第37話 愛と信念が変えた未来、誓いの日
王都の空に、清らかな春の光が差し込んでいた。
柔らかな風が、王宮中庭に咲き誇る白と薄紫のライラックの花びらをそっと揺らす。
今日、この地で、ひとつの時代が“愛”によって結ばれようとしていた。
* * *
王宮の大聖堂にある花嫁控室――。
マリアベルは、鏡の前に静かに立っていた。
ドレスは、純白のシルクと繊細なレースを基調に、無数の小さなパールが胸元からスカートにかけて舞い降りるように縫い込まれている。後ろには長いトレーンが光を受けて淡く輝いていた。
「……夢みたい」
小さく呟いた声に、母カトリーナがそっと微笑んだ。
「あなたの人生は、夢ではなく現実になったのよ」
「……ありがとうございます。お母様」
少女だったころ、軽んじられた声。笑われた志。無謀だと囁かれた挑戦。
そのすべてを越えて、今、彼女はこの場に立っている。
「こんな日が来るなんて……」
鏡の中に映るのは、かつての“変わり者”でも“理想ばかりの令嬢”でもない。
――国の未来を担う女性として、人々の尊敬を集める存在。
そして、今日からは王太子妃として、ひとりの愛する人の隣に立つ者として。
* * *
式の始まりを告げるファンファーレが中庭に響き渡った。
王政関係者、学問院時代の仲間、貴族や庶民の代表たちまで、各界の人々が集う中、彩り豊かなライラック花のアーチの回廊の先に、マリアベルの姿が現れた。
その姿は、まばゆいほどの輝きを放っていた。
まるで春そのものが花嫁となったかのように、純白の衣装が陽光を受けて柔らかく光り、ティアラと、手にはライラックと白バラをあしらったブーケが動きに合わせて揺れる。
ゲストの中には、涙ぐむ者もいた。
「……本当に、あのマリアベル様が……」
「ずっと見てきた。最初は嘲笑されていた。だけど、あの方は一度もあきらめなかった……」
その背を支えるようにして、カザエルが現れた。
グレーのスーツに、白の刺繍が光を受けて淡く浮かび上がる。首元のタイには王家の紋章が織り込まれている。
二人が並んだ瞬間、誰もが息を呑んだ。
――まさに、国の未来を象徴する姿だった。
* * *
「王太子カザエル・グランレイド、あなたはこのマリアベル・クラヴィスを、伴侶として生涯を共にすることを誓いますか?」
「はい。彼女を愛し、敬い、共に歩むことを誓います」
「マリアベル・クラヴィス、あなたは王太子カザエル・グランレイドを伴侶として生涯を共にすることを誓いますか?」
「はい。愛と信頼をもって、共に生きることを誓います」
誓いの言葉が交わされた瞬間、風がふわりと吹き抜けた。
舞い上がるライラックの花びらが、まるで天からの祝福のように二人を包む。
* * *
祝宴の席では、たくさんの祝辞が飛び交った。
「あなたが国の在り方を変え、そして自分自身の運命も変えた。
今日の姿は、多くの人の希望になるでしょう」
ヴァレンティス宰相は静かに語った。
「……いつか君が言っていたな。“女でもこの国を変えられる”って。
あれは、ただの理想じゃなかった。君が証明してくれたよ」
アイリスは涙を堪えながら言った。
「あなたを“野心家”だなんて言った人たち、今どんな顔してるかしらね」
「きっと、笑顔で見てるわよ。だって、こんなにも幸せそうなマリアベルなんだから」
セラフィーナとアイリスが微笑み合った。
母であるカトリーナの目には、涙が浮かんでいた。
娘の人生の大きな節目。その晴れやかな姿を、誇りとともに見守っていた。
「……あの子が、こんな日を迎えるなんて。あの頃は、夢のような話だったのに」
隣に座る父・レオンが、そっとその手を取る。
「君が愛を持って育てた結果だ。あの子の夢を応援し続けて育ててくれたんだ、ありがとう。誇っていい。
きっとベルティーヌ様も喜んでいるよ」
「そうね。お母様はきっと喜んでいるわね。意思を継いで、切り開いた孫がこんな幸せまで掴んで……」
カトリーナは頷き、目元の涙をぬぐった。
――少し離れた場所で、クラリッサ・リースは両手を胸に当てたまま、声も出せずに立ち尽くしていた。
(こんなにも、美しい花嫁がいるなんて……)
過去も、痛みも、誇りも、そのすべてをまとった姿に――心が震えていた。
(あなたは、わたしの道を変えてくれた。ありがとう。
あなたを通して、わたしも未来を変えさせてもらったの。
だからこれからも、誰かの未来を変えられるように、生きていかなくちゃね……)
* * *
夜。
祝宴が終わり、静けさが戻った王宮の一室で、マリアベルはカザエルと並んで窓の外を見つめていた。
「……最初は同士のような感覚だったのに、ね」
マリアベルが小さく笑って言うと、カザエルが肩を寄せる。
「いつか宰相の仕事に就きたい、と願って上を目指してきたの。女性でも国を変えられるって。
それなのにいつの間にか“王太子妃”だなんて……。いったい私の人生はどうなっているのかしら」
「……ある意味君らしい気がしないでもないけどね。
なににしても、君が笑っていてくれるなら、それがいちばん嬉しい」
「いつの間にか、あなたが隣にいないことが不自然になっていたわ。
できる限り一緒に過ごしましょう。
仕事の時はもちろん仕方ないけれど」
「君が仕事にばかり夢中になって、私のことを忘れてしまわないように、できるだけ一緒にいよう」
「ねえ、王太子妃って、あなたの隣って……こんなに幸せなものなの?」
「君の幸せは、これからもっと増えるよ。一緒に未来を創ろう」
マリアベルはその言葉に、静かに頷いた。
――わたしはこの国を変えると誓った。だけど今は、それにもうひとつ加えたい。
“この人と、未来を歩むことが、なによりの誇りです”と。
窓の外には、夜空に溶けるように咲くライラックの香りが、やさしく漂っていた。
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