カン・ジ・エンプティはまた負ける

あきかん

敗北

 俺はどんな物語にも出てくる端役下役やられ役。勝負の場では負けるのが俺の役目だ。コインの裏表、トランプ、ギャンブル、殺し合い。全ての勝負に負けてきた。今も負けた代償として椅子に括りつけられている。

 どこかの町の、町外れの拷問小屋の一部屋。電球が一つ。西日の指す窓とテーブルが一つずつ。テーブルを挟んで向かい合う形で俺と男が一人座っている。


「俺は悪くねえんだ。わかっているんだろ?」


 俺は男に問いかけた。無駄な足掻きなのは知っているが、やらないよりはましだ。


「7人だ。俺たちの仲間が殺られた数さ。正しい悪いなんてハイスクールで習う様なままごとが通用する状況じゃねえ。これはメンツの問題だカーボーイ」


 しなびたワイシャツ、茶色のチョッキベストに灰色のパンツ、頭にカーボーイハット。それが俺の格好だ。

 時代遅れのカーボーイ。この見た目のせいでストックリバーのいざこざに巻き込まれた所までは覚えている。

 「助けてくれ」などと町の住人に乞われて手を貸した。「無理だ。無謀だ」と俺は始めに言ったが、自分たちだけでも抵抗するつもりだと町人たちは息巻いていた。少し面白そうだ、と思ってしまった。こうした時は賭け事に身を委ねることにしている。ポケットから1セントコインを取り出して指で弾く。真上にクルクル回りながら上がって、左手の甲に落ちた。俺はすかさず右手でそれを覆った。

 町人の代表との勝負は、いつも通り負けた。「野党に狙われてる」って話だったが、実際はギャング同士の縄張り争いだった。ストックリバーは交易の要、つまりは火薬庫ってわけだ。

 相手にしたのは俺ですら名前を知っているギャングのグリーンブラッド。俺が倒れるまでには10人は死んでいた。それで相手は7人だ。釣り合いは取れているだろうに。10人の内、5人は俺が打ち殺したのだが、それはこの際置いておくとして。


「俺を殺した所で見せしめにはならねえぞ」


「心配するな。グリーンブラッドは逆らった町には見せしめに奇妙な果実を実らせるのさ。死体はいくらあっても困らねえよ。」


 と、男は言った。言い返せない。全くその通りだ。俺も後ろのドアの奥から漏れてくる血と肉の腐った臭いの一部になる覚悟を決める潮時か。


「なぁ、最後に煙草を吸わせてくれないか」


 男は刷っていた煙草を忌々しそうに灰皿で揉み消した。


「最後になるかどうかはお前は次第だ」


 うん?どういうことだ。よくよく考えれば、吊るすのならばこんな場所に連れてこられるはずがない。その場でやれば良い。

 俺は言葉を促すように男と目を合わせた。


「ちょっと厄介な仕事があってな。それをするには、、兵隊が足りねえ。だからお前にやらせたらどうた?というのがオズの考えだ」


「おいおい。大陸中に名を馳せるグリーンブラッドともあろう組織が人材不足なのかよ」


 男は俺を睨みながら新しい煙草に火をつけた。一息を大きく吸うと煙を俺の顔に吹き掛ける。ゴホッゴホッと俺がむせた姿に満足したのか、会話を続けた。


「お前のせいでな。死者重傷者合わせて20人の兵隊が今は使えない。それに仕事の期限も迫っている。猫の手も借りたい状況なのさ」


 また厄介な状況に巻き込まれている。


「俺が逃げるとは思わねえのかよ」


「その時はうちのガンマンがお前を殺す。まあどうせ、お前は逃げ出さないよ。そういう性分なんだろ?ヒューマノイドサイクロン」


「俺の名前はそんな大層なもんじゃねえよ。そうだな。前の町ではクズ野郎と呼ばれたからな。カン・ザ・トラッシュ。これが今の俺の名前だ」


「オーケー、トラッシュ。それで仕事の内容なんだが、女を1人拐ってきてくれ。西のギャングの静寂の耕地クワイエット・パディランドとの取引が迫っている。それにはどうしてもエリカ・グレイス嬢が必要なんだとよ」


「エリカ・グレイスって、あのグレイス家の生き残りか?どうしてそれが静寂の耕地クワイエット・パディランドとの取引に必要なんだよ」


「それはお前が知る必要はない。負け犬は負け犬らしく新しいご主人様の命令に黙って従っていればいい」


 あぁそうかい。今回もまた俺の意思とは関係なく事態に巻き込まれていく。人生なんてそんなモノなのかも知れないが。


「1つお願いがある。簡単な事だ」


 身体を縛っていたロープが解かれてから男に言った。


「何だよ」


 と、男は短く答えた。


「オズに、今回は世話になると伝えておいてくれ」


 俺はそう言い残して小屋を出た。既に日は傾き始めており、荒野を赤く染め上げていた。

 どうせ捨て駒にされるんだろう。いつも通りの負け犬の仕事を始めるとするか。

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