18話【謁見の間】

「今日は手伝ってくれてありがとう。助かったよ。ここは平気だ」

「あ…。キイさん」


あたしは受付へと戻り、何も知らないフリをして片付け作業をしていた。すぐにキイは受付の方へとやってきて、労ってくれた。さっきまでのキイの怒った顔が忘れられない。そして、隠れながらも黙って静観していた事にも罪悪感を覚える。


「ウィズはこれからどうするんだ? この国にいるのか?」


チラッとキイの顔を見る。少し疲れた顔はしていたが、普通だ。気を遣って、少しの笑顔だ。…何を顔色を窺っているのだろうか。あたしは。


「正直、何も考えていないです。変な人から逃げる為に、人里を求めていたので」

「そうだよな。良ければ、私からの提案があるのだが。私は身支度を整えたら、この国を発つ事にしたんだ。実は、少し離れているが、私の領土へと帰ろうと思ってな」


女王と話していた話だ。周りを引き連れて行くって、言っていたっけかな。キイは真剣な顔をしていた。


「行く宛がないのなら、私と一緒に行かないか? これは何かの縁だと、私は思っていてな。他の者にも、声をかける予定なのだが」

「すごく嬉しいです。直ぐに発ちますか?」

「声をかけて回るが、そこまで時間はかからないと思う。人伝で、話を回していこうと思っているからな」

「少しだけ用事を済ませたら、キイさんと合流したいです。どこで落ち合えば?」

「南門を出た先だな」

「わかりました」

「…どうした? ウィズ、大丈夫か?」

「え、何がですか?」

「いや、何もなければ大丈夫だ」


あたしは用事を早く済ませようと、この場を去ろうとする。チラッと、キイを見た。寂しそうな顔をしていた…?


「失礼します」

「ああ」


パタパタと、あたしは走り去る。後ろから声が聞こえた。


「話してくれてもいいんだからな!」


あたしは振り返って、会釈をする。そして、パタパタと、走り去る。どうしたのだろうか…? そう思いながら、女王が待つ謁見の間へと急ぐ。


王城前を警備していた兵士の方に、女王の件を話したら、すんなりと通して案内してくれた。女王は話を通してくれていたのだ。あたしは今、謁見の間にいる。あたしと、女王。それ以外の人は、この場にはいなかった。宮廷作法は何もわからないから、普通に立ったまま女王に御目通りを願う。女王の姿は、教会で見かけたドレスではなく、王族が着る服とはイメージが違っていた。黒いテロテロした生地の半袖短パンの服で、上下とも布の端が金色のお洒落な刺繍が施されている。その服の上に、肩から腕肘までのマントを羽織っている。こちらも黒色のテロテロ生地で、金色の刺繍が綺麗に施されている。


「待っていたぞ」


女王は満足そうな笑顔で、玉座へと座り、あたしを迎え入れる。あたしと女王の間には、10段程の階段が存在する。そのせいで、あたしは見上げ、女王は見下げる。立場を見せつけられている気がする。

あたしの前だけでは、この人は満面の笑みじゃないといけない呪いでもかかっているのか。先ほどの、キイと女王のやり取りが脳裏にチラついてしょうがない。それと同時に、イライラする。人を馬鹿にしている笑顔にも見えるのだ。イラついてしまう。


「褒美の件だ。聞いておくが、何を望む?」

「…フィンのことを、何故知っている? あたしの名前のことも、何故なの?」

「こちらが質問しているというのに、教養がやはりなっていない」

「何故なの?」


イライラしつつ、感情をコントロールしようと心得る。俺だった時、第二の人生を迎えていた時、恩師に教えてもらった事だ。どんなに憎しみを持った相手だったとしても、会話をすると構えた時は、少しでも情報を引き出せと。まぁ、俺は今のところ、女王に直接的な憎しみがないから、より一層アンガーマネジメントに努めているのだ。


「言うたと思うが? この眼は、特注品だと」


女王の瞳から、星の煌めきが現れる。女王は自身の眼を指差して、愉しげに説明する。


「妾の眼と、其方の眼、似ていると思わなんだ?」

「…それで?」

「釣れないな。ほれ。この星みたいな粒よ。自身で見た事ないか?」

「見た事はある」


頭のどこかで、あたしと女王の眼は似ているとは思っていた。だが、似ている止まりだと思っている。あたしの眼は、力は、家系からくる物だ。それがなぜか、転生しても着いてきてしまっただけ。女王の眼が何なのか、あたしにはどうでもいい。女王は、あたしの眼と比較したいのか?


