【第5話:ふたりのはじまり、画面の向こうで】

日曜日の午後、Midoriのチャンネルに配信の通知が届いた。


「Midori × ルナライト 絵と歌のふたり配信」


それは、ファンの間でも話題になっていた組み合わせ。

けれど、今回の配信は、前とは少し違う。


初めて、Midori──翠のチャンネルで行われる、ふたりのコラボだった。


***


配信の一時間前。

翠は自室のデスク前に座り、配信画面の最終確認をしていた。

タブレットには、自分が描いた新しい背景が映し出されている。

淡い青と金の色合いでまとめた幻想的な夜の街。

その街角に、ルナライトの姿を模したシルエットが静かに立っている。


「……大丈夫。これならきっと、伝わる」


マイクとミキサーの設定を確認し、音声チェックを終えたその時、スマホが震えた。


──そっちの準備、どう?


瑠奈からのメッセージだった。


──大丈夫だよ


翠の口元に自然と笑みが浮かぶ。


──心配してくれてありがとう。今回は、ちゃんと瑠奈の声に合うように描いたつもりだよ。


──うん、それじゃ本番期待してるね。


「……私も、頑張らなきゃ」


***


画面にカウントダウンが表示され、コメント欄にはファンたちの期待の声があふれ始める。


──5、4、3、2、1……


「こんにちは、Midoriです。今日は特別なコラボ配信ということで──」


「ルナライトです!今日はMidoriさんのチャンネルにお邪魔します。よろしくお願いします!」


お互いの声が重なり、画面越しに並んだ二人のアバターがそっと動き出す。

背景には、幻想的な夜の街が広がっていた。

その中に佇むルナライトの姿が、まるで物語の主人公のようだった。


***


「なんだか、まだ緊張するね」


瑠奈の言葉に、翠は小さく頷いた。


「うん。前に一度コラボしたけど……今日のほうが、なんだか特別な気がして」


「緊張しながら描いてた背景だけど、ルナの歌声が乗るって思うと……やっぱり、嬉しくなるよ」


「その背景、本当に素敵。Midoriの世界って、見てるだけで歌いたくなるの」


コメント欄にはすでにファンたちの反応が溢れている。

「この背景、見覚えある気がする!」「Midoriの新作すごい」「ルナライトの声、癒される〜」


「今日は、Midoriの絵からインスピレーションをもらって作った曲を、初めて歌います」


瑠奈がそう言うと、コメント欄がさらに盛り上がった。

翠は驚いたように目を見開き、そして嬉しそうに微笑んだ。


「……ありがとう。そんな風に言ってもらえるなんて、光栄だよ」


披露された曲は「月下のシルエット」。

静かなピアノと柔らかなストリングスに、瑠奈の歌声が重なる。

背景の夜の街が、まるでその歌に呼応するように映えていた。


その後のトークパートでは、ファンとの距離感を大切にした、ふたりの穏やかな掛け合いが続いた。


「Midoriの絵って、声にならない感情まで映してくれるみたいで……すごく心に残るの」


「ルナの歌は、描いたときの気持ちを、そっと包んでくれる感じがするんだ」


そんな言葉に、コメントもますます温かくなっていく。


***


曲が終わったあと、コメント欄がざわついた。


「この背景……前にMidoriが描いてたやつ?」

「見たことあるかも?」


瑠奈が一瞬だけ言葉に詰まる。


「あ、それ、もしかして……私の作品集にあったやつかな?」


翠も追うように、


「そうかも。たまたま合うかなって思って、アレンジしただけなんだけど」


本当は、瑠奈のために描いた絵だった。

でも、その気持ちはまだ、画面のこちらに留めておく。


(……瑠奈、やっぱり気づいてるよね? それでも、“ルナライト”としてちゃんと続けてくれるのが、嬉しい)


***


配信は順調に進み、最後のトークタイムに入った。


「Midoriのチャンネルでやるの、やっぱり少し緊張したけど……楽しかった」


「私も。ルナがいてくれると、すごく安心する」


「ありがとう。ちょっと緊張してたけど、Midoriが一緒って思ったら、なんだか頑張れた」


「私も、ルナの声を聴いてると、心が落ち着くんだ」


視聴者たちに感謝を伝え、配信が終了した後──


画面にコメントが流れなくなったと同時に、ふたりだけの通話が残った。


「今日の配信、Midoriのチャンネルだったから、ちょっとドキドキしてた」


「私も。……次は、もっと自然に話せたらいいな」


「じゃあ、次は“ふたりの場所”ってことで」


「……うん」

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