50話【つまらない推理】
「それで、どうしましたか? 何か困り事ですか?」
「スラム街の南西方面へと行きたいのですが、隣のお店で車が貸し出してもらえなくて困っていて。それで」
「車ですか…。すみません。パトカーしかないので、お貸しする事はできないです」
あたしは至極当然の答えだなと思ったが、先程の店員が言ってた彼の本質を利用して彼の心に訴えかけようとした。
「あの…実は行方不明の仲間がいまして…。居場所はわかるのですが、移動されてしまってはここから徒歩で向かいのはどうしても…。その後を追跡するのも歩き直さなくてはいけないので…。スラム街って怖い所でしょ? 今すぐに急行しないとどうなってしまうのか…と考えると…」
あたしは慣れてもいない演技をして両手で顔を覆い、今にも泣き崩れてしまいそうなフリをした。そうしたら、彼は緊迫した声を上げた。
「それは大変だ! もう夜になってしまう頃合い。スラム街は危ない所じゃないけど、無闇に手助けをしてくる人もいないです! わかりました。警官としてご同行しましょう!」
彼はあまりにもチョロかった。チョロすぎる。B L物のゲームで彼を攻略対象にしたらすぐに終わりそうだ。あたしは演技を続行して無理やり、あまりにも嬉しそうな表情を彼へと差し出した。悠介の性格がかなり表へと出てきた。
「ああ! ありがとうございます! なんて正義感の強いお人なんでしょう! 嬉しい!」
「そんな! 当然ですよ! 目の前の国民が困っていたら助ける。当然の行為です!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
あたしはそう言って彼へと2度お辞儀をした。だが、この作戦は上手くいかなかった。奥から違う男性の声が聞こえた。
「君ね。困っている人がいるからって好き勝手に国の私物を使うものじゃないよ」
そう言って、彼が出てきた出入り口から40代後半程の男が入ってきた。あたしは内心舌打ちをした。表情に出てないかなと、すぐに我へと返る。その心根をその男は見逃さなかった。
「ほら。彼女、演技をしてるじゃない。顔を見てわからないのかな。君は」
「え、そうなんですか!?」
40代の男は恐らく部下であろう正義感の強い男性を言葉でも叱りつけ、頭をペシッと一回だけ叩いた。あたしはこの状況が悪くならないように、嘘はついていないのを強調させる。演技の事は謝ろうとして。
「ご、ごめんなさい。お隣のお店の店員さんがこちらの青年なら助けてくれるかもと言ってくれて。それと、彼の噂を少々」
「ふ〜ん…君。名前を教えてもいない相手にパトカーを貸そうとしたの。途中から聞いてたから、申請書にちょっとだけ名前を書いているもんだと思っていたけど。それもせずに出て行こうとしたのかい?」
「す、すみません」
あたしはもう口にチャックをしたい気持ちで冷や汗をかく。この人はあたしの発言を聞いて、違和感のある部分を明確に導き出して推理したんだ。頭の回転がかなり早い人なんだと心の中で称賛するも、あたしは続けて正直に話すことを心がける。
「仲間が女性で、行方不明になりつつあるのは本当なのです」
「いえ。それは違います。ふふふ、居場所がわかっているんですよね。それは何らかのGPSが彼女の体のどこかにあるんじゃないですか?」
彼は最初は嫌な笑い方をしてあたしを観察するも、その後はつまらなそうな表情を浮かべて、あたしの反応を見ずに交番内にある椅子にもたれかかる。あたしは彼の威圧感に耐えるしかできずに無口になってしまう。彼の推理が続く。
「今の通信端末には必ずGPSが付いている。よっぽど、文化の進んでいない惑星から来ていない限りは。だが君は仲間が移動されては追跡するのに歩き直さなくてはと言いました。その相手が向かった先を最初から口頭で伝えてから別れただけの線はこれで無くなります。それではどうして、追跡できると貴女は思ったのか。それは追跡機器をその仲間の方の体に忍ばせていたというのが自然でしょう。何故なら、貴女はスラム街が怖い場所だと発言した。現地で聞き込みをして徘徊するとは思えません」
ごもっともです。あたしはあたし達の身に起こった事実だけを淡々と話した。〜です。〜でした。〜だと思いました。といった具合に文節を変に思われないように淡々と。
あたしが説明をし終えた後、正義感の強い青年は先輩か上司である男にあたし達に協力すると意見を変えなかった。男はつまらなそうな表情はそのままで彼に事の責任を任せた。
「サブロウさん! 俺は彼女が困っているのを放っておけません! 別に悪気があってここに来た訳じゃないです!」
「君ね。その証拠はどこにあるの」
「彼女は発言です!」
「はぁ、任せるよ。1日目でこれくらいだったら、僕は上からは何も言われないだろうし」
そう言ってサブロウさんという方はもたれていた席を立ち、交番の奥へと静かに姿を消していった。正義感の強い青年はあたしに向かって自身の持つ意志を示した。
「安心してください。最後まで付き合いますよ!」
「ありがとうございます。あの、演技をしてしまってごめんなさい」
「何を謝ることがあるんですか。それくらい、そのお仲間さんが大切だったからでしょ?」
「は、はい」
実は貴方を掻き立てる為にやりましたなんて口が裂けても言えない。あたしの良心が苛まれていく。あたしの顔が曇っていたからか、正義感の強い青年はあたしと目線が合うように足を曲げてかがんで自己紹介を始めた。
「何も心配することはないですよ。自己紹介がまだでしたね。俺はマコト。君は?」
「ナツキと言います」
「ナツキか。いい名前だね! よろしく!」
「よろしくお願いします…」
あたしとマコトさんは握手を交わす。変わらずに良心を苛まれながらも。
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