58話【青空を覆う恐怖】

俺はトコトコとコンクリートの床を歩いていく。コンビニまでの道のりは20分位で辿り着けるだろう。昨日マコトのパトカーに乗っていた道中にコンビニを見かけて、5分位でジョゼさんの家に着いたからそれくらいかかると思う。ジョゼさんの家はスラム街から僻地に立っている立地だから、今俺が歩いている場所からは家はそう見かけない。ここいらで家を建てるのは利便性を考慮して避けるのか、単純に見晴らしがいいから土地代が結構高いのか。それは俺にはわからないが、道がこう舗装されているから国の整備はされている点で言えば良い地区だと俺は思った。俺はテクテクと歩く。美少女吸血鬼の形をした俺が。


ナツキはアポリアやソレイユ号の出来事があってからか成長していっているのを俺は感じる。それ程に彼女は今まで人と触れ合えずに未熟の状態で生を全うしていたんだ。俺は記憶としてナツキの事は知っているが、俺とは全く別物だと捉えている。それなのにナツキは俺の記憶に映った梨紅を知り、梨紅さえも大事に思ってくれている。勿論その事実に嬉しさは感じる。だが同時に危うさがあると俺は考える。俺とナツキは同一知性として成り立っているが、今のこの俺の世間を渡り歩いてきた人間関係の難しさをあいつは知らない。知っている筈だが理解できていない時点で知らないにも等しい。


それに俺がこうやってナツキと実は意識が離れている事もあいつは知らない。それよりもあいつは目の前の事で精一杯だと思うから。有り体に言えば俺とナツキで二重人格だ。俺とナツキの人格が離れたのはソレイユ号の時から。ナツキが俺の意識に感化されて、あいつもがうつ病を拗らせてウィズに救い出して貰った時からだ。それは明確にわかる。俺がナツキの中の片隅でジッと見ていたからだ。だが、ウィズはこの事を知っているようだが。俺は目の前には誰もいないが頭の中に声をかけるように独り言にしては普通の声量で声を出した。


「知らんぷりするのはどうかと思うがな」


やっぱりウィズからの答えは返ってきた。あいつは外の情報に飢えているからな。惚けた念話が頭の中で響く。


(朝方初めて知ったがな? 言わなかったか? お前らが寝ると病棟内が消灯するのだ。それ以外はナツキのままであっただろ? どこに私が知る余地がある)

「反応でわかるよ。お前、ナツキと高い頻度で話をしているだろ。俺に変わった時に限って話を持ちかけてこなくなった」

(知らない相手と話をするのには勇気がいる)

「俺の人生を全部テレビ越しで見ていてか? それはないな。お前の事だ。お、分離したか、私はその可能性は考えていたぞ、ってな具合に観察していたに決まっている」

(そんな可能性は考えておらん。ただ、上手く混じりあっていて順応し過ぎているとは思ったがな)

「それをナツキに言ってやれよ。上手く融合できているってしか言わなかったろ」

(はて。言ったかな)

「言ったよ。そん時に俺は覚醒したからな」


俺はドスドスとコンクリートに足跡を残していく。その機嫌の悪さを感じ取ったウィズはやっと洗いざらい全てを話した。


(はぁ…。確かに感じ取ってはいた。だが確証はなかった。お前、隠れるのが上手いな。魔法を使って探知を試みたのだが反応しなかったぞ)

「それはしらねぇよ。俺には魔法やら異世界物の能力はない。さっきから試しているが魔眼が使えそうにない。お前の腕が悪いんじゃないか」

(それはあり得ない。そうか。魔眼が使えぬか…。それはお互いに離れてしまったが故の弊害だな。そうなれば、お互いが持っている特技も使えないと考えるのが道理だな)

「だろうな。あいつ、前世の俺が扱えた銃とかもやろうとしてた。ガンツから貰おうとしてな。その時はヒヤッとしたよ。銃の扱いは間違えれば近くの人に危害が及ぶ」

(それは魔眼も同一なのではないか。お前では扱えないだろう)

「前世で死ぬ直前に使えたから出来るかもって思ったんだよ。悪いか」

(私に答えを聞かなくてもわかるだろ? 銃と一緒ではないか)

「そうかもな」


コンビニまではまだ10分位かかる。パトカーを乗っていた時は夜だからわからなかったが、ここからは畑が道のりの両側に広がり始めていた。見るからに穀物系だ。自給自足の国で物流もしている聞いたから驚きはしない。俺とウィズの会話は盛り上がっていく。


「魔眼とか銃とかは扱えなくても構わない。ナツキの周りにはいかにも強そうな奴が所々にいる。アシュラさんもそうだが、ディミトリさんも武に精通しているって話じゃないか。魔眼も銃もあいつには必要ない。ただ…」

(ただ?)

