めくれる鱗
二代目チウネ
第1話
重厚感のあるドアを開けると、狭い会場に人がひしめき合っていた。ここはビルの地下にある小劇場だ。観客のキャパシティは百にも満たないし、パイプ椅子に座る人らも肩をぶつけ合っている。だが会場内の薄い空気の要因は、狭さとは別にあった。
彼らの視線は正面にある舞台に注がれていた。板の上には椅子が一脚だけ置いてあり、その後ろに五人ほど男性が並んでいた。舞台袖にはスーツ姿の芸人らしき二人が立ち、マイクを手で遊ばせるように回しつつ、観客の様子を一瞥していた。
背後のモニターには「大喜利人たち」と大きく書かれており、男性たちも手にはホワイトボードとペンを持ち、どこか緊張感も感じられた。
「ほなら、準備もできたみたいやし次のお題にいきましょか」
コテコテの関西弁を放った司会の芸人が技術スタッフに合図を送る。椅子の後ろにあったモニターの表示が音ともに変わった。
「駅の係員さんが困っている。なにがあった?」
読み上げられた瞬間に皆が一斉にホワイトボードにペンを走らせ始める。はい、と手があがれば芸人が指名し、回答者は椅子に座ってボードに書いたものを発表する。上手くハマれば会場で笑いが生まれるし、芸人がツッコめばさらに笑い声が増える。たとえハマらず滑りかけたとしても、芸人がカバーすれば観客が喜んだ。
有名な芸人が手を挙げれば客から期待が注がれ、上手い回答が出ると拍手笑いで会場が揺れた。アマチュアにだって注目度の高いプレイヤーがいる。彼らが演技を織り交ぜた回答をするとワッと歓声が溢れた。
こうしたプロ、アマ混じった大喜利大会は昨今盛んに行われていた。
とくにこの大会は動画サイトにも積極的に新作が上がるため知名度が高い。おかげで芸人ファンだけでなく、客層には「大喜利人たち」のファンも多くいる。
ひとしきり回答が落ち着いたところで、司会が笛を鳴らした。次のお題に移るようだ。またポーンと音が響いた。
「こいつ絶対人間ではないな、なぜわかった? お答えください」
ペンが走る。回答者が現れるまで司会がトークで場を繋ぐ。数分も経たないうちに手が挙がった。お題が二つ目ともなれば、観客も回答者も温まっている。回転が早くなるから、数も増える。
しかし板の上で一人だけ、ボードを持ったまま固まった青年がいた。ペンを遊ばせて、椅子をじっと眺めている。隣の参加者が肩をこづくと、ハッと青年が迷子だった意識を取り戻した。
「ツミキくん、ぜんぜん答えてへんやん。どしたん、珍しい」
「す、すみません。酸素が薄いのかな、ぼーっとしちゃって」
「具合悪いとちゃうんやな。ミッちゃんも心配そうにしてるで」
司会の方に目線を移せば、視線がぶつかった。軽く頭を下げ、いま一度ボードと向き合った。
何か答えなければ、コメント欄で指摘される。しかも上から目線で、言い方も失礼なのだ。青年も洗礼を浴びた経験があった。思い出すだけでも腹が煮える。
なんとかペンが乗ってくれ、手を挙げられた。
「おっ、ツミキくん!」と司会が安堵しながら指名した。
「こいつ人間ではないな、どうして?」
「目が横についてて、ウロコだらけでなんか臭い」
ボードに描いた絵を披露するも、反応は良くはなかった。代わりに司会が膝を叩き、「アッハッハ! そらクトゥルフやんけ!」と嬉しそうにツッコむ。だが、やはり観客はどう反応したらいいか悩んでいるようだった。
「お客さんわからんの!?」
「ミッちゃんがオタクすぎるんだって!」
「めっちゃおもろかったんやけどなぁ……。はい、オカシラさん」
袖近くに帰ってきた青年を周りはたたえてくれた。ウケなくとも、よくあることだ。今回は司会が笑ってくれただけマシだった。
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