第5話 初戦闘

 歩みを進めていると、イリスの声が響いた。


「そういえば、武器も手に入ったことだし、ボスまでに一回くらい戦闘しておこうか」


「え、そんな軽いノリで戦わせるの?」


「だって、いきなりボスと対峙したら悠くん、緊張して動けないかもしれないでしょ?」


「……た、確かにそれはそうかも」


「ちょうど手ごろな敵がいるルートがあるから、そっちに誘導するね」


 通路を進む。すぐ隣をふわふわと浮かぶイリスが、たまにこちらを見上げて微笑む。


「ねぇ悠くん、初めての戦闘ってことでちょっと緊張してる?」


「まあ、そりゃ多少は……でもイリスが一緒なら大丈夫って思ってる」


「ふふっ、うれしい。失敗しないおまじない、してあげるね」


「おまじない?」


 イリスがそっと俺の頬に手を添えて、柔らかく撫でるしぐさをする。そして小さく微笑むと、「ちゅっ」と唇を寄せた。


 もちろん実体がないので感触はない。けれど、その仕草だけで胸がドキリと跳ねた。


 こんな状況なのに、なんで俺、ニヤけてるんだろうな……。


 でも確かに、失敗するなんて思いは微塵もなかった。


 そんなやりとりをしながら歩いていると、やがて分かれ道に差し掛かる。


「左の通路にはガーディアンがいて、その奥に宝箱。右は正解ルートだよ」


「じゃあ、今回は練習も兼ねて左、か」


「うん。宝箱も回収しておこう。ガーディアンの正体は“クリスタルゴーレム”。全身が結晶化していて物理耐性が高いけど、弱点は胸のコア。そこにダメージを与えれば倒せるの」


「そんな簡単に言うなよ……」


「でもね、このゴーレムは普段は休止状態。範囲内に侵入しない限りは動かないし、起動してから動き出すまでに十秒のラグがあるの」


「……つまり?」


「範囲ギリギリで止まって、そこから悠くんがダッシュして、急所クリティカル付きの短剣でコアを一突き。これで仕留められるよ」


「ガーディアンがそんなことで倒せるのかよ……」


 疑うような口ぶりに、イリスが少しだけ声を低くした。


「私の言うこと、信じられないの……?」


「いや、ゴメン。イリスを信じる。やってみるよ」


「ふふ、ありがと。じゃあ、私の指示通りに動いてね。絶対、うまくいくから」


 分岐を左に進むと、広めの空間に出た。その中央に、まるで装飾の一部のようにゴーレムが鎮座している。


 全身が透明な結晶で覆われていて、光が反射してきらめいていた。


 その胸部には、ぼんやりと赤く光る楕円形のコア。


「まるで芸術品みたいだな……」


「でも、油断は禁物よ。ボスとまでは言わないけど、宝を守るガーディアンだから」


 イリスの声に、俺は気を引き締める。


「ここで止まって。あと一歩で起動範囲に入る。」


 短剣の柄を握り直し、息を整える。


「ダッシュでゴーレムの元まで行ってコアを一突きだよ」


 イリスの言葉に頷き、全力で走り出す。ゴーレムの目が淡く光り始めるのを視界の隅に捉えながら、一直線に胸のコアを目指す。


 跳び上がって、短剣を思い切り突き立てた。


 硬質な結晶の奥、柔らかな何かを貫く感触。


 ゴーレムの光が一瞬強く明滅し、そして──動きを止めた。


「……倒した、のか?」


「うん、大成功! 悠くん、初戦闘クリアおめでとう!」


 イリスの声が弾む。


「案外、やればできるもんだな」


「私の完璧なナビのおかげでしょ?」


 そう笑う彼女を見て、俺も笑顔で答えた。


「あぁ、完璧な彼女のおかげだよ」

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