公園の支配者~パークマスター~

間隙

公園の支配者の旅路

 砂埃が舞う小さな町、ロズンレッド。

 ここにある旅人が来訪した。

 旅人の名はワクノボリ セン。

 異世界転移者である。

 

「…人気がないな。」

 町に入ったセンが気になったのは、人の少なさだ。

 この世界に渡ってからしばらく経つ彼だが、旅をするとどの町もある程度の賑わいは見せていた。

 しかし、この町は人影が見えない。

 そして何よりセンにとって非常に悲しいことが起きていた。

「子どもたちの笑い声が聞こえない…」

 

 センは目についた酒場に入ってみた。

「いらっしゃい。おや、旅人さんかね?よくこの町に来れたねぇ」

「ミルクを頂けるだろうか」

「はい。どうぞ。」

「ありがとう。……これは」

「おいしくないだろう?すまないね。新鮮なものはもうないんだ」

「いや、そんなことはない。うまい」

「兄ちゃん、早いうちに帰った方がいいぜ。」

 客と思われる男がセンに話しかける。

「どういうことだ?」

「そのうちアイツがくる」

「アイツ?」

「おお、そうだな。旅人さん、悪いことは言わん。どうやって無事にここまで来れたかはわからんが、早く引き返した方が良いぞ」

「アイツとはなんだ?」

 その時、酒場の扉が勢いよく開いた。

「父ちゃん!どうして遊んじゃダメなんだ!」

「子ども…!」

「…何度も言ってるだろう。今町の外に出ればアイツが」

「でも!」

 子供は泣きそうな顔になる。

 必死に悲しみと怒りを堪えるその表情は、さながら般若のようだ。

「…遊びたいのか?」

「「!」」

「どうなんだ?」

「うん…。」

「旅人さん、それは困る。今この町から出るのは、この子にはとても危険で…」

「町から出なければいいのだろう?確かこの店の裏は、空き地だったよな?」

「そうだが…」

「ボウズ、ついてこい」

「う、うん…」

「あ、ちょっと…」


「おじさん、こんな何もないところじゃ遊べないよ。僕は町の外でサバクトカゲを獲りに行きたいんだ」

「お兄さんだ。まぁ、ちょっと待ってろ。すーはー…………。よし!」

 センが魔力を高める。

 魔法を放つ準備をしているのだ。

「兄ちゃん、何する気?!」

「旅人さん!そんなに魔力が強いとうちが吹っ飛んじまう!」

 空気は震え、家屋は揺れる。

 しかし二人の叫びを意に介さず、センは魔法を放つ。

「【流星メテオ鉄枠ジャングルジム】!」

 瞬間、空から大きな物体が飛来する。

 衝撃で皆は思わず目をつむる。

 やがて目を開けた先には、砂埃を纏った何かがあった。

 その姿は段々と露わになっていき、皆はその奇怪な物体に驚愕した。

「これは…?」

「ジャングルジムだ」

「ジャングル…ジム?」

「この交差しているたくさんのバーを使って遊ぶ、『遊具』だ。」

「ゆうぐ…?」

「ハッ!まさか…」

「どうしたの?父ちゃん。」

「いや、もしかしてなのだが、貴方は『公園パーク支配者マスター セン』さんなのか?!」

公園パーク支配者マスター …?」

「噂でしか聞いたことが無いのだが…。自らをそう名乗り、各地を旅し、子供たちのために『遊具』と呼ばれる奇怪な物体を生み出し、遊ばせ、自分は満足してまた次の旅路に着くと言う謎の男…。貴方がその人なのだろう?」

「いかにも。俺は『公園パーク支配者マスター セン』だ」

公園パークって何…?」

「俺の地元では遊具があり子供たちが笑顔でいられる場所をパーク…公園と呼んでいた。俺は公園を広め、幸せな子供を増やしたい。そのため自分を『公園パーク支配者マスター 』と名乗り各地を回っているんだ」

