第6話
平和な日常が続くが、この世界は元々世界樹の枯れた滅びかけの世界。油断はできない。
余裕のある今のうちに少しでも戦力を増強しようと、俺はさまざまな実験を行なっていた。まず一つは、トレントの強化である。
トレントは多数の枝を振り回して戦える手数の多い強力な魔獣だが、スピードが遅く鈍重なのが弱点だ。その弱点を補うべく、俺は素早く動ける人型のトレントを開発していた。
表面はつるりとした木目模様で、磨き抜かれた木材特有の光沢を放っている。各関節は球体関節状になっていて、滑らかに動く。
手には木製の長剣を握り、モンスターに対しては特攻効果のある武器で戦えるようにした。魔獣に対してはあまり戦力にはならないが、モンスターの襲撃に対しては全身ユグドラシル素材の戦士だ。相当の力を発揮してくれるだろう。
「おお、新たなる眷属の戦士様ですかな? これはこれは、心強いことだ」
村長のオルウェンが新しい眷属を前にして、感心したように言う。
それにしても、戦士様か。なんか名前をつけた方がわかりやすい気もするな。そうだな、ユグドラシル素材だから、ユグにでもするか。
俺はユグに、この世界の文字で地面に名前を書くように指示した。
「ゆ……ぐ……? ふむ、戦士様のお名前ですかな? よろしくお願いしますぞ! ユグ殿」
オルウェンとユグが固く握手をする。
これで次なるモンスターの襲撃があったとしても、被害は少なくて済むだろう。
トレントも三体に増やし、戦力増強は十分に行なった。
それに、成長の木苺も村の戦士たちに定期的に支給している。そのおかげか、狼獣人たちはますます筋骨隆々で力強くなっていた。
これでひとまず安心だな。
そう、俺は油断していた。
モンスターの襲撃に関しては、ユグドラシルの力のおかげで特攻武器もある。
魔獣の襲撃であれば、強く成長した狼獣人たちが戦ってくれる。
これならば完璧だ、と、そう思い込んでいた。
だが、平和なある日の深夜のこと。
不意に見回りのトレントから、映像が送られてきた。
トレントの情報へと意識を向けると、森の奥深くに人間族の影があった。
「例の村は片付いたのか?」
「それが、モンスターによる襲撃を誘導したのですが、途中でトレントが現れ、獣人どもに加勢したのです。村自体は被害が大きく移住を余儀なくされたようなのですが、別の場所に新たな獣人族の村ができています」
「なんだと?」
なんだと、は俺のセリフだ。
モンスターによる襲撃を誘導した? は?
まさかこいつらのせいでリル村は襲われたと言うのか?
怪我をして血まみれとなった村人たちの姿が脳裏を横切る。その中には、まだ幼い獣人の姿もあった。
「だが、この森を制圧できなければ、獣人の国への奇襲は成功せぬぞ」
「はい。世界樹の森は神聖な領域ですから、他の獣人族もそうそう近寄りませんしね。この森を守護している銀灰狼族さえ滅ぼしてしまえば、獣人族の国が我らの手に落ちるも時間の問題」
「そうだ……。我が国の食料事情はもはや限界。なんとしてでもここで獣人族の肥沃な領土を奪わなければ、冬を乗り越えられぬ」
生きるために、か。
彼らには彼らの事情があるのだろう。それはわからないでもない。だが、だからと言って俺の庇護する銀灰狼族への狼藉は許すわけにはいかない。
だが、俺に人間と戦うことができるのか? 場合によっては、俺の力で生み出した眷属で、人を殺さねばならない時も来るかもしれない。
フェンたちを守るために、俺は覚悟を決められるのだろうか。
「隊長、次の手はどうしましょう? また同じようにモンスターを消しかけますか?」
「いや、あのトレントがどこから現れたのか調べる必要がある。トレントが獣人族の味方をするなど、聞いたことがない。背後に協力なテイマーでもいるのか、探りを入れる」
「は、でもどのように探りましょう。奴ら、鼻が効く上に気配にも聡いのです。あまり村の中心部まで忍び込むことはできません」
「だったら人間の商人を装って、堂々と奴らに接触しよう。それであのトレントの秘密を探るのだ」
隊長と呼ばれた男は、そのように立案した。
「それでもし手強い相手だった場合にはどうしたら……」
「何、その時は大規模な部隊を投入して一気呵成に獣人族の国まで攻め入るしかないだろう。我が国が飢えで滅びゆくのを、ただ黙って眺めているわけにはいかん」
罪のない民が滅びるのは俺の本意じゃないが、だからと言って銀灰狼族が傷つくのを見過ごすわけにはいかない。
俺の力があれば、人間族の国を救うこともできないわけではないだろうが、一体どうしたらそれが伝わる?
どうしたら守るべきものを守り、戦いを回避できるんだ?
俺は、人間族と戦う覚悟を決めるしかないのだろうか。
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