がまるで友人のような態度を取ってくるから、つい温子も気が緩んでしまう。


正直、こんなに態度を崩して接することが出来るのは、プライベートも含め基一だけだった。


人見知りがあり、他人との距離を置いてしまいがちな温子は、自分自身も、基一との関係が不思議でたまらない。


とはいえ、基一もまた温子に気を許すので、今では当たり前になってしまった。


「...知らないって...損ですね。部長、料理しないんですか?」


「何がだよ。何か『料理出来る』みたいな顔してるけど、大した事ねーだろ」


温子の言葉に、基一は鼻息を荒くして言い返す。


「出来ますよ!!料理くらい!!」


「仕事ばっかしてるのに!?...いや、無いわぁ〜」


信用しない基一の態度に、温子は、今日も今日とて怒り出す。



「出来ます!!たっぷり食べさせてやるから!!『ギャフン』と言わせてやる!!」


そんな温子の言葉に、給湯室を後にしながら、基一は言う。


「そりゃ楽しみだ。たっぷり用意しろよ〜。...お礼は『ギャフン』って言えば良いんだっけ?OK、OK。」


立ち去りながら、『ギャフン』『ギャフン』言う言葉が聞こえてきた。


「覚えてろよ!!」


負け犬のようなセリフを、温子は叫んだ。

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