「生きてるうちにお目にかかれるとは。長生きはするもんだな」

「あのさ、このジャングルジム?ってどうやって遊ぶの?」

「近づいてみろ。体が自ずと理解する。」

 少年は恐る恐る鉄枠の城に近づく。

 彼の手がバーにかかったその時。

 彼の脳はかつてないほどの回転を見せた。

「あ、あれ?」

 気づけば、そこは万物の頂点。

 ジャングルジムの最上部だった。

「僕、いつの間に…」

「これが遊具の力だ。こいつを登るという初体験が、今までの人生のどんな快感よりも大きくて記憶すら置き去りにしたんだ」

 確かに、落ち着いて思い返してみるとうっすらと楽しかったことが蘇ってくる。

 少年は納得と共に、遊具の力の大きさに再び驚愕した。

「遊具…すごい!他にもないの?」

「まぁ落ち着け。マスターさん、この町の他の子供も呼んできてください」

「え?」

「公園は、みんなで遊ぶところだからな」


 かくして、町中の子供が集結し、公園の支配者の次の言葉を今か今かと待っていた。

 閉鎖された環境下で溜まった鬱憤を晴らそうと意気込む者。

 何が起きるのかと期待でキラキラ目を輝かす者。

 不安で少し怯える者。

 そして十人十色の反応にやる気が漲るセン。

「皆、集まってくれてありがとう!話は聞いているか?」

「あの、私たち遊べるって聞いて来たんだけど、具体的には何をするの?」

 一人の少女が質問をする。

「俺が君たちの望む遊具を作ってやる!さぁ、何でも要望を言ってほしい!」

 その宣言に、体格の大きい男の子が呼応する。

「最近みんなしんみりしてるから、爽快感を感じるやつがいいな!」

「成程。では、【滑走グライドする滑りスベリダイ】!」

 センがそう唱えると、地面が揺らぎ、坂のような遊具が出現する。

 風を感じる滑走路、滑り台だ。

「これは…スゲェ!」

「早く遊ぼうよ!」

 元気な男子が一気に殺到する。

 上り下りの激しい金属遊具は、彼らにセンセーショナルな衝撃をもたらしたのだ。

「すごい…いいなぁ…」

「じゃあ、私たちはおままごととかできる場所が欲しい!」

 今度は小さい女子がセンに駆け寄る。

「え~それは難しいんじゃない?」

「いや、大丈夫だ。【楽園パラダイス砂場スナバ】!」

 まばゆい光が湧き出る。

 大きな砂場が姿を現した。

「こんな柔らかい砂、初めて見た!」

 女の子たちが感動を示す。

「こうやって、こうすれば…、ほら泥団子だ」

「わぁ!すごい!」

「皆にも教えてやろう」

 こうして、寂しい町に楽しい時間が訪れた。

 子供たちの久々の笑顔に大人もセンも、嬉しい気持ちが溢れている。


 だが、楽しい時間は長く続かない。

「おお~い!」

 町の入り口から大きな声が響く。

「アイツだ!」

 大人たちが騒ぎ始めた。

「アイツ?」

「旅人さん、子どもたちと隠れてくれ!」

「どういうことだ?」

「アイツは、子どもを攫っていくんだ!」

「…成程。 【潜伏ハイド土管ドカントンネル】!皆、こっちだ!」

「わぁ~!」

「怖いよお!」

 わらわらと子供たちが密集する。

 狭く暗い空間の中、センは近くにいた子どもに問う。

「…君」

「レーンはレーンだよ」

「レーンちゃん、アイツとはなんだ?」

「アイツはね、黒くてデカくて怖いの。ミミちゃんとか、チナちゃんとか、リースちゃんとか、あと町のモーモーとか、連れてかれちゃったの」

「誘拐犯か…」

 大きな足音が迫る。

「ふわぁ…。眠い。オ~イ!いるかぁ?おおう。いるな」

 現れたのは角が生えた真っ黒な牛のような化け物だった。

「こ、こんにちは。デュロン様」

 デュロンと呼ばれる化け物は、ねっとりとした声で応答する。

「おう。かわいこちゃん用意したか~?」

「もうやめてください!子どもたちを攫うのは!」

「牛だって攫ってるぞ~。食うために」

「そういうことではありません!」

「…ママ!」

「レーンちゃん、声を抑えるんだ」

 怒りに声を震わせつつ、センは何とか平静を保っていた。

「やめろ、アリー!」

「だってあなた!」

「我慢するんだ…!」

「ン~?なんで子どもがいないんだ~?クンクン。匂いはするのにな~」

「…!」

「…しらばっくれるのか~。だったら」

「キャ!」

「アリー!」

