君が幽霊じゃなかったら、惚れてた

あの日のクーニャン

第1話『それでも、世界は動かない』

今日も一日、誰とも話さなかった。


成果としては、X(旧Twitter)で知らん人同士が喧嘩してるのを30分くらい眺めてたくらいだ。


「それってお前が悪いんじゃん」

「何様だよ、ブロックすんぞ」

「ご自由に。スクショはもう撮ったし」


……このやり取りに、誰より早く“いいね”を押したのは俺だ。何も言わずに、ただ押した。


誰にも知られない場所で、誰かの感情が擦り切れていくのを見ていると、少しだけ安心する。

たぶん、俺より先に壊れてる人を見つけると、自分はまだ大丈夫な気がするからだ。


俺の名前は凪。二十二歳。大学中退。

職歴ゼロ、恋人ゼロ、外出頻度もほぼゼロの三冠王。

かつて「人生の夏休み」って言われた時代はとっくに終わり、

今は「人生の無職リゾート」で年中バカンスしている。


親の仕送りでアパート暮らし。生活費を絞りまくって、月額定額の動画サブスク三種は死守している。

一日でできる最大の運動は、コンビニまで徒歩5分。

隣人の白井真砂(まさご)とは大学の知り合いだったが、いまは互いに挨拶すらしていない。たぶん、俺が自堕落になっていく過程を見て、距離を取られてる。


俺は特別な人間じゃない。

明日誰かに「消えてくれ」と言われたら、「はい」と言いかけて黙るくらいには、社会の端にいる。


「このままじゃまずい」って感情は、毎日感じてる。

でも、その“まずい”をどうすればいいのかは、ずっとわからないままだ。


俺が人間だったのは、いつまでだったろう。



夜中、気がつけば午前一時を回っていた。


動画も見飽きた。Xも荒れてない。

部屋の空気は、人のいない水槽みたいにぬるくて重い。


ふと、カーテンを開けた。


外には月が浮かんでいた。

思ったよりも、くっきりと、綺麗だった。


そのときふと、思った。

「……歩きたいな」って。


理由はない。でも、ずっと閉じていたタブを1つ閉じるみたいに、

“この空気”から逃げ出したくなった。


玄関に置いたスニーカーには、うっすらホコリが積もっていた。

それを見て、自分でちょっとだけ笑った。

どこにも行けない人間に、靴があるなんて。


ドアを開ける。冷たい夜風が顔を撫でる。


どこに行くかなんて、決まってなかったけど、

気がつけば、俺の足はいつもの公園を目指していた。


夜の公園。静かで、無機質で、少し怖くて。

でも、妙に落ち着く場所。


ベンチに座ってスマホを見て、通知が来ないのを確認して、

またスマホをしまう。


その繰り返しが、誰かと繋がってないことを教えてくれる。


でも——今夜だけは、違った。



「やっほー。ひさしぶりだね」


突然、そんな声が聞こえた。


誰もいないはずの公園。

ふと目を向けると、ブランコに座る少女がいた。


ゆらゆらと、月明かりの下で揺れながら、

彼女は笑っていた。


まるで、最初から俺が来ることを知っていたかのように。

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