30話【敗戦、飛び立つ】
ーーーユウカ視点ーーー
何なの!? さっきの音は!?
私はユーリィの帰りが遅いものだから、心配になってライラの街に丁度着いた頃だった。いきなりの轟音に、思わず耳を塞いで、その場でうずくまってしまうくらいに。だけど、ユーリィの事がより一層心配になって、震える足に鞭を打って走っている。
「はぁ、はぁ、はぁ、ユーリィ! どこぉ!?」
酒場まではまだ遠い。日頃から運動はしていない反動がここに来て災いとなってしまった。持続して走り続ける事ができない。心臓の鼓動に耐えきれなくなって、その場に留まってしまう。
「ユウカさん! どうしたんだい! 胸に手を添えて、息を荒くして!」
そうしていると、街の住人の一人、ガブさんが駆け寄ってきた。両の手に草むしりをする鎌を携えている。
「だって、轟音がしたじゃない! だから…。ガブさんだって、なんで鎌を持っているのよ!」
「そりゃぁ、俺っちの仕事道具の中からだったら、丁度いいからな! 攻めてられてるんだろぉ? 久しぶりに戦場の匂いがするっさ〜!」
「やだ! 考えたくなかったのよぉ! 決めつけないで!」
「ありまっ、ユウカさん!」
いきなりガブさんが、私を覆い被さるように飛び込み、地面に激突する。横から、矢が飛んできた!
「はっはぁ! よっっこらせっっっとぉ!」
ガブさんは身が軽く、すぐに飛び起き、地面を転がり込む。矢が飛んできた方向へと、体のバネを使い身を捩り、手に持っていた鎌を回転させながら投擲する。矢を持っていた相手の脳天に命中した。
「ひぃ…!」
思わず私は身の危険を感じて、地面に横たわりながらも後退りする。そしたら、ガブさんが駆け寄ってきて、手を差し伸べてくれた。その手をとって、私は立ち上がる。
「ありがとう、ございます」
「お安い御用さぁ。鎌の扱いだったら、アズル様のお墨付きだったんだぜぇ?」
そう言って、ガブさんは相手の脳天に突き刺さった鎌を引き抜く。相手の体が痙攣している…!
「う」
「おっと〜? 吐いちゃいけねぇ!」
と言って、私の目の前に駆け寄り、猫騙しのように手のひらを私の前でパンっと叩く。驚くことに、吐き気が引っ込んだ。
「まともに動けなくなるぜぇ? 屋敷に帰んな! これで、戦場だってわかったろぉ? おい! デン! グウ! 獲物は見つかったかぁ!?」
ガブさんは近くにある家屋に向かって叫ぶ。呼んだ相手である、デンさんとグウさんが出てきた。
「何とかな。傷剣(しょうけん)を師匠に返還したのが悔やまれる。これでは千人斬りは耐えられない」
「何だ? 一人で十分だったって言いたいのか? それを言ったら、俺だって巨拳(きょうけん)を壊さなければ、俺一人で何とかなるね」
デンさんとグウさんが言葉で争い合う。千人斬りと言ったのがデンさんで、巨拳と言ったのがグウさんだ。
この3人は現役を引退している、ライラの元私兵達だ。今は古傷がある為、別々の仕事をしている。
その二人の争いを見て、ガブさんが笑う。
「獲物なんて、何だっていいんだよぉ? ほれ、もう一人討ち取ったぜぇ?」
「一人だけだろう。それなら、すぐに終わる」
「同感だな」
「どうかねぇ? そのボンクラの刀と、皮の手袋で、何ができるんでぇ?」
「今に見てろ。向かうぞ。死者が増える」
「おっとぉ? こちらにいるのは、ユウカさんだぜぇ? 見えないのか?」
「お。本当じゃねぇか。どうしたんだい、ユウカさん。こんなところで」
グウさんが私に問いかける。私はユーリィの事を話した。
「ユーリィが心配で、酒場の方まで行きたいんです!」
「それは無理だ。力を持たないものは、避難しろ」
デンさんが私の願いを否定する。それに負けじと、デンさんに突っかかる。
「それはできません! また何かあったらと思うと、待ってるだけは嫌なんです!」
「て言ってもなぁ? あちらさんはお構いなしだぜぇ? っと〜!」
デンさんが先ほどと違って、片手の遠心力だけで鎌を投げる。その先にまた、敵兵がいた。建物の影に潜んでいたのだ。
「あんな感じで。待ったはしてくれねぇ」
「嫌です!」
「強情だねぇ! だから、俺はユウカさんの事が好きなんだよなぁ」
「もう! 茶化さないで! いつもみたいに!」
デンさんは本気なのかよくわからない。確かに頻繁に求婚の様に迫ってくるけど…。デンさんはいきなり宙を見て、大きいため息をして、見たこともない真剣な顔で言った。
「わかった。守ってやるよ。ユーリィの嬢ちゃんの場所はわかりそうだしな」
デンさんが空を指差す。あれは…ユーリィの盾が空中を回転しながら飛んでいた。
「あれを追っていけば、会えるだろうしな」
「おい。お前はバカか? なぜわざわざ教えた」