「こいつは貰っていくぞ~。好みよりはすこ~しばかり、年食ってるけどな!あれ、なんか踏んだ」

「!」

 泥団子。

 女性を拘束し、子どもの作った大事なものを踏んだ外道に、センは怒りが抑えきれなくなっていく。

 だが、ここで自分が出れば子どもたちにも危険が及ぶ。

 我慢するしかないのだ。

「ママを離せ!」

「レーン!」

「…! いつの間に!」

 センが目を離した一瞬の隙に、少女は化け物の前に飛び出していた。

「ン~?いるじゃないか。かわいこちゃん。じゃ、コイツいらな~い」

「きゃあ!」

「ママ!」

「お~っと、君はこっち!」

 少女は軽々と持ち上げられてしまう。

「やめて!」

「レーン!娘を離してください!」

「やだね~、コイツは貰っていくよ!じゃあね!」

「ママ、パパ!」

「「レーン!」」

 化け物は軽い足取りで、去っていった。


 先程まで笑顔で溢れていた空間は反転、暗い顔だらけになっていた。

「旅人さん、すまんな…」

「うっ…。レーン」

「…俺が、レーンちゃんと他の子を取り戻す!」

 噛みしめて血が滲む唇で、センが言う。

「ありがたいけどどうして…!」

「決まっている!子どもの大事な創作物を壊し、子どもの顔を曇らせ、不幸にしている。俺はそれが許せんッ!」

 陽光がセンを照らす。

 頼もしく、強く、かっこよく。

 その姿を公園の支配者は人々に示した。

「…旅人さん!」

「兄ちゃんすげ~!」

「頑張れ!」

「取り返してくれぇ!」

 町の人々が湧く。

「もちろんだ」

「でも、デュロンはとても強いんだ。いくら公園の支配者でも…」

「いや、大丈夫だ。俺は子どもたちが真の笑顔でいれる環境を作るまで、負けん」

「…そうか。ならば、あなたを信じよう!奴は町の外の城に棲んでいる。そのせいで今まで子どもたちを外に行かすことができなかったんだ」

「旅人さん、どうか娘を助けてくれ!」

「ああ!」

 公園の支配者はたくさんの思いを背負い、走り出した。


「さーてと、ど~するかな」

「やめて!はなして!」

「おお…、こわいこわい~ とりあえず…」

 デュロンは乱暴に少女を牢屋に放った。

「きゃ!ちょっと…!」

「お友達と仲良くしてるんだな~ 後でた~っぷり遊んでやるから~ 

ぐふ ぐふふ…」

「お友達?」

「「「レーンちゃん?」」」

「ミミちゃん、チナちゃん、リースちゃん!」

「大丈夫?レーンちゃん」

「うん!」

「町のみんなは?」

「無事だよ」

「良かった…」

「ぐふふ… いや~ ちっちゃい女の子はいいなぁ~」

「…気持ち悪い!」

「あ?」

「レーンちゃん!あんまり言うと…」

「俺様に気持ち悪いだって? おまえ~…どういう立場かわかってないようだな~」

 そう言うと化け物は少女に向けて腕を振り下ろそうとした。

「きゃ!」

『ブー!ブー!警戒態勢!警戒態勢!何者かが城に近づいています!』

「な、なんだとう!?」

 デュロンは急いで監視魔法を確認する。

「こいつはなんだ~?」

「あっ!お兄ちゃん!」

「お兄ちゃん?」

「何者かは知らね~が、この城に侵入しようとするなんて無謀だな~」


「…これは」

 城の前に到着したセンを待ち構えていたのは底が見えないほど深い谷だった。

「侵入すら難しい、と」

『へへ 困ってるようだな~』

「! …デュロン!拡声魔法か…」

『おめぇが何者かはこの際どうでも良い! 悪いことは言わないから帰るんだな~』

「お前をこの手で懲らしめ、子らを取り返すまで帰りなどしないぞ」

『おお~威勢がいいな だがそもそもその地獄谷を越えられるかな?』

「…舐めるなよ!【天翔フライング・スカイける雲梯ウンテイ】!」

 雲梯。

 梯子を彷彿とさせる、腕の力が試される遊具だ。

「ふん!」

 センはこういう時のために日々の研鑽を積んできた。

『な、なにぃ~!ずるいぞ!』

 あっという間に城門の前までセンはたどり着いた。

「待っていろデュロン!」


 意気揚々と進むセン。

 しかし、人生は簡単ではない。

 城の中には灼熱の空間が広がっていた。

「何…!」

『ぐふふ! 入られたのは想定外だったが~、侵入者対策はしてるんだよ~!』

「マグマが…!」

 炎が広がり、行く手にはマグマ。

