第13話 ドラゴンとの戦い

 重たい扉を押し開けると、鈍い音が洞窟の奥へと響いていった。


 その瞬間、冷気にも似た空気がこちらに流れ込んでくる。目の前には広大な空間。岩と結晶に覆われたその部屋の中央、巨大な影がこちらに背を向けて静かに佇んでいた。


「……あれが、ドラゴンか」


 俺は思わずつぶやく。ゲームや映像では何度も見たことがあるが、本物はまったく別物だった。


 全身を覆うのは硬質な黒い鱗。背中からは膜状の翼が折りたたまれ、尾はゆっくりと揺れている。何より、その存在感。空気を支配するような威圧感に、思わず足がすくみそうになる。


「大丈夫。さっき確認した通りに動けばいいだけだよ」


 イリスの声が鼓膜を優しく撫でる。冷静で落ち着いたその声が、俺の心を支えてくれる。


「……ああ。いくぞ」


 俺は大きく息を吸い込んだ。そして、ぐっと足に力を込め、全力で走り出す。扉の境界を勢いよく駆け抜ける。


 次の瞬間、その巨大な頭部がこちらへとゆっくりと向けられる。まるで目を覚ました獣のように、鋭い瞳が俺を捉えた。


 息を吸い込む音が響く。口を大きく開けたその様は、まさにブレスの予備動作。


「今!」


 イリスの声と同時に、俺は発光ミカンを一つ取り出し、全力で投げた。


 鮮やかな弧を描いた果実は、見事にドラゴンの口内へと吸い込まれていく。


 次の瞬間、ドラゴンの動きが一瞬止まった。


 喉奥でミカンが反応したのだろう。内部で何かが変質するような音と、わずかに青白く光る喉元が見えた。


 そして——


 ブレスが、出ない。


 息を吸い切ったまま硬直するドラゴン。口元からはうっすらと煙が漏れ、明らかに異常が起きている。


 そして、次の瞬間——ドラゴンがブレスを吐こうと、頭を前に突き出した。


「ブレスは来ない!今だよ、悠くん! 急所を突いて!」


 俺はすぐさま短剣を抜き、全力で距離を詰める。巨大な前足の間を駆け抜けるようにすり抜け、目指すは眉間のクリスタル。


 ドラゴンの目がこちらを見据えるが、動けない。いま、この瞬間だけが唯一のチャンス。


 一撃! 二撃! 三撃目——


 乾いた音とともに、ひび割れが走った。


「もう一回、悠くん!」


 イリスの声が後押しとなり、最後の一撃を叩き込む!


 バリンッ!


 鋭い音を立ててクリスタルが砕け、光が弾け飛ぶように散った。その瞬間、ドラゴンが大きくのけぞる。


 息を吐き出すこともできず、ブレスも放てず、喉を詰まらせたままの姿で、巨体がぐらりと揺れた。


 そして、崩れるように地面へと倒れ込む。


「……やった、のか?」


 俺が息を切らしながら後ずさると、イリスがそっと浮かんで近づいてくる。


「やったよ、悠くん。勝ったの。完璧だった!」


 満面の笑みを浮かべたイリスが、俺の目の前でくるくると回りながら喜びを表現する。


「うおお……マジで倒せたんだな。ドラゴンを、俺が」


 放心気味にそうつぶやくと、イリスがぴたりと止まり、優しく言った。


「ううん。悠くんと、私が。一緒に倒したんだよ」


 その言葉に、思わず笑みがこぼれる。


「そっか。最強の彼女と一緒だから、倒せたんだな」


「でしょ!」


 そう言って得意げに胸を張るイリスに、俺は心からの感謝を込めて小さく頭を下げた。

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