デンさんが怒りの形相でガブさんを睨みつける。ガブさんは変わらず真剣な顔をしていた。
「お前も馬鹿か。考えろ。あの盾、近くを通り過ぎると凄い音するんだよ…。俺が教えなくても、ユウカさんも気づいた筈だぜぇ?」
「む。確かに。あの勢いのある余波には誰おも気づくか」
「そうそう。それじゃ、珍しくぅ? アズル様の親衛隊が、ユウカさんを守りながら戦うかぁ?」
「そうだ、な!」
グウさんが勢いよく走り出し、近くにいた剣を持った相手を殴り飛ばした。グウさんが自慢げな顔でこちらへと振り向く。
「勘が取り戻せてねぇのは、デンだけだな」
「お前の足、ふくらはぎが僅かに反応していた。動くとわかっていたさ」
「おお。それはどういう?」
「信頼というやつだ」
そう言って、デンさんが走り出す。
「急ぐぞ。見失う」
「了解!」
「おうさぁ!」
「すみませんね、ユウカさん!」
「え、きゃっ」
恥ずかしく悲鳴をあげる。デンさんにお姫様抱っこをされているのだ。この歳になって…。
「おうぅ? それは俺の役目じゃねぇかぁ?」
「長時間できるのか? おめぇは?」
「そりゃぁ、そうだぁ! 力自慢は、グウの専売特許だからよぉ!」
カッカッカと笑いながら、ガブさんも走り出し、グウさんも後を追う。私はされるがままだ。
ユーリィ。無事でいて…。
ーーーキイ視点ーーー
「…」
「久しぶりだな。キイ。いや。ここでは、ユーリィの方がいいか?」
「…」
「余の言の葉を無視するか。まぁ良い。其方から見たら、我は悪逆皇帝だろう」
「…」
彼女の瞳には陽が灯っていない。だが、『炎』は灯っていた。相対しているのは、ユウ・ヴァン・アイスハイト。シュルド王国の『王様』がそこにいた。彼の出立は王に似つかわしくなく、高速戦闘にのみ重視した軽装をしていた。赤髪短髪、目元はキリッとしていて男気のある顔をしている。武人の顔そのものだ。体格はキイよりも低く、170cm程だ。
「復讐するといい。その為にきたのはわかる」
「…」
「さてはお前、心が死んでいるのか。闘争本能のまま、ここに舞い降りたか」
「…」
キイが片腕を上げる。
バシュッ!
愛用の大盾が、キイの片腕へと帰ってきた。獲物はこれで十分と言いたげに、大盾を投擲する動作に入る。
「それはさせんよ。重力魔法、発動しろ」
「はっ」
声で敬礼をし、魔術兵がキイへと魔術を解き放つ。キイの周りに何十倍もの重力場が形成され、彼女の足が地面へとのめり込む。大盾を片腕で維持できるはずもなく、地面へと落ちていく。
「…うあぁぁああああ!」
キイは抗う。だが、現実はそうはいかない。キイには圧倒的な重力の前では膝を折るしかない。
「手早く済ませてやる。…許してくれとは言わない。これも平和の為だ」
「何が、平和だ…! エアデールが、エアデールがぁ…!」
キイの瞳から涙が溢れる。この涙は悲しくて出たものではない。この場でなす術もなく、自分が無力で、情けなくて出た涙だ。ユウ皇帝は部下へと指示を出す。
「心臓を狙え。楽しむなよ。一瞬で終わらせるんだ」
「…皇帝。私には、キイ殿を…」
部下の手が震える。その部下は、キイとは縁があった。恩を返さなくてはいけない、縁があった。
「キイ殿は…私を救ってくれて…死ぬところだったのです…それをあの…盾で守ってくれて…」
その部下は顔を俯ける。涙が、地面へと落ちていく。
「お前しかいない。彼女を確実に射殺せる、お前の魔術でなら」
「私は…キイ殿を殺す為に…救われたというのですか…」
「そうだ。そして、平和へと導く為に、救ってもらった」
その部下達だけではない。後ろに控えている、数百人達は皆、前ではなく下を向いている。鎧の兜が、兵士達の顔を隠す。その感情を、隠す。
「心を揺らすな。その心を残すな。平和の為に、残すのではない」
「…!」
その部下が片腕を上げる。目の前に小さな光が収束する。その光で、キイを射殺す。そして、彼女は死ぬだろう。その部下は顔を上げ、悲痛の表情でキイに標準を合わせるために目視した。その瞳には、多量の涙が溢れ落ちていく。
「キイさん!」
重力魔法を使っていた魔術師の額に、石ころが強く突き当たる。致命傷にはならないが、重力魔法を中断させるには十分な威力だった。
キイの元へ、韋駄天の如く駆け出す白馬に跨っていた、ザインが駆け寄りキイを片腕で担ぎ上げる。もう片腕は白馬から落ちないように、白馬の後ろ髪を引っ張り身を支えて落馬を阻止する。そして、戦場から離脱しようとする。
この状況で、冷静に判断を下す皇帝がいた。部下へと指示を出す。
「氷雪魔法をもって、足場を凍らせろ。急ぐのだ」
ある一人の魔術兵は上司の命令を理解し、白馬の足元を凍らせる。だが、白馬は転倒しない。まるでホバリングでもしているのか、速度を変えずに駆ける!