 息を吸うだけでもセンの体力は削られる。

『これなら進めねぇだろ~!』

「…確かに、並の人間では突破できないだろう。だが俺は、『公園パーク支配者マスター 』だ!」

『強がり言ったって変わんねぇぞ~!』

 だが、センには見えていた。

 マグマにある僅かな隙間が。

「【森林フォレストのターザンロープ】!」

 滑車付きの疾走するロープ。

 針の穴を通す。

 彼はそれを遊具で体現した。

 凄まじいスピードでセンは次の部屋への扉を蹴破った。

『…は?』

「ふぅ…」

『く…、くそぉ~!!!』



 それからも様々な試練を乗り越え、センはついにデュロンが待ち構える大広間にたどり着いた。

「さぁ追い詰めたぞデュロン。子供たちの幸せを奪った罪は重い。覚悟しろよ」

「…くそ~! …だが、俺様にはまだ手が残ってるんだよ~!」

「何?!」

「いけっ~!パワフルゴーレム!」

『ぐお~!!!』

「なんだコイツは!?」

「俺様の忠実なるしもべ、パワフルゴーレムだ~!デカすぎるのが玉に傷だけど、すごい強いんだぞ~!」

『どりゃ!』

「おわっ!」

 パワフルゴーレムが振り下ろした腕は床に当たり、床はボロボロと崩れた。

「なんてパワーだ!」

「そりゃ、パワフルだからな~」

『どうわぁ~!』

「くっ」

 意外にも俊敏な攻撃にセンは防戦一方となる。

「なにか…なにかないか…」

「げへへ~!最強だ~パワフルゴーレム!」

「……ゴーレム… そうだ!デュロン、墓穴を掘ったな!」

「え?」

「【楽園パラダイス砂場スナバ】!」

「砂場なんて作ってどうするんだ~?」

「目には目を、歯には歯を、ゴーレムにはゴーレムだ!」

 センは見事な手つきで泥団子を形成していく。

 それらはいつの間にか巨大な人形と化していた。

「【笑顔スマイル泥団子人形ドロダンゴーレム】!」

『どろ~!』

「なっ!そんなのありかよ~!?」

「いけっ!」

『どろ~!』

「応戦しろ~!」

『どうわぁ~!』

 二人のゴーレムはぶつかり合い、凄まじい衝撃の後四散した。

「ぱ、パワフルゴーレム~…」

「…ありがとう、ドロダンゴーレム… さて、これでお前は何もできんな」

「ま、まだだ~!もし俺に危害を加えるなら、コイツを大変なことにするぞ~!」

「きゃあ!」

「レーンちゃん!…貴様、レーンちゃんを離せ!」

「おっと、動くなよ~!動いたら、このかわいこちゃんの顔がどうなるだろうな~!」

「貴様ぁぁぁ!!!!!」

 非道。外道。

 センの怒りは頂点に達していた。

 ボタボタと口から血が滴る。

「どうした~!何もできないよなぁ~!」

「離して!」

「動くなよ~、レーンちゃん?だっけ~」

「やめて!」

「ぐへへへへ!」

「……助けて!お兄ちゃん!」


「…」

「…ん?どうした~?」

「…子どもに助けを求められたらやるしかないか」

「なんだと~…?」

「遊具とは本来人を傷つける道具ではない。だが、そんなことも言ってられないようだしな」

「あ~?」

「貴様は伝説のブランコを知っているか?」

「ぶらんこ…?」

「【伝説レジェンド断罪ジャッジメントする鞦韆ブランコ】。」

 その一瞬。

 天から座板、支柱、鎖 が飛来し、デュロンを拘束する。

 その遊具は禍々しくも神々しく、まさに伝説の名にふさわしいものだった。

「こ、これは何だぁ~!」

「【伝説レジェンド断罪ジャッジメントする鞦韆ブランコ】は不可避の一撃。お前はもう負けているのだ」

「は」

 その一言と同時にブランコは揺れ、その幅はどんどん大きくなる。

「あっばばば~!」

 1回転、2回転、3回転。

 速度は早まり、もはや回転数はわからない。

「ぐおおお~!!!!!助け…」

「さよならだ」

 座板が外れ、デュロンは屋根を破り空の彼方に飛んで行った。

「ぎゃあ~!!!!!!」

「ふっ…」


「お兄ちゃ~ん!」

「レーンちゃん!」

「お兄ちゃ~ん!」

 少女は勢いよく勇者の腹部に飛び込んだ。

「ぐほっ!」

「怖かったよー!」

「…まぁ、無事なら良いか」

 センは満面の笑みを浮かべたのだった。

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