短篇 四間道ロマンス詐欺未遂事件 (台所シリーズ #は 長旅のはじまり)
朧月(おぼろづき)
短篇 四間道ロマンス詐欺未遂事件 (台所シリーズ#は)長旅のはじまり
『四間道ロマンス詐欺未遂事件』
副題:もじゃもじと侍とウイロウと——伸子、初めての午後
「異邦人、侍ダビデ、ウイロウを買いに行く」
ダビデは、ようちゃんと一緒に、ジャージ姿のふたり──A(薄黄緑のロゴTシャツの女性)とB(黒いショルダーバッグの女性)──を誘った。ウイロウを買いに行くことになった。──そして、なぜだか、伸子も同伴することになった。
「四間道(しけみち)に寄ってからにしようか」
ようちゃんが言った。
そこは、名古屋市の旧市街に位置する歴史的街並み。江戸時代、火除けのために道幅を「四間(約7.2メートル)」に広げたことが名前の由来。防火と物流のための井戸や蔵が残る。
けれど、五人はふとした拍子に、細い小道へ迷い込んでしまった。
そこで出くわしたのは、苔むした古びた井戸だった。──実は、伸子は昨日もこの井戸を見かけた。この井戸が、伸子をよんでいるようにおもえた。北海道で、水道インフラにたずさわっている伸子は、名古屋にきたら、この江戸からつながる水道の歴史を見たいとつねづねおもっていた。
「夢でも、見てるのかしら?」
そんな感覚がよみがえる。
「……道、間違ってるんじゃない?」
もじゃもじゃ頭のようちゃんが、不安げに口を開く。
だが、足取りが確かなのは──ダビデだった。
胸を張った彼は、渋い低音で言葉を紡いだ。
「心配無用。武士の端くれとして、自らの道を見極めてきたのだ。」
そのひとことに、ようちゃんはにやにやと笑みを浮かべる。
「なんでそんなに武士っぽいの? やっぱり龍馬ファン?もしかして……本気で侍になりたいの?」
そしてさらに、ようちゃんは腕組みをして、声を張り上げた小芝居とさらに誘う。
「我ら尾張藩は、今こそ大義に従い、徳川家のために戦うことを選ぶ!──幕府が滅びし後、新たな時代を築くため、命を賭けよう!」
ようちゃんの演技力はたいしたものだった。それにもまして、ダビデの龍馬っぷりは、なぜだか様になっていた。
「徳川のために戦う言うがやけんど、その先に何があるぜよ?幕府がなくなっても、この国は続くがじゃき。おんしらの剣は、未来を切り拓くためにあるがじゃろう?」
完璧な土佐弁(ふう)。
ようちゃんは感心しながら、すぐさま薩摩ことばへと乗り換えた。
「そうじゃなあ。なら、ウイロウ姫は、どげんとするばい?」
尾張から薩摩へと、女性軍AとBへつなげた。
Aが涙を浮かべ、ダビデに切なげに言った。
「行かぬでおくれ。あなたは、ウイロウの許嫁。たとえお家が決めたこととはいえ、わたしはずっとその前から、お慕い申し上げておりました……」
次はBが苦しげに首を振る。
「ウイロウとは……行ってはならぬ。もう徳川は……」
(──このふたり、なにもの?)
伸子は心の中でつぶやいた。
ダビデの手を握ったAの手をはらいのけBがしっかりと、握っていった。
「そう。時代は、つねに変わるもの。時の人になって、捨てる命などありませぬ。それが、いつものおなごのおもうところ。ならば、変わらぬ、ウイロウのもとに──まいりましょう。」
芝居は笑いを誘うどころか、真剣さすら帯びてきた。A,Bは、かつて、学生時代演劇部の部員同士のだったみたいだ。
「劇団ノックス」と言って、ふたり見合って笑みを浮かべ、また芝居を始める。
そして女性陣は、どうやら本気で「ウイロウ」と「ダビデ」とを結びつけたがっているようだった。
そんななか、ダビデが二人の手をやさしく払いのけ、伸子の方を振り向いた。その目は、真剣そのものだった。
「伸子殿、実は拙者……お前と共に道を歩みたいと、ずっと思っておった。」
──えっ?