「では、足場ではなく、眼前の退路を断つ。大地魔法をもって、大壁を作るのだ」
ある一人の魔術兵は手を震わせ口を噛み、白馬が駆けていく方角へ、大壁を地面からせり上げて形成する。だが、白馬はその大壁を垂直に駆け上がり、そのまま逃亡を図る。
「王手だ。大風魔法をもって、あの白馬を空中へと吹き飛ばせ。その後、雷雲魔法をもって、雷を落とせ。その痺れている間に、お前の光魔法で射殺すのだ」
「…うぅ…!」
最初の部下が顔を歪める。彼は、このまま彼女が逃げおおせることを心の底から祈っていた最中だった。
その後はユウ皇帝の思惑通り、白馬は空中へと投げ出され、雷雲魔法による雷撃によって感電させられた。雷撃は調整されていたのか、感電死はしていない。ユウ皇帝の命令通り、痺れさせる程度の威力しかなかった。
「すま、ない。キイ、さん。カックー…! 意識はあるか…?」
「ギリギリ、っす…」
「…」
キイは声を出そうとしない。この現実を受け入れようというのか。遠くから光が拡散されて、キイを殺害しようとその光を凝縮させていく。
「くそ…間に合ったと…思ったのに…」
「先輩…ごめんなさいっす…」
「ザイン。お前は殺さない。安心するがいい」
ユウ皇帝が近づいてくる。不用心、だとは思わない。彼の剣術は一級品だ。背中に携えている大剣は見栄を張るための、士気を上げるためだけの道具じゃない。
「陛下…なぜ…」
「平和を維持する為には、力は必要ない」
ユウ皇帝はザインに語りかけるでもなく、独り言のように呟いた。
「平和は、お互いが同じ立場となり、そして認め合う努力の先にある。力を持ち過ぎた、そこの女たちには残念だが」
「女…たち…って、誰のことを言っているのですか」
「ウィズという、少女がいるようだな。ハロルドから報告を聞いた。人を一瞬で死滅させる力を内包しているとな」
「…! それは、そんなはずがありません。彼女が、そんなことができるとは思えない」
「私も報告だけを聞いたらな。ハロルドが素っ裸の状態で帰ってこなければ信じなかった。あいつの着ていた服は、あいつの魔術と同種の性質を持っていた。それが破壊された。それだけで信じるに値する」
キイの元へと立つユウ皇帝。彼女に最後の言葉を語りかける。
「お前も聞いているぞ。神剣の力を発揮できるとはな。アズルしか使えないと思っていたが。お前も同類だ。この平和を維持する為に、武具は我が国でのみ管理する。そして、力を持ち過ぎた者には消えてもらう。適量の者はそのまま、我が国で迎え入れる。
光弾の準備ができた。光が拡散されていたのが、その光は光弾にのみ宿っている。それにユウ皇帝は気づいて、部隊へと元へと戻っていこうとする。
だが、彼の背後に誰かが立った。その人物は、ディミトリだった。ユウ皇帝の首元に剣を抑え込んで、彼を拘束した。
「お久しぶりです。皇帝」
「お前、剣狼か。久しいな。衰えてないのか」
「いえ、足にガタがきていると、痛感していた所です」
「私の背後を取っておいてか」
「影歩はまだ使えるようでして」
「それは良い。その技術、我が国に貢献したくないか」
「遠慮させていただく。シュルド王国の兵たちよ!! 其方らの将の首は我が手中にある! 軍を引け!」
「ユーリィ!」
…この声は…母さん?