「其方の星とは大きさや見栄えが違うであろう? それが、妾の眼と、其方の眼を差別化されている。妾には、其方の様な破滅に特化した異能は使えぬ」

「そうなんだ。それで?」

「妾には、視えないものが視えるのだ。其方に関して言えば、遊魔ナツキの事、鹿嶋悠介の事、ウィズ・アンジェリ・マグナスの事。視ようと思えば、底までわかる。知りたいだろう? ナツキ。フィンがどこにいて、この先どうすればいいのか」

「…長すぎ。その結論だけ聞きたかった」

「ほう? 自身の眼に関しては無関心であると?」

「そうね。無関心だよ。願うのなら、無くしてしまいたいと思うくらい」

「そうか。その無視をいつまで続けられるのか」

「は? 何?」

「何でもない」


女王は玉座から立ち上がる。そして、コツコツと、厚底ブーツの歩く音がこだまする。広いスペースだから、少しの音でも反響する。短い階段を降りて、あたしの前の前へと至る。女王は腰に下げている小袋から、短い鞘をあたしへと手渡した。


「ハロルドから窃盗した短刀は、そこの懐にあるだろう? 早くこれで納めよ。毒がまわるぞ?」

「え!? ど、毒!?」


懐から短刀を取り出す。た、確かに? 毒々しい見た目はしているかもしれない…。

その短刀は、刀身がデコボコしてマダラ模様の様に見え、先端へと向かうにつれ鋭利に尖っている。首裏を刺したり、相手の喉元をかきっ切る時に使いやすそうだと思って、近くに落ちていたからそそくさと拾ってしまった。便利そうだったから…。

この短刀に毒が塗り込まれている…いや、そういう効果があるのだろう。ここは異世界…ではないけど、常軌を逸した武具が存在しているのは、キイの大盾と剣をみたら納得せざるを得ない。特に、あの剣は。それらに比べたら、この短刀は大人しいだろう。


あたしはゆっくりと、短刀を鞘へと納める。


「それは、トキシコンというダガーだ。見たと思うが、魔力を注ぎ込めば、複数へと分裂する。投擲にも使えよう」

「詳しいのも、その眼のお陰ってこと」

「そうだ。便利だが、退屈を覚える」


女王はすました顔をして、玉座へと戻る為に振り返り、短い階段をまた登る。ゆっくりと女王は登っていく。階段を登り終えたら、玉座に座る事なく、こちらへとまた見返した。


「話はズレてしまった。褒美の話へと戻すぞ。ナツキよ。其方の思い他人。どうしたい?」

「他にも、爵位の話とか、富とか、色々言ってたと思ったけど」

「それ以外に興味はないだろう」


あたしは息を深く吸って、ゆっくりと吐いた。女王はあたしの返答を待っている。恐らく、どんな返答をするかはわかっているだろうに。

やっぱり、フィンに会いたい気持ちは抑えられなかった。昔の未練が、この今世で叶うかもしれないのだ。こんな、吸血鬼になっちゃったけど。それでも、会いたいんだ。求めたくて、しょうがなくなっちゃったんだ。


「うん。他に興味はない。フィンに会いたい」

「わかった。その代わり、妾の願いを一つ叶えてくれるか?」

「え、もう一回?」

「そうだ。なに、簡単な事だ。其方からしたら」


女王は笑う。今度は、馬鹿にするような笑いではなかった。それは、申し訳なさそうにお願いをするような笑い方であった。


「妾を救い、そして、妾に付き合ってくれ」


意表を突かれた。女王の背後から、ユエが現れる。そして、こちらのことは目配りもせず、女王の身を攫い、ユエが使う置換魔術によって、女王とユエは消え去っていった。


「…!? すみません! 誰か!」


すぐに兵士を呼びにいったが、よくよく考えればわかる事だが、その場ですぐに女王誘拐の容疑で捕縛すると口上を述べられ、逃げるためにその場の兵士らに向かって眼を使い、全員気絶させて逃亡した。この体は本当に便利だ。王城の城壁を飛び越えるのも楽々だ。

あたしはすぐに、南門へと向かった。


「あ! ウィズ! 早いな! まだ、全員集まっていないから待ってて」

「ごめんなさい。助けてください」


キイの言葉を遮って、助けを乞う。

あたしは、他に頼れる人はいなかったので、キイに頼る事にした。教会での一件があったにも関わらず…。

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