第34話 未来を選ぶ春へ


 冬の気配が王都にも漂い始めた頃、王政事務局には日々緊張と期待が交錯していた。


 女性官吏登用試験の合格発表が、いよいよ目前に迫っていたからだ。


 執務室の空気はどこか張り詰めている。マリアベルは資料を整えながら、何度も時計に目をやった。


「発表は、午前十時。あと三十分……」


 カザエルが隣で笑う。


「君が落ち着かないなんて珍しいな」


「……そうですね。でも、今回はいつもと違う。一人ひとりの人生が懸かっているんですから」


 初めての試験に挑んだ147名の女性たち。彼女たちの勇気と覚悟を、マリアベルは誰よりも知っていた。


 そのうち、合格者は15名。


 書記局・記録局・財務室・王政事務局など、各部署に慎重な協議を重ねた末、春からの採用が決定していた。


* * *


「本年度、初の女性官吏登用試験には147名が志願し、その中から筆記・面接試験を経て、15名が合格の栄誉を手にしました」


 合格発表とともに配布された官報には、そう明記されていた。


【合格者内訳】

・年齢層:

 16歳〜19歳:7名(王立学問院出身 5名、地方学舎出身 2名)

 20代前半:4名(元家庭教師・商家娘など)

 20代後半〜30代:3名(貴族家の未婚令嬢 1名、元侍女 1名、職人の娘 1名)

 40代:1名(地方有力家出身・学問経験あり)


・出自:

 貴族出身:5名(うち王都 2名、地方 3名)

 平民出身:10名(農家・商家・学問院等)


・配属先:

 王政事務局:3名

 書記局:3名

 記録局:2名

 財務室:2名

 民政局:2名

 学術審議室:1名

 衛生監査室:1名

 新設女性局準備室:1名(補佐)


* * *


 だがその一方で、合格の知らせを受け取れなかった女性たちもいた。


 マリアベルは、彼女たちの存在を決して忘れてはいなかった。


(試験に落ちたことで、彼女たちが歩みを諦めてしまわぬように)


 その思いから、王政事務局では新たな方針を発表した。


 ――来年度より、官吏登用試験は「男女を問わぬ共通試験」として実施されること。


 ――不合格者やこれから受験する者たちを対象とした「官吏登用準備講座」の開催を学問院や地方学舎にて順次行うこと。


 ――働きながらでも学べるよう、講義の一部は書面や郵便を通じて受講可能にすること。


 王政事務局より発行された案内には、そうした内容が丁寧に記されていた。


「あなたが歩む未来は、まだここで終わりではありません。

 学ぶことを諦めず、次の春を目指してください」


 それは、未来への扉を閉じるのではなく、むしろその先を開くための一歩だった。


* * *


 発表の日以降、マリアベルのもとには多くの手紙が届いた。


 合格者とその家族からの感謝の言葉もあれば、落選者からの悔しさのにじむ声もあった。


「母が泣いて喜んでくれました。私の人生が変わった日です」


「これからが本当の始まりですね。覚悟して学びます」


「落ちたことは悔しいけれど、夢を持っていいと初めて思えた時間でした。

 挑戦した自分を、私は誇りに思います」


「『次は絶対に受かれ』と兄が背中を押してくれました。

 また、挑戦したいです」


 マリアベルは、特に落選者から届いた手紙には一通ずつ目を通しながら、思いを込めて新たな案内を送付させた。


 涙で綴られた言葉、悔しさに震える文字――そのすべてが、彼女にとって無視できない“未来の声”だった。


(努力が報われる社会を作りたい。誰もが学び、挑み続けられる国を)


 マリアベルのまなざしは、遠く春を見据えていた。


(……ありがとう。あなたたちの未来を、わたしも一緒に育ててみせる)


* * *


 一方、各配属先では春の採用に向けた準備が着々と進められていた。


 女性用制服の調整や寮の拡充、トイレや更衣スペースの整備。


「女性が業務中に記録を残す際、袖が引っかからないよう袖のカバーを支給します」


「更衣室の動線が、男性と交わらないように……」


 各部署で改めて仕事が見直され、改訂が進められていた。


 その動きは、まさに「組織そのものの変革」だった。


「たった十五人のために、ここまでやるのか?」


 と、呟く者もいたが、隣の同僚がこう返す。


「十五人のためじゃない。“これから続く誰か”のためでもある」


* * *


 同時に、教育機関側でも新たな動きがあった。


 王立学問院では女子学生の入学相談を含んだ“進路指導部”が新設され、セラフィーナが責任者に任命された。


「いずれ彼女たちが“後輩たちの道”になるわ。私たちも準備しておかないと」


 アイリスは記録局で女性向けの実務研修マニュアルを作成し、クラリッサは貴族学園にて次年度からの進学カリキュラムに“政務実技”を組み込む改革案をまとめていた。


 三人の動きは、マリアベルの背中を強く支えていた。


* * *


 そして迎えた、王宮での合格者報告会。


 緊張の面持ちで集まった十五人の前に、マリアベルが姿を現す。


「――合格、おめでとうございます。皆さんの努力と志が、今、ひとつの結果として実を結びました」


 誰かが、静かに涙をこぼした。


「でも、今日が“終わり”ではありません。むしろ、ここからが“始まり”です」


 マリアベルの声は澄んでいた。


「皆さんが立つこの場所は、後に続く誰かにとっての“道しるべ”になります。

 だからこそ、誇りと覚悟を胸に、歩み続けてください。

 私たちも、皆さんを全力で支えます」


 その言葉に、十五人の表情が引き締まった。


 さらには王・王妃からもそれぞれ言葉をかけられ、初めての謁見に緊張と感激で涙するものもあった。


「皆よく努力した。お前たちが示した勇気と実力は、国の誇りだ。

 性別に関わらず、志ある者が政を担う時代を――共に築いていこう」


「皆さんの姿に、未来の光を見ました。

 どうか、誰かの希望となる生き方を重ねていってくださいね」


 春の訪れとともに、新たな季節がこの国に芽吹こうとしていた。


* * *


(私は――)


 執務室に戻ったマリアベルは、窓の外に広がる冬空を見上げた。


(ここまで来た。でも、まだ“先”がある)


 女性が“当たり前に”働き、“選び”、そして“変えてゆける”未来を。


 それを信じて歩み続ける彼女の背中は、次の誰かの目標となっていくのだった。

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