キイは痺れが徐々に解けていたお陰で、首を動かすことができた。目の前には、ユウカがいた。今までなかった意識が、覚醒する。私は、何をやっていたのだ。
「母さん…?」
「心配したんだから…!」
ユウカは涙を流しながらも、ここから逃げようとしてか、必死な顔をしている。その近くには、見知っている3人の人物がいた。ガブ、デン、グウの3人だった。
「おめぇら! この二人と、一匹の馬かぁ? 担いで逃げるぞぉ!」
「了解した」
「おう!」
ガブは私を背負い、デンはザインを背負い、グウは白馬を片腕で背負った。
「思惑通りにはいかないな。準備は怠ってはいなかったというのに」
「こんな思惑! 付き合っていられません!」
ユウカはユウ皇帝に怒鳴り散らかす。そして4人はその場へと離脱する。…が。
「この手を使うとは思わなかった」
「…!!!」
ユウ皇帝の指にはめていた指輪が光り出す。そして、ディミトリは確かにユウ皇帝を捕縛していたのだが、その場にユウ皇帝は突如としていなくなった。まるで、瞬間移動をしたかのように。
「これは、ユエの魔術だ…!」
「し損じた!!! 皆、逃げるのだ!!!」
上空から氷雪魔法で形成された氷柱が、辺り一面の上空で待機している。見ればわかる。射出するつもりだ。
「こりゃぁ、年貢の納め時ですかいぃ!」
「バカ言うな! 走れ!」
「走ってもしょうがないだろう! 迎えうつしかねぇ!」
ガブとデンとグウが言い争う。それをユウカさんが怒鳴りつける。
「どうにかならないんですか!」
力無いものが、悲痛な叫び声となって、打開策がないかと問いかける。その声に、上空から声が聞こえてきた。
「これならどうですか!!!」
辺り一面に展開されていた氷柱が一斉に溶け霧散した。その氷柱が展開された向かい側、空中を旋回していた『宇宙船』が飛んでいた。その宇宙船の下側が開いており、一人の金髪の少女が振り落とされないようにと、座り込みながら床へとしがみ付いていた。それを見て一同は。
「な、なんですかいぃ!? ありゃぁ!?」
「夢でも見ているのか。俺は」
「なんでもいい! 助けてくれれば何でも!」
「ナ、ナツキ!!!」
「ウィズさん!!!」
「ウィズちゃんだ…う…」
「ウィズ様!」
「ウィズちゃん!」
一同にして、同時に思い思いの発言をしていた。ナツキは皆へと叫び、指示を出す。
「どうにかして、この船に乗ってください! 脱出できます!」
「おろしてくれ! ガブ!」
「お、おうさぁ!?」
「ディミトリ! あれくらい、跳躍できるだろう!! 母さんを頼む!!!」
「わかりました!」
ディミトリが一番速かった。すぐさま、ユウカの近くへと瞬間移動に似た動きを見せて、ユウカを抱っこして、船へと乗り移った。
「来い!!!」
キイは大盾を持つ片腕を掲げ、掌を閉じて、大盾を呼び起こす。それに呼応して、大盾がキイの元へ…ではなく、船へと向かって飛んでいった。
「ガブ! デン! グウ! どこでもいい! 私につかまっていろ!」
「マジっすかぁ! あれですかいぃ!」
「まさか、体験することになろうとは!」
「腹括れぇ!」
そして、キイ、ガブ、デン、グウ、そして、デンに担ぎ上げられていたザイン、グウに片腕で担ぎ上げられていたカックー、その6名が船が開いている出入り口へと、大盾と共に飛行した。
「え、そんな感じでくるのぉ!?」
ナツキが驚愕している。慌てふためき、ナツキは船の中へと急いで入っていった。
まず、大盾が中で何かに激突する音が聞こえてくる…筈が、何も聞こえてこない。何かわからないが、上手くやってくれたのか! そして、6名は船の中へと次々と入っていった。そして中にいた、見知らぬ男性が何かをボタンを押したと思うと、先程まで開いていた出入り口が閉じていった。その男性が手元にある何かの道具に語りかけている。
「おっけ〜い。愛しの
「うるさい。いつも他人任せなんだから…!」
その道具から声が聞こえる。何だ…あれは…? 怒涛の展開に、ただただ座り込むしかなかった。
ーーーナツキ視点ーーー
なんとか上手くいったね…。
(さて、これからどうする)
どうするも何も…色んな人巻き込んじゃったぁ…。
(屋敷にいた連中も全員乗せて、どうするのだ)
だって…あんな状況じゃ。とりあえず、動けるなら動くしか…。
(後々、考えるとしよう…。それと、何だったかな。確か…)
ああ。あの惑星の名前? 確か…。
こうして私たちは、無責任にも、様々な人達を巻き込んで、【惑星アポリア】から飛び立っていくのだった。
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