「エリジェンヌがイケスカねぇ。何を企んでるんだ。あいつは。何か知らないか?」

(全く知らないな。そもそも私は今のアポリアを見るのは200年ぶりだ)

「………は?」

(お前には言ってもいいだろう。同情はしなさそうだからな。私はあの惑星で1番目に吸血鬼として生まれた女だ。それで色々あって迫害され、氷結魔法で氷漬けにされて封印された)

「なるほどな。それはナツキは同情するだろうな。それじゃ、同情しない代わりに俺の質問に答えろ」

(なんだ? 私の初恋の相手か?)

「そんな訳ないだろ」


俺はなんか質問するのもバカらしくはなってきたが是非とも聞きたい事があり茶化されても譲れない。俺はナツキが何かの拍子で起きないか不安になりながらも質問の内容を答えた。


「氷漬けにされたんだよな。それで俺らはどうやってお前に寄生出来たんだよ」


当然の疑問。俺とナツキは幅30cmくらいの虫だ。その虫がどうやって氷を突き破って寄生できるってんだ。その疑問にウィズはあっさりと自分が知っている情報を吐いた。


(それは知らん。ただ、私も封印されながらも生命体の反応は常に探知できていた。お前らの虫の反応もわかっていたぞ? それと、お前ら以外にも二人程居たな)

「その二人がどうかしたってのか…? いや、待てよ。俺らを運んできた奴らだってのか? そいつらは」

(その可能性は高い。私はあくまで探知しかできない。あとは体の感覚は残っているぞ? だからお前が寄生してきている感覚もわかっていた)

「疑問はかなり残るが、なるほどな。それでお前は冷静に事態を把握していたってのか」

(お前らが起きた時にはな。寄生された瞬間は自壊しようか悩んだ)


お互いにお前お前って言い合って仲が悪いように見えるが俺にとっては話しやすい相手だ。遠慮されると面倒臭い。その点、俺はナツキとは相性が良くないのかもしれないと思って隠れられるなら隠れていたい気持ちだ。


疑問も残って疑念も残る。ナツキはなぜ自分がどうやって寄生虫としての事実を蔑ろにしているのか分かりかねる。その心根を読まれてウィズは俺に率直な意見を述べた。


(外で自由に謳歌出来るだけで満足なのだろう。平和な所に住めれば100点だろうが、それを差し引いても監禁生活よりかは幸せだ)

「さすが長年封印された者同士は通じ合うところがあるな。お前、なんで封印されたんだ?」

(そうだな。教えてやりたいところだが、気を引き締めた方がいいぞ。上を見ろ。馬鹿者)

「は? 上…? …マジかよ」


俺はウィズに馬鹿呼ばわりされて反感を示すが言われた通り上を向いた。上を見たら朝の気持ちいい青空が広がっていた。


だが、戦艦10数隻が宇宙から降り立ってガリア国家に降り立つ姿勢を取るかのようにホバリングをしていた。そして戦艦の発進口から戦闘機に似た兵器が発信していく。気持ちのいい青空を鷹のように素早く空を飛行していく。地球の戦闘機とは違いエンジン音の代わりにシンシンと黄色いエネルギーを飛行していた後部へと残していきながら加速している。明らかに未来的なエンジン構造をして動力源も地球のそれとは違うみたいだ。


俺は反射的に身の回りに身につけている物を漁る。今自分が持っている物は、マリエッタさんの財布と、レーヴンから借りたままのガラケーと、ナツキが好き好んで忍ばせている香り袋と、エリジェンヌから毒に気をつけろと言われた短刀のトキシコン。俺は迷う事なくウィズに救難信号を送った。迅速に。


「なぁ。助けてくれるよな」

(勿論だ。だが、その体を操作しているのはお前だ。魔法の手助けくらいしか今は出来ない。私に主導権を戻すか?)

「いや。変な拍子でナツキが出てくると困る。俺もまだバレたくない」

(バレてもよかろう? 毛嫌いしているのか?)

「いや? 違う。お前と一緒だよ」

(一緒…? …あぁ)


ウィズは、なるほどと思いがこもった吐息を混じらせ声が漏れる。そして俺もそのウィズに伝わった意味を言葉にも出して伝えた。


「同情されたくないんだよ。誰だってそうだろ。相手のよかれと思った言葉は何でもかんでも響くもんじゃない」


ウィズは納得した様に、「ふむ」、と俺の意見に賛同する声が漏れた。


それとあいつには今のこの状況は味合わせたら俺にも何か悪影響が出るかもしれない。ナツキの嫌いな争い事が迫ってきている。

どっからどう見てもあの戦艦は武力制圧をしに来てるに決まってるだろ…!

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