こぼれ話回収所

鏑木うりこ

おまけ 1話 マリエルのぬい活~不幸な職人を添えて~


「ぬいよ」

「今度は一体何なの? マリエル」


 私は突然ぬいぐるみに目覚めた。時は今、全ワタシ史上最大の推しぬいフィーバーが訪れたのです。


「推しのぬいよ。あと、ローズにはピンクか黒のうさぎちゃんだと思うの。ふりふりの頭におっきいリボンつけてる。ゴスっててロリってる感じのすんごい可愛い奴」

「全然わからないけれど、私もうさぎのぬいぐるみは好きよ、マリー」


 ですよね! 絶対似合うと思う! 私はローズリットとお茶会の最中に突然天啓を受けた。時代はぬいを求めてるわ、私も激烈に推しのぬいぐるみを求めてる。

 そんなはた迷惑なパッションに突き動かされて、ウキウキで私の息がかかった手芸店へ出かけた。最高に手触りのいい布で最高に手触りが良くて可愛くて食べちゃいたくなるくらいのお兄様ぬいを作り上げて見せるんだわ……うふふっ。このマリエルに推しのためにできないことなんて何もないのよ!

 私は最高級の布と最高級の針と糸、ハサミなんかの素敵な工具を揃えたわ。



「……ぬいぐるみ師を探すわ……」


 欲しいものは何でも自力で手に入れてきた私だったけれど、針と糸を手に格闘すること一週間、指のすべてに針を10本以上突き刺し、血の滝シャワーを作り出した。挙句の果てにハサミでちょん切りそうになってやっと泣く泣く道具を下ろしたのだ。


「剣を打ててもぬいは無理だわ……っ」


 私の目の前には血まみれかつ、変色してどす黒くなった頭部的なものを兼ね備えた手が3本で、足が4本くらいある……何か特級呪物的な呪われた物体が顕現したわ……。なにこれすごく怖い、ちょっと間違えて縫い付けちゃっただけなのに。この呪物は素早く封印の呪符を巻き付けて小箱へ詰め、更にお札を10枚くらい貼っておく。うううそこまでしても黒い邪気と「怨ォォン……」っていう不気味な唸り声が聞こえてきている気がする……気のせいよね!? 絶対気のせいよ! 「怨ォォ……」お黙りッ! 「……」


 私は挫折を知ってしまったのよ……でも自分で作れないなら誰かに依頼するしかない。だって私はディフォルメしたお兄様のぬいぐるみをなでなでしたり、着せ替えしたりしたいんだもの! そしていつでも連れて歩きたいのよ!


「最高のぬいぐるみ師は一体どこにいるのかしら? マリエルうるとらダイナミックサーチオン! 私の推しへの愛を貫く心は遮ることはできないの!」


♣♣♣♣  ♣♣♣♣  ♣♣♣♣  ♣♣♣♣


「私は時刻の狭間を往くモノ、人は私を過ぎ去りし過去と未来へ飛ぶ時計の歯車と呼ぶ……痛い、痛いですお嬢さん……お願いですから背中に乗らないで下さいっ」

「じゃあ逃げないで私にぬいぐるみを作って下さいませ、歯車さん」

「ひい、なんて傲慢な依頼者なんだ!」


 私はとある情報筋から最高の人形使いが現れる廃屋があると聞いて、罠を張って待ち構えて……怪しいシルクハットにトレンチコートの男を落とし穴に落として捕まえたのよ。見るからに怪しいけれど、顔はかっこいいわ……でもこの人「トランプる!」の登場人物じゃない……非推しだわ、私の勘がそう告げている、推さなくてよいって。だから背中の上に乗っかって少々強引だけど話を進めさせてもらっているのよ。

 ちょっと時空の壁とか作品の隔たりを越えたような気がするけど、きっと気のせいだわ。だって最高の推しぬいのためには仕方がないことだったんですもの。


「というわけでぬいぐるみを作って欲しいの」

「動いて対象者を屠るからくり殺戮人形タイプかい? くま人形なら得意だよ」

「おだまらっしゃい、わたくしのお兄様はそんな怖いことは致しません。」

「痛い痛い! 何がご不満なんだあああっ!」


 このぬいぐるみ師ちょっと物騒だわ……。とりあえず重力魔法で動けなくしてみたけれど、この人結構強いかもしれない。普通の人間なら絶対に動けなくなるくらいの重力をかけてるのに、ジタバタ動き回ってる……本当に人間なのかしら?


「つまり、男性をモチーフにした小っちゃい……ああ、なるほどなるほど。じゃあ素材はその男性の髪の毛や爪、皮膚なんかで……いたたたた!」

「そんな呪物っぽいぬいぐるみじゃなくて! もっとキュートでプリティなのにして! 素材は最高級の絹とかもふもふ素材かそういうの使ってよ!」

「そんなただ可愛いだけの人形を人形使いに依頼しないでいただきたいっ!」

「最高ものもを求めるなら最高のぬいぐるみ師に頼むのが当然でしょうっ!」

「私は人形使いであり、人形技師であってぬいぐるみ師ではな……いたたたた」

「作ってちょうだいっ!」

「ひいっこの人、人の話を聞かずに自分の欲望に忠実なタイプだ!」


 それでもなんとか力づくで説得して首を縦に振らせることに成功したわ。ちょっと泣いてた気がするけど、大の男を泣かす力なんて私にはないから気のせいね。


「え? 何……このちんまい目とか顔の刺繍も私がコツコツ作るのか……? しかも、羊毛をプスプスして……え? この私が、え? え?」

「当たり前じゃない! 一針一針心を込めて縫ってちょうだい」

「別の意味で動き出しそうだなぁ……」

「頼んだわよっ! 最高級のふわふわ羊のレインボウもふもふ素材は私が手に入れておくから!」

「作らなきゃ次元の果てまで追いかけてきそうなお嬢さんだ……それだけは勘弁してほしい」

「分かってるじゃない」


 何度も何度も呼び出してやり直しをさせて私は私が満足いくくらい可愛い可愛いヴィンセントお兄様ぬいを手に入れたの。大喜びで大切にしていたら弟のレナードに見つかってしまって、怒られちゃったの。


