第4話 懐中時計の秘密

「大人には見えない……って、それ、どういうこと? そんな非常識なこと、あるわけないじゃない!」


穂花は思わず声を荒げた。信じられない話だった。


「僕も、最初はそう思ったよ。父ちゃんも母ちゃんも、そんな嘘つくはずないし……。

だから、自分の頭がおかしくなったんじゃないかって思ったくらい。」


冬馬の瞳には、不安と戸惑いが滲んでいた。


穂花は言葉を飲み込み、黙って続きを待った。


「でも……これで試してみたんだ」


冬馬が差し出したのは、茶色く変色した、古びたメモだった。


「色なき世界。

二時間進ませ、三時間戻す。

戻るには、二時間戻して、三時間進める。最後に竜頭を押せ。」


穂花は眉をひそめた。


「……『色なき世界』? なにこれ、なぞなぞ?」


「僕にもよくわかんない。

でもね……おじいちゃんの書斎にあった、光司おじちゃんの昔の教科書にだけ、この時計が反応するんだ。」


光司おじちゃん。

穂花の母と冬馬の母の弟で、今は東京で働いているという叔父のことだ。


「反応するって、どういう意味?」


「来て」


冬馬は穂花の手を取り、祖父・源吉の書斎へと連れて行った。


書斎は、まるで本の森だった。天井まである棚に本がぎっしり詰まっている。

ほんのり埃っぽく、昼間なのに薄暗い。


「見てて」


冬馬は、黒檀の机の上に古びた教科書をそっと置き、その上に懐中時計を重ねた。


すると——


時計が、ぼんやりと光を帯びて輝き出した。


「……光ってる……」


思わず、穂花は息を呑んだ。


冬馬が時計を教科書から離すと、光はすうっと消えた。


「ね?」


信じられない光景に、穂花は言葉を失った。


「これからが本番だよ、お姉ちゃん」


冬馬の声は、年齢に似合わず、どこか覚悟を宿していた。


穂花はたじろいだ。胸がざわつく。


「えっと……あのね、冬馬くん? わたし、お仕事あるから……そろそろ恵子おばさんのとこに戻らなきゃ……」


そっと後ずさる穂花に、冬馬が首を振る。


「ダメだよ、お姉ちゃん。おじいちゃんを、助けないと」


「助ける……? おじいちゃんを? なにそれ……どういう意味……?」


穂花は声を震わせながら聞いた。


「おじいちゃんは、この中にいるんだよ。この時計を手放したから、戻れなくなってる」


冬馬は懐中時計を握りしめ、強く言った。


「それ……ほんとなの?」


「……一度、入ってみた」


「入ったって……どこに?」


「この中。教科書の中」


あまりに突拍子もない言葉に、穂花は眩暈を覚えた。


「その中でね、聖徳太子って人に会ったんだ。その人が、全部教えてくれた」


「聖徳太子? 確か……うまやどの王子って呼ばれてた人よね?」


「馬屋の王子じゃないよ。聖徳太子。本人がそう名乗ってた」


冬馬のあまりにも真剣な表情に、穂花は返す言葉を失った。


(うそ……こんな、常識じゃ考えられない……)


頭を軽く振って、気を落ち着けようとしたその時——


「やってみるね。見てて」


冬馬は懐中時計の針を、時計回りに二回、次に反時計回りに三回回した。


「二時間進めて、三時間戻す」


そして、上部の突起——竜頭を押し込んだ。


その瞬間、懐中時計から淡い光があふれ出し、2人の体を包み込んだ。


次の瞬間——

穂花と冬馬の姿は、書斎から消えていた。

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