幼なじみの美少女に陰口を叩かれていたので距離を置くことにしたら、なぜか彼女の様子がおかしくなったのですが……
古湊ナゴ
第一章
プロローグ すれ違いは突然に
俺――
彼女の名前は、
容姿端麗で才色兼備な、誰もが憧れる学園のアイドル。完璧美少女とすら称される彼女に、俺は無謀にも恋心を抱いてしまったのだ。
「……ま、俺みたいなモブ生徒には高嶺の花ってヤツなんだろうけどな」
放課後。夕焼けの差し込む第一校舎の廊下をぶらぶらと歩きながら、そんなことを俺は呟いた。
時刻は18時半。恋歌の所属しているクラシックギター部は、ちょうど練習を終えて後片付けを始めているころだろうか。
たまには俺のほうから恋歌を迎えに行くか――なんて思い立ったのは、今から数分前。
そう。俺と恋歌は、いつも登下校を共にしているのだ。これこそまさに、幼なじみの特権というやつである。
(――そうだ。俺と恋歌は、幼なじみなんだ。このアドバンテージがあれば、俺にだって……)
まあ……幼なじみだってことは、決してプラスなことばかりじゃないんけどな。
たとえば、そう。態度とかだ。
恋歌は昔から、なぜか俺に対してだけ毒舌になる。
「ばか」「ヘンタイ」「ダメ人間」……こんな感じの罵倒の数々を、俺は毎日のように浴びせられていた。幼なじみだからこその態度なのだろうけど、好きな相手からそういうふうに扱われるのは、正直、ちょっとだけ心が痛い。
(でも裏を返せば、それだけ俺に心を開いてくれてる証拠……ってこと、だよな?)
そんな楽観的なことを考えながら、俺はクラシックギター部が使用している空き教室の前にたどり着く。
と、教室の中から、部員のひとりと思わしき女子生徒の話し声が聞こえてきた。
「――――ねえねえ、藤咲さんっ。ぶっちゃけさ、綾田くんとはどんな関係なの?」
綾田くん。言わずもがな、俺の苗字だ。
しかも、その会話の相手はどうやら――、
(……恋歌、だよな。ヤバい、めちゃくちゃ答えが気になる……!)
これはもしかしたら、恋歌の本音を知ることのできる絶好のチャンスかもしれない。
ごくり、と俺は息を呑む――不安が半分、期待が半分といった心境だった。胸の奥が勝手に、どくどくと音を鳴らしはじめる。
そんな浮いた心地のまま、とりあえず俺はその場で立ち止まり、呼吸を殺して聞き耳を立てることにした。
「え、綾田って……な、なんで今、秋人の名前が出てくるのよ……?」
続けざまに俺の耳へと届いたのは、聞き慣れたソプラノボイス。
やっぱり恋歌は、顔だけじゃなくて声まで可愛いな……と、ついそんな変態じみたことを考えてしまう。そのくらい、恋歌の凛とした声音は綺麗だった。
「だって藤咲さん、いつも綾田くんと一緒に帰ってるじゃん? それにほら、お弁当とか作ってあげてるみたいだし」
「それは、そのっ……あ、秋人が悪いのよっ。だって秋人、私が作ってあげないとカップ焼きそばしか食べないだもん。幼なじみとして、そういうのは見過ごせないっていうか……っ」
「でも、手作りのお弁当でしょ? そんなの、好きなひとにしかしないと思うけどなぁ」
「だからっ、何でもないってば! あいつは……秋人は、ただの幼なじみよ」
う……ま、まあ、そうだよな。
恋歌が俺を恋愛対象として見ていないことくらい、最初からわかっていた。
(だけど……嫌われてるわけじゃない、よな?)
でも、そう思った直後に。
恋歌の言葉が――俺の淡い期待を、あっさりと切り捨ててくるのだった。
「秋人なんか……あんなダメ人間のことなんか、大嫌いに決まってるでしょ?」
え――?
なんだよそれ、と思った。
たしかに俺は今までに、何十……いや、何百回と恋歌に罵倒されてきた。
だけど。
嫌い――と、直接そう言われたことはなかったはずだ。
まさか……今のが、恋歌の本音なのか?
人間は誰しも、表の顔と裏の顔を持っている。表では仲良くしている友人に対して、裏では陰口を叩いている――そんなのは、高校生にとっては日常茶飯事だ。
そして大抵の場合、その裏の顔こそが、嘘偽りのない本当の姿だったりする。
だとしたら……今の、「大嫌い」という三文字こそが、恋歌の本音ということで。
その最悪の考えが脳裏に浮かんだ途端に、俺の全身から、冷や汗が止まらなくなる。
「だって、あの秋人よ? 逆に聞くけど、あんなやつのどこを好きになればいいのよ」
その言葉の数々は、まるでガラスの破片のように鋭くて。
ずき、ずき……と、俺の身体に容赦なく突き刺さっていく。
「秋人は面倒くさがりで、だらしなくて、不真面目で、勉強も運動もいまいちで――」
ひとつ、またひとつと。
恋歌の本音を聞くたびに、俺の心が悲鳴を上げていく。
「それに遅くまでゲームしてばっかりで、いっつも目の下にクマがあるし。あんなダメ人間、好きになる要素がゼロよ、ゼロ」
「そ、そうなんだ。じゃあ藤咲さん、もし綾田くんに告白されたらどうするの?」
「え? そ、それは――」
あぁ……もう、限界だ。
その先だけは、絶対に聞きたくない。
(っ、くそ……ッ!)
気づけば俺は、廊下を走り出していた。
――さっきの話の続きだけは、どうしても聞きたくなかったから。
――聞いてしまえば、何かが耐えられなくなるような気がしたから。
だから俺は、この場から逃げる選択をした。
でも……それで、この現実から逃げ出せるわけじゃなくて。
(くそっ……くそ、くそ、くそっ……ッ!)
夕暮れの中の廊下を、走って、走って、走り続けて。
途中、生徒だか教師だかに異様なものでも見るような目を向けられた気がする。だけど今の俺には、それを気に留められるような余裕なんてなかった。
やがて校舎を飛び出し、誰もいない河川敷まで走り抜けたところで。
どうにか荒い息を整えながら、俺は――、
「……そうか。俺の初恋は――いつの間にか、終わってたのか」
ふと我に返って、自嘲するように笑みを漏らした。
声が震える。視界が歪む。頭が痛くなっていく。
ぎしぎしと痛む心臓に、そっと右手を添えてから――俺は膝を抱えて座り込んで、情けなく涙を流した。
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