思わぬ展開に、伸子は心の中でブレーキを踏んだ。冷静に考えなきゃ、と、頭をめぐらす。
(これは、もしや……ロマンス詐欺?)
警戒心が、胸の奥でパチンと音を立てた。
(大都会では、こうして、詐欺がおこなわれているにちがいない。)
AとBが、現実なのか芝居なのかわからぬ口調で続けている。
「行きましょう。ウイロウのもとへ。徳川は、もう……あきらめるしかないわ。」
「伸子さん、わたしたちもいっしょに行くから、心配しないで。」
(……みんな、グルかもしれない。)
そう思った瞬間、背中を冷たい風が通りすぎた。
これは、はじめての一人旅。外国に来たも同然なのだ。慣れない土地、慣れない人。伸子の心に大音量の、心のアラームが鳴った。
しかし、ダビデが静かに続けた。
「拙者ぁ、なぜこの国の水の仕組みができちょるがか――その成り立ちを、心の底から知りとうなったがじゃ。おらが国、大陸の方でも、どうすればうまくいくか、それをぜひ学びたかと思うちょるとばい。
そんおまんも、きのうは、いったい自分に何ができるか、考えよったじゃろう?――拙者も、まっこと真剣ぜよ。」
たしかに、きのう水道資料館と四間道を歩きながら、伸子はそんなことを考えていた。
「大陸には、まだまだ水道の通っちょらん町がぎょうさんあってな、そこには、安全な井戸すら無ぇ所もあるがじゃ。
こがな有様を、このまんま見過ごすわけにはいかんぜよ。
今さら何を怖がることがあろうか? 江戸……いや、大坂には、志を同じゅうする仲間たちが、わしらを待っちょるきに。
拙者は、あんたとともに、この問いに立ち向かいたいがじゃ。」
伸子はしばらく黙ったまま、井戸の底を見つめた。心の中では、なおも警報が鳴っていた。
「それは……もちろん、興味はあるわ。だけれども……」
ようちゃんと、AとB、は、ウイロウには興味があっても、「水道」にも、「井戸」にも、関心がないことは明白だった。
するとようちゃんが咳払いをひとつ。
「なんなら、ひとつ、落研のぼくがひとつ、ここで口上を」
「拙者親方と申すは、お立合いのうちに、御存じのお方もござりましょうが――お江戸を発って二十里上方、相州小田原、一子相伝なる外郎売りでござる!」
伸子への嫉妬とともに、AとBも調子を合わせてくる。
「さてこの薬、第一の奇妙には――舌のまわることが銭独楽、そらそら、舌がまわってきたわ、回ってくるわ……!」
ようちゃんがとどめの一言を叫んだ。
「生麦生米生卵! 瓜売りが瓜売りに来て、瓜売り残し、売り残し!」
その場にいる全員の顔がほころんだ。伸子はふっと思う。
(こんな口上まで披露する詐欺師なんて、いるはずない。)
――ならば、と、伸子は小さくうなずいた。とにかくウイロウを一緒に買いに行くことにした。
ウイロウもようちゃんが、すべて支払ってくれた。コメダと同様、また領収書をもらっていた。
室町時代から続くウイロウの味に、嘘はなかった。
あとでじっくりダビデと話した。彼の言葉には、確かに誠意があった。
名刺には「虹の輪プロジェクト」の文字と、東京都港区の住所と電話番号。
北海道の職場「北広島ニコニコ水道局」に戻ったら、上司に相談してみよう。
そう、伸子は心に決めた。
──おしまい。
短篇 四間道ロマンス詐欺未遂事件 (台所シリーズ #は 長旅のはじまり) 朧月(おぼろづき) @koyumama0926
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