「どおしておにいたまだけなのですか? れーはいないのですか? まりーおねえたまのぬいぐるみちゃんはないのですか? ぼくたち、なかよしきょうだいなのに、おにいたまひとりはよくないですよ」

「一理ある……レナードは優しくて賢いのね!」

「えへへ~おねえたま~」


 可愛い可愛い弟の頭を思いっきりナデナデしたわよね。


「邪魔するわよ」

「ひいっまたきた! 私は別の次元に飛ぶんです、もうあなたの依頼は終わりましたからっ!」

「終わってないわよ、追加注文よ」

「受けませ、いたたたたたた!」

「作り手が変ったら統一感がなくなるでしょうっ! そういうの困るのよっ。分かる? 完結までちゃんと出して貰わないと、途中でレーベルが変ったら最初から買い直しの連載マンガみたいなもんよ!?」

「じゃあ一巻から買い直せばいいじゃないですか、いたたたたた!」

「この可愛い可愛いお兄様ぬいを手放せっていうの!? あなた、本当に人間なの!? 信じられないわ!」

「ほとんど人形ですし……わ、分かったから重力の圧をあげるのやめてくださいっ! 私の強化骨格でもそろそろヒビが入りそうだ! 作る、作りますからっ」

「最初からそうすればよかったのよ、フフ」

「この人、ご令嬢の皮を被った鬼かな……?」


 結局私はこの名前もよくわからないぬいぐるみ師の男に「トランプる!」全キャラのぬいぐるみを一人につき20個くらい縫わせたわ。総数……? 数えてないわね。

 でもこの怪しい人は文句を言いながらだけど、全部丁寧で可愛らしくて一切手抜きのないぬいぐるみを仕上げてくれた。


「も、もう勘弁してくださいよ……お嬢さん……」

「だってあまりに出来が良くて皆欲しいっていうんですもの。やっぱりあなたは最高のぬいぐるみ師ね。あなたの作った物を真似して王都で量産してみたけれど、やっぱりぜんぜん手触りとか表情とか違うわ」

「褒めていただいて嬉しいですが、私はぬいぐるみ師じゃないですってば……」


 この男の仮の棲み家っていう所にくると、最近は毎日刺繍枠をもって正座でチクチク刺繍してる。最近はその姿も中々堂に入っていると思うわ。


「今は何作ってるの?」

「えーと「殿下」の双子の「子猫ちゃん」のお姉ちゃんの方ですね。目のグラデーションがきれいに縫い上がりましたよ」


 会心の出来なのか、うっすら笑って見せてくれる刺繍はぬいぐるみの顔の部分で、少しだけつり上がった大きなおめめがとても可愛らしい。この男、なんだかんだ文句をいいながらも仕事人で、受けた依頼は絶対に手を抜かない職人気質な人なのよね。本当に可愛らしいおめめで私もにっこりの出来栄えだった。


「この子達にはひらひらのドレスを着せればいいんでしたっけ?」

「そうよ、ちょっとシンプルなやつでお願いね。着せ替えの服は王都の雑貨屋で販売することにしたし。最初のドレスはシンプルでオールシーズン物にするのが基本だわ」

「なるほど、季節に合わせた服は別途購入で金を巻き上げるとは。お嬢さん、商才あるんだね」

「商売じゃないわ、推し活よ。生きるための投資だわ、三食ご飯を食べるのと大して変らないことよ」


 ぬいぐるみ師が冷たい目でこっちを見てるわ……なぜかしら、意味が分からない。それに夏服冬服、春秋の室内着、お出かけドレスに靴から帽子までセットで出さないだけ優しいって思わない? いや待て、欲しいな……セットで販売するべきじゃないかしら? そしてやっぱり量産より公式の一点ものがアツいんじゃないかしら?


「ちょっと公式さん? これからドレスを縫ってくれない?」

「こ、公式って……もしかして、私のことですか……? あの、私はこういう小さい人形を作る仕事ではなくて、人間大以上の戦闘用人形を作ったり整備したりするのが仕事なんですけ……どおおおおおっっ!? 痛い痛いお嬢さん痛いですから止めてくださいー!」

「今更公式から新作を出さないとかいわれてもこっちは困るのよ! きっちりかっちり最後のシリーズまで作って貰いますからね!?」

「うそでしょう!? どうして無限の時間をぬいぐるみ作りに使わなきゃ……いたたたた!」

「おだまらっしゃいっ!」

「ひいいっ! 酷い人物に憑りつかれたああ~」


 私のぬいの推し活も絶好調に進んでいるわ! やっぱり「トランプる!」は最高ね! 可愛いぬい達に囲まれて、私の幸福度も爆上がりよ! やっぱり推しぬいは正義だったんだわ!




 マリエルのぬい活~不幸な職人を添えて~ 終

 

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こぼれ話回収所 鏑木うりこ @